研鑽
「セイ! ハアァァァ!!!」
「遅い」
フェリアの繰り出した連撃を難なくいなし、巻き上げの要領で剣を跳ね飛ばす。
「チッ、これでも届かんか」
手首を抑えながら、フェリアが恨みがましい目を向けてくる。
「気概が高すぎるんだよ。お前の剣術は剣速を重視しているはずなのに、最後の一撃だけは剛剣になる」
敵の首を上げたいという気持ちが剣に乗りすぎて、本来持ち味であるはずの鋭さが鈍る。
止めの一撃といえば格好はつくが、自分よりも格上の相手に対してそれをするのは愚の骨頂だ。
「まったく。キサマと剣を交わすたびに自分の未熟さを思い知らさせる」
「いや。それでも、お前の剣は訓練生の中でも逸脱してると思うぞ」
「阿呆か。貴様に届かぬ剣に何の意味がある」
その言い方じゃあ、まるで俺がお前の怨敵みたいに聞こえるんだが。
「リツ。次は僕の相手を頼めるかな」
「待ちたまえ田舎者。いまこそ、この僕が彼を打ち倒すとき。君の出番はその後だ」
ニーアの声に待ったをかけたのは、あの決闘以来、何かと行動を共にするようになったモフランだ。
こいつはこいつで何かと鼻につく言葉を繰り返しては、再戦を要求してくるからなあ。
現に、いまもニーアと二人であーだこーだと言い合いをしている。
「面倒くさい。カエラ、次はお前の番だ」
「ん」
これもあの日以来、変わったことの一つだ。
どうせ修練を積むなら別々にやる必要もない。カエラもその案に賛同してくれ、それ以来は集まって修練するようになった。
もちろん、『特務』についての話はみんなには内緒の方向で。
「いく」
「ああ。いつでも構わない」
カエラは低く腰を落とすと、逆手に構えた忍者刀を水平に構える。
これも一つの大きな変化。
カエラが得意としていた武器は短刀だったが、あれは奇襲や夜襲には向いていても、乱戦では効力を発揮しづらい。特に守りの面では、紙にも等しい防御力だ。
そこで俺が提案したのが、倭国でも一部特殊な人間にのみ使用されている忍者刀といった武器だった。
忍者刀っていうのは普通の刀よりも刃渡りが短く小回りが利くことから、倭国でもその名のとおり、忍と呼ばれる特殊部隊が主に使用している刀のことだ。
カエラの長所である、あの俊敏性を活かすのなら、この手の武器が一番合うんじゃないかと思い、勧めてみたのだが。
「ヤァァ、フッ、ハッ、セイ!」
ご覧のとおり、この二ヶ月で、息をつく暇もないほどの連撃を繰り出せるほど使いこなせるようになっている。
「ん。全然当たらない」
カエラはそう口にして、嵐のように繰り出していた攻撃の手を止める。
幾重にも巻かれたマフラーで顔はよくわからないが、あれは間違いなくムスッとした顔をしてるだろう。
「そこまで焦るなよ。刀の使い方にも随分慣れてきたみたいだし、この短期間での成長って意味では、カエラが一番腕を上げてる」
「そんなことない。だって、私はいまだにフェリアに土をつけたことがない」
「ほう。何やら面白そうな話をしているじゃないか。こそこそと裏を取るような剣技で私に敵うはずもなかろう」
「むっ。フェリアの戦い方は一直線すぎる。あれじゃあ、まるで猪」
俺の目の前で火花を散らすなよ。
この二人も短い付き合いながら、よくここまでいがみ合える。
「律。つぎの相手はわたしでおねがいします」
俺が感慨深げに二人の様子を眺めていたとき、目の前にすっと細い木の枝が差し出される。
「おまえが俺に敵うとでも思ってるのか?」
「はい。そのあたりは『おとなのじじょう』でおねがいします」
差し出された貧相な木の枝を取り上げると、祈梨は自分用に用意していたんであろう、さらに長めの木の枝を見よう見まねで腰に携える。
「おまえ、よりにもよって居合かよ。もっと他に構えやすい型があるだろうに」
「いいえ。律はいっつもこの格好でたたかっています。じょうしょうはわれにあり」
いまの言い回しは、フェリアかモフランの影響だな。
そんな言葉ばっかり覚えやがって。
「嬢。手加減はいらん。その男の鼻っ柱をへし折ってやれ」
「イノリちゃん。くれぐれも怪我をしないようにね」
「ん。頑張って」
ついさっきまで内輪で揉めていた連中も、いつの間にか見学の体勢に。
「諸君、心配など不要だ。彼女には僕から秘策を教えてある」
テメー、またぞろこいつに要らない事を教えやがって。
くだらない事だったら、後でぶっ飛ばそう。
「それじゃあいくです。律、てかげん無用でございますよ」
「もうどうでもいいよ。とりあえず怪我するような真似はするなよ」
「では、いざじんじょうに。かかれーーーーーわがめいゆう!!!」
「ほう」
「ああ、なるほど」
「ん。好機」
「では行くぞ、皆の者!!!」
阿呆か。祈梨の掛け声とともに、フェリア達が得物を構えて突っ込んでくる。
「おまえ等、それでも騎士見習いか!」
「笑止。戦場でそのような戯言が通るとでも思うか」
「とりあえずリツ、覚悟してもらうよ」
「多対一は戦闘の基本」
「これぞオブリルの真髄。しかとその身に刻みたまえ」
次々と繰り出される剣戟を刀を使い、身を捻って躱し続ける。
くそっ、さすがに多勢に無勢か。
それにコイツ等、日々の訓練を共に積んでいたせいか、妙に連携をとってくる。
これが実際の戦場ならば、切り捨てればそれで数を減らすことができるが、この状況ではそうはいかない。ならば、ここは次善の一手を打つのみ。
俺は剣戟の合間を縫い、全力で足を踏み込み、一点を目指す。
「「「「な!!!」」」」
「ふう。これで俺の勝ちだな。大将首を押さえれば、兵に残された道は敗走のみ」
俺は遠巻きに戦闘を眺めていた祈梨の首根っこを掴み、その場に掲げる。
「キサマ。それが騎士を目指す者のやることか!」
おまえ達にそんなこと言われたくないね。
ついさっきの自分達の行動を振り返ってみろ。
「むぅぅ。この作戦なら律に勝てると聞いていたのですが」
「おまえは人の言うことを信じすぎだ。少しは反省しろ、って痛ってえよ」
手足をばたつかせてくれたおかげで、祈梨が手に持っていた枝がガシガシと刺さる。
「おいおい。お前さんたち。ちっとは真面目に訓練してるもんだと思いきや、何をそんなにはしゃいでやがる」
「アルゴ。時には休憩も必要ですよ。戦場に赴く者には活力を養うことも立派な仕事です」
おっと、これは珍しい。
生徒の自主訓練に、この二人が顔を出すなんてな。
ライアスとアルゴが現れた瞬間、ファリアとニーア、それにモフランまでもが慌てて直立不動の姿勢をとる。軍属にとって上官は絶対的な存在だからな。むしろ、この場で平然としている俺とカエラがおかしい。
「畏まらなくても結構です。少し用事があって出て行くところですので」
「旦那。それじゃあ示しが付きませんぜ」
抑揚のない声でそう言うライアスに、流石のアルゴも困惑している様子だ。
「で、二人はどちらにお出かけで?」
このままじゃ、いつまで経っても先に進みそうにないので、あえてそう聞いてみる。
まあ、答えはわかりきってるんだがな。
「お前さん。仮にも軍の将校である俺たちが、その質問に答えるとでも思ってんのか?」
それはそうだろう。
どちらか一人だけが出張るならともかく、二人が揃って出るほどの用があるんだ。
嫌がおうにも察しはつく。
「それでは、修練の邪魔をしてすいませんでした。行きましょうアルゴ」
「あいよ。お前さんたち、あんまりはしゃぎすぎんなよ」
二人はそれだけを言い残すと、足早に俺たちの前から立ち去って行く。
「ああ、そうだ。すっかり忘れたぜ」
数歩足を進めた後、思い出したのかのようにアルゴが振り返る。
「Cクラスのお前さん達には、ちょいと用があるんだ。帰ったら、少し付き合ってもらうことになりそうだ」
その言葉に、俺とカエラの目線が交差する。
どうやら、お仕事の時間らしい。




