ファーストコンタクト2
10分後、帰り道の土手にて。
神導時広人は家へと向かって自転車をこいでいた。帰宅部にしては遅く、部活生にしては早すぎる中途半端な時間帯のためか、あたりに人影は無い。誰もいない道で自転車を走らせるのはそれなりに気持ちがよかった。今日の天気はいたって快晴。無駄に暑いが、雲ひとつない青空はやけにすがすがしい。
広人はこういった天気が大好きだった。なぜといわれても特に理由はない。
「たぶん、布団干してんだろうなぁ……」
広人は母親の行動を想像して顔をしかめた。天気が良いと、広人の母親は勝手に息子の部屋に入り布団を干してしまう。別に変な本を隠しているわけではないが、思春期の男子にとって、それはあまり嬉しくない習慣だった。
『ビービービー!!!』
土手の先。帰路で通る街中から、いきなりサイレンが鳴り始めた。敵襲の合図である。このサイレンはイエンナ軍が時空の狭間に入ったことを意味している。敵襲まであと5分。
5分後には日本三大基地の一つ、『千早』が襲われる。この街は『千早』に近い。戦闘の影響がありそうな区域では、サイレンの設置と地下避難が義務付けられていた。
「はぁ…ついてないな」
街に被害が出ることはありえ無いので土手にいてもいいのだが、シェルターに避難したほうが安全だ。自転車を飛ばして間に合うかどうか微妙なところだが、一応努力をしてみよう………
広人はペダルを踏む足に力をこめた。
5分後、広人は信じられないものを見た。
雲ひとつ無い青空に浮かぶ一つの影。あの面影は、何度もニュースで目にしているし、授業で習ったこともある。
「ウソだろっ!?」
世界の物理法則を無視して宙に浮く金属の塊―――
敵船だ。
街中に敵が現れるなんて、聞いたことが無い。いつもは基地に現れるはずだ。
船からは虹色にきらめく細いラインの入った砲身がのぞいていた。どう見ても自分はソレの射程範囲内にいる。広人は突然現れた死の気配に総毛だった。もはや一刻の猶予も無い。
シェルターまであと約二百メートル、近道の公園を通れば五十メートルほど近くなるが、階段があるので自転車を捨てなければならない。頭の中で街の地図を創造し、知っている限りの近道ルートをつなぎ合わせる。
(公園から裏通りを抜ければシェルターまで約八十メートルになるはず………!!)
自転車を乗り捨て公園から裏通りに入ったそのとき、敵船から光り輝く砲弾が発射された。家屋の砕ける音と爆音が町中から聞こえる。さっき通った公園からも煙が立ち昇っていた。裏通りに入るのが数秒遅れていたら爆風で体を吹き飛ばされ、気を失っていたかもしれない。
(急がないと!!)
今回は偶然助かったが敵の攻撃はまだ続いている。シェルターに避難しない限りいつ殺されてもおかしくない。
裏通りの角を曲がると、血だらけでコンクリートの下敷きになっている男性を見つけた。年齢は五十代前半くらいで体つきがよく、服装からして軍人のようだ。
(なんでこんなとこに軍人がいるんだよ!?)
心の中の疑問を取り払い、急いでコンクリートをどかす。見た目は細身で力のなさそうな広人だが意外と筋肉があった。
コンクリートをどかす間も空爆は続いていて非常に危険な状況だったのだが、広人は『自分が危険』なことよりも『危険だから急いで助ける』ことに一生懸命だった。
瓦礫をとり除き、自分のハンカチやシャツで止血をする。応急処置は授業で月に一回あっているのでなんとか血を止めることはできた。男性の鼻先に手をかざす。呼吸もしているので問題はない。
「意識はありますか!」
「ああ…少年、感謝する」
小さな声だったが、はっきりとした口調で返事は返ってきた。
「すまんが、あそこの本屋に連れて行ってくれないか…」
血で染まった右手でさびれた本屋を指差す。
「何を言ってるんですか!早くシェルターに行ってきちんと手当てをしないと…」
言いかけて、男性の目にこめられた迫力に広人は一瞬恐怖を感じた。が、男性の真剣な顔を見てすぐに彼を背負い本屋へと向かった。
本屋に入ると男性は胸元から端末を取り出し、キーボードを打ち始めた。その間も敵の攻撃が街を破壊してゆく。
「ここは危険です、シェルターへ急ぎましょう!」
窓から眼を放し、広人が男性をせかした。爆撃による振動で傷が痛むはずなのに、男性は端末のモニターから目を放さない。
『ズンッ!!ズンッ!!ズンッ!!』
大きな振動が三つ、たて続けに聞こえた。
(なんだ…!?)
広人は店内からガラス越しに外を見た。丸く巨大な胴体と小さな頭部、太く長い両腕を地に着け、猫背気味にたたずむ不気味な姿が眼に映る。全長はおそらく十八メートルほどあるだろう。
(『ギガント』………っ!?)
この姿も授業で習ったことがある。陸戦兵器『ギガント』、推定重量二十三トン、ビルよりもでかい、イエンナ軍の巨大陸戦型兵器だ。
さっきの大きな振動はおそらくこれの着陸によるものだろう。
(そんなのがなんでこんなところに降りてくるんだ…)
基地じゃあるまいし、街を破壊するだけなら砲撃だけで十分なはずだ。あんな化け物を投下する理由は無い。
「……少年、」
男性に声をかけられる。液晶に照らされた顔は、真剣ながらもいたずらっぽい口調で続けた。
「ここで見たことは内緒にしてくれ」
言うやいなや、本屋の屋根が吹き飛んだ。轟風が吹き荒れ、やさしい日差しが広人を照らす。
叫び声をあげたかもしれないが、幸いそんなことを気にする余裕はなかった。今わかるのは柱がへし折れる音か本の舞い上がる音だかわからない騒音と、体にまとわりつく風の感覚だけだ。
風がゆっくりと弱まる。それにあわせて目を開けると、四角に切り取られた空と自分を覗き込むナニかが見えた。
そのナニかは女性だった。もちろん人間ではなく、女性に見えるナニかであろう。機械のように無機質なのにやけに生気を感じる。頭にはピンと伸びた耳。目と額を丸い面で覆い、まるで生きた鎧をまとう彫刻のような姿だった。
その女性はかがめていた体を伸ばすと、後ろを向いて身構えた。女性と空の間に『ギガント』の巨体がうつる。女性の手に光の球が集まり、それは徐々に巨大な杵へと変貌した。女性は自分の胸の高さほどもある杵を肩に担ぎ、『ギガント』に向けて狙いをつける。迫り来る巨体へ杵から碧の光がほとばしり、その胴体を打ち抜いた。体に大穴があいた『ギガント』はゆっくりと膝をつき、頭から徐々に細かな光のブロックとなって消えてしまった。
そんな光景を呆然と見つめる。女性はふいに左を向くと、杵をふりかざし跳躍した。広人が動きを目で追ったときには、すでに二体目の『ギガント』を杵で打ちすえた後だった。深々とめり込んだ杵を引き抜くと、穿たれた穴を中心に、その巨体が四散していく。
『ギガント』はもう一体いたはず。崩れた壁越しに町を見渡すと、見つけた。空を自在に飛び回る『ナニか』から無数の光芒をあびせられ、着弾箇所からじわじわと分解を始めている。敵船の砲撃をかわしつつ攻撃を続けるその『ナニか』は、大きく翼を広げてはばたいた。さっきまでとはまるで違う、巨大な光の刃が『ギガント』を縦一文字に切断する。
最後の一体がやられたことで敗北を悟ったのか、敵船は淡い光を残して、時空の裂け目へと消えてしまった。
モニターに文字が写し出される。
White.Rabbit〉敵船離脱確認。戦闘終了
『ご苦労だった』
キーボードを打ち込む。
Shoot.Dancer〉一緒にいたのは誰?
『通りすがりの少年で、命の恩人だ』
わき腹に巻かれた布を見る。あの状況下で見ず知らずの他人を手当てするとは、たいした少年だ。
また改めて礼をしなければならないが、名前を聞くのを忘れてしまったな。後で調べなければ。
Shoot.Dancer〉無事で何よりです。すぐに回収いたします
『ああ、頼む』
一息ついたとたん肋骨が痛んだ。何本かひびが入ったらしい。怪我の状況を把握しようと懐に手を伸ばす。
「ああ…壊してしまったか……」
上着の内ポケットから、先ほどとは別の端末を取り出す。銀色の、手のひらに収まる流線型のそれは、大きくひび割れひしゃげていた。
「データが飛んでいなければいいのだが…」
つぶやき、端末をスライドさせて中を見る。
「…む?」
男性は自分の目を疑った。