戦いのあとに
戦闘区域横の格納庫に、粉々(こなごな)にされたシュートダンサーが収納された。とはいえ破損の大きい装甲部分は霊子で構成されているだけ、セルダム基本体の損傷は修復可能レベルである。
「ふう……なんともいやな気分だ」
ところどころひしゃげた背面のハッチが開かれ、中から安藤ゆかりが顔を出した。額にはしわを寄せており、フラフラと足取りもおぼつかない。
「ゆかり~、大丈夫~?」
先に降りていた松島ゆのみが、金髪をなびかせゆかりへと近寄った。こちらは気分が悪い様子も無く、いたって健康そうだ。
「ケガは無いみたいだね」
見たところ二人に外傷は無いし、意識もはっきりしているようだ。井崎恵が安心したように言った。
「えぇ、幸運なことに。しかし、少し頭が痛いかな……」
安藤がこめかみを押さえ、苦しそうにうめいた。その様子を見て、井崎恵が口を開く。
「あの技はかなりの霊子を放出していたからね…しばらくは体内の霊子が乱されて、気分が悪くなるかもしれないよ」
「ゆのみちゃんは平気と?」
「うん、平気ー」
ゆのみはにっこりと笑うと、飛び跳ねて見せた。
「個人差だろうね」
「ふぅ………うらやましい限りだ……」
安藤ゆかりは無邪気に跳ね回る少女を見つめ、苦笑いを浮かべた。
「あぁ、やっと開いた」
ナイトスフィンクスの霊子鎧が消え、基本体となったゼルダムのハッチが開いた。こちらは胸部にある前部ハッチだ。
正座をするような格好のセルダムから、広人が顔を出す。
シュートダンサーよりも早く収納されていたのだが、ノズルのはずし方やハッチの開け方がわからず、長いこと閉じ込められていたのだ。
ハッチに近づけられた移動式の階段に飛び乗り、一歩一歩降りてゆく。広人は全身が脱力しているのを感じた。
「少年、よくやってくれた」
階段から降りた広人に、豊田が声をかける。
「は…はい」
それに力なく答える。強烈なプレッシャーにさらされていた広人は、もはや満身創痍だった。
「ヒロくん!」
広人の下へ克美が駆け寄る。広人はそれを見て、意味無く微笑んだ。
「克美…」
野見山克美は広人の前にやってくると立ち止まり、右手で広人の頬を叩いた。
突然の出来事にその場の全員が凍りつく。
整備班は作業の手を止め、豊田たちは言葉を無くし、二人に注目する。
広人はわけがわからずに、呆然とまばたきを一回、二回。
「…か、克美?」
ようやく疑問を口にする。声に込められているのは純粋なる驚き。そこに叩かれた怒りは微塵も含まれていなかった。
「バカァッ!!なんでセルダムなんかに乗ったとよっ!?」
克美はボロボロと涙をこぼしながら怒鳴りつける。なぜ泣いているのかはわからないが、自分のせいで女の子に泣かれると男は狼狽する。特に女性に対して免疫の無い広人は、平均男子よりも少し激しく我を失った。
「!!!?!?」
どうすればよいのかわからず、両手をおろおろと動かす。「お、落ち着きたまえ」と豊田。彼もまた男だった。
「遊びやないとよ!戦争なんよ!素人がしゃしゃりでて、死んじゃったらどうするとよ!!」
うろたえる広人に向かって、克美は大声でわめき散らした。その言葉で広人は落ち着きを取り戻す。
克美は、自分の心配をしてくれたのだ。
克美の興奮した様子を見て、豊田が口を開く。
「…野見山君、彼は悪くない。少年をセルダムに乗せたのは私の…」
「断れば良いだけやろ!!」
広人から眼を放さず、言い放った。
「なんでイヤだって言わんかったん………すごく、危な……死んでも…おかしくなかったっちゃけん…………」
克美は顔を伏せ、手の甲で涙をぬぐった。広人はそっと手を伸ばし、小さくふるえる頭をなでる。
「俺も…怖かったんだ。みんなが死ぬかと思って……」
克美は泣き止まない。広人は続ける。
「何かしたいって、思った。力になりたい。死なせたくない。そうしたら、俺でも、戦える…みんなのために、できることがあったんだ……」
一度、言葉を区切る。
「無茶だって、いろんな人に止められたけど……それでも、じっとしていられなかった」
「少年…」
豊田の口から言葉がこぼれる。広人は豊田に顔を向けると、笑みを浮かべた。
「おっさん…俺、パイロットになるよ」
突然の申し出に、その場の全員が驚く。
「ヒロ…くん…」
克美が顔を上げ、真っ赤な瞳で広人を見つめる。
「…いいのかね?」
「はい、」
広人は迷いの無い瞳で言った。
「俺にできることを、やってみたいんです。それに、」
克美を見つめる。目が真っ赤に腫れ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「ちゃんと訓練しないと、克美が泣いちゃうんで」
「ふなっ!?」
奇声を上げ、おもしろいくらい取り乱し始める。広人はさっき、自分がこれ以上に取り乱していたことを思い出して笑うのをやめた。
「な、なんよ!ウチはヒロくんが心配やったから…」
「うん、わかってる」
パニックになりかけた克美を落ち着かせる。
「だから、強くなるよ。心配させないように。克美を泣かせないくらい、強く」
その瞳には野見山克美が映っていたが、克美はこの少年が、もっと違う『何か』を見ているような気がした。
静かに宣言する広人に、松島ゆのみが抱きついてきた。それも横から。結構な勢いで。
「うごっ!?」
広人はボディに全体重を乗せた頭突きを食らって軽くよろめいた。ゆのみはそのまま頭を腹にぐりぐりとこすりつけ、甘えん坊の子犬のような瞳で広人を見上げる
「じゃあじゃあ、おにいちゃん『チーフハット』に入るの?」
「え…?さ、さあ」
そんなことは知らない。なんと返事をすればいいのか戸惑う広人のために、豊田が補足を入れる。
「うむ、まずは訓練生としてだが、少年は『千早』に配属されることになるだろう。チームはもちろん、『チーフハット』だ」
「うわぁーい♪」
広人に抱きついたまま、ゆのみはうれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。そのたびにゴッゴッ……と肋骨に頭突きが入っているのだが、広人は我慢した。
「あたし松島ゆのみ!よろしくね、おにいちゃん」
「え…あ、ああ、よろしく」
広人は苦笑を浮かべ、ゆのみの頭をなでた。ゆのみが気持ちよさそうに瞳を閉じる。動きが止まってくれたので、心の中でほっとする。
「こらこらゆのみ。初対面の男性にいきなり抱きつくのは、レディとしてあまり行儀のいい行動とは言えないな」
全身を黒い操縦服で覆った安藤が、松島ゆのみをたしなめる。安藤はそのまま姿勢を正すと、広人に向かって優雅に一礼した。
「やあ、今日はどうも。自己紹介は必要かな?」
「いいや結構。安藤のことは、出席番号から今日履いているパンツの種類まで知っているよ」
「それはよかった。君にスリーサイズを聞かれずにすんで、僕はいま安堵しているよ」
安藤が台本に記されているような動きで腕を組んだ。教室でするようなやりとりを全長9メートルの兵器が並ぶ格納庫ですることになるとは思わなかったな。
ついでとばかりに言ってみる。
「そんなのまで教えてくれるのか?」
「お望みならね」
あいつなら喜んで聞いていたところだろう。
スリーサイズという単語に反応して視線が胸へと下がりそうになるが、そこはグッとがまんした。この動きは本心ではなく本能に近い。だからといって理性というブレーキがある以上、男の咎にやすやすと屈するわけにもいかなかった。
気配を感じて、顔を向ける。
「………」
克美が走ってきた方向から、雪村かえでがゆっくりと現れた。
彼女も身体のラインがはっきりとわかる黒のパイロットスーツを着込んでおり、その実用的かつ悩ましい姿に、広人は普段、かえでから感じたことのない女の色気を感じた。
いつもより色っぽいクラスメイトに驚くとともに、あれを自分も着ているのかと思うと少し情けなくなる。
出会って一年ほどの少女は、安藤ゆかりの隣で動きを止めると顔を上げ、広人を凝視した。視線に込められた内容は、「…平気?」だ。
「…疲れた」
広人は笑って答えた。
「そう…」とまばたき、視線を腰のゆのみに当てる。ゆのみはいまだに広人にしがみついており、広人も少女の頭をなで、この状況を受け入れていた。
その様子をぼんやりと眺めるかえでに、安藤が口を開いた。
「そうだかえで、昨日の少年が彼だったことを知っていたんだろう?朝までに、教えてくれてもよかったと思うね。克美も驚いていたが、僕も驚いた」
かえでが安藤を見た。視線を受けた安藤は腕を組んだまま小首をかしげ、深緑を帯びた前髪をいじる。
「…まあ、確かに。見間違いだろうと思う気持ちもわかるね。あんな状況に見知ったクラスメイトがいるなんて、普通は思わない。僕でも、まさかと理性が否定するだろう」
そう言って、広人を一瞥する。
教室でかえでと安藤が一緒にいるところを、広人は見たことがない。表情が読めるほどの関係だったとは驚きだ。それに…………
はじめて見る二人の会話が、操縦服姿と格納庫内だとは夢にも思わなかった。不思議なもので、体操服姿で体育館にいるよりさまになっている。
「ところで…」と安藤。前髪をいじる手を休め、いたずらっぽく微笑む。
「克美、彼に改めて自己紹介をしてみてはどうだい?」
「え…?」
克美と眼が合った。安藤は突然話を振られ、戸惑う少女に助言する。
「僕たちは学校で何度も顔をあわせているから問題ないが、君らは今日知り合ったばかりだ。なにごとも初めは肝心だからね、きちんとしておいたほうがいい」
安藤は慣れた様子でゆのみを広人から引き剥がした。ゆのみは抱きつく対象を安藤へと変更し、興味津々な顔で二人を傍観する。
克美は濡れそぼった顔をゴシゴシとぬぐうと顔を上げ、大きく息を吸った。
「…チーム『チーフハット』所属、ホワイトラビットパイロットの野見山克美です。ヒロくん…嘘ついとって、ごめんね……」
克美が心苦しそうに言葉をしぼりだす。瞳に映るのは、広人に対する罪悪感。しかし、広人には嘘の意味がよくわからない。
「嘘って?」
広人が尋ねると克美は申し訳なさそうにうつむき、視線をそらした。
「ウチが軍に所属しとることとか、かえでちゃんやゆかりと知り合いやったこととか、黙っとったけん………」
「なんだ…」
と広人。
「それは、嘘じゃないよ」
克美は顔を上げた。やさしく微笑む広人が、そっと告げる。
「嘘って言うのは、悪意を持って人を騙すためにつくものだ。克美は任務だから言えなかっただけなんだろ?」
「でも、だましとったんは本当やけん……」
「俺は、騙されたとは思っていない」
広人が手を伸ばした。克美のひたいに指先がふれる。広人は克美の前髪をすくうように四本の指を差し入れると、優しく頭をなでた。
「だから、克美が苦しむことはないよ」
温かい手のひらが前髪を揺らす。それはまるで、日なたで風に揺られているような、心地よい感触だった。
「ヒロくん……ありがとう」
広人を見上げるように、笑った。克美の笑顔に一瞬どきっとする。
学校で見せた演技とは違う、克美本来の笑顔。うるんだ瞳、桜色に染まるほお。微笑をたたえ軽くひきむすばれた唇に、惹きつけられる。
『かわいい』という言葉は、こういうときに使うものなのだろう。なんてくさい台詞も、頭の中でなら平気で言えた。
「ほら、君も。ゆのみや司令、今日初めて会うみんなに自己紹介を」
広人の止まっていた時間を動かしたのは安藤ゆかりだった。自分では五分も一時間も見入っていたように思えた。だが実際には、周りの様子からいって数秒しかたっていないのであろう。広人は「ああ…」と返事をし、時間の感覚を取り戻す。
「大賀高校二年、神導時広人です。自分にどれだけのことができるかわかりませんが、やると決めた以上、粉骨砕身の覚悟で頑張りたいと思います。よろしくお願いします!」
豊田らに向かって頭を下げる。頭を上げた広人が見たのは、背筋を伸ばし、軍人の目になった豊田だった。
「日本軍対霊子兵器基地『千早』最高司令官、豊田辰次郎だ。聡明にして勇敢な戦士、神導時広人君。わが軍は君を歓迎する」
豊田は「よろしく、少年」と広人の肩に手を置いた。
物々しく、見るものを圧倒するような気迫のこもった挨拶に、さすが司令官だと感心する。そんなことを思っていると、後ろから首根っこをがしりと掴まれた。
「うおっ!?」
体勢を崩され振り返ると、白衣を着た女性、井崎恵がいた。
井崎恵は広人の顔を嬉々とした目で覗き込み、赤い唇を吊り上げた。その笑顔になにやら不吉なものを感じる。
「さーて、入隊が決まったんならさっそく検査を始めるよ!男パイロットってだけでも貴重なのに、あんたみたいなケースは今までに観測されてないからね。いいデータが取れそうだよ!」
「え?え?ちょっと……うおっ!?」
女性とは思えないものすごい力で、広人は井崎恵に引きずられ格納庫を後にした。
「めぐみ、うれしそう!」
安藤ゆかりの腕の中、松島ゆのみが身をよじる。それを見て、克美は自分のほおが緩んでいるのを感じた。
広人の消えた出入り口を眺める。
「………せめて着替えさせてください…」
広人の声が、遠くから聞こえてきた。
「やれやれ…彼には不幸なことだが、ああなった恵さんは誰にも止められない。あの人の気が済むまで、調査に協力するほか道はないな」
安藤ゆかりは「お気の毒に……」とつぶやいた。口元には笑み。他人の不幸は少なからず蜜の味がするものだ。もしくは広人が入隊することになって、浮かれているのかもしれない。
「ふむ……まあしかし、検査はいつか受けねばならんものだ。今はつらいかもしれんが、耐えてもらおう」
格納庫の出入り口を見つめながら、豊田が正論を述べた。
しかし、克美たちパイロット組は、霊子検査がつらいなんてもんじゃないことを知っていた。あらゆる心理状態のデータを集めるため、肉体も精神もボロボロになるまで観察されてしまう恐怖は、体験してみないとわかるまい。ましてや、恵さんの〝調査〟は調査対象がめずらしいほど内容がエスカレートしてゆくのだ。
広人は男性パイロットで、桁違いのドリブルを見せている。
かえでが首をかしげ、心配そうに通路を見つめていた。
「だ、大丈夫って……いくらなんでも、死んだりせんよ」
「………」
かえでの表情はまったく変わることがなかった。
「うぎゃあああぁあーーー!!?」
数分後、広人の絶叫が基地内に響き渡ることになるのだが……………
それはまた別のお話。




