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01 某月某日 そんな咥えられたら、出る、出る、出ちゃうよ!

 ここは夕暮れが差し込む教室だ。

 たった一人を除いて、他に人はいない。

 クラス一番の美少女である倉田有樹さんが、僕を掴んだ。

 肩まで真っ直ぐ伸びた艶めいた黒髪は、酔いそうなほど心地良い香りだ。

 優しそうで純粋な目は、思わず吸い込まれそうだ。

 薄くかわいらしい唇は、つい見るたびにドキリとしてしまう。

 通りすがる人々の十人中十人が美少女と褒め称えるだろう。

 まさに、美少女。

 それでもって、明るくて誰にでも優しいなんて、天使みたいな人だ。


 細く整った指が、絶妙な力加減で握ってくるのが心地よい。

 そして、潤った唇が、そっと僕を咥えた。

 熱く感じるほど、暖かな体温が伝わってくる。

 湿った唇が、心地良い。

 暖かな息が、僕に当たる。

 一緒に、ヌメリとした熱い唾液が流れ込んでくる。

 さらにヌメリとした舌が、当たるともう我慢できないほどだ。

 舌がチロチロと、何か別の生き物のようにうごめいているのがたまらない。

 こんな美少女に咥えられるなんて、なんてことだろう。

 そう、僕は彼女と一体化した。

 そう、してるのだ。


 嗚呼、なんて優しい。

 嗚呼、なんて温かい。

 嗚呼、なんて柔らかい。

 嗚呼、なんて気持ちがいい。

 嗚呼、なんて心地よい。

 嗚呼、なんて素晴らしい。

 嗚呼、なんて幸せなんだ。

 嗚呼、なんて奇跡だ。

 嗚呼、なんて信じられない。


うぅ。

 耐えられない。

 拙いはずの舌と息に、ここまで興奮してしまうなんて。

 で、出る。

 出る。

 我慢できない。

 出ちゃう。

 そんな、耐えられないよ!

 出ちゃうよ!

 

 ドー♪


 音が。


 そりゃ、音も出る。

なんていったって、僕は、今、彼女のリコーダーに憑依しているのだから。

 そう、僕は、自由自在に幽体離脱して、無機物限定で憑依することができる。

 なんでそうなのかはよく分からない。

 寺生まれだからだろうか。

 物心ついた頃には、幽体離脱の能力というか体質を全力で有効利用してきた。

 おかげで、もはや、ちょっとやそっとの浪漫(エロス)では、ちっとも興奮できない悟りの域に到達してしまっている。

 普段から落ち着いているねってよく言われるのは、そんな原因がある。

 そんな僕だから、新たな浪漫(エロス)を求め、様々なものに憑依するのが日課になっていた。

 そう、だから、倉田さん!

 僕のリコーダーを咥えてください!


 違った。

 間違えた。

 そうじゃ無かった。


 僕がリコーダーなので、吹いてください!

 そう、憑依して、まさに僕はリコーダーとなっている。

 声なんて出ていないけど、僕の純情な想いが通じたのだろうか。

 きっとそうに違いない。


 再び、湿った唇が僕を咥える。

 濡れた舌が体に当てられる。

 細くて綺麗な指がギュッと体を押さえつける。

 生暖かい空気が体を抜けていく。

 巧みな指使いが、僕の穴を閉じたり開いたりしていく。

 僕の穴を。

 僕の穴を!

 出たり入ったりする穴を!

 いえ、空気がですよ。

 体中の穴をいじられ、えもいわれぬ心地よさを感じる。

 こ、これが、吹かれるということ。

 体から出てくる。

 で、出る。

 音が!


 ふぅ。

 ある曲を僕で吹き終わると、僕は分解されてケースに収められた。

 もっと吹いてほしいけど、そんなわけにもいかない。

 いや、しかし、良かった。

 本当に、良かった。

 凄いよ倉田さん!

 こんな凄いなんて、リコーダーに憑依するのが癖になってしまうそうだ。

 今日も新たな浪漫を探求できたことに、僕は喜びを隠せない。




 ☆




何かの気配を感じて、僕は目が覚めた。

 おっと、つい余韻に浸って、憑依したまま寝てしまったらしい。

 もう、夜になってしまっている。

 僕の本体は、保健室で寝ていることだろう。

 いや、夕方を過ぎたなら誰か起こしてほしかったなぁ。

 憑依したままだから、起きるかどうか分からないけど。


 唐突に、僕はケースごと、力強くつかまれた。

 そして、どうやら、どこかに移動している。

 それも、急いでいるようだ。

 ケースの外から息を切らせる呼吸が聞こえる。

 倉田さん、一体どうしたのだろう?

 音楽室に急いでいるのだろうか?

 いや、なんとなくだけど、もう夜のはずだ。

 こんな時間に何事だろうか?

 数分移動の後、僕はカチャカチャと音を立てなくなった。

 ケースが開けられて、それでもなお、薄暗い空間に晒される。

 って、あれ、倉田さんじゃ無い?


 そこにいたのは、予想外にも北野明美(きたのあけみ)さんだった。

 セミロングの黒髪とやや冷たい雰囲気を醸し出す両目は、クールビューティーとして人気がある。

 その印象同様に口数は少なめで、控えめだけど、とびきりの美人だから密かに人気のあるクラス一番の美少女だ。

 そんな彼女が一体、どうしたというのだろう?

 辺りは薄暗いが、どうやらロッカーなどがあることから、どこかの部室だろうか。

 北野さんは、僕をケースから取り出すと、見たことも無いような血走った目で僕を見つめる。


「はぁはぁはぁ! 有樹! 有樹! 有樹!」


 鼻息荒く、興奮した様子だ。

 クールビューティーな北野さんが、こんな表情をすることがあるなんて知らなかった。

 そして、ここで、ようやく僕は状況を理解してきた。


 いや、まさか。

 そんな、まさか。

 理解できたはずなのに、信じられないという思いが強い。

 アンビーリーバブル!


 北野さんは、倉田さんのリコーダーもとい僕を、パクってきたのか?

 でも、この状況で、この尋常ならない様子は、そんな事実を指し示しているのではないだろうか。

 いや、だって、鼻息荒いまま、僕を口に近づけている。

 まさか、咥えるつもりだろうか!?

 クラスメイトが、クラスメイトのリコーダーをパクり、そして、咥えてなめ回そうとしているだなんて……。


へ、変態。

 変態だ!?

 北野さん、変態だった!?

 嘘でしょ?

 ガチか!?

 マジで?

 出島?

 マジ出島?

 北野さんが、倉田さんに、そんなアブノーマルな想いを寄せていただなんて!?

 世の中、そんなことありえるの!?


 ちょっと、落ち着こう。

 深呼吸だ。

 リコーダーだから呼吸なんてしていないけど。

 って、ああ!?

 荒く、熱い、呼気にあてられる。

 あのクールビューティーな北野さんはどこに!?

 って、あー!?

 当たる、っていうか、咥えられた!?

 す、凄く熱い。

 口の中が、火傷するんじゃ無いかって言うぐらいに熱く感じられる。

 興奮しているからだろうか。

 きっとそうに違いない。

 空気と一緒に、いやらしく唾液が流れ込んでくる。

 かわいくて、柔らかい唇に挟まれる。

 ヌメッと濡れた舌が、絡んでくる。

 た、耐えられない。

 さ、最高だ!?

 で、でも、北野さん、こんなの間違っているよ。

 あ、で、出る。

 出ちゃう!

 出る!


 ファー♪


 音が。


 次の日、倉田さんと北野さんのリコーダーが入れ替わっているのを確認してしまった。

 僕は、北野さんという変態に、ドン引きしていた。

 いや、恐ろしく気持ちよくて、ドファドファ♪ 出ましたけど。

 音が。

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