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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
ようこそ異国の地へ
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王国騎士(下)

 ライアス中将はアルゴの帰還を確認すると、今度こそ、壇上へと登っていいく。


「諸君、私がこの訓練施設の教官長を務める、ライアス・ゴアです。諸君も知っての通り、ここは誇り高き『騎士』を育てる場所となります。生半可な覚悟をお持ちの方は、いますぐにお引取り下さい。ここでは、死ぬことも少なくはない」


 ライアスの言葉に広場全体が緊張で包まれていく。

 いくら栄誉のためとはいえ、命を賭けられる人間は多くない。


「しかし、国の為に死ねとまでは言いません。貴方達は自分自身に誇りを持ち、『騎士見習い』としての職務をまっとうして頂きたい。それが、私の考え方です」


 静寂は、自ずと拍手へと変わっていく。厳しい言葉を掛けたかと思えば、その後にしっかりと見据える未来を突きつける。 


(なるほど、……これなら『最高峰』と噂されるのも理解が出来る。……大したカリスマ性だ)


「さて、前置きはこれくらいにしておきしましょう。これより貴方達の訓練を務めるのは、私と、ここにいるアルゴ・クライン少将が主となります。貴方がたの上官となる者の名前です。よく覚えておいてください」


 目線を指されたアルゴは、背負った戦斧をおもむろに地面へと叩きつける。


「まあ、シゴキに関しちゃ、俺はちと厳しいぜ?」


 その姿は、どう見てもゴロツキの頭にしか見えない。しかし、舞い上がった砂埃と抉られた地面を見れば、それだけでこの男の技量は差し測れる。周りにいる訓練生たちも、何人かは青ざめた表情を浮かべていた。


「それでは、早速ですが初めの訓練です。まずは各々の力量を確かめたいと思いますので、隣にいる訓練生との模擬戦をお願いします。武器は手持ちの武器で構いません」


 いきなりの訓練指示に、またしても広場に動揺が広がっていく。こっちとしてはさっきから振り回されすぎて、もう理解が追いついていかない。しかし、教官命令とあれば逆らうわけにもいかないのが事実だ。「とっとと始めやがれ、ガキ共が……!」という激に後押しされ、各々が隣人と向き合っていく。

 

「ふふっ……、まさか、ここまで早く昨夜の雪辱を晴らせるとはな……」


 俺の隣人は言うまでもない。底冷えしそうな笑みを浮かべ、早くも腰の得物に手をかけている。


(……悪運、ここに極まれりってやつか……)


「……はぁ」

「む? 何だそのため息は? よもやキサマ、私では力不足だとでも言うつもりか?」

「おいおい、お前さん達もとっとと始めろよ。安心しな、大怪我しないように、俺がきっちりここで見ててやるからよぉ」


 俺たちの様子を見に来たのか、アルゴがいつの間にか俺たちの傍までやって来て、薄ら笑いを浮かべている。この様子だと、さっきの意趣返しも兼ねてるんだろう。厄介事が重なり過ぎて嫌になってくる。


(……どさくさ紛れに乱入してくるなよ?)


 とは言っても、これ以上頭を抱えていても何も始まらない。仕方なしに腰の刀に手をかけ、フェリアの得物を再度観察してみる。

 鋼で出来たその剣は、一般的な両刃のものではなく、片方にしか刃が無い。

 刀を模したようなその剣はそれでも分厚く精錬され、打ち合いになっても、そう簡単にへし折れることはないだろう。


(一撃の重さは向こうが上か……、だが、それは打ち合いになればの話だ……)


「……抜かないのか? 彩霞律」

「いつでも切り掛かってこい。俺は後からでも十分だ(・・・・・・・)


 俺が挑発めいた言葉を口にしたせいか、フェリアは一直線に俺の方へと駆け、その剛剣を振り下ろしてくる。


「ヂええぇええええい!!!」


 裂帛の気合と渾身の上段、――――なるほど、なかなかに速い。だが、……


「刃に相対するは地獄、然らば踏み込むまで!」


 一瞬の交差、襲いかかる刃の一歩先を往く一閃、一歩を踏み出し右腕を振り抜く。


「……セイヤ!!」


 フェリアの放った一撃は俺の側面を逸れ、空を斬る。対して、俺の放った刃はフェリアその喉元へと添えられていた。


「勝負あり……だな?」

「何だと……!?」


 フェリアはいまだに何が起こったのか理解できないのか、自分の剣と俺の刀身をマジマジと見比べている。


「……刀身が黒く塗りつぶされている。これも、目くらましの一種か……」


 俺の刀には、防眩のため、刀身に漆が塗り込んである。

 夜に溶け込むように、夜に紛れるように、その刃は視認を難しくさせる。


(まあ、その効果は闇の中でしか発揮しないんだがな……)


「……そこまでだ」


 厳つい声でアルゴが試合を中断させる。


「いやぁー、参ったねぇ。嬢ちゃんの剣筋も悪くは無かったが、お前さん、俺が思ってた以上にヤルじゃねえか……」


 そんな剣呑な視線を向けられても、俺には返す言葉が見つからない。

 俺はアルゴの言葉を聞かなかった事にして、刀を鞘へと納める。


「……彩霞律、倭国の剣術とはそこまで……。いや、それ以前にその刀は……」

「安心しろ、毒を塗ってるわけじゃない」


 フェリアはまるで怨敵を見るかのような目で俺のことを睨んでいる。

 模擬戦とはいえ、これも闘いには違いない。昨夜の件も合わせて、さぞかし怒り心頭なんだろう。


「……それにしても、見た感じ、色んな奴がいるみたいだな……」


 俺は戦闘の余韻を消し、広場で繰り広げられる模擬戦に目を向ける。


「ああ、お前さんの言う通りだ。ここは門を叩くだけならタダだからな。強者もいれば、弱者未満も多い。そう言う意味では、お前さんたちは良株だ」


 弱者弱兵であろうと、戦場で首級をあげる機会はある。そう考えれば、ここにいる訓練生は頭数だけでも十分ってわけだ。まったく、なかなかに抉いことを考える国だ。

 

「……っと、そろそろ模擬戦も全数終わったみたいだな」


 アルゴはそう言うと、そそくさとライアス中将の元へと駆けていく。

 広場には苦悶に伏す訓練生の姿も、ちらほらと見受けれる。

 その中には、肩で息をしながら膝をつくニーアの姿もあった。


「お疲れ様です。諸君の実力は大方理解出来ました。これを参考にクラス分けを行います。以降はそれを元に、訓練及び実戦にあたってもらう事になるでしょう」

「今日のところは解散! 本格的な訓練は明日からだ! しっかり休んでおけよクソガキ共!」


 将校の二人はそれだけを言い残し、広場から去ってしまう。

 去り際に、アルゴが俺に向けて不穏に片目を瞑ってくる。


(……どうやら、本格的に目をつけられたみたいだな……)

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