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17.秘密の話

スピィーシアーリは聖域を築いた。

自分が許したもの以外、この範囲に入ってこれない。


たとえ、歴史を遡ることのできる誰かでも。


***


勇者シマザキダイチはあの日、魔法でとても小さな炎を作った。

スピィーシアーリが案内した小屋の中で、聖域を展開した上で、人間のある国から奪い取った秘宝を3つほど使い、最終的には防音マントなどという庶民的な道具をスピィーシアーリと勇者でそろって頭から被っている。

その中で、暗いし気が滅入る、と勇者が生みだした明かりのための炎。


気が触れているのかと思うほどの警戒心。

なのに、今までになく間近に見る勇者ダイチの表情は、暗がりの中で小さな炎に照らされているからか、妙な知性と高尚さをスピィーシアーリに感じさせた。


「スピィーシアーリだけを信じて、打ち明ける。俺は、確かにこの世界を救う勇者だと、自分を信じてる」

そう言うダイチは、他人を信じていないようだ。


「スピィーシアーリの事も、姉のリンから聞いてた。巻き込んでごめん。申し訳ない。だけどさ。本当に甘いと思ってる。もし召喚されたのが俺じゃなかったら、どうしてたんだ? 他の別の、今の俺みたいなヤツが来て、魔王を倒そうとしたら? 言っておくが、本当に俺、ものすごく強い。異常だと思う程だ。たぶん、魔王なんて軽く倒せるよ。少なくとも俺なら」


スピィーシアーリはドキリとして、瞬いた。


「勇者召喚の術なんて、野放しにしないでくれ。どうして放っておくんだよ」

「待って。ダイチは、僕たちに会うのが楽しみでは無かったっていうこと?」


「いや、楽しみだった。小さな頃から、いつかないつかなって、本当に思っていた。魔王のじぃじにばぁば、会うの楽しみだったさ。呼ばれるのが、楽しみだった。だけど俺、もう大人で、子どもも2人いる。もうそんな年齢なんだよ。時間が違うのかな。何度『今呼ばれたら困る』と思うようになった。そんな人生歩んできた、俺はもう大人なんだ」

「大人・・・? 嘘だろう」


「写真持ってきた。いつ召喚があるか分からないからさ、小さなころからずっと身に着けてた。見てくれ。スピィーシアーリにしか見せられないかもしれないしな」

暗闇で、小さな灯りに照らされて、勇者は苦く笑う。

「ほら。これ、俺の娘と奥さん。この小さい豆つぶみたいなのが俺の父。ディーゼだ。で、母の花。姉の凛はこの写真には映ってない」

「・・・小さすぎるよ」

「文句言うな。娘の顔は分かるだろ?」

「うん。小さくて、可愛いね」

「ありがとう。・・・俺さ、3歳からずっとペンダント首から下げたよ。召喚されるタイミングなんて分からないからさ。でも、こっちの人たちに見せたくて。新しい集合写真撮ったら入れ替えてきた。泣けるだろ。真面目だろ。もう俺、29歳だよ」

「29歳?」

「スピィーシアーリはドラゴンだから、29歳なんて赤子かもしれないけど、こっちでは大人だ」

「へぇ・・」


スピィーシアーリはじっと写真を見つめてから、勇者に尋ねた。

「これ、皆に見せないの? 魔王様とノクリア様に」

「見せられない。無理だ」

「どうして? 僕、預かるよ。そうしたら、魔王様たちに届けてあげる」

「駄目だ。絶対に。返してくれ」

「どうして」


少し無理やり写真を取り返し、また折りたたんでペンダントに収めた勇者は、そっと小さく秘密を教えた。


「俺は、つまり、召喚された勇者は、この世界の魔王を超えて、悪者になるから」

「・・・意味が分からないよ」


「この世界は、もう勇者を別の世界から呼んではいけない。呼ばれる方もたまったもんじゃないけどさ。俺の真実は、この世界の魔族寄りだってことだ。勇者に祖父が殺されるなんて絶対に嫌だ。つまり、俺は魔族側だから、魔族が殺されるのを防ぎたい」

「・・・うん。そう、なのか」

でも正直なところ、ここまで警戒して話さなくても良いと思うのだが。


「俺は、この世界の人間にとって極悪になりたい。それで、極悪の俺を、魔族が追い払うんだ。そしたら、魔族は人間にとっての勇者になれる。勇者が魔王という存在になって、魔王が勇者という存在に変わるんだ。良い案だと思わないか?」

「・・・少し良く分からない」


正直に混乱するスピィーシアーリに、勇者ダイチは丁寧に教えた。

まるで子どもに教えるように、根気よく。決して怒らない。


***


教えてくれる態度に、スピィーシアーリは口に出した。

「やっぱり、普段のダイチは、演技をしている?」

「まぁな」

「悪者の演技だね」

「そうだ」


「そう。なら、僕をこんなに痛めつけるのは、極悪人になるためなんだ」

「そうだな。それもある。スピィーシアーリを痛めつけていると、俺と魔族の仲は悪いと、世界中が思うだろう? そのためだ」


「どうして。魔王様とノクリア様たちには本当の事を話したらいいのに。きっと協力してくれる。そうしたら」

「駄目だ。俺は、この世界で唯一の悪者になりたい」

言いきるダイチに、すでに決めているのだとスピィーシアーリは思った。


「スピィーシアーリと仲良くしていたら、俺と魔族は協力関係だと思われるだろう? それは不味い。人間と魔族を結ぶ計画なんだから。人間は、俺と魔族が協力関係だと知れば、きっと魔族は敵のままだ」

「・・・」


「魔族が敵のままなら、俺がいなくなった後、魔族を殺すために、人間はまた他の世界から勇者を呼ぼうとする」

ダイチは話す。

「そうなるのは嫌なんだ。二度と勇者を呼ばないで欲しいんだ。俺は、この世界の魔族が大事だからだ」

初めて見せる優しい笑みを、ダイチは浮かべた。

「姉のリンは、セディルナ様の事も、スピィーシアーリの事も話してくれた。皆、とても優しくしてくれたと言っていた。俺は、家族である魔族に、平和に長生きしてもらいたい」


「・・・その目的のために、僕は、勇者ダイチに引っ張りまわされて、ボロボロになっていた方が、良いんだね」

と、スピィーシアーリは、ダイチの考えを飲み込むことにした。

「そうだ。ごめん」

「うん。本気で痛いから」

「本当にごめん。痛いよな。でも、ずっと笑いながら殴る。ごめん。怒って当たり前だ」


スピィーシアーリはため息をついた。

「何度も言うけど、セディルナ様は、怒ったらもう手が付けられない強さだからね」

「絶対俺の方が強いから、それは大丈夫だ」


「本当にセディルナ様は強いんだよ?」

「いや、俺は魔王よりも強いぐらいだ。勇者タクマの2倍も強いんだから」

「どういうこと?」

「リンが小さい時に呼び出されて勇者になったから、優遇措置がついてる」

「え?」

「とにかく、俺は、普通の勇者の2倍ぐらい強いと思う。酷いだろ?」

スピィーシアーリは首を少し傾げた。

「変だよ」

「真顔で聞くなよ。事実がそうなんだ」


それからダイチは少しため息をついて、

「喉が渇いた」

と魔法で水を出し、それをつまんで飲み込んだ。

「スピィーシアーリも飲むか?」

「うん」

ダイチに倣って水をつまんで飲む。美味しい。


「ところで、こんな風に話をするのはなぜ? 普通に話せば良いのに」


多重結界の中で首を傾げるスピィーシアーリに、ダイチはやはり答えをくれた。

「この会話は、誰にも盗み聞かれたくない。俺が、魔王の血を引く孫で、魔族のために暴れているっていう秘密は、誰にも暴かれたくない」

「・・・」

「今は誰も、俺たちの会話を聞く事は出来ないはずだ。勇者の聖域、秘宝の力3種類、おまけにフードまで被って、物理的にもヒソヒソ声」

「うん」


「だが、この世界には過去を見ることができる方法がある。もし、ずっと後の世界で、その技術が発達したら? 時間を遡って俺たちの会話を調べ始めたら? そんな時代が来ないなんて保証はない」

「ここまですれば、大丈夫ということ?」

「色んな種類の防御策を張っているから、まぁ大丈夫、と思う。それにこれ以上は俺も防ぎようがない」

「そう・・・」


「スピィーシアーリ。本当にごめん。でも、実は、一緒にいてくれて有難いと思ってる。一人旅はもっとつらかったと思う。せっかくこの世界に来たっていうのに。俺は酷い勇者なのに、一生懸命、話をしようとしてくれて、本当にありがとう」


スピィーシアーリは、じっと目の前の勇者を見つめた。

シマザキダイチは、本当はこんな人間だったのだと思った。


「この時間が、最初で最後の、打ち明け話になると思う」

真剣な表情に、スピィーシアーリは尋ねてみた。

「写真も、もう見せてくれない?」


ダイチが、口を閉じた。

じっとスピィーシアーリを見つめる。迷っているようだ。

単純に、スピィーシアーリはまた見てみたかった。ダイチの持ってきた大切な写真。


「・・・写真だけ、見せる。ごめん」

と、ダイチは迷ってから、そう言った。

「だけど、ずっとここまで厳重に警戒できないから、もうきちんと話せない。俺はずっと演技し続ける。代わりに、写真だけ」

「うん。ありがとう」

とスピィーシアーリは、微笑んだ。

それが、ダイチの妥協点で、スピィーシアーリへの誠意なのだと思えた。


***


今。

急激に成長したスピィーシアーリは、ドラゴンの聖域を築く。

その中で、セディルナ様にもお願いして、周囲にセディルナ様の力の罠を張ってもらった。


さらに勇者ダイチを真似て、岩陰にセディルナ様と自分を隠す。


そうして、密やかな声で、あの日の会話を打ち明ける。


この世界にとって、飛びぬけた悪者になる事が、ダイチの目指すものだったと。


その後も、ダイチは、頼めば写真は見せてくれた。

少しセルリエカ様に似た雰囲気の子どもが写っていた。


セディルナ様は、あっけに取られてポカンとしている。表情がとても可愛い。

酷く幼く見えるのは、自分がセディルナ様より大人になったからだろうか。


***


ダイチは聞いた。

「スピィーシアーリ、強くなりたいか?」

「うん。勿論」


強ければ、好きな人たちを守る事ができる。


自分の大切な家族たちは、召喚勇者と人間たちに殺された。


このダイチは、あの勇者の孫なのか。

そう思うと、グラグラと憎しみが湧いてきた。どうしても。


そうか。僕たちは、二度と勇者を召喚させてはいけないのか。


「ごめんな」

ダイチは、なぜかスピィーシアーリに詫びた。

「俺の勇者の力、俺、もう誰にも譲らずに死ぬ。一かけらも、残してやれない」


「・・・僕は、セディルナ様を支えられる強者になりたい。だけど、駄目なの?」

「突出した力って、災いになる。セディルナ様の事本当に好きなんだなぁ、スピィーシアーリ」

ダイチが少し目を細めて表情を和らげた。


スピィーシアーリは悩みをダイチに打ち明けた。

「僕が強くなれた時、セディルナ様は死んでしまっているから。僕が強くなったところを、見せられないのが悲しいよ」

生きる時間が違うから、スピィーシアーリがまだ弱い時代のうちに、セディルナ様は寿命を迎えて死んでしまう。


「・・・そうか」

「ダイチは悪いよ。言わなきゃ良かったのに、力を譲れるとかいう話を」


「ごめん。打ち明けてしまいたくて、つい。ごめん。・・・あれだよなぁ、こんなに連れまわしておいて、なんの特典も無いなんて、酷・・・あれ?」

ダイチの言葉が途中で止まる。


「どうしたの」

「いや。・・・分からないから、何とも」

「今は告白の時間のはずだよ」

不快を示して見せると、ダイチは真顔になってスピィーシアーリを見つめた。


「・・・ぬか喜びさせたらごめんな。でも、勇者の仲間になった特典が、スピィーシアーリに与えられるかもしれない」

「強くなれるという事?」

「分からないけど。それに俺、強いヤツと戦ってないから、余計に無理かもしれないけど」

「?」

「勇者の仲間は強くなるとか、そういうの、聞いたこと無い?」

「・・・他の人なら知っているかもしれない」


***


今。これが恩恵なのだろうと、スピィーシアーリは思う。

勇者に連れまわされた事への、褒美。

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