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クラスメイトは搭乗者  作者: きつねそば
3/20

非日常への階段1

「よーう広人、聞いたか?」

「…なにを?」

 翌朝、ホームルーム前の自由な時間。肩を組むように隣にはりついた友人の問いに質問する。

「昨日向こうの街に『船』が出たらしいぜ、今朝ニュースでやってた」

 そういえばやっていたような気がする。スーツを着た眼鏡のおっさんが「建物十九棟が半壊、死者はなし」と天気予報の前に言っていた。

「おお、それそれ!めずらしいよな町が襲われるなんて」

「ああ、そうだな」

 実際に現場を目撃した身から言わせてもらえば決して心躍るような話題ではない。小学校低学年だったらトラウマものだ。だがこいつがそんな事情を知っているわけでもないので一応返事はしておく。

「なんにせよ死人が出なくてよかったぜ。建物はまた直せるもんな」

 乗り気じゃないことを悟ったのか、ところで、と早々に話題を切り替えてきた。

「知ってるか広人?」

「…なにを?」

 さっきと同じ流れだが今度は顔が近い、このノリは女関係か?

「ふっふっふ…さすがだ広人。そのとおり!実はこのクラスに女生徒が転校してくるらしい、という情報をゲットした!」

 ガッツポーズとともに胸を張る。

 毎度毎度どこから仕入れてくるのか。女子更衣室ののぞき穴やら今日の有馬先生(担任)のパンツの色やら……

「パンツは経験と統計による推測だけどな!まぁなんだ、男なんてみんなバカな生き物だから女が絡めば不可能はなくなるのさ」

 額に指をあてフッと息を吐く。かっこよくねーぞ。

 教室の戸が開き有馬先生が入ってきた。後ろに見覚えのない女子が続く。

 バカやろうはあわてて自分の席へと戻ると、どうだ!といわんばかりの笑みを見せた。

「みんなおはようございます。突然ですが今日から新しいクラスメイトが加わります。それでは自己紹介をどうぞ!」

 声に妙に張りがある。有馬先生、少し興奮しているな。

「はいー」

 ソレに続く声は私生活では使わないが、割とよく聞くイントネーションだった。

野見山克美のみやまかつみです。趣味は音楽鑑賞で、好きな食べ物はおにぎりです。みんなよろしく、仲良うしてん?」

 いわゆる博多弁。セミロングの髪と弾けんばかりの笑顔、男子の制服を着せても美少年で通りそうな顔立ち、感情豊かに変化する表情が、快活でとっつきやすい印象を与える少女だった。

 仲良うしてん?でみせたいたずらっぽい仕草に、さっそく例のバカが食いついた。

「はいはーい!質問いいですか?」

 用意がいいな。メモの準備もばっちりだ。

「よかよ。なん?」

「おにぎりの具は何が好きですか!」

「梅やおかかも好きやけど、一番はこんぶやね」

「血液型は何型?」

「O型です」

「出身は?」

「あはは、福岡です。わからん?」

 他の生徒たちも次々に質問をなげかける。星座は?スリーサイズは?彼氏いる?それらにおひつじ座です。あててみてん?募集中です。とテンポよく答えてゆく。

 ちらちらとこちらを気にしている様だが、顔見知りでもいるのだろうか。

「はい、質問はとりあえず終了。野見山さんの机はどこに置こうかしら?」

 廊下を見ると机とイスがある。教室に使っていない机はないので持ってきたらしい。

「あ、せんせ。あんまみんなに迷惑かけたくないけん、机は廊下側の一番前に置かしてもらってもよか?」

 俺のとなり、バカの前か。これなら端の列が机一個分下がるだけだから手間もかからない。現右隣は早くも「よっしゃ、みんな下がれ下がれ!」と行動を開始する。はりきってんな。

「机運んでやるよ!広人手伝え」

 言うと思った。心の準備はできていたので、すぐに立ち上がる。

「あ、よかよ!ウチが自分でやるけん」

 さすがにこんな展開になるとは思わなかったらしい。自分のために立ち上がった広人たちを、転校生はあせった様子で止めにかかる。広人は転校生を落ち着かせるために口を開いた。

「これは迷惑じゃない」

「ふぇ?」

「親切だ。甘えてくれ」

 ……キザだったかな。冷静に考えて固まっていると、後頭部にかえでの視線を感じた。急に恥ずかしさが込み上げてくる。広人は逃げるように廊下に飛び出した。

 廊下では先に出ていた親友が、転校生用の机の横にしゃがみこんでいた。

「おう広人、そっち持てよ」

「わかったよ」

 腰をかがめて、イスの乗った机に手をかける。

「お前も言うねぇ……」

 聞いてやがったこの野郎っ!?

「うるさい。運ぶぞ」

 くそ。声を殺して笑ってやがる!!認めるよ。俺もバカだ。なんとなく格好つけたかったんだよ!

 悪友を思いっきり睨みながら机を置く。転校生に「ありがとう」と言われたが、もう顔見れねぇ。広人はうつむいたまま「…おう」と呟き、逃げるように席に着いた。



 広人は失念していた。そのことに気がついたのは一時限目数学の授業が始まる前だった。

 野見山克美は転校生だ。当然教科書を持っていない。克美の席は廊下側にある。隣には広人しかいない。つまり。

 広人はこっぱずかしい台詞を吐いた相手との接触が決定しているのだ。なんであんなこと言ったのだろう?広人はつくづく後悔した。

「あ…あのぅ」

 右側からおずおずと声をかけられる。広人は机に手を突っ込んだまま固まっていたらしい。そりゃ気も使うか。

「な、なんだ」

「教科書…みせてくれん?」

 小首をかしげてこちらを見る。広人はバカみたいに「あわ…」と答えた。

「よかったぁ、なら」

 克美はよっこいしょと机を持ち上げ、広人の席にくっつけた。机ってこんな小さかったっけ?やけに近くに感じる。

「ねぇ、名前なんていうと?」

 克美が聞いてきた。静かに息を吸って、吐く。よし、落ち着いた。

「神導時広人」

 赤いキャンパスノートを取り出しつつ、答える。

「へー、そしたら『ヒロくん』って呼んで、よか?」

 転校生、野見山克美は不安そうな表情で言った。転校してきたばかりで心細いのであろう。あんな恥ずかしいことを言った俺を最初の話し相手に選ぶなんて相当なものだ。だったらその期待に応えてやるのが男ってもんだろう。

「ああ、いいよ」

 広人は転校生の目をまっすぐに見つめて微笑んだ。

 それはさっきまでの無理して格好つけたものではない、広人本来の自然な笑顔だった。それを見て、野見山克美がにぱっと笑う。

「そしたらウチのことは好きに呼んでくれん?なんて呼んでくれると?」

 予期せぬパス。呼び方を決めるくらいどうって事はないが、この期待に満ちた目は何だ?転校先で人と仲良くなることへの充実感か?それともボケを要求しているのか!?どっちだ!!

「は、『ハニー』…」

 悩んだ末にそう答える。どうせボケるならテンポよくいけばよかった。わずかな羞恥心が言葉を詰まらせる。

 すべったと思ったら、転校生は顔を上気させ、瞳を潤ませていた。

「え…ハニーって……だ、だったらウチも『ダーリン』って呼んだほうが、よか?」

 予測不能ッ!?こいつ天然か?それともすべった俺を助けようと話にのっかたのか?どっちだ!?

 上目遣いに頬を染めていた転校生は急に明るい笑顔になり、

「あはは、天然やなかよ?ヒロくん嘘がつけんタイプやね。考えとうことが顔に出とったばい?真剣に悩みよるっちゃもん、かわいかー」

 背中をバンバンと叩いてきた。さっきまでの恥らう仕種は演技か。女は恐いな。気をつけよう。広人は心に誓った。


 授業開始二分前。教室の戸が開き、有馬先生が顔を出す。

「あら、もう仲良くなったのね。よかったわね、野見山さん」

 二人の様子を見て心底うれしそうに話しかけた。

「はい、ウチヒロくんに口説かれちゃいました」

「ええっ!?神導時くん意外と手が早いのね……」

 先生、信じないでください。克美の頭を軽くはたいておく。有馬先生は何でも信じるんだから変なこと言わない。

「授業を始めましょう」

 ことさら冷静な口調で教卓へとうながす。

「そうね、それじゃあ授業を始めます」

 起立、礼の号令が響いた。


「それでは三十九ページ問二を解いてみましょう」

 有馬先生はゆっくりとわかりやすく説明してくれる先生だ。だからこのクラスには数学が苦手な者はいてもわからない者はいない。

「えー…どうしてこうなるっちゃろ?」

 転校生を除いて。彼女は問一の一問目からうなっている。

 それもそのはず、この問題は三日ほど前に習った公式を使わないと解けないものだった。

「『初項が20、交差が-5、項数7の等差数列の和を求めよ』。この問題はまず数列の第7項目を求めないとだめなんだ」

説明を交えつつ、自分のノートに解き方を書いてゆく。

「数列の第7項目は初項20プラス初項を除いた後6項分、交差が-5だから6かける-5。わかりやすく書くと20+6×-5、これを解くと-10これがこの等差数列の七番目の値になる」

「ああ、なるほど!ここからせんせの説明どおりに計算すればいいっちゃね」

 飲み込みが早い。俺の見ている前で求めた数字を等差数列の和の公式に当てはめると、スラスラと答えを出してしまった。

「{7(20―10)}÷2=35。どう?あっとお?」

「ああ、あってるよ。頭がいいな」

 無邪気にはしゃぐ姿が可愛らしい。

「前通ってた学校はどこまで習ってたんだ」

「へっ!?ええ…と、その……」

 たいした事を聞いたつもりはないのだが、克美は目に見えてうろたえ始めた。

「ん、どうした?」

「この、『等差数列の和』の前くらい…かな~」

「交差と一般項を求めるところ?」

「そ、そうとって。あはは!」

 なぜか汗を一すじたらしながら空笑いをしている。何か変なことを聞いただろうか?

「そうか。じゃあもう俺が教えなくても大丈夫だな」

 何気なくつぶやいた一言に、克美は急に泣きそうな顔になって、

「えぇっ!?ヒロくん教えてくれんと?」

 制服の二の腕あたりをつまんで引っ張ってきた。思春期の男子にこの行為は毒だ。広人は必死に冷静を保ちながら克美との間に距離をとった。

「もう授業に追いついたんだから、教える必要ないだろ?」

「ウチ、数学苦手っちゃもん…」

 シャツから指を離し、うつむき気味に答える。

「有馬先生の授業はわかりやすいから平気だって」

 不安を取り除こうと優しく言うと、克美は顔を上げて、

「ウチは、ヒロくんに優しくして欲しいと…」

 はかなげな表情で見つめてきた。

 女の子にこんな表情で見られると男は弱い。たとえ演技だとわかっていてもっ!!

「あは!表情はつくっとったけど、嘘は吐いとらんよ?」

 克美は乙女の仮面をはがすと媚びるように言ってきた。頼むから普通に言ってくれ。女子の頼みは、基本男子は断らないから。

「え~、だって、こういう仕種に男ん子はときめくっちゃろ?ウチ、ヒロくんにときめいて欲しいけん努力しとるとよ?」

 広人は苦笑いを浮かべた。俺をときめかせてどうするんだよ。広人は、なぜか後ろが気になって仕方なかった。



 一時限目が終わると克美は「トイレってどっちかいな?」と言って出て行ってしまった。

「懐かれたな~広人」

 いつもの肩抱きスタイルで嫌らしく笑う。

「からかわれてるだけだ」

「いーや!あれはお前との会話を楽しんでるね。そしてお前と仲良くしたいと思ってるねっ!!」

 語尾にいくほど声が大きくなっている。なんでテンション上げてんだ?

「だってよー、頼れる人のいない転校生の孤独を癒す役は俺がやりたかったんだもんよー……」

 がっくりとうなだれ肩を落とす。背中には悲壮感が漂っている。ずいぶんと元気が無いな。こいつらしくもない。

「孤独を癒すのに一人で足りるのか?」

 挑発的に言ってみる。読み通り、単純バカはすぐに顔をあげ、「む……」と唸った。

「どうせならクラス全員を頼れるようにしてやろうぜ?」

 一拍の間。奴は一度頭を下げると口元に笑みを浮かべ、顔を上げた。

「…ふ、今日はやけにかっこいいじゃないか我が友よ。然もあらん!!転校生野見山克美が一刻も早くクラスに溶け込めるよう、俺が全力を尽くそうぞっ!!」

 バカ充電完了。やっぱお前はそうじゃないとな。

 後ろを振り返り、かえでを見る。いつもと変わらない無表情で本を読んでいるが、その姿はどこか固く見えた。

「……なあ、かえで」

 かえでが顔を上げる。灰色の瞳は、いつもより儚い光をたたえていた。広人は今日あまり話し掛けていない女の子に、毎朝そうするように微笑みかけた。

 かえでの目が、少しだけ緩む。かえでは無口だが人一倍さびしがり屋なのを、広人は知っている。 いつもは授業中にちょくちょく振り返るのだが、さっきは転校生にかまけてできなかった。

 少しだけ、寂しかったと思う。

「ごめんな」

 かえでが二回、瞬く。うれしいような、困ったような、広人でさえ初めて見るような表情。でも、考えていることはわかった。それはつまり、「なぜ謝るのか?」。

「転校してきたばかりだし、克美にはまだ俺ぐらいしか話し相手がいない。だから、今日はかえでとあまり話せないかもしれない」

 広人は謝った理由を話した。かえでは、コクリと頷く。なぜ謝られたのか合点がいったようだ。

「でも俺は、かえでとも話したい」

「…………」

 そのまま、しばらく見つめ合う。音が消え、周りの色が消えるような、不思議な感覚。

 かえでの瞳に小さく広人の姿が写っていた。

「だから、さ……俺と、かえでと、ついでにあの馬鹿で、克美の友達になろうぜ?そんで、四人でいっぱい話をしよう」

 灰色の瞳が揺れる。かえでは微笑むと、数ミリだけあごを引き、頷いた。


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