2.勇者の悪行
本日2話目
「俺はイフィルで召喚された勇者だ。伝説の武器やらなにやら、全て差し出せ。出し惜しみなんて、するなよ?」
勇者シマザキダイチは、己の力を示して見せ、王を下らせて空いた王座にドカリと座り。
まるで悪人のように歪んで笑った。
まるで、彼自身が魔王のように。
***
「ダイチっ! ダイチ!」
人化している黒いドラゴン、スピィーシアーリは慌てて追う。
勇者シマザキダイチは、人化しているスピィーシアーリが時に見失うほどに自由に動き、そして早い。何より行動が読めないのだ。
フラフラと、無目的に歩いていると思う傍から、気に入らないとすれ違う人間に難癖をつけて、金目のものを奪い取る。
まるで、盗賊のようだと、スピィーシアーリは内心で困惑する。
彼は、異世界から召喚された勇者であるはずだ。
なのに、この世界の人間のように、あまりにも見苦しく、思考が浅はかだった。
スピィーシアーリは、彼の姉だという勇者リンにも会った事がある。
勇者リンは、当時5歳。
けれど、この勇者シマザキダイチより、ずっと分別があった。
姉弟である事を疑いたくもなるが、スピィーシアーリの大切な奥様、セディルナは、彼が召喚でこの世界に現れた直後に気付き、そして彼がリンの血縁者である事も読み取っている。
つまり、間違いなく、似つかわしくないくせに、二人の勇者は姉弟なのだ。
「なんだ、スピィーシアーリ。遅れるなよ。でないと、俺の足になれないだろ?」
「ダイチ! きみは勇者なんだろう? 人間に召喚された、なのにどうして人間にケンカを吹っかける! それにそんなに宝石なんか貰っても・・・」
「バーカ。金銀財宝って、夢だろ。これを部屋に敷き詰めてさ。で、ここいらのやつらに教えて回る。そしたら血眼になって皆集まるな」
ニヤニヤと笑いながら、勇者は計画を教えてくれるけれど、スピィシアーリには全く意味が分からない。
人を集める? 集めてどうしようと言うのか。
「ヒュウ」
急に、勇者はむき身の剣を振り回す。謂れある剣だ。
万が一スピィーシアーリに当たれば、スピィシアーリもただでは済まない。そして、人間にあたったなら猶更だ。
「盗賊退治。良いな。バッサバッサとさ。で、血濡れの宝石? ハハハ」
早足の勇者に追いすがりながらスピィシアーリの気分が悪くなった。
宝石を集めて、人を呼んで? 盗賊呼ばわりをしてなぎ倒したいと?
とんだ英雄願望だ。
「腹減ったな」
勇者は一人ごちると、ふらりと進路を変えた。
「えっ、待て、ダイチ!」
スピィシアーリが止める間もなく、勇者は人間の店の戸を蹴り開けた。
ウワァッ
キャァ!
店内の驚く声を他所に、勇者は笑う。
「おい、勇者様だぞ。もてなしの心を、今すぐ差し出せよ」
なんで、こんなのが、呼び出されたのだ。
スピィシアーリは気が付いてゾッとした。
この勇者なら、本気で、魔王を倒すなどと挑みそうだと。
だとしたら。
狙われた時、自分は、愛する妻を、セディルナ様を、守る事ができるのだろうか。
***
一方。
イフィルという国から、勇者を追いかける一行がいた。
若干8歳の国王の一団だ。とは言っても、5人しかいない。国王を守る4人も、ただの一般兵であった。
それでも、若干8歳児の言葉に、自ら護衛を志願してくれた貴重な人たちでもあったのだが。
彼らは急ぎ勇者の後を追いかけて・・・決して追いつく事はできず引き離されていく一方だったが、確実に勇者の後は追えていた。
勇者は、イフィルという国を出てから、他の人間の国々を渡り、その国々で多くの金品を巻き上げていた。
あまりの勇者の行いに、召喚した国の国王である少女は茫然とした。
ニャア
少女には、黒いネコがついてきていた。城を出てすぐ、少女にじゃれついてきたのがこのネコだ。
追い払っても離れないし、一行が急ぎ足で引き離しても、眠っている間に追いつくらしく、いつのまにか少女の周りでグルグルと喉をならすので、ついに少女は名前をつけて一緒に移動することにした。
ノル、というのがネコにつけた名前だ。
なお少女には、ネコの姿を好む魔族の叔母がいるが、この黒ネコはオスなので、どうやら叔母とは無関係のようだ。黒ネコは魔力を好むというから、きっと人間から見れば魔力の多い少女に惹かれてついてくるのだろう。という結論を、一行は持ったのだった。
つまり、このネコは、娘に気付かれないように極限まで能力を抑えて作られた、少女の父親の分体だと気づく者は誰一人いなかったのだ。
父親の力の一端である黒ネコは、このように娘の一行に紛れ、娘に危険が及ばないようにこっそり力を振って全力でサポート中であった。
その黒ネコも、非常に呆れていた。
行く国々で、勇者はことごとく困惑され、控えめに言っても迷惑がられているのだから。
まず、勇者は人々の家に無断で押し入り、勝手に家の中を漁って金品を盗んでいく。
完全に盗賊だろ、それ。
だけれど、人々は、召喚された勇者だと言われると、グッと我慢するしかないという。
魔王を、倒してくれるはずなのだから。だから、これぐらい。
馬鹿じゃないのか。と、黒ネコは思った。
それとも・・・強者を前にした弱者というのは、こういうものなのか。
問題のある勇者を召喚した国の王として、可愛い一人娘が、他の国に詫びる姿に、黒ネコは苛立つ。
あいつ、勇者、絶対捕らえてやる。俺の前に引きずり出して泣かせてやる。
どんだけ曲がった性格してやがる。
***
「スピィシアーリ。空飛んでくれよ」
「え。どうして・・・」
「異世界来たって実感が、沸くだろ」
勇者シマザキダイチは嬉しそうに笑った。
その笑顔はただの少年のように無邪気だ。しかし。
スピィシアーリは周囲を見るように促した。
「ここではダメだ。街中だし、急に僕がドラゴンに戻れば大騒ぎになる」
どうして、魔族の方が人間を気にかけてやらなくてはならない。
憂うスピィシアーリを、勇者は侮蔑の眼差しで見た。
「硬いこというなよ。勇者の仲間だろ? 勇者がドラゴンに乗るなんてあたりまえじゃないか」
「・・・そんな当たり前は、僕は知らないよ」
「頭固いぞ。喜べよ、俺の仲間にしてやってるんだから、飛べばいいんだよ、何も考えずにさ」
「ダイチ。きみは、勇者だろう? きみは・・・」
スピィシアーリは尋ねかけて言葉を飲む。
何をしにきたのだ、と問いたくなるけれど、彼は魔王を倒すためにと呼ばれたのだ。
魔族のスピィシアーリにとって、魔王を倒すなんて言葉を、勇者の口から聞きたくもない。
ふと黙ってしまったのを、気が付いて勇者を見れば、薄ら笑いを張り付けてスピィシアーリを観察していた。
ゾッとする。
何を考えているのか全く読めない上に、スピィシアーリには、自分が勇者にとても勝てないと分かるのだ。
きっと、勇者シマザキダイチが本気になれば・・・一瞬後に、きっと自分は殺される。
それだけの力を、彼は持っている。
スピィシアーリの表情に何かを読み取ったらしく、得意そうに勇者は笑う。
自分が勇者であると知っているこの男は、周囲の関心を集めるために、大仰に笑ってみせるのだ。
「この世界って、馬鹿だよなぁ! 俺様に助けてもらわないと、やってけないなんてさ! 知ってるか? 俺の世界では、異世界召喚って流行っててさぁ!」
大声に、人間たちが聞き耳を立てている。
むき身の剣を楽しそうに振り回す勇者を、奇異な目で見つめながら、それでも直接非難の声はあげない。
こんな者にさえ、人間は救いを求めるのだろうか、と、スピィシアーリは哀れを覚えた。
こんな者に救いを求めるほど、人間は苦しんでいると?
おかしなことだ。今の魔王の統治下になり、戦力に開きがあるために、今の世は平和極まりないではないか。
魔族と人間は、今現在、大きく争うことなく生きている。
なのに、こんな者にさえ、魔王を倒せと望むのか?
「勇者はさぁ、見つけた財宝全部、俺のもんだ。成長速度も神がかってるし、どんどん切り捨てて、強くなってさ、ハハッ、でも俺不思議だったんだ、助けてもらうのに、どうして勇者に金が必要なんだろうな、人間は全力で勇者を支えるべきだろ? なのにいちいち、金が必要なんだよ。武器も防具も道具も! おかしいよなぁ、なあ!?」
スピィシアーリは困惑のために、ただ少し離れて見守る事しかできなかった。
それから人間たちを見る。
人間たちは、少し怯えている様子に見えた。
見ていられなくて、スピィシアーリは勇気を出した。
「ダイチ。・・・もう行こう」
「はぁ? お前、俺に指図するなんて何百年早いぞ」
「お願いだから」
「ッチ、なんだよ、しかたねぇなあ!」
どうして、とスピィシアーリは思った。
気づく事が出来たからだ。
***
「ダイチは、どうして、わざと嫌われるようにしているの?」
町から離れた岩場で、スピィシアーリは思い切って尋ねた。
なお、ここに来たのは、勇者がどうしてもドラゴンになれ、としつこく圧迫してきたからだ。
人間に集団で襲われると応戦せざるを得ないから騒ぎになる。すると魔王に迷惑がかかる。
だからスピィシアーリは、ドラゴンにどうしても乗りたいというのならせめて町から離れてくれと懇願し、人間たちの前で酷くののしられながらも移動に成功したのだ。
正直、泣きたい。
スピィシアーリは、愛しの奥様の笑顔を思い浮かべることで、己を鼓舞した。なお、愛しの奥方様は困ったところがあって、スピィシアーリが困っていても、楽しそうにニコニコ笑う事がある。たぶん、今本当に会えても目を細めて楽しそうに笑われそうだ。仕方ない。
さて、スピィシアーリの勇気ある質問に対し、勇者は不機嫌さで目を細めた。
「はぁ? お前、ケンカ売ってる?」
「そういうつもりは無いよ。でも、ダイチは、どこか芝居しているから」
「ハ。どこが」
「・・・街中よりも、今の方が声が小さいよね?」
いつでも逃げられるように警戒して距離を空けながら、具体的に指摘する。
勇者は不思議そうに首を傾げるようにして、距離を空けたスピィシアーリを観察した。
緊張する。
なのに、勇者はまた企んだように笑う。歪んだように。
「なぁ、空飛んでくれよ。で、すごい景色見せてくれ」
見て、どうしたいというのだろう。
スピィシアーリは慎重に確認した。
「きみは、勇者リンの弟だろう?」
「勇者リン? リン、は、リンね。まー、姉だね」
と勇者は鼻で笑った。
「だったら、魔王は、きみの祖父のはずだ。勇者リンの祖父と同じなのだから」
「あー。それ、有名なのか?」
投げやりに面倒くさそうに、勇者は頭をかく。
「え?」
「だーかーら、勇者リンの祖父が、魔王だってヤツ。つまり俺の祖父が、ってのも」
勇者が探るような目を向けた。鋭い視線だ。本気の確認だと、スピィシアーリは動揺した。
「なぁ、スピィシアーリは、なんで俺の仲間になった? お前魔族だろ? なんでわざわざ?」
「それは。きみが面白そうな人間、だから」
「嘘つけ」
勇者が笑う。
「お前、魔族のスパイなんじゃないの? なぁ、自白させてやろうか? まるっと全て。ほら、もう動けない」
スピィシアーリは気づいた。
いつの間にか、身動きが取れない。金縛りにあっている。
「弱いな、スピィシアーリ。お前、ものすげー弱いのに、かわいそうにな」
揶揄される。
スピィシアーリは怒りを覚えた。かわいそうになどと、言われる理由は何一つない。
「何を、知ったように!」
なのに勇者ははぐらかす。彼は初めから、スピィシアーリに、正しく答えたりなどしないのだ。
「答えろよ。なぁ」
勇者がニィと笑って、スピィシアーリの喉元に剣の切っ先をつきつけた。
***
ある国、ある町で。
宿に泊まったイフィルという国の王が、黒ネコを抱きしめて、一人零した。
「ねぇ、ノル。勇者シマザキダイチって、私の従兄弟なんだよ。勇者に会えるの、憧れてたのになぁ」
ニャア。
と黒ネコが答える。
「勇者リンはね、とても小さかったけど、とても賢くて礼儀正しかったんだって。会いたかったなぁ。魔王のお爺様とお婆様だって、会いたかったと思うのにな」
そうだな、と黒ネコはまたニャアと答えた。
しかし世の中とはままならないものらしい。
***
スゥスゥ、と愛娘が寝入ったのを見守りつつ、黒ネコはため息をつく様に窓の外を見やる。
今日は空に3つの月が登っている。
ん。スピィシアーリが飛んでいる。
随分遠くにいるようだ。
あいつ、夜行性では無いはずだが、なぜこの深夜に飛んでいるのだ。
勇者が、スピィシアーリに無理を強いていなければ良いのだが。心配になる。
それに、どうして勇者は魔族の国に向かわないのだろう。
弟のイーギルドから、勇者はまだ来ていないと知らされている。しかし、スピィシアーリに頼めば、数時間で魔族の国にたどり着けるはずなのだ。
ウニャア
ん。
黒ネコは、窓の外からの声に気が付いて窓の下を覗いた。
白ネコが、3つの月の明かりを浴びて輝いている。
セディルナだった。




