19.崩壊
ところで。
俺たちは新しい町を作り出すわけだが、人間の領域に戻る人間たちを完全に放り出したわけではない。
兵士Aが気になるからな。
イーギルドに念話で伝え、そこから弟の一人のゼクセウムに、たまに様子を見に行ってやって欲しいと頼んでおいた。
人間の領域に戻って、あの大人数が無事にやっていけるか、妻イフェルも非常に心配しているし。
普通に、人間の一国2つ分ぐらいの人数がいるからなぁ。
***
ところで。
俺は、多くを喰い、多くの配下を生み出していた。
俺の配下は生まれた時点で他の魔族よりかなり強い。独立した生命体だ。
俺の意思を汲んだ上で、勝手に生きている。
一方、生み出されたばかりで経験が足りていない。戦術というもんがきちんと備わっていないのだ。
最近、配下たちが、人間の反乱にあって殺され始めている。
人間は弱い。それを補うように、独自で作り上げた術を使う。勇者を異世界から召喚するのもこの術の一つだ。
やっかいなので、人間界に紛れ込んで、書物を少しずつ消しているが間に合わない。
それに、記憶されたものは、書物を奪っても残ってしまう。
つまり。
人間たちの術が、配下の経験不足を上回りだした。
***
分体のいる場所。
人間の領域で、高い山々に囲まれた中にある緑色の土地。
新しい街づくりは、まぁ順調だ。平和だ。
イフェルはどの場所にどのようなものを作るか計画を立てる。
それを元に、俺やセルリエカが力を振るい、建物を作っていく。
兵士Cを含め、何人かの人間は、魔族化しはじめた人間と離れたくない、とこちらについてきているので、人間たちも手分けして町を作る。
なお、魔族化し始めた人間たちはぼんやりしていて働き手にならないが、邪魔にもならない。
すでになっていた実や葉、この場所に生息していた生き物の肉。ここは、食べられるものが豊富なのがとても良い。
この場所を、守りたい。
本体も、こちらにいたい。
だが、世界で配下たちが死んでいく状況では、俺本体は人間を潰す方に力を注いでいた。
イフェルやセルリエカたちには秘密にしている。
そんな中。
分体の俺の意識が、急激に薄れた。
下界で、強力な配下3体が、ほぼ同時に殺されたせいだった。
***
「ルディアンお兄様!」
イーギルドが俺の本体の場所に駈け込んで来た。
俺は地面に伏していたのを、顔だけ上げる。
「一人で抱え込まないで下さいと!」
「・・・煩い」
「イーギルド様っ!」
細い甲高い悲鳴のような声が聞こえた。初めて聞く。イーギルドの愛妻の叫び声か。
イーギルドが殺気立つ。愛妻は、この空間の入り口にいる様子。
「人間がたくさん来ます! ここの場所も知られていますッ!」
各地で討伐されはじめた俺の配下。人間に害をなしていた強力な魔族たちの親玉が、俺だと、いや、ここにいるのだと、気づいたか。バレたわけか。
「ルディアンお兄様! 逃げましょう。運びます!」
空間が小さいので人間の姿になっているイーギルドの顔色も、悪い。
俺は、笑った。
「無理だ。悪いな、イーギルド」
気づいていないのか? お前は。
「イーギルド様、ルディアン様を動かすのは無理ですっ!」
なんだ、お前の愛妻は気づいているんじゃないか。
弱いけど気はよく付くやつだったんだな。
「なぜだ!」
「力が、とても曖昧になっておられます! 動かしてはいけません!」
そう言う事。
こっちも知らなかったことだが、配下が殺されると、俺にショックが来るんだよなぁ。
親父は知らないのかもしれない。
こんな数の配下を生み、殺された経験などは、あの親父にはなさそうだもんな。
配下の、殺される際の断末魔が、恨みが、俺に届く。俺に訴えるのだ。危険を、状況を。
そして、ごっそりと俺の一部が失われた、奪われたという感覚。
俺自身が、もっと強かったら問題なかったのかもしれないな。
だけど、俺は今、力を使い過ぎている。
力のほぼ半分は、分体に与えた。分体は、穏やかに過ごしている。だけど、そっちはそっちで力を使う。平和的に、幸せに、町づくりに。
本体で、力を補おうとして喰う。だけど、すぐに消化できない。それを配下として生み出して切り離す。配下を作る事は良い事でもある。世界に、魔族の強者を配置できる。
ただ、まぁ、俺自身の力ではないというところが、現状におけるネックなんだよな。
本体がギリギリだから、配下を殺されると俺にはかなりのダメージになるという、大誤算。
もう、人型を保つのがギリギリだ。魔力の粒のような、俺本体の姿に戻りそうだ。
妻イフェルと娘セルリエカの傍にいる分体。あの幸せな場所に居る分体を崩さないように、本体も人型を取っている。
だけどもう無理そうだ。
急に大きなダメージを受けて、動けない。輪郭が揺らぐ。
「ルディアンお兄様、しっかりしてください! サァサクィアラ、どうすれば良いか分かるか!?」
「動かさない方が良いと思います! 休まればきっと回復されます、でも、人間がもうそこまで・・・!」
口を動かすのが億劫で、俺は思念でイーギルドに伝えた。
『イーギルド、逃げろ。生き延びたら、イフェルとセルリエカを頼みたい』
「逃げるなどできません! サァサクィアラ、私が人間どもを迎え撃つ、きみは隠れて、絶対に見つからないところに」
「はい、分かりました! イーギルド様っ、でも、お気をつけてくださいっ!」
意識が薄れる。
何度もイーギルドに詫びる。思念が届いているのかも、もう分からない。
ごめんな。こんな兄で。
こんな問題ある兄貴に、仕えるようにと生み出されてしまってさ。
ほんと、ごめんな。
***
ふわふわとする。意識が漂う。
世界で動いている分体と、意識が混じる。
一つの意識が拡大する。焦点が合う感じ。
ゼクセウムだ。遠くにいるな。
兵士Aの姿が、ゼクセウムの近くに見える。あぁ、人間たちが大勢いる。
人間たちが安堵の息を吐いている。
ゼクセウム様に守ってもらえたら安心だと。
ここは、人間の領域に戻った人間たちの集団かな。
ゼクセウムがなんか指示出している。
なら、安心だ。
あいつ、魔族にも人間にも支持者が多い。困った時に頼られる役どころだから、慣れてるだろ。
安心だ。
***
手足がどこか分からない。ふわふわしている。
俺本来の、魔力の粒のような姿に戻っているのか。
「ルディアン!」
少し遠く、妻イフェルの泣く声が聞こえてきた。
身体に、少し重みを感じた。縋ってくれているのだろうか。
「嫌よ! 私を置いて行かないで! 私を一人にしないでっ!」
そうだよなぁ。
俺は、イフェルに手を伸ばそうとする。
どこが手だか腕だかよく分からない。それでも伸ばそう。
イフェルはさぁ。
俺がいなくなったら、辛いよな。
魔族の俺なんかを、ダンナにして。人間と一線を引いてしまって。
俺の方が若いし、強いから、イフェルが死ぬまで俺がいてイフェルを守るから、安心して選んでくれたんだろう。
俺を選んだら人間には戻れないって知ってるけど、俺なら消えないと知ってたもんな。
なのに、置いて行くなんて、酷いよな。
一緒にいよう。連れていくよ。
***
ある日。人間の領域で。
強大な龍の叫び声が、険しい山の谷間に響いた。
谷は大きく揺れ、山に住む生き物が驚いて逃げ出した。
空に、巨大な光の文様が浮かぶ。とても強い人間の術で、昼間の空から一瞬光を奪ったほど。
夜のようになった世界に、まるで雷のように光が落ちる。
魔王が、魔族の強者が、何事かと飛び出した。魔族の生きる場所から、人間の住まう場所に。
***
たどり着いた谷は、全て崩れていた。
魔王たちが顔色を変えて谷を元に戻そうとする。
だが、強力な術が使われていると途中で気づいた。
遅れて、人間の軍隊が押し寄せる。
中から一人が進み出た。どうやらある国の若い王のようだった。
その者は言った。
ここは人間の領域である。
このところ魔族が暴れていたのは、魔王の行いのせいか。
ならば我々は戦うまでだ。
魔王と言えど、屈するはずはない。我々にも、隠し持つ牙は無数にある。
押し黙りにらみ合う状態に、人間側の一人がこのように言った。
平和を重んじる魔王よ。我々は、我々に害をなしている魔族を封じただけだ。
魔王はその者たちを睨みつけた。それから、魔王は力を振るった。
その谷を、魔族の領域に塗り替えた。
殺しはしない。入り込んだ人間たちを全て締め出す。
「嫌な予感がする」
と、魔王は、共に飛び出してきてくれた友人、魔族の強者ソライテンに呟いた。
そして、その谷を魔王の領域に変えたまま、急ぎ自分の住まう屋敷に取って返した。
***
魔王は、急いで家族を呼び集めた。
長男ルディアンとは連絡が取れない。
長女セディルナとも連絡が取れない。
次男イーギルドもやってこない。
三男ゼクセウムは慌てたように現れた。
四男ディーゼは異世界に行き、ここに集うはずはない。
次女リィリアは夫のソライテンに連れられてやってきた。
真面目な次男イーギルドが姿を見せないのは異常だった。
そして、次男イーギルドが現れないから、長男ルディアンのことも分からない。
集まった家族は、少なくとも次男イーギルドに何かあったのだと判断した。
***
魔王たちは、急いで例の谷に舞い戻った。
魔王は、妻ノクリアも連れて行った。妻ノクリアは人間として育っていたために、魔族の中では誰よりも人間の術に詳しいからだ。
まず、家族皆で、崩れた谷を元に戻そうとした。
だがなかなか元に戻せない。
そのうち、次男イーギルドの妻、サァサクィアラの一族がたった一人で、姿を見せた。それは酷く年老いた者だった。
力の差で恐怖させてはならないと、他を遠ざけ、魔王の妻ノクリアが代表して話を聞いた。
「ここに、イーギルド様とサァサクィアラ、そして、ルディアン様が封印されてしまいました」
語られた言葉に、集まった皆が息を飲んだ。
***
イーギルドの妻サァサクィアラは弱者だが、一族の結束がとても強い。一族では、多少離れていても情報の共有が行える。
サァサクィアラの一族の長老は、位置を示した。示されるまま、魔王たちで崩れた谷を掘り進める。
地盤は崩れそうで非常に危うい。
「人間の強力な術が使われました。だから、魔族の力が効きにくいのでしょう」
サァサクィアラの一族は、本来移動ができないので、本体の石をゼクセウムが両手で抱えて、移動しながら目的の場所に近づいていく。
慎重に進めて、一行はついに辿り着いた。
***
急に開いた巨大な洞窟。
巨大なドラゴンが、大きな翼を地に打ち付けている。翼と大地が溶け合っている。
ドラゴンは苦しそうに息を吐こうとして、止まっている。
大きな体は、その後ろを庇っている。身体を捻じるようにして、壁になっているのだから。
「イーギルド!」
魔王たちが口々に呼び、駆け寄る。
「封印されている」
「解けばいい。ノクリア、できるか」
「待って、そこにサァサクィアラちゃんが倒れている」
リィリアが気づいて、皆が探す。
巨大なドラゴンから少し離れたところに倒れているサァサクィアラに、リィリアが駆け寄る。
ノクリアも急いで駆け寄った。
他は警戒しながら、固まったように動かないイーギルドを見る。
***
「人間が、とても強い、術を、イーギルド様に。私は気を失ってしまって、それで・・・」
と話したサァサクィアラは震えて涙を流し出した。
リィリアが頭を撫でてそれをなぐさめる。
サァサクィアラは震えながら、体の向きを変えて、恐々と頭上をふり仰ぐ。
「イーギルド様」
イーギルドが、わずかに動いたようだった。
魔王が気づいて、眉をしかめた。
「おい、これは、不味くないか?」
ソライテンが皆の心を代表したように、呟いた。




