非日常での異例1
「ぐっ……!!」
克美はうめいた。本日四回目の浮遊感。
腹部に蹴りを受け、ホワイトラビットはきりもみし、大地に倒れ臥した。
「っか………はっ…」
肺に衝撃が突きぬけ、うまく呼吸ができない。動きの止まったホワイトラビットに向かって、ヘイトが槍を構えた。
「かつみ!かえで!」
「ッ!?いけない!ゆのみ!!」
安藤ゆかりの静止を聞かずに、ゆのみはシュートダンサーの翼を広げた。ゆかりの斬性霊子を使った攻撃。昨日『ギガント』を縦一文字に切り裂いた技、『羽ばたく刃』を放つまでの一瞬の隙をヘイトは見逃さなかった。
スクリーンいっぱいに広がるヘイトの姿。
荒れ狂う憎悪のこもった左手がシュートダンサーの胸部へとそえられた。
「え……?」
スクリーンアウト。
シュートダンサーを深紅の光が飲み込む。耳をつんざく空気の振動と霊子鎧の砕ける音が辺りに響いた。
「…ゆのみちゃん!?ゆかり!?……二人とも!返事して!!」
克美がスクリーンに向かって叫ぶ。
四肢がもげ、胴体と頭部だけになったシュートダンサーが無残に墜落するのが見えた。
「安心しな!二人は無事だよ」
司令室のウインドウが表示され、井崎恵の姿が映し出された。取り乱す二人に対して、努めて冷静に状況を告げる。
「さっきの光は筒状に放出されていたからね、中心は空洞さ、二人には当たっていない。強力な霊子にあてられて気を失ってるだけだよ」
「ほんと?本当に大丈夫と?」
「ああ、とにかく援軍が来るまであと18分、どうにか持ちこたえるんだよ!」
ヘイトがゆっくりとこちらを向いた。
克美は立ち上がろうとしたが、ホワイトラビットは思うように動かない。四度も強力な攻撃を受け、ホワイトラビットの耐久値は限界寸前だった。
「18分も待てん!こんままやったら、1分も持たんでやられてしまう」
数の有利は消え、ほとんど無傷の敵と満身創痍で一対一。あまりに不利な状況だ。
克美の脳裏に死の影がよぎる。
「長い…何か、手は……?」
かえでが声を発した。今すぐにでも死ぬかもしれないこの状況で、『あ、久しぶりに声聞いた』と思える自分に少し驚く。
「一応、作戦はあるんだけどね……」
「どんなん?ウチらは、なんすればいいと?」
「君たちは何もしなくていい」
井崎恵の後ろに豊田司令が現れる。男性特有の低い声がやけに頼もしい。
ヘイトはすぐそこまで迫っていた。目と鼻の先、膝まずくホワイトラビットに向かって槍を振り上げる。
「あとは、彼に任せよう」
ホワイトラビットとヘイトの間に閃光が迅った。
金属音。振り下ろされた槍が火花を散らし、刃が弾かれる。
《参戦機体照合中……………照合完了 味方機Jkr‐7 third
画面に表示されたのは、この基地に存在する三体目のセルダム認識番号。
両腕に装着された盾で槍を受け止め、ヘイトへと立ちふさがる影。男性を思わせる大きな背中と台形に近い後頭部、琥珀色に輝く、逞しくも美しい霊子鎧。
それはまるで、黄昏の太陽をまとう騎士のよう。
「平気か?」
スクリーンに映し出されたクラスメイトが言った。
「ヒロ、くん……」
克美の頭は混乱する。優しく心に響く、まぎれもない、広人の声。
「かえでは?」
広人の問いに、シルバーグレーの髪が揺れる。
「そうか、よかった」
「なんで…霊子が足りんって……」
克美はこの映像を、夢のなかで見ているような気分だった。しかし目の前の画面には、幻ではなく、確かに広人が映し出されている。
「俺にもわからない」
霊子やセルダムの知識がないので答えようがない。素人である広人の変わりに、豊田が自信なさげに推測を述べる。
「詳しいことはわからんが、少年は一定の条件のもと強力な霊子を発生させる体質のようだ」
それは珍しいなんてものじゃない。世界でも初めて観測される現象だった。克美は唖然とする。まじまじと広人を見つめていると、とある疑問に行き着いた。
「そんパイロットスーツはどうしたと?」
パイロットスーツは使用者の体型に合わせ、オーダーメイドで作られる。男性用のものなど無いはずだ。
「……女性用LLサイズを無理やり着てる。窮屈で仕方が無い」
よく見れば胸の部分が伸びたように緩んでいる。広人は恥ずかしそうにほおを染め、画面から眼をそらした。
井崎恵の怒号が飛ぶ。
「雑談はそこまで!その機体『ナイトスフィンクス』は霊子量147アビィ、それ以外のデータはまだわからない。無茶すんじゃないよ!坊や!」
「はい!………克美、かえで」
モニター越しに、広人と眼が合う。
「あとは、俺に任せろ」
「ヒロ、くん………」
広人は槍を受け止めたままヘイトに対峙し、決意のこもった眼で敵をにらみつけた。両腕で槍を弾き飛ばし、憎悪の悪魔と対峙する。
「さぁ……かかって来い」
琥珀の騎士は手招きをした。
次の瞬間。広人の乗るセルダムはヘイトの回し蹴りを受け、あっさりと吹き飛んだ。
「ヒ、ヒロくーーーんっ!?」
「ちぃ、やっぱり訓練も受けていないド素人じゃ荷が重いかい!」
セルダムの操縦には、パイロットスーツが神経の電気信号を感じ取り、動かす『同調操縦』システムが使われている。
そのため、ただ動かすだけなら自分の体のように動かせるのだが、スクリーンに映る視界の感覚や戦闘そのものに慣れていない広人は、今の蹴りに反応できなかった。
「くっ……」
それでも、やるしかない。広人は必死にナイトスフィンクスを立ち上がらせた。
「ヒロくん!棒立ちになったらいけん!!」
ヘイトがふらつくナイトスフィンクスへと向かって駆け出し、飛ぶ。
克美の声で顔を上げたときには、もう遅かった。
回避不能。セルダム胸部、コックピットへと向かって、槍が繰り出される。
「坊やっ!?」
「いやーーーーーーー!!」
霊子鎧が砕け、装甲をえぐり、刃が広人へと達する………そんな様子を思い浮かべ、二人は絶叫した。
ガキィインッ……!!
ナイトスフィンクスの機体が揺れ、火花が散った。
そして、二人の予想は外れる。
「くぅ…っ!!」
紫色の凶刃は、ナイトスフィンクスに突き刺さることなく弾かれていた。
『!?』
突きを弾かれた驚愕からか、ヘイトの動きが一瞬止まった。すぐに広人は左手で槍を払いつつ前へと踏み出し、ヘイトの右腕を掴む。
左手で右前隅へと引き出し、崩すと同時にヘイトの右脇下へ右腕をねじ込んだ。ひざを曲げ、十分に腰を落としながらその身を180度反転させる。
ヘイトの重心が前へとかかり、ナイトスフィンクスにおぶさるように背中に乗った。
「…やあっ!!」
裂帛の気合と、空気を薙ぐ音が響く。
それは、豪快な一本背負い。
ヘイトは跳ね上げられるように宙を舞い、背から地面へと叩きつけられた。




