11.島崎 大地
日付変わりましたが続けて3話目
俺の祖父は、異世界に勇者として召喚された過去を持つ。嘘みたいな真実だ。
俺の父は、異世界の魔王の息子。異世界からこっちの世界に来て、母と結婚して普通に暮らす。頭がおかしいようだが、これも真実。
真実である証拠は、父が、外人としてもあり得ないほどの真っ青な髪の持ち主、というだけではない。
俺の姉も、異世界に勇者として召喚されている。
近所どころか、交番のお巡りさんも証言している。
皆で俺を騙そうとしているなら話は別だが。俺は真実を信じている環境に生まれて育った。
中学に入って、やっとおかしな話だと気づいたが、そういうもんだとも、姉から先に聞いていた。
***
さて俺は、3歳の誕生日プレゼントに、『勇者の力』を姉から継いだ。
俺が召喚されたら危険だから力を与えておこうという判断だ。
ただし、力を貰ったことにより、『次に勇者召喚があれば、まず呼ばれるのは俺』と誰もが確信する状態になった。
ただし、俺は召喚を楽しみにしていた。
祖父は、ファンタジーの王道のような勇者だった。本気で魔王と戦い、死ぬような思いをしたと言う。
だが次に呼ばれた姉は、わずか半日で、しかも楽しい時間を過ごして戻って来たのだ。
父の父は魔王。つまり、姉は祖父である魔王たちとアイスクリームを食べたりして楽しく過ごし、危険など一切なくこちらの世界に戻って来た。
祖父である魔王が、孫である姉に『参った、勝てない』と言ってくれ、戻る条件がそれで満ちたらしい。
姉は常々俺に言った。『もし勇者として召喚されたら、魔王のおじいちゃんに頼めばすぐに帰してもらえる!』と。父も母もそれに同意していた。魔王である祖父を、父は憧れていたそうだ。つまりそのような人柄なのだ。
だから、俺も楽しみにしていた。
召喚は、異世界の祖父母たちに会える機会だと分かっていた。
父も母もその日を少し楽しみにしていたと思う。姉が無事に戻って来た前例があったから、召喚されても大丈夫だと思われていた。
ちなみに、父は魔族としての力が本当に弱く、また世界を移動してしまえば、こちらの世界に戻れなくなると恐れていた。だから、もう二度と故郷の世界にはいかないと決めている。
だからこそ、俺が召喚され無事に戻ること前提で、向こうの様子も分かるしこちらの事も伝えられる、と楽しみにしていたのだ。
***
高校2年生ぐらいまでは、純粋に楽しみにいていた気がする。
だが、受験の高校3年生になった時に、ふと不安に気づいた。受験中に召喚されたらどうすれば?
悩みを家族にも相談したが、召喚を制御できるはずがない。
そのうち、今まで気にしていなかった様々な事が気になり始めた。
トイレで大を足している最中に召喚されたらどうすれば良いんだろう。困る。止めろ。
気になる子との待ち合わせのタイミングで召喚されたくない。
次々と、「今、絶対に召喚されたくねぇな」と思う時が出てきた。
祖父など、自転車乗ってる最中に召喚されたらしい。
じゃあ、車を運転中に召喚されたら? 冗談じゃない。
免許は、講習中は教官が隣に乗ってると分かったこともあり、無事取る事が出来たが、召喚が怖くて車も原付も乗れずにいる。
前触れなど何もなかった、という召喚に怯えながらも俺は大学生を経て社会人になった。
どうせなら小学生ぐらいに召喚しといて欲しかった。中学生でもまだ良かった。
忌々しく思うようになりながら、一方で、タイミングさえ誤らなければ、異世界に行って祖父母たちに会えるのはやはり魅力的だった。
だから力を手放すことをしなかった。
そのまま、俺は結婚もした。
妻には、事前に説明してある。だけど、結婚式当日に新郎が消えたらどう詫びよう、新婚旅行中に一人にさせたらどうすれば、などと俺は怯えた。
妻の方は俺の危機感をイマイチ理解していないようだったが。
重要な取引先との打ち合わせ。接待ゴルフ。昇級試験。
子どもの出産時。子どもの高熱。親子遠足。
人生に置いて、『俺がそこにいる必要がある』状態は、相当多い。まぁ、俺がいること前提の俺の人生なので当たり前だが。
俺は二児の親になっていた。上の子は小学校二年生だ。
もう、勇者召喚なんてないんじゃないのか。きっと異世界は平和なんだろ。
そう父とも話したりする。
しかし召喚されていないという事実は変わらない。次にあるならきっと俺。
加えて、子どもにはこんな怯えた人生を歩ませたくない、と俺は思うようになっていた。
***
で。だ。
結論から言うと、とてもとても困るタイミングで、俺は召喚された。
海外出張に向かうところ。空港だった。
どうしてだ!
俺は召喚されて、俺に両手を広げて歓迎の意を表そうとしている、明らかに日本人じゃない人間たちを見て思う。
姉が異世界召喚されて、戻ってくるまでかかったのは半日ほど。
だがな。俺はな。あの飛行機、あの便に乗らなくちゃならなかったんだよ。空港に着くのがギリだった。ダッシュでチェックインするとこだった。
ここで戻っても、乗り遅れ決定だった。その後のスケジュールが全て崩れた。
ワァワァと俺に魔王がどうとか勇者様だとか訴えて来る面々を見ながら、俺は思う。
半日、いや数時間で戻ったとして。中途半端すぎる。駄目だ。
社会は、俺が召喚されたなんて事実を信じない。
俺が暮らして来たのは、社会の中のほんの小さな地域だ。そこなら、眉唾もんの変な話を、真実だって認めてくれてる。
だが、その小さな地域の外は違う。
俺は、大手企業に勤めている。つまり、小さな地域の外にある会社だ。
あの会社で、こんなファンタジーな話が信じられるはずはない。
飛行機に愚かに乗り遅れた俺。それが真実。
ここで、速やかに戻れて、数時間から半日後。
単純に俺の遅刻となるだけだ。しかも海外出張。大きな商談で。社会的信用失墜。
いっそ、行方不明1週間とかの方がマシでは、と俺は思った。
何かに巻き込まれたと判断してくれる。召喚だって信じてくれる人が出るかもしれない。または急病で倒れたとか。
1つ判断を下しつつ、ため息を吐いた。
そして、俺は、周囲の声にやっと耳を傾けた。
「魔王がこの世を支配しているのですっ!」
「この城にも、魔族が住み着いておりますっ、我々は命がけであなたさまを召喚し・・・」
俺は、俺が生まれる年に召喚されたという姉の情報を照らし合わせる。
この城にいるのは、父の兄のはずだ。
「おぞましい事に、魔族は人間との子をつくり、それを我が国の王に据えたのです!」
子どもができた? もし姉の時から順当に時が流れているのなら、それは俺にとっては従兄弟のはず。
すぐに帰ることを放棄した俺は、何も知らないふりで、確認に口を開いた。
「あのさ。俺はなんでここに呼ばれたんだ? どうやったら戻れるんだ?」
「魔王を倒していただきたいっ!!」
「拒否したら? 魔王なんて強いんだろ。俺にそんな義理は無いと思うけど」
へりくだった様子で、男たちが頭を下げながら俺の顔色を窺っている。
「恐れながら、勇者様。召喚はとても難しい術。勇者様は、魔王を倒すことで、戻る条件が整います」
「・・・」
理不尽な設定だ。
「本当に、倒さなければなりません」
と、一人が言った。この男は、俺に注意を入れた。
「息の根を止めるのです」
ん? 俺は眉を潜めた。
条件が、姉の時から変えられている。
姉は、実際に魔王を倒してなどいない。魔王である祖父は、『負け』を姉に対して認めてくれただけだ。それで戻ってこれたはず。
さては、姉が戻った後に、魔王が健在なままだと人間たちが気づいての事か。
俺が不快気に黙っていると、しばらくしてから、そっと申し出があった。
「もし、それが難しければ・・・この城に巣くう魔族を倒していただく」
ん?
俺が顔を上げてそいつを見つめると、まるで言い聞かせるようにそいつは言った。
「この城にいる魔族を倒していただくか・・・もし、それすら無理なら、その魔族の子どもを殺して欲しい。それで私たちは大きく救われます。魔族の子ども相手なら、勇者様には簡単でしょう」
「この国の国王に据えた、憎き魔族が無理やり人間に生ませた化け物です」
と他の者が口を添えた。
それは、俺の従兄弟のことだろう?
***
俺も、魔族の父と、人間の母だから、化け物って言われたらそうなんだろうかな。
などと、どこか苛立つのを感じながら考える。
苛立ったせいで、逆にどこか研ぎ澄まされる感覚がある。
ふと気づいて視界の脇に意識を向けた。数字がパッと表示された。
こんな仕様は、祖父や姉から聞かなかったが。
姉は、気づかず戻って来た可能性もあるが。祖父は、些末な事だと忘れていたか。
なおも訴えて来る声を聞きつつ、ざっと数字を確認した。こういう確認は得意だ。仕事にも必要だしな。
やはり、祖父は説明しなかっただけだな、と思った。
俺が行ったことがあるはずがない場所が、登録地点として並んでいる。様々な能力が表示されている。
これは、祖父の苦労の遺物だろう。
加えて、姉も経由したことで、姉が得ただろう補正がついている。『最年少勇者補正』。全ての能力が倍掛けになっている。恐るべし。
イライラしながら、俺は足をコンコン、と踏み鳴らす。クセだ。
事実確認をしなくては。
姉が話していた状況が続いているのか。または、人間が言う通りの事態に変わったのか。
ここの人間は信用できるのか。または、俺の父が嵌められたように、浅はかで身勝手なのか。
ただ、俺だって人間だ。判断に偏りがあるのは仕方ない。
そして、状況が変わりないのなら、俺は魔王の方の、身内であることも。
***
ガタンッ、と重そうな音で扉が開いた。
「も、申し訳ありませんっ!」
小さな女の子が、血相を変えて飛び込んでくる。
豪華そうで目立つ服。頭に、王冠。
俺の父にどこかにた顔立ちの女の子。俺の娘にもどこか似ている。
「わ、私が、この国の王です。セルリエカと申します」
慌てながら、その子は言った。
「お名前を、お伺いしても、良いですか?」
一生懸命に、そして、この子は俺に期待をしていた。
「・・・島崎 大地」
俺はわざとぶっきらぼうに答えてみせた。
この子は、こいつらが、自分を殺そうと勇者を召喚したって、気づいているんだろうか。
気づいてないよな。
「シマザキ、ダイチ」
繰り返して、その子は嬉しそうに目を輝かせたのだ。
「俺、魔王を倒せって呼ばれたんだけど」
俺は状況を確認に、あえて親しみを感じさせずに聞いてみる。
「あんたが、国王?」
「え、あ、はい。私が、あの、母をついで、王様になりました。あの・・・あの、すみません」
「なんだよ」
「あの、世界はとても平和です! 優しい魔王様で、倒さなくて良いんです! 呼び出して、ごめんなさい!」
「あんた、親が魔族?」
「え、あ、はい・・・」
その子は瞬き、それから俺を期待したように見た。きっと、俺がリンの弟だと気づいている。または、魔王に繋がる親族だと。
「父が魔族で、母が人間?」
「はい、そうです」
「ふぅん」
と俺は言った。
召喚者たちが、あれが敵なのだと、俺に教える目をしている。




