10.魔族と勇者と人の国
本日2話目
どうも一国を滅ぼしたことで、魔王である親父も姿勢を考え直したようだ。
セルリエカたちと共に、国イフィルに戻る最中。人間どもの様子は恐ろしく暗くなっていった。
魔王たちが人間の前に頻繁に姿を見せ『従わないなら殺す』と圧力をかけるようになったからだ。
でも今更なんだが。
前からずっと同じこと言ってあるのに、ここまでしないと人間どもは理解できていなかったのか?
なお、頻繁に圧力をかけるようになったのは、多分母ノクリアが悟りの境地に至ったんだろう、リィリアの一件で。
「リィリアを攫い同じことを繰り返そうとしたなら、仕方ない」とか。
で、父が母の許可を得て、圧倒的な力の差を見せつけ始めたのだ。
正直言って、母ノクリアは、自分は人間だとは言いながら、ずっと魔族の世界で暮らしている。
俺たちが小さな頃は、頻繁に人間、親友のイフェルに会いに行きもしたが、俺がイフェルと共に暮らしてからは来るのを遠慮し、結果、もう母も人間の国にあまり来ない。
つまり、母は、もう人間側ではなくなっているのだろう。
そう考えると、一番人間に近いところにいる魔族は、俺とセルリエカかもな。
「俺たちは、どうなるんだろう・・・」
食堂で飯を食いながら、暗い顔で兵士が話し合っている。
そして時々、俺を見る。俺の様子を探っているのだ。
「お前ら。アラン、ビルト、カーリ、デルタ」
と俺は、骨付き鶏肉を喰いながら確認してみた。呼んだのは、兵士ABCDの名前だ。
「『魔族を殺す』と言いながら勇者召喚しつつ自らは戦わない人間の王族ども。片方は、セルリエカ。どっちを守る?」
「何気に重要そうな質問だぞ・・・」
とAが仲間たちに呟くように困惑する。
「答えないというなら構わないがな」
と俺は気楽に答えてやる。
「セルリエカ様で」
「セルリエカ様で」
と4人が模範解答のように答えるので、理由も聞こう。
「このように頑張っておられるので」
「親しみを持ちますので」
「はい」
「国王ですから。わが国の」
「カーリ。詳しく言えよ。俺に不満があるなら言っておけ」
とCの答えを詰めてみる。
Cは答えた。
「魔族と人間の間に生まれた方なので。得難い方だと、思います・・・」
「まるで正しい答えを知っているかのような」
と俺が指摘すると、ムッとして睨む。
まぁ良い。
「イフィルには俺とセルリエカがいる。魔王も他の魔族も、勝手な振る舞いはしない。勝手なのは人間だがな」
と俺は答えた。
「人間をどうするおつもりですか?」
「仲良くなれる人間だけを、守りたいな。なぁ、セルリエカ?」
俺が同じテーブルにて食事をしている愛娘を見やると、セルリエカは少し戸惑ったようになる。
その態度に、兵士たちはどこか安心したように表情を和らげる。
***
さて。親父たちが、人間の国に圧力をかけ始めたのには、もう一つ理由がある。
勇者シマザキダイチとスピィーシアーリの行方が知れないため、全面的に人間のエリアにも捜索に乗り出したのだ。
その証拠に、セディルナやイーギルド、ゼクセウムまでも頻繁に人間に姿を見せている。
ゼクセウムはもともと魔族にも人間にも人気がある。調停役を頼まれることが多いためだ。だから、ゼクセウムが現れると、人間どもはゼクセウムに頼ろうとして集まり、自分たちは悪い事をしていない、と訴える。
俺は思うのだが。
ゼクセウムが魔王で良いんじゃないか? 兄姉ほどの強者ではないが。
「ゼクセウム様は、でも、威厳が無いのです」
と、兵士Bが言った。
「やっぱり、魔王と言うのは強くないとイメージが」
「お前ら、魔王に強さを求めてんのか」
人間のくせに、イメージは大事なのかよ。
「あぁ、じゃあセルリエカが魔王だったらどうだ」
と俺は聞いてみた。魔王などに据えるつもりなど無いが。
セルリエカ自身が首を傾げつつ、
「魔王になったら、頑張ります」
と意気込んだ。
兵士たちが、困ったようにその様子を見る。
「魔王・・・」
と呟きつつ見ているのはDだ。
「セルリエカは可愛いから、『魔王の愛娘』とかが一番良いな」
と俺はセルリエカを見て笑み、ならば俺が魔王か、と思う。
「ルディアン様は、魔王より強いのに、どうして魔王にならないのですか」
と、Aが切り込んだことを聞いてきた。
俺は少しだけ無言になり、しかし答えてやった。
「家族を潰してまで、なるもんじゃないからな」
そうでしたか、と、兵士たちが意外そうに俺を見る。
お前らは、多分俺を誤解している。まぁ構わないが。
「親父が生きてるうちは、俺はイフィルの国ぐらいで丁度いいだろ。野望もねぇしな」
「野望」
「あー、セルリエカを大事にしてくれる国を作りたい。不要な者は排除してでもな」
と、俺は意味ありげに笑った。
兵士が困ったように口をつぐみ、助けを求めるようにセルリエカを見る。
***
ところで、黒ネコも活動中である。
今は皆で食堂にいるので、町を適当にブラブラしている。
・・・ん?
ん!?
ボソッと、上から袋を被せられた。
***
黒ネコ姿で俺は暴れた。
俺が捕獲されるとか! 無いだろ! 俺だぞ!
ニャッ、ニャッ、と袋の中で暴れているところ、笑い声が外でする。
クックック、と実に楽しそうだ。
くそ。黒ネコ姿を解いて、霧状になり脱出してしまうか。
「僕です。ルディアン様」
そっと傍から小さな声が落ちてきた。
俺は袋の中で動きを止めて、パチパチと瞬いた。
スピィーシアーリか。
俺はニャッと声を上げた。
***
袋を開けられて出たところは、どこかの路地裏だった。
臭い。暗い。汚い。面倒くさそうだ。
地面がぬかるんでいて、俺は正直不愉快になった。
俺の首を、かるく掴んだやつがいる。
「よ」
と、そいつは笑んだ。
「ルディアン様。本当に申し訳ありません・・・」
と、傍から声が来て、そちらを見れば、顔に傷やアザを作っている、人間姿のスピィーシアーリだった。
あまりにボロボロの姿に、俺は目を丸くした。
その瞬間。
俺たちはありえないほどの強固な結界に閉じ込められた。
俺を掴んでいる人間も一緒に。
「内緒の話をここでするようです」
と、スピィーシアーリが俺に小さく説明した。
***
「そろそろ、帰らなくちゃマズイなと思うしさ」
と、勇者シマザキダイチは俺たちに言った。
「だから、潰していい人間の国とかあったら、教えて欲しいんだけど」
妙な穏やかさに、理解できない不思議さを感じる。
さて。ここで問題がある。
俺は黒ネコで、「ニャア」とか言えないのだった。
「もう良いんじゃね」
と、勇者はニヤニヤと笑い、俺の首根っこを改めてつまみ上げた。
***
数刻後。
勇者シマザキダイチは、強引に連れまわしているドラゴンの背に乗り、人間の国を急襲した。
勇者の気の狂ったような笑い声が上がる。その度に、その国の王宮は砂のように崩れていった。
ドラゴンが止めるように方向転換しようとするのを、グィと引っ張られて体勢を元に戻される。
グゥ、ともギィ、ともいう苦しそうな泣き声が、ドラゴン・・・スピィーシアーリから漏れる。
そして空からは大粒の水が降る。
雨ではなく、水球だ。自然現象ではありえない。勇者の所業だ。
勇者のいる位置から下の位置で、急に水球が現れて落ちていくのだから。
で。俺は。
勇者シマザキダイチに首根っこを掴まれて、スピィーシアーリの背に乗る勇者に、宙ぶらりんに振り回されていた。
ざまあみろ、と俺は思った。
セルリエカを殺そうとした人間たちを眼下に見やる。
***
数刻も建たずに、王宮は崩れる。
人々は空の勇者から逃れようと叫びながら逃げ出している。
愚かで傲慢なヤツらだと、俺は勇者に宙づりにされながらも冷たく見ている。
お前たちは、人間が召喚した勇者によって滅ぼされる。
穏やかさを享受せず、魔族に関わるとセルリエカを殺そうとした罪だ。
お間たちになど、もう誰が救いの手を差し伸べるものか。
救いの主であったはずの勇者などに、お前たちは滅ぼされるのだ。
***
急に空に雷鳴が轟いた。
ん、これは。
ぶんぶんと勇者シマザキダイチに振り回されつつ見ると、まだ点のようにしか見えないが、遠方からイーギルドとセディルナたちが迫ってきていた。
これはあれだな。セディルナが怒りまくっているんだろう。
ニャッと俺は鳴いた。
「おっと。スピィーシアーリ。愛しのセディルナ様を傷つけられたくなければ、さぁ移動だ」
勇者シマザキダイチが愉快そうに笑った。
しかし、スピィーシアーリは嫌そうに逆らおうとした。俺もろとも、勇者を背中から振り落とそうと暴れる。
だが勇者が、ゴン、とスピィーシアーリを殴った。スピィーシアーリが衝撃を受け、空中でよろめく。
おい、止めろよ!
ニャッと俺は非難の声を上げるが、首根っこを掴まれて宙ぶらりんのこの身体で他には具体的に何もできない。
ドーン
と雷が地に落ちた音が響いた。セディルナが激高したようだ。
スピィーシアーリ! とセディルナが叫んだような気がする。まだまだ遠い上に、真下の人間たちの音が近くてはっきりしないが。
「面倒くせぇなぁ、スピィーシアーリは」
心底、勇者は呆れたようだった。
もう一度、ゴン、と頭部を殴るので、宙のスピィーシアーリがまた揺れる。
勇者は分かりやすく術を使った。
スピィーシアーリに、赤い糸が絡みつく。手綱のようだ。
片手で手綱を握り、勇者はスピィーシアーリの向かう先を強要する。
あ。マズイ。
セディルナの怒気の影響がこっちに来てる。空気がピリピリし始めている。
黒ネコ姿の俺の毛が逆立ち始めた。
本体の俺なら何の問題ないんだが、この黒ネコ姿だと力の差がありすぎる。この分体、撤収しちまいたいなぁ。うーん。
勇者は、もうハッキリ姿が見えた巨大なドラゴン、つまりイーギルドたちを見る。
面倒くさげだ。
そして、無言で新たな術を展開した。
***
急に、空が穏やかな青さに包まれた。
勇者がまるで歌うように言った。
「次の国だ。さ、ここも潰すぞ」
なるほど。勇者は転移が使えたか。
隠蔽も結界も転移もできるなら、魔族総出で探しても見つからなかったはずだ、となんだか俺は納得する。
「なぁ、黒ネコのルディアン様」
と勇者は俺をつまみあげて、視線を合わせてきた。
「俺とあんたとさ。マジでやったら、どっちが強いだろ。俺はさ。俺の方が強いと思うんだけど、アンタどう思う?」
ニャッ
と俺は苛立って抗議の声を上げた。
ちなみに俺が黒ネコでなされるがままなのは、勇者と同行していた方が、状況が掴めて良いからだ。
この黒ネコだからこそ、勇者は俺を連れまわしている。
勇者は余裕で目を細める。
「俺は、たぶんさ。この世界の誰よりも強い。俺の父さんが手が届かなかったヤツらに、俺は勝ってやることができる」
・・・。
俺はじっと勇者を見つめ返した。
お前、異世界にいった弟、ディーゼの息子なんだよな。
お前、きっとディーゼと仲が良いんだろう。
シマザキダイチ。
色々、話をしたかったんだがな。
「マジで、戦って、勝ちたい。土産話になるだろ」
と、勇者は小さくつぶやいた。
***
勇者はスピィーシアーリの背に乗り、人間の国の上空を移動する。
本当に、気が狂っているとしか思えない。
高笑いをしながら、これみよがしに、国の要所を潰す。
魔王である父親が、ずっと手を出さずに置いていたもの。人間のプライドのような、人間の構造。
それを、何のためらいも束縛も無く、異世界から召喚された勇者が破壊していく。
勇者は、抵抗しようとした人間に、ご丁寧にも声が届く様に術まで使う。上から目線で、決して理解し合えない態度で、一方的に告げて力を振るう。
「お前らが召喚したんだよ俺を。お前らの誰よりも強い勇者なんてもんをさ。どうして思いのままに動かせるなんて奢ったんだか」
そして笑む。
「消えちまえばいいのに」




