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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
ようこそ異国の地へ
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王国騎士(上)

 翌朝、早朝に鳴らされた鐘で目を覚ます。

 いよいよ今日から、騎士養成施設での訓練が始まる、

 体の調子は万全、長旅の疲れも抜けきった。


「……おひゃようございまひゅ、律。もう起きる時間でふか?」

「ああ、もう起きる時間だ……って、まだ眠そうだな、おまえ……」


 祈梨は起きた状態のまま、頭をゆらゆらと振り続けている。

 

(昨日までは船上で寝起きしてたからな。疲れがたまっていても無理はない)


「……ほうでふか、では、顔を洗ってきます。律、さっさと連れてって下さい」

「おまえ、眠たいんなら無理するなよ? もうちょっとぐらいなら……」

「大丈夫でふ。きのう、シェリと約束しましたから……」

「……ああ、昨日の約束ね。おまえ、よく覚えてたな?」

「こども扱いしないで下さい、律がくんれんしてる間は、ちゃんとシェリのお家でお手伝いしときます」


 寝ぼけ眼のまま、祈梨は憤慨した様子で、俺の足をペシペシと殴りつけてくる。

 話は昨日の夜に振り返るが、俺が訓練をしている間、祈梨の面倒は『カモミール』の二人が受け持ってくれることになった。本来ならそんなことを頼めるような間柄ではないんだが、どうやら、あの二人はよっぽど祈梨のことがお気に召したらしい。俺が事情を話したとたん、それならばと、凄い勢いで俺に詰め寄ってきたぐらいだった。

「イノリたんをこの店の看板嬢に仕立て上げみせる!!」と鼻息荒く意気込んでいたリナのことは気になるが、シェリがいればよほどのことは起こらないだろう。

 ……まあ、その代わりといっては何だが、昨日逃げ出した用心棒の代わりに、当面のあいだは俺があの店の用心棒として働くことにした。

 シェリは頑なに、そんなことは気にしなくてもいいと言っていたが、最低限の義は通さないと俺も気がすまない。


「律、はやく『かもみーる』に行かないと、シェリが朝ごはんを食べれません」


 グイグイと俺の袖を引っ張る祈梨に苦笑しながら、朝食を取るため「カモミール」に向かうことにする。

 この施設内では格安の値段で食堂を利用することが出来るが、せっかく縁があったのだからと、寮の食事は辞退する旨、グッティーには伝え済みだ。

 グッティー曰く、異国民も多いこの施設では別段珍しいことでもないらしいし、気にしなくてもいいとのことだ。





「それでは律、がんばってきてください」

「リッツ、ファイトだよー」

「リツさん、イノリちゃんの事は気にせず、訓練に励んできてくださいね?」


 カモミールで朝食をとり終えたあと、俺はひとりで騎士養成施設へと戻ることになる。

 三人は見送りのためにわざわざ店の外まで出てきてくれたんだが、これがまた周りの視線を感じてこそばゆい。


(そこまで大層な話でもないんだがな……)


 しかし、悪い気がしなかったのは確かだ。

 俺は、より一層のやる気を抱き、訓練施設の広場へと足を踏み入れた。

 広場には、すでに二百人程度の人間がひしめきあっている。こいつ等が、今回入設する騎士志願者ということだろう。思ったよりも数が多い。


「ほう、こんな場所で再開することになるとはな。……昨夜は世話になった、彩霞律」


 俺の前にひとりの人物が立ち塞がる。

 綺麗に流された銀髪に、翡翠の瞳。凛として佇む姿は、まさに芸術といっても差支えはない。惜しむらくは、その目が鋭すぎる。その辺の奴等なら、目を向いて逃げ出してしまうほどの眼光だ。昨夜、カモミールで出会った剣士、フェリア・ロータスは、俺のことを睨みつけるようにそこに立っていた。


「……おまえ、ここで何を……、って聞くまでもないか……」


 フェリアがこの施設で配給された礼装を着ている時点で察しはつく。


「私のほうこそ驚きだ。東洋人が『騎士』に興味を持つとは……」

「……こっちにも事情があるんだよ」


 どうやら、この場で意趣返しをするつもりはないらしい。淡々とした口調で、フェリアは俺に向けて話しかけてくる。 


「そうか、では、……訓練が始まるを楽しみにしておくとしよう」


(前言撤回、こいつ、絶対に昨日のことを根に持ってやがる……)


 今しがた発せられた眼光には、昨夜の怒りがありありと浮かび上がっていた。


(まったく、余計なトラブルは勘弁してくれよ……)


『訓練生の犬ども! 姿勢を正せ!! これよりライアス・ゴア中将がお見えになる!』


 俺がフェリアと話をしていると、壇上から声高に号令が掛けられた。

 集められた訓練生の視線は一点に集まっていく。

 どうやら、噂に聞くライアス中将って奴のお出ましらしい。


(さて、……どんな傑物が出てくるのやら……)


「おうおう、結構な人数がいるもんだな」


 満を持して登場してきたのは、無精ひげを生やしたいかにも戦士といった感じの男だった。腰には剣を下げ、背中には無骨な戦斧を担いでいる。

 右目に引かれた傷が、何よりもこの男の戦歴を物語っている。


(へぇ……、こいつがこの国最強の『騎士』か……)


 厳つい奴だ。俺はまた、スカした態度の美丈夫が出てくるものだと思ってたんだが、こいつは想像してたよりもずっと実戦的な戦士だ。

 戦士としての性か、自然と腰の刀に手を伸ばしてしまう。


「……へぇ、人が挨拶しようってのに、結構な野郎がいるじゃねえか。粋が良い奴は大歓迎だ。おまえら、ちょいと道あけな」


 その男は壇上を通り越し、真っ直ぐと俺の方へと歩み寄ってくる。

顔には獰猛な笑みを浮かべ、まるで今から戦にでも向かうかのように、男は闘気を隠そうともしていない。


(しまったな。少し闘気を出しすぎたか……)


 これは失態だ。倭国を出てから今まで、俺は闘いらしい闘いをした覚えがない。男の気勢に飲まれたとはいえ、こんなところで闘気を出すべきじゃなかった。


「よぉ……、お前さん、東洋人かい? ずいぶんと気持ちのいい()を当ててくれるじゃねえか?」


 目の前に立たれると、胃が重くなるほどのプレッシャーが伸し掛ってくる。しかも、男は明らかに、俺のことを挑発してきている。ここまでされるともう、ことを穏便に済ませることは諦めたほうが良さそうだ。


「……悪いな、この国の最強って奴に興味があってね」

「言うじゃねえか、こりゃあ面白そうだ。何なら、ちょいと()ってみるかい?」


 男は「かかってこいよ」と言わんばかりに指を折り曲げ、腰の得物に手をかける。

 血の気の多い奴だ。


(さて、こうなったら俺も覚悟を決めるしかない……)


 未熟さゆえに招いた結果だが、ここで黙ってノされるような可愛げは持ち合わせていない。

 俺は腰の刀に手をやり、重心を真下へと下ろす。


「手合わせ願おう。これは俺にとっても、またとない機会だ」

「上等じゃねえか……。そういうガキは嫌いじゃないぜ。それじゃあ、……」


「待ちなさい」


 一触即発、男の目に力が宿ったその時、凛とした声音で、静止の声が放たれる。


「そこまでです、アルゴ。ここは戦場ではありませんよ?」


 気付けば、その男はそこにいた。

 整った顔立ちにきっちりと仕上げられた茶色の髪、白銀の鎧を身にまとい、手には長槍を携えている。

 いったいどれだけの戦場を渡り歩いたのか、この男からは血の気をまったく感じない。


「……ライアスの旦那、そりゃあ無いんじゃないですか? こちとら、せっかく楽しめそうだってのに……」

「アルゴ、二度は言いません。引きなさい」


 どうやら、俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。俺はてっきり、目の前のオッサンが噂のライアス中将殿だと思っていたんだが、どうやらそうじゃないらしい。

 目の前に立つオッサン(アルゴと呼ばれていた)は、渋々ながら、己の闘気を霧散させていく。


「旦那にそこまで言われちゃ仕方がねぇ……。そこの東洋人、お前さんと()りあうのは、どうやら訓練までお預けみたいだ」


 アルゴは俺のことを名残惜しげに見つめながら、壇上の方へと歩み去っていく。 

 その時、ライアス中将の目が俺のことを捉えていたのは間違いない。


(やれやれ……、この分じゃ、いきなり問題児扱いされてそうだな……)

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