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12.帰還

勇者シマザキダイチは、抵抗を見せるスピィーシアーリをこき使いつつ、人間の国に被害を与えながら空路で移動し続けた。


すでに人間側は勇者を敵とみなしたようで、あちこちから反撃の術が飛んでくる。

だが勇者は簡単にそれを無効化し、時には見せつけるように跳ね返し、その上に自らの力も加えていく。


勇者は、自分を召喚した国、イフィルに向かっているようだった。


***


セルリエカはまだ戻らない。

今を緊急事態として、妻のイフェルが急ぎ城に戻ったことにした。

イフェルは、自国イフィルの城、大広間で皆に苦言を呈した。


「どうして、勇者なんて召喚したの。私にも告げず、今の王であるセルリエカにも告げず、勝手に」


なお、人間の前に妻を一人で立たせるなんて危険は冒せないので、俺も妻イフェルと一緒に壇上にいる。

俺がいると、人間たちは醜い本音を吐けないかもしれないが。


人間たちはじっとイフェルを見つめ、しばらくしてから一人が言った。

「人間を、魔の手から救う必要があったため」


イフェルが眉をしかめてじっと見返す。その一人もじっと見ている。


こいつは王家の中心の者だ。

本来なら、妻のイフェルよりも、人間としての立場が上だった。昔にイフェルからそう説明を受けた事もある。

今発言したこいつは、前の王の息子。イフェルよりちょっと若いらしい。


「どうして現実を見つめないの?」

と妻のイフェルは言った。

「人間は負けたの。前の戦いで、勇者タクマは魔王を倒した。でも、その結果、人間は魔族に負けたのです。ノクリアのお陰で、人間は全滅を免れて、このように生きている。とても穏やかな世の中だと思うわ?」


「こんな世の中がですか? あなただって虐げられている。自分が王に相応しくなかったと、ご自分でよくお分かりのはず。不本意なご結婚まで」

「前の話? それとも今? どうして誤解があるのか分からないけれど、私は今、旦那様と娘に恵まれているわ。前の結婚は失敗だったけど、当時は自分で選んだものよ。不本意とあなたに言われたくないわ」


俺は黙っているが、正直不快だ。


妻は前は人間と結婚していた。

だけどそいつは、弟のディーゼを罠に嵌めて異世界に飛ばした。

王である妻と結婚したことで地位を得て、自分の野望を果たそうとした。魔族への報復を望んでいたのだ。


魔王の息子を巻き込んだ。

妻は離婚し、その男は国外追放になった。殺すべきだと意見があったのを、イフェルが必死で詫びてそれで収めた。


弟ディーゼが無事戻った一方で、母ノクリアは頻繁にイフェルに会いに行った。イフェルが相当落ち込んでいたからだ。

まぁ、別れた事は、俺にとって良かったわけだが。


さて、会話は続いている。

「あなたたちは、どう責任を取るの? 異世界から召喚した勇者は、人間の国々に多大な被害をもたらしている。この国イフィルを目指しているとの事よ。普通に考えて、召喚した国へ報復に戻っているように思うのだけど」

「我々を敵とするなら、迎え撃つだけです」

人間たちは、自分たちが強いとどうして勘違いしているのだろう。


イフェルは厳しい姿勢を崩さなかった。

「あなたたちには、他国の被害状況が知らされていないの? それとも聞いているのにそんな風にしていられるの? ギークスも、チュリスも、エンギィも、特に王都の被害が酷くて建物はほぼ全滅だというのに? チュリスなんて、イフィルより術が強くて有名な国なのに? ねぇ、本当に、分からないの? あなたたちが自ら勇者召喚なんてしなければ、これがもっと別の災いなら、私たちは魔族に助けてもらうことだってできたのよ!」


イフェルの言葉に、人間の代表者は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

イフェルが苛立ったようになるのを、隣にいた俺が肩に手をおいて抑えた。


これ以上言葉を交わしても、無理だろうと俺は思う。


***


人間全てが、魔族の敵だとまでは、さすがに俺も思わない。

妻のイフェルが人間だからだ。


ただし、イフェルは特殊だと、本人も言っている。

妻イフェルは王家の一員、末席だった。

だから、他の人間が知らない知識を持ち、当時の王家から役割も与えられていた。人間が魔族を取り込んで生み出す、魔族に非常に近い者たちの世話だ。

母のノクリアもそのように作られた一人。


つまり、妻のイフェルは、人間が魔族を利用してきたことを知っており、加えて、人として生まれてきた魔族と親しくしていた者だ。

その土壌があってこそ、魔族への理解が他の人間よりあるのだろう。

まぁ、何より母ノクリアと懇意にしているという一点が非常に大きいだろうが。


しかしほとんどの人間は、魔族とは人間と完全に別物とし、人間の外側に置いて生きてきた。

だから、強者である魔族が歩み寄ったとしても、人間は魔族を受け入れようとしない。


結局、それほどに愚かで浅い思考しかしない生き物なのだと俺は思う。


***


そして。

勇者が、ついにこの国に戻って来た。


当たり前のように、この国の迎撃の術全てを簡単に蹴散らして。


***


「派手だな」

と、俺は窓から外を見る。

分かりやすく人類の敵を気取る勇者シマザキダイチのせいで、空が暗闇に包まれていた。


ただし、これは勇者のせいではあるが、勇者がしたことではない。

勇者を猛追するセディルナが、雷をそこかしこで鳴らすせいだ。つまり雷雲が立ち込めているのだ。


「ねぇ、絶対、無茶しないで」

隣のイフェルが俺を見上げる。心配している様子に、笑ってみせる。


「この城、イフェルの家だったのに、ごめんな」

「・・・」


見事に城が崩れ出す。

悲鳴が上がる。

呆れるほどに速やかに、前の王族たちが転移しようとするのを感じて、俺はすぐさま妨害した。逃げるなら、他の者の目につくように無様に逃げ惑うべきだろ。


勇者が笑っている。

スピィーシアーリの背に乗って、黒ネコの俺の分体をつまみつつ。

勇者は分かりやすく、地上に向けて言葉を放った。

「お前ら人間は、さっさと俺にひざまづいて、そのまま滅びれば良いんだよ。俺に滅ぼされるなら本望だろ? 馬鹿だよなぁ、だれよりも強いヤツ呼んどいてさ、どうして弱いお前らの言う通りになるって思ってんだろな。俺が世界征服してやるから、安心して滅んでしまえ」


「全く同感」

と俺は呟いた。

「ねぇ、お願いよ、なんとかして。被害を最小限にとどめてっ!」

隣でイフェルが俺に縋ってくるので、俺はハイハイ、と肩をすくめる。


あぁ、でも。


俺は少し、いや、結構、ワクワクと高揚してきた。

確実に親父を凌ぐ強者など、初めて会う。


「馬鹿っ」

俺の気分を察したらしい。イフェルが腕をつかんできたので、少しだけ冷静になろうとする。


さて。

妻の傍に十分な力を持つ分体を残す。一人残すと人間に狙われて危険だからだ。

娘のセルリエカたちの方には、すでに話のできる分体が同行中。他の国に避難させている。

この2人を除いてしまうと、俺にはこの国で守るべきものが一つもなくなる。


俺は窓を少しだけ開けて、本体で宙に移動した。


「よぉ、勇者」

本来の姿は魔力の粒のようなものなのだが、あえて人間のような姿を保ったままで、俺は呼びかけた。

ついでに黒猫の力は回収する。

「大事な妻がいる場所だ。守らせてもらう」


「へぇ」

と、勇者シマザキダイチは俺に笑いかけた。

「魔族が人間を守るなんてさぁ。馬鹿みたいだな」

「それには心から同感だが、中には守りたい人間もいる」

と俺も答える。

「それに、スピィーシアーリをそろそろ解放してくれないか。大切な家族の一員なんでな」


俺の言葉に、愉快そうに勇者は笑い声をあげた。

「やだね。いなくても俺だけで飛べるんだけど、こっちの方がカッコイイから。ところでさぁ」

勇者は芝居じみた大きな動きで、俺に剣を向けた。

「あんた、相当強いだろ? 俺と勝負してくれない?」

「良いぞ」

と俺は応じた。


***


あっという間に、空に轟音が響き渡る。


***


勇者が剣を使うので、俺も剣を生み出して合わせてやる。


スピィーシアーリは、俺たちの間で力を保てず、すでに地上に落下している。

妹のセディルナがスピィーシアーリを保護したと、弟イーギルドから思念が届いている。


ただし、俺たちの周りはすでに魔力の粒で覆われている。

衝撃は地上にも伝わっているだろうから、空で俺たちが戦っているのは魔族にも人間にも伝わっている事だろう。

ここは人間の国だから、人間の建物はことごとく崩れている。そこに住んでいた人間たちが逃げ惑う。


「思う存分暴れて、気は済んだか」

と俺は対峙する勇者に聞いてやった。

「済むわけないだろ?」

と勇者は剣に体重を乗せながら余裕で笑う。


「なぁ、俺の方が強いな」

と勇者は言った。

その通りと思うわけだが、絶対に肯定などしてやるものか。

わざとなのか隙を見せたので蹴ってやると、勇者がひょいと飛ぶように俺から距離を取る。


「言っとくが、魔族は俺一人じゃないんでね」

俺は宙から分散させていた魔力の粒を回収した。

視界が一気に晴れる。


見せつけるように示してやる。


勇者の背後に、魔王である父がいた。

その他に、末の妹の旦那のソライテン。俺の弟のイーギルド。それからゼクセウム。

妹のセディルナは、地上で気を失っているスピィーシアーリの傍。人間どもから守っている。

母ノクリアはいない。きっと魔王である父が、安全な館から出さないことを決めたため。

末の妹のリィリアも、戦闘向けでは無いのでここには出ない事になったのか。

一方で、イーギルドは未だに背中に愛妻を乗せている。そこが安全だと判断したのだろう。俺には真似ができないが。


他の魔族たちはまだまだ弱い。だから人間の国のここに集まるようなことはない。


どうだ。

俺は勇者を見やった。

勇者は、集まった面々を見回す。まるで子どものような嬉しそうな表情になった。


「あーあ、残念」

と勇者は言った。とてもよく通る声だった。

「ものすげー、残念だよ。なぁ、せっかく来たのにさ」


「元の世界に戻れ。異世界から来た者よ」

厳かそうに、魔王である父が告げた。


「戻れないなら、力を貸すぞ?」

挑むように、ソライテンが言った。


巨大なドラゴンの姿のイーギルドは無言だった。

地上にいるゼクセウムは空を眩しそうに見上げていた。


勇者シマザキダイチは、俺を見た。

「ものすげー、不本意。だけどさぁ」

ひゅ、と風を切って勇者は剣を振り上げた。


「帰れよ」

合図のように呟いて、俺は本体を魔力の粒に変える。


足りないなどと言う事があってはならないので。

集まった魔族が空を見つめ、空に力を放とうとした。


***


コウッ

という、乾いたような、妙な音が空から聞こえた。

例えるなら、どこまで続いているか分からないような洞穴から不気味に聞こえた風の音。


パァン

と次に妙に軽い弾いたような音がして。


俺が姿を人間のようにまとめ上げた時。

対峙していた勇者の姿は消えていた。


代わりに、大きな渦を巻く雲が浮いていた。

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