表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
死地に燃ゆ
31/111

夕焼けに染まる帰路

 別用に向かうと言うフェリアとはその場で別れ、いつも通りカモミールへと足を運ぶことにする。

 戦が始まれば、数日の間は都市部へと戻ることは出来ないだろう。

 グレイパス姉妹には、しっかりと挨拶をしておかなければいけない。

 あの二人には、何だかんだと世話になりっぱなしだったからな。


「いーらっさいませー。カモミールに、ようこそで御座あーい」

 

 カモミールの入口をくぐった瞬間、元気いっぱいに挨拶をしてくる馬鹿姫の頭をわしっと掴んでおく。


「わっぷ。ぐぬぬ、、律。まだ何か間違えてますか?」


 この前よりも悪化してるじゃねえか。

 なんだ、その『御座あーい』ってのは。


「リナ。やっぱりダメでした。このとおり、律にお仕置きされてしまってます」

「ありゃりゃ、それは失敬。リッツも本当に細かいところにうるさいね~。愛らしくてイイじゃない」


 祈梨に大声で呼び出されたリナが、いつも通りの様相で、こちらに向かって歩いてき、その後ろにはシェリの姿も見える。


「あらあら、イノリちゃん。ちゃんとお客様のお出迎えを出来なかったのかしら」

「いえ、ちがいます。律の姿が見えたものですから、とっておきのあいさつを披露したはずなのですが、、、」

「それならサイカに問題があるのかしら。駄目よ、せっかく、うちの看板娘が頑張ってるっていうのに」

「シェリまで祈梨側かよ。それになんだ? その看板娘っていうのは」

「リナが最初に言ってたでしょ。祈梨ちゃんをカモミールの看板娘にして見せるって。お客様にも好評なのよ?」

「ほんと、祈梨ちゃんが来てから、うちの常連さんは、みんな骨抜きにされちゃったもんねー。もう、私と姉さんなんて見向きもされないもん」


 へぇー。こいつが人気者ねぇ。

 俺の手の下でジタバタともがいている姿を見ると、とてもそうは思えない。


「褒めてつかわしてもいいですよ、律。わたしは立派にしごとをこなしています」

「おまえは、その言葉遣いを何とかしろと何回言えばわかるんだ? あと、調子に乗りすぎだ」

「もんだいありません。げんじょういじで良いと、シェリには褒めてもらえました」


 まさか、淑女然としたシェリに限って、そんな妄言は吐かないだろう。

 そう考え、俺は事の元凶と思われる人物に目を向ける。


「ちょっとリッツ。まさかまさかと思うけど、私がイノリたんに悪影響を及ぼしてるなんて考えてるんじゃない?」


 ご名答だ。

 お前以外の選択肢なんて、あってたまるか。


「律。リナじゃありません。しかっり聞いてください。げんじょういじで良いって言ったのは、シェリです」


 両手をバシバシと俺の体に叩きつけながら、祈梨が不満そうに頬を膨らます。

 だから、それはおまえの勘違いだ。


「サイカ。イノリちゃんのその口調は、お客様にとても人気がるあるんですよ。子供なのに子供らしからぬ物言いと言いましょうか。大人心をくすぐるんだそうです」

「……冗談だろ。なら、こいつがさっきから言ってる現状維持で良いってのは」

「ええ。私の判断です。看板娘なんですもの、オーナーの指示には従ってもらいませんと」


 なんてことだ。

 破天荒なリナならともかく、この国で出会った数少ない良識人であるシェリまでもが、こんな事を口にするなんて。


 意図してなかった事態に頭を抱える俺の横腹を、リナが指先で突っついてくる。

  

「あのさぁー。リッツは私に何か言わなくちゃいけない事があるんじゃないかなー?」


 ジトっとした目をしているくせに、口元は、やけにニヤついてやがる。

 これはこれで、とてもつもなく鬱陶しいんだが、先に疑いをかけたのは俺の方だ。


「ああ、その、なんだ。わるかったな、疑って」


 押さえつけたままだった祈梨を解放し、リナの頭をガシガシと撫でつける。


「うなああああああ! リッツ、それはいくら何でも子供扱いしすぎじゃないかなあ!」


 リナは慌てて俺の手を振りほどき、シェリの後ろに身を隠してしまう。

 こいつの普段の行動からして、祈梨と同じような反応をすると思ったんだが。この反応を見る限り、逆効果だったか?


「もうっ。イノリたん、こんな女の敵は放っといて、あっちで一緒に皿洗いの続きでもしよう」

「おお、そういえばお皿を放ったらかしにしてました。これはたいへんです」


 肩をいからせながら、リナは祈梨を連れて厨房の奥へと歩いて行ってしまう。


「ふふっ。やっぱり、サイカ達が来てから賑やかになったわ」


 うっすらと聞こえてくる二人の姦しい声を聞きながら、シェリが感慨深くそんな言葉を口にする。


「まるで母親みたいな言い方だな。その言い方だと、俺たちが来るまでは、まるでリナが大人しい奴だったかのように聞こえる」

「ふふっ。たしかに、昔から大人しい子じゃあなかったわね。でも、あの子はあれで繊細な部分があるのよ」


 俺がリナについて知っている事は少ない。

 精々が、倭国に興味津々な元気娘ってところだろう。


 そんな俺の内心を見透かしたかのように、シェリは言葉を続ける。


「あの子はね、周りの人達のために、いっつも笑っていようと頑張っているの。さっきだって、レアサンドロス様の演説を聞いてからサイカが来るまで、ずっとイノリちゃんの側を離れなかった」

「それは……」

「駄目よ。あの子には、あの子の事情があってそうしてるんだから、下手な詮索はなし。それでも、とても優しい子なの」


 そう言うシェリの目は、どこか慈しみを含み、憂いを帯びていた。

 この姉妹は、俺とそんなに歳が離れているわけじゃない。

 それにも関わらず、この店の経営を、たった二人で担っているんだ。

 そこには何かしらの事情があってしかるべきだろう。


 出会って間もない俺が、踏み込んで良い話じゃない。


「サイカ。貴方はやっぱり戦場に向かうのね」

「ああ。俺は騎士になるためにこの国に来たんだ。ここで二つ目の選択肢は存在しない」

「イノリちゃんはどうするの? よかったら……」

「祈梨はグッティー……、寄宿させてもらってる寮長に預けようと思ってる」

「そう。それならいいわ。絶対に帰ってくるのよ」

「心配はいらないさ」


 この手で守ると誓った者は、必ず守り通してみせる。

 行く先が死地であろうとも、その誓いだけは絶対に守り通す。

 

 だから、そんなに不安そうな顔をするなよ。


◇◇◇◇◇


 日も暮れた頃、カモミールから寄宿舎までの帰路を、祈梨と並んで歩く。


『リッツ。イノリたんを泣かせたら承知しないからね!』

『今日は用心棒の仕事は大丈夫よ。帰ってイノリちゃんとゆっくり過ごしなさい』


 つくづく、お人好しな姉妹だ。

 自分達の心配よりも他人の心配をするなんて。

 これは帰ってきたら相応の礼をする必要があるみたいだな。


「律。みてください。お城が真っ赤です」


 祈梨の指差す方向に視線を向けると、確かに、城が夕日に照らされ真っ赤に染まっている。


「おおー。あれは確かに真っ赤だな。絶景ってやつか」

「真っ赤なお城はぜっけいですね」


 いまいち言葉の意味を理解はしてないんだろうが、今はこの光景が綺麗だと感じれていればそれで良い。何故だか、そんな気分だ。


「祈梨。少しのあいだ留守にする事になる」


 俺の言葉に祈梨は首を傾げ、その後すぐ、思いついたかのように、手の平をポンと合わせる。


「あれですね。いくさが始まるってリナが言ってました」

「ああ。その通りだよ。だから俺が留守のあいだは、グッティーのところで世話になってろ」

「わかりました。律がいない間は、グッテーと遊び倒します」


 胸を張ってそういう姿が、どこか可笑しくて、自然と口元がほころぶ。 


「遊んでばかりじゃなく、きっちりと寮長の手伝いもしろよ?」

「まかせて下さい。わたしひとりで十分です」

「また、おまえはそんな言い回しを」


「でも、律がいないと少しモヤモヤします。しっかりと早めに帰ってきてくれると助かります」


 ひしっと抱きつくように、祈梨が俺の礼装を掴んでくる。


「大丈夫だよ。おまえの事は、俺が守ると決めたんだ。出来るだけ早く帰ってくるさ」

「はい。知ってます。わたしのことは律が守ってくれますから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ