1.事の起こり
※シリーズの他作品の続きにあたります。
※読んでいなくても分かるように注意していますが・・・すみません。
※『人類は魔王に勝った!』の後の話です。
この世界には、多くの種族が生きている。
だけど、人間だけが、自分を「人間」と括り、その他はまとめて「魔族」と括る。
そして、人間サマは、魔族が世界を治めているのをいたく、気に入らない。
という事は十分知っているが、実質魔族の劣化版のような人間がどう思おうと、正直どうでも良い。
ただし、人間の代表者を妻にと望み、奇跡的に生まれた一人娘の行く末を思うと、正直微妙だ。
我が子は、魔族と人間の混血。
自分が妻との時間を欲したというのも事実だが、8つになった我が子を、それまで国王を務めていた妻に代え、一国の王とした。そして、自分たちは引退・・・旅に行ってくる! というフリをしてみた、わずか4日後。
人間どもが、またも勇者召喚を実行した。
本当に、先見の明のない、知恵の浅い・・・。
人間である妻の方が、本気で額を抑えていた。
***
「お父様、お母様っ!」
駆け込んできたのは、8歳の娘だ。この国イフィルの国王サマだ。
「セルリエカ」
妻のイフェルが、走り寄って娘を迎え入れる。
娘はすでに泣きそうだ。
「どうしましょう。皆さん、言うことを聞いてくれません」
「やっぱりなぁ」
俺は隠し部屋でため息をついて、傍に来た娘の頭に手をやって撫でてやった。
勇者召喚だって、国王たる娘に相談も報告もせず、勝手に実行しやがった。
人間は、魔王の息子であり、魔王よりも強者である俺を怖がっている。
その俺がこの国を離れた、と嘘を流し、気配を消した途端、これだ。
本当に人間どうでもいい。どうでも良いけど、妻の国だし妻が困ったようになるので、殺さずにおいてある。
それでも、娘と仲良くやるなら。妻も自由になるし気楽になる、と安易に試してみただけが。
「で、勇者は? リンか?」
「えっと・・・」
娘のセルリエカはもじもじと口をつぐんで言いにくそうにした。
「なんだ」
「どうしたの」
俺と妻とで娘の様子を見る。
この国は、困るとすぐ勇者召喚に手を出す。術も改良しまくり、本来は秘術らしいのに乱発する。つまり、前にも勇者召喚が起こり、俺たちは勇者に会った事がある。勇者リンだ。
セルリエカは困ったように、俺たちを見た。
「リンちゃんって、女の子の勇者サマ、だったんだよね?」
「あぁ」
「そうよ。セルリエカにもちょっと似てるわ」
俺と妻は頷いた。
勇者リンは、俺の血縁者だ。俺の弟の一人が、異世界に行って幸せに暮らしている。リンはその弟の娘だったのだ。
あの時も召喚には驚いたが、弟の娘とすぐに分かった上、向こうの様子も分かって嬉しかった。
だから今回も、人間がまた召喚に手を出して成功しても、リンが来てくれるなら嬉しい、と思ってもいた。近況を知り合う事ができるから。だから、今回、人間を少し野放しにしてみたのだ。
「男の子、だったよ。シマザキ ダイチって」
「そうか」
「リンちゃんの弟かしら」
俺と妻とで顔を見合わせる。リンでないのは残念だが、前に現れた時、リンは、弟が生まれるという話をしていた。その弟が現れる可能性も、考えていた。
「まぁ良い。そのダイチは、連れてこなかったのか?」
と俺は娘に聞いた。
この作戦は人間の対応を見てみるため。だから娘のセルリエカには、俺たちがまだ城内にいると皆に悟られなようにしろとは伝えてあった。
とはいえ、勇者が現れて「シマザキ」という名だったら、連れて来て良いと言ってあった。「シマザキ」なら十中八九、血縁者だからだ。
娘は、そこでウワァン、と声を上げて、俺に泣きついてきた。
おや。どうした。
***
娘を抱きかかえて宥めながら、妻とため息をつき合う。
呼び出された勇者シマザキ ダイチは、召喚に気付いて驚いて駆けつけた娘が国王だと名乗ると、不満げになり、宝剣も無い、世界は平和だ、と娘が慌てるように伝えるとさらに顔をしかめて、
「せっかく来たのにこのまま帰るわけないだろ」
という内容を、娘に再現できない口汚さで怒鳴り、勝手に召喚の部屋を出て、勝手にあたりのものを物色し、そして人間どもには笑って見せ・・・。
「大丈夫、俺が魔王を倒してやる」
そして、広間のベランダから声を上げ・・・。
何も現れないので面倒くさそうに悪態をつき、そこから飛び降りていったという事だ。
ちなみに4階だが、階下の屋根などに無事に着地して、地面に降り立って出かけて行ったという。
行動の意味が掴めない。
しかし、一応注意は送っておくか。
俺は、脳内で、弟の一人、イーギルドに思念を送った。イーギルドは俺の側近的な存在として産まれているため、思念が通じ合う。
正直便利だ。このように産んだ母の能力の底知れなさも感じるが。
「お父様、セルリエカはどうしたら良いでしょうか」
娘はまだグズグズと涙目で俺に聞いた。
酷く甘えたがりで泣き虫な性格だが、きっと俺たちの溺愛のせいだとも分かっている。
妻は人間で高齢に入るので、きっと子は望めないと思っていたところを、産むことができた一人娘。奇跡が起こっても一人だけだと、充分に分かっている。
それで、本気で目にいれても絶対痛くないと断言できるほどに可愛い。甘えられると俺の機嫌も良くなるし、妻もその光景に目を細めるしで、俺に甘えるように娘を育ててしまったのだ。
さて。どうしたら良いかと聞かれてもな。
「セルリエカはどうしたいんだ」
「勇者を追って、元の世界に戻ってもらいます」
ん?
「追うのか?」
「はい。だって、王冠まで持って行ってしまいました」
「まぁ」
妻が目を丸くした。またも俺と目を見合わせる。
「別に良いんじゃないか、王冠など。どうせ飾りモンだろ」
「ルディアン。王冠は象徴なの。目に見えないものを形にしたものよ。持ち出されるのは困るわ」
「っつーか、勝手に持ち出すとか、盗賊だろうそれ」
俺の感想に、俺に抱き付いているままの娘がコクリ、と頷く。
どうやら、娘からみた勇者の印象は悪いようだ。
まぁ、箱入り娘で育ててるからなぁ。
「俺もついていってやろうか?」
と俺は娘に聞いてみた。
娘は魔族と人間のハーフだ。そして、人間は弱い。だから娘は、俺の娘ではあるが、魔族の中でも強者とは言えない。弱者でもないが。
「いいえ。だって、王様だから、私ががんばらなくちゃ。だって、そうでないと、お父様とお母様が安心できないのでしょう?」
父親大好きの娘は、一生懸命、俺に認めてもらおうと努力する。俺はそれに破顔した。
抱きしめる。
可愛すぎる、セルリエカ!
「じゃあ、どうするの?」
と妻イフェルが横から柔らかく尋ねた。娘は一生懸命に答えた。
「兵士さんを募って、聞き込みをして、追いかけます」
「そう。無理をしないでね」
「はい、お母様」
俺たちに泣きついたこと、話をしたことで、スッキリしたらしい。
セルリエカは俺から離れて、優雅な礼をしてみせた。
「いってきます」
「うん」
「えぇ」
こうして、娘は退出していった。
閉じられた扉から、俺と妻はまた顔を見合わせた。
「ついていって」
「分かってる。バレないようにちっさい動物を出す。すぐ合流する」
「うん」
「・・・ん、おい、スピィーシアーリが来るな」
スピィーシアーリは、妹の旦那。黒いドラゴンだ。ただし、さほど強くはない。
妹にとって弱者に入るために、旦那にはなれないと本人は諦めながら妹に惚れていた。それが、気まぐれな妹の、気まぐれな夫婦の仮契約で、妹が逆に惚れこんでしまったのだ。
魔族の夫婦の契約印は、互いの感情が伝わりやすくなる。スピィーシアーリの感情が、妹に直接伝わる。その結果だ。
というわけで、スピィーシアーリは、幾多数多のライバルがいる中、本契約で夫婦になれた。
なお、俺たちよりも先に生まれており、今の魔王である父親の前の世代から生きているが、長命種のために、俺たちより若い。
さて、俺たちは城にいない設定なのに、スピィーシアーリに直接城に乗り込まれると面倒だ。
俺は飛行ルート上に転送のための陣を作ってやり、直接この部屋に招き入れた。ドラゴンのままだと面倒なので、人化の水飲めよ、と命令しつつ。
***
ヒュッ、と銀色の髪の黒色の目の若者が宙から落ちるように現れて、すぐに俺たちに平伏の姿勢を取った。
「良い、面倒だ。用件はなんだ」
あと、セディルナが一緒で無いのは変だ。あいつ、なんだかんだ、スピィーシアーリと一緒にいるものを。
「はい。事情を説明にと、思いました」
スピィーシアーリは顔を上げて、少し困ったような顔をする。
「どうせセディルナが何か命令したんだろ」
「・・・はい。勇者が召喚されたとの事で。戯れに、僕にも、参加して来いとおっしゃって」
「参加?」
妻のイフェルが不思議そうに首を傾げた。
スピィーシアーリは妻にもきちんと頷き、向き直って答えた。
「はい。暇なので、活躍してこい、ドラゴンでしょう、とおっしゃって。・・・ですので、少し困ったのですが、僕はこれから、人化しつづけて、勇者の仲間になりに行きます」
「は?」
仲間ってなんだ。俺が眉を潜めただけで、スピィーシアーリは苦しそうに眉をしかめた。
「ルディアン、落ち着いて」
妻が俺とスピィーシアーリの間に入ってくる。
妻は人間だし、力の差に鈍感だ。だが魔族は違う。敏感に差を感じ取り、同時に圧迫を受ける。そもそも、スピィーシアーリがこの場に存在できるのは、俺が存在を認めたからだ。
とはいえ、多少苛立っただけで話せなくなるのも困ったものだ。
スピィーシアーリは少し耐えるように俯き、それでも説明を続けた。
「セディルナ様は、参加してきて、とおっしゃっただけですが・・・あの勇者が、強いのですが、どうも動きが不安で。何をするか、分からないので・・・。『ドラゴンでも出ないかなぁ!』と叫んでいるのもあって、ならばいっそ傍にいて仲間を務めれば、様子を見ることもできるのではと」
「お前、大丈夫か? 下手したら勇者に殺されるぞ?」
と俺は本気で心配した。こいつ、弱いのだから。
「殺されないようにします。・・・とにかく、1人でフラフラ剣をむき身で持って振り回していますし・・・彼も、リンちゃんの関係者なのでしょう?」
スピィーシアーリは尋ねてきた。
「いや、俺も会っていないから何とも言えないが、まぁ十中八九そうだろうな」
城を探ってみれば、異世界に行った弟の気配を感じ取ることができる。つまり、現れた勇者には、異世界にいった弟との繋がりがあるという事だ。
「セディルナ様は、リンちゃんがお気に入りでした。リンちゃんでなかったので面白くなかったようです。だから、僕に刺激を求める様子です」
「・・・」
お前も、苦労するなぁ。なんであんな性格の妹に惚れてるんだ。本人に聞くと、溶けるような笑顔でノロケが始まるから絶対口に出さないが。
「気をつけてね。本当は、リンちゃんの弟の勇者に、私たちも会って挨拶したいのだけど・・・」
「はい。イフェル様、有難うございます。まずは勇者の人となりを掴もうと、考えています」
「お前、本当に死ぬ前に逃げろよ?」
でないと、妹は絶対に泣きわめくぞ? つかみにくい性格してるけど、お前の事は本気で気に入っているんだからな。
「ありがとうございます。・・・それでは、失礼します」
律儀に、折り目正しく礼をしてから、黒いドラゴンは再び空に戻っていった。
***
「あ。こっちも、セルリエカが勇者捕獲に行くって話、しそびれたな」
「どこかで会うから、分かるでしょう・・・」
俺と妻とで、またもや困り顔で、顔を見合わせる。