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クラスメイトは搭乗者  作者: きつねそば
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ファーストコンタクト1

 放課後。薄暗い図書室に、二人の生徒がいた。

 一人は男子。少し伸び気味の黒髪に童顔の顔つき。せっせと手を動かし続け、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 もう一人は少女。休むことなく働く少年の姿を、無表情に見つめていた。

「…ここか?」

 少年、神導時広人しんどうじひろとは尋ねた。少女と眼が合う。

「…………」

 少女、雪村かえでは何も言わずに頷いた。動くのは広人にほとんどまかせっきりで、顔には汗ひとつ浮かんでいない。

 広人は顔を上げた。目の前には隙間。

 手にしたものを、少しずつ時間をかけて広げた隙間にあてがい、押してみる。

「くっ……入らないな…」

 もっと強く、と眼が言っていた。痛まないかと不安だったが、大丈夫だろう。そういう風にできているはずだ。

 両腕に力を込め、体重を乗せる。ズズズと音を立て、それは奥に届いた。

「よし、入った」

 あまり使われていなかったのであろう。正しい位置に入れたそれは、隙間にぴったりと挟まっていた。

 神導時広人はふぅと一息つき、雪村かえでのほうを向いた。

「…あと何冊だ?」

  かえでが隣を指差す。分厚い本が十冊ほど重なり、山を作っていた。あと一段、この本棚で終わるくらいだろう。

 踏み台にしていたイスの上、広人は腰を伸ばした。雪村かえでが本を取る。小柄で細身な少女に抱えられ、貸出不可のシールが貼ってある濃緑の本はやたらと大きく見えた。

 すぐに受け取り、棚に戻す。

 昼休み、どこかの一年が騒いで倒した本棚を、二年七組図書委員であるかえでがどうしても直すと言う(無言でだが)ので、同じクラスの同じ図書委員として手伝っているのだが…………どちらかというと広人のほうが働いていた。

 仕方があるまい。一年が倒した本棚には、誰が読むのかわからない無駄に分厚い本がぎっしりと詰まっていた。少女の細腕にこの重さは堪えるだろう。

 かえでに肉体労働をさせるわけにはいかない。男として。

 そういうわけで、本を受け取っては入れ、入れては受け取り、ときに隙間をこじ開けつつやってきたわけだが、本を渡すかえでのペースは極めて速かった。

 山のように積み上げられた本も、この二十分であと十冊。体をひねり続けた甲斐があったというものだ。

 汗で引っ付くカッターシャツの感覚を無視しつつ、一番上の段へ本を突っ込む。イスを使わなきゃタイトルも読めないところになぜ本が置かれていたのだろう?

 さて、あと九冊だ。広人が振り返ると、雪村かえでの手に本は無かった。

「ん……?」

 ツンツンと眉にかかった前髪の下、二対の瞳が広人を見つめる。

「……自分でやりたいのか?」

 かえでは頷き、広人を見続けた。わかったと返事をし、イスから降りる。

広人の体温の残るイスに雪村かえでが足をかけた。こちらを見下ろし、靴をはきなおす広人に無言で視線を送る。

 広人は一番上の本を手に取ると、片手でかえでに手渡した。

「気をつけろよ?」

 かえでが頷き、本棚に向かい合う。踏み台を使っているとはいえかえでの小さな体ではぎりぎり届く程度、イスの上で背伸びをしてなんとか本を押し込む。かえでが無事振り向いたのを見届けて、広人は次の本を手渡した。

「……代わろうか?」

 苦戦するかえでを見て、言ってみる。やっぱりというか何というか、かえでは何も言わずに振り返ると、広人が次の本を手渡すのを待っていた。

 この無口な少女は意外と頑固だ。広人はため息を一つつくと、次の本を手渡した。バランスを崩しはしないかと、危なっかしく揺れる背中を見つめる。

 最後の一冊。かえでは広人に背中を向けると、重たい本をフラフラと両手で持ち上げた。背伸びをして、本に手を添えてやる。かえでを後ろから包み込むような格好で本を押し込んだ。広人はゆっくりと体を離すと額をぬぐった。

「ふぅ…終わったな」

 振り向いたかえでと眼が合う。少しだけ汗ばんだ顔、冷たい光を湛えた眼が広人を射抜いた。最後まで一人でやりたかったのだろう。灰色の瞳が不満げに揺らめく。

 こんなときは謝るに限る。

「……すまん」

 目元が若干緩んだ。満足したのだろう。かえではゆっくりとイスから降りるとスカートをつまんで引っ張った。ほこりを払ったのだと思う。

 そしてもう一度、広人の顔を見つめる。かえではすぐに顔をそらすと、図書室カウンターに向かって歩き出した。

「……どういたしまして」

 広人はそれに微笑むと、かえでの後に続いた。カウンターの上、教科書ノートの詰まった鞄を手に取る。扉の向こうで雪村かえでが鍵を持って待っていた。

 広人が出たのを確認して顔を上げる。広人は鞄、ポケット、懐を触って答える。

「大丈夫、忘れ物は無い」

 ガチャリと錠の落ちる音が響く。広人はかえでの前に手を差し出した。

「鍵、返してくるよ」

 首を振る。かえでは胸の前に鍵を握る手を持ってきた。瞳に宿る意志は固い。

「……一緒、返しいくか」

 手を下ろす。かえではすべるように歩き始めた。やれやれ…と、広人は小さな背中を見つめる。



 この奇異な少女と出会ったのは今から一年ほど前。この大賀高校に入学したての頃だった。一年五組。初顔合わせということで、右前方の生徒から順番に前に出て、名前と出身校、趣味、夢や希望、持ちネタがある人は、一発ギャグをすることになったときのこと。広人は教壇の前に立つと、

「験錬第三中学校から来ました、神導時広人です。趣味は読書、夢は六十歳くらいまで生きること。一発ギャグはありません。よろしくお願いします」

 と言った。なぜかウケたので、よかったと思いつつ席へと戻る。次々と自己紹介を済ませるクラスメイトたち。生徒手帳をいじりつつ、拍手で迎え、送るを繰り返す。

 教室左端、や行。山本優希(二年でも同じクラスだ)さんの次。ツンツンと硬くとがったセミロングの髪と灰色の瞳、きめ細やかな白い肌。中学生どころか小学生と見まごうほど小柄な少女が前へと出てきた。

 彼女は何も言わずに黒板の方を向くと白いチョークを手に取り、『雪村かえで』、『水朱中学校』、『読書』ときれいな字で書きつづった。沈黙。クラス全員の目が雪村かえでへと降りそそぐ。

「……………」

 雪村かえでは教室を一通り見渡すと黒板の文字を消した。そのまま一言も発さずに席へと戻る。

「え~と…じゃあ、次の人………」

 担任教師がうながした。吉田なんとかさんは「あ、はい…」と、とまどい気味に席を立つ。ほとんどの生徒は雪村かえでが気になって、吉田さんの自己紹介を聞いていなかった。


 数日後、各委員を決めることになった。出席番号一番、二十三番。男子女子最初の即席司会者が学級委員、保健委員の名前を黒板に記す。

「それでは次に図書委員です。どなたか立候補する人はいませんか?」

 中学生の頃もやっていたので、広人はすぐに手を上げた。

「はい、それでは……」

「神導時広人です」

「神導時広人さんと雪村かえでさん、お願いします」

 え?と思い窓際後ろから三番目の席を見る。雪村かえでがまっすぐ手を伸ばしていた。即決で決まった図書委員は結局一年間変わることなく続き、そして今にいたる。

 なにせ放っておくとすべての仕事を一人でしようとするものだから、広人はかえでの表情を伺い、行動を観察してが日課となってしまい……………

 今では雪村かえでと意志の疎通ができる数少ない一人となっていた。



 職員室。トントンと二回、小さなノックが響く。中から男性の声で「はーい」と返事があった。広人はノックをしたかえでの前に出ると戸を開け、

「二年七組の神導時です。図書室の鍵を返却に来ました!」

 元気よく言った。

「はいよ、いつもご苦労さん」

 三十代後半、生徒指導をやっている体育教師が鍵を受け取る。「それでは失礼します」と、広人は一礼をして職員室を出た。かえでが着いてきたのを確認して戸を閉める。

「ふう………帰るか」

 かえでが広人を見て頷いた。これもいつものことだ。広人とかえでは帰る方向が違うため、正門までの同行となる。誰もいない白い廊下を並んで歩く。グラウンドからは部活生たちのかけ声が聞こえてきた。

「……今日は暑いな」

 頷く。

「……人、いないな」

 頷く。

「猫、好きか?」

 こちらを見る。どうやら好きらしい。

「俺もだ」

 そんな会話(?)をしているうちに二人は正門を抜けた。とっくに四時は回っていたが、お日様はまだ色あせることなく世界を照らしている。

 ノビを一つ。

「ん~あ……はぁ。そんじゃ、また明日」

「……」

 雪村かえでは頷くと背中を見せ、ゆっくりと歩き出した。小柄な体がみるみる縮んでゆく。

「……帰ろ」

 少女が遠近法で、手のひらに乗るくらいの大きさになるまで見送ってから、広人は自転車置場に向かって歩き出した。


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