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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
死地に燃ゆ
30/111

開戦の鐘

 鐘の音が、都市全体に響き渡る。

 時報とは異なり、その鐘の音は幾度となく鳴らされ、道行く人々が何事かと一点に視線を集中させている。

 それはこの国における合図。

 国家としての重大な決断を、国民全体に知らしめるための古典的かつ確実な手法のようだ。


 都市部最奥に位置する王城から、騎士を引き連れた、身なりのいい老人が顔を出す。

 その姿を見た瞬間、街の機能そのものが停止したかのように、辺り一帯に静寂が満ちていく。


「我が愛すべき民よ。我が声に耳を傾けるため、其方たちの生活の手を止めたことを、心より謝罪する」


 老人の声は樹齢何千年の大木すら震わすほどの音量をともなって、街中に響き渡る。

 豪胆さと威厳を兼ね備えたその声を聞けば、あの老人が誰だかなんて言われずとも理解出来るだろう。


 ララーナ王国が大王。『レアサンドロス・ララーナ』

  

 産業において類まれなる成功を納め、ララーナ王国の基盤そのものを商業国家へと造り変えた異才の持ち主。

 しかし、その業績が巨万の富を生んだがゆえに、隣国から侵攻を受ける羽目になった、云わば机上の大王。

 古来より、利潤は常に敵を生み出す。

 歴史から学ぶことが出来なかった、そのツケと代償は大きい。


「我が国が、隣国リクセンと交戦状態にあることは周知の事実だ。民の中には、その身を案じ、夜も眠れない日々を過ごしている者も少なくないだろう。我もその様な民の姿を見るのは本意ない」


 周りの人間は、王の言葉の意図が理解できないという顔をしている。

 それはそうだろう。ここまで聞いただけなら、ただ単に王が忠信を得ようと声を張り上げている様にしか見えない。 


「その為、我は大きな決断を下すことにした。私欲のために国境を汚し、暴虐の限りを尽くす隣国の侵攻をこれ以上拡散させぬために、いまこの時を持って、我がララーナは隣国に討って出る!!!」

  

 ざわづき、混乱、狂喜。

 様々な感情が街全体を支配していく。


「戦士は磨き上げた技を存分に披露せよ。もはや一片の躊躇も必要ない。その手で武勲を掴み取れ。職人は武器の生産を急げ。その銘を託し、世界に自分の名を広げてみせよ」


 咆哮をあげる傭兵。

 軽快に口笛を鳴らし、景気のいい顔を見せる武器職人。


「其方ら民草へと告ぐ! これを開戦の合図と捉えよ! 奪われるだけの日々は、今日をもって終わりとしよう! 我がララーナ軍は、この時をもって正式にリクセンへの侵攻を開始させる!」


 大王はそれだけを告げ、万雷の拍手と怒号を背にし、城内へと姿を消す。

 街では、いたる所で王を褒め讃える声と、王を蔑っする声が錯乱したかのように飛び交い、狂乱したかのように慌ただしく皆が動き出していく。


「彩霞律よ。キサマは今の演説、どう捉える」


 王城に視線を向けたまま、今まで無言を貫いていたフェリアが、どこか虚ろな声で、そう聞いてくる。

 こいつがこんな顔をしているのも、ここまで疲弊してしまったのも、すべては昨日の通達が原因だ。

 


 俺とカエラは特務を終えた後、取るものも取らずライアスの執務室に向かい、事の詳細を報告するに至った。

 ライアスの予測が正しかったこと。敵兵がカリズ河を補給路として使用していたこと。

 そして、奇襲部隊と思われる敵兵に姿を見られたこと。

 

 ライアスとアルゴは俺たちの不手際に一切の厳罰を下すことなく、早朝にも関わらず王城へと走り去った。

 後から来た話だが、あのふたりは王城に詰める軍上層部への再度の進言を急いだらしい。


 それから、およそ一刻の後。

 訓練場内の広場に俺たち訓練生は集められ、開戦の言葉と、防戦一方の戦況を覆すため、これからは隣国に討って出るという旨を聞かされる。

 侵攻開始日は七日後。

 現状、睨み合いが続いているダンダラ関所において、ララーナ主力部隊を尖兵として、詰めた敵兵を駆逐しながら、その先にある国境までを奪い返すという実に単純な作戦。

 そして、その勢いを保ったまま、敵国主要都市までを侵攻するのが、この戦の最終目的だと。

 

 もちろん、訓練生は突然の事態に緊張感と動揺を隠せずいたが、これも日頃の訓練の賜物か。

 錯乱するようなヤワな人間は誰ひとりとして現れなかった。

 

 だが、それが納得できないのは俺とカエラだ。

 俺たちは、間違いなくこの目で敵の奇襲部隊の存在を確認したんだ。

 いままでの話の流れに、その様な奇襲部隊を匂わす言葉は欠片ほども出てこなかった。

 よもや、防御を捨て、攻撃に全火力を向けるなんて阿呆な采配をするとは思えない。

 勢いは敵軍にある。奇襲部隊を野放しにすれば、ララーナ軍がダンダラ関所で勝鬨をあげる前に、都市部を支配されてしまうだろう。

 

 でも、その心配は杞憂に終わった。

 

 その後に下された、各クラスごとの戦闘配置が、それを如実に物語っている。

 Aクラスは戦闘補助員として、ダンダラ関所へ向かう正規軍と同行。

 BクラスCクラスは遊撃兵とし、カリズ河周辺に待機。


 もちろん、訓練生の一部からは非難の声も上がった。

 どうして俺たちが主戦場に参加できず、遊撃兵とは名ばかりの閑散地に向かわなければ行けないのかと。

 それでは武勲なんてあげられるはずもないじゃないかと。


 だが、事情を知っている俺は、この編成の狂気を充分に理解できている。

 軍の上層部は奇襲部隊の足止め役として、俺たちを利用するつもりなんだと。

 都合、百三十程度の人数を囮にし、数すら分からない敵の奇襲部隊の全貌を暴く。

 その上で、城詰の正規軍の数を算段し、これを駆逐するための部隊を迎撃へと向かわせる。 


 理に適った。反吐が出るほど評価に値する編成だ。


 

「どうもこうもない。兵士は上官に与えられた任務をこなすだけだ」


 俺は気を落とすフェリアに向かって、そんな言葉しか口にできない。

 こいつは何だかんだと言いながらも、人一倍甘い部分がある。

 主戦力に帯同できるのが、一部の貴族階級出身者だけだということに気に病んでいるんだろう。

 

「しかし、此度の布告は『騎士』を目指す我々からすれば、またとない武勲をあげる機会だ。それを、みすみすと遊撃などという名目で遠ざけられるなど・・・」

「勘違いするなよ。俺たちには俺たちの戦場が与えられただけだ。そこに敵影がないと言い切る論証はない」


 実際には、俺たちが向かうのは死地に等しい。

 だが、それをこの場で口にすれば、コイツの事だ、すぐにでも軍上層部に食ってかかっていくだろう。

 それはコイツの今後にあまり良い印象を与えない。


「おまえは自分の身だけを案じて戦に臨めばいい。たとえ帯同とはいえ、危険度で言うなら、主戦場に向かうフェリアの方がずっと上になる」


 だから、この程度の言葉で済まさせてもらおう。

 この先は、互いに別の戦場だ。

 他人の心配をするのはいいが、それは戦場で命取りになる。


「ふっ。舐めるな。キサマ如きが私の心配をするなど。精々、私が戦場で武勲をあげるのを、指を咥えて心配しているが良い」


 いつもの調子に戻ったみたいだな。

 お前は、それぐらい居丈高な方が丁度いい。


「死ぬなよ。フェリア」

「その言葉。しかと刻みつけた。心配せずとも、私は生きて帰る。戦場は生き物と聞く。キサマのほうこそ、何があろうと祈梨嬢を泣かすような真似はしないことだ」


 ああ、わかってるさ。

 俺は、あいつを守ると決めたんだ。

 こんな所で終わってたまるかよ。

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