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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
女神信仰
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騎士道

「この辺りでいいだろう。君たちは下がっていたまえ」


 訓練場の大広場のど真ん中まで歩みを進め、モフランは取り巻きにそう告げる。

 しぶしぶながらモフランの側から離れた二人は、俺たちとは対極に当たる位置に陣取り、モフランを見守るように佇む。


「リツ。くれぐれも、やりすぎちゃダメだよ」

「ふん。かといって、手心を加えるようなやり方は相手を侮辱することになる。その辺りは弁えて、尋常に臨むことだ」


 ニーアとフェリアも俺にそう告げると、後方に下がっていく。


 広場で型の練習をしていた訓練生たちも、突然現れた俺たちの雰囲気に、何事かと遠巻きに見つめてくる。


「残念だよ、東洋人。ボクとしては、是非とも君をボクの陣営に加えたかったんだがね」

「それは光栄なことだ。だが、俺は誰の傘下に加わるつもりもない。ましてや、見ず知れずの男にかしずくつもりはない」


 モフランは腰の剣を抜き放ち、頭上高く掲げる。


「良い気概だ。より一層、君の事が欲しくなったよ。でも、ボクはオブリルの嫡子だ。それはボクの誇りであり、それを穢されたままではいられないのだよ」

「その事については全面的に俺に非がある。だが、剣を抜いたんだ。いまさら頭を下げても意味はないんだろ?」

「訓練生とはいえ、ボクも騎士を目指す身だ。いくら激情に駆られたとはいえ、騎士道において決闘を覆すことなど許されることではない」


 家名をぶら下げるだけの貴族かと思っていたが、一端の精神は持ち合わせているみたいじゃないか。

 そういう奴は嫌いじゃないぜ。


「わるいな。こっちはまだこの国の風習に疎いんだ。だが、目の前で剣を抜かれた以上、俺にも引くことのできない理由がある」


 成り行きとはいえ、剣の道に加減はない。

 抜かれれば切り返す。それが例えどういった理由であろうが関係ない。


「じょ、冗談で決闘だなんて口に出来るわけもない。大丈夫だ。ボクは戦う。戦える」


 その割には腰が引けてるじゃないか。

 さっきまでの威勢はどこにいった。


「おい。ここまで来てそれはないんじゃないか?」

「ば、馬鹿にするな! ボクは貴族として騎士になる道を選んだんだ。この程度の震えなど、何の妨げにもなるまい」


 自分を奮い立たせるようにそう言って声を荒げるモフランの姿を見て、俺はふと疑問に思った。


「モフラン。お前は貴族なんだろう。どうしてそこまで騎士道にこだわる」


 もともとの立ち居振る舞いが騎士然としているフェリアと違い、こいつは最初から自分が貴族だということを前提に振る舞っていた。

 それに見たところ、とても戦闘に向いている性格とは思えない。

 何がそこまでこいつを固執させているのかが、俺には理解しがたい。

 人の生き方に文句をつける気はないが、どうしても俺にはそれが気になった。

 これもシスターの話が俺の中で尾を引いている証拠か。


「貴族であるボクが、戦が始まっているというのに座して待つわけにはいかない。ボクたち貴族は、いまこそ立ち上がらなければいけない。いや、立ち上がることもない者を貴族と呼ぶことはできない」

「だからといって、わざわざ騎士になる必要はないだろ。貴族なら後方支援をすることも可能なはずだ」

「確かにその通りだよ。しかし最前線に立たずして、何が民を守る貴族だというんだい。かの女神エルファリアがごとく、民衆の前に立ち、戦に望むことでこそ得られるものがある」

「貴族の名誉がそこまで大事か?」

「勘違いしない欲しい。優先すべきは民の安全だ。それをもってこそ、貴族は貴族足り得る」


 見上げた覚悟と根性だ。

 純粋に賞賛に値する。


「いまひとつ問う。お前は民を守る為に、死ぬことが出来るか?」

「ボクは無力だ。ひと通りの剣技こそ身につけてはいるが、とてもそれだけでは力が足りない。だからこそ、ボクは君のような戦士を集めようと考えた。民を守るためなら勝ち方にこだわりはない。それがたとえ、この身を賭したとしても」


 モフランの言葉に嘘偽りはない。

 なんてことだ。この目をしている人間は、覚悟を決めた人間のそれだ。


 浅はかだったのは俺の方か。

 過去に囚われて、未来を見据えていなかったのは俺のほうだ。


 ようやくわかった。これが女神信仰の意味。

 未来のために己が身を賭してまで、未来に賭ける。


「礼を言う。モフラン・オブリル。ほんの少し、騎士道の在り方が理解出来たような気がする」


 目の前に立つ男には覚悟がある。

 たとえ、相対する相手が誰であろうと、決して折れない一心を心に抱いている。

 だからこそ、


「モフラン・オブリル。本気で相手をさせてもらう。勝てぬ相手とわかりながらも、死ぬ気でかかってこい。ここがお前の正念場だ」


 剣士として、戦士として、相手を認めたのならば、一切の加減は不要。


「ありがとう。ボクのほうこそ、君を東洋人だと馬鹿にし過ぎていた。ひとりの騎士見習いとして、この国の貴族の端くれとして、ボクは君に感謝しなければいけない」


 モフランは震える声でそう言うと、両の眼から涙を流し始める。


「ボクのやり方に、オブリルとしての振る舞いに、たくさんの人間が陰で囁いていたんだ。誰一人として理解してはくれなかった。ボクは、ボクはそれでも・・・」

「そこまでにしておけよモフラン。立ち会いの場に水を差すな」


 強くあろうと思うならば、剣先を鈍らせるような真似はするな。


 モフランは袖口で目元を拭いさり、先ほどまでとは打って変わった目を向けてくる。


 ああ。それでいい。


「感謝する! 親愛なる倭国の民よ! キエエエエエー! ! !」


 奇声とともにオブリルは一直線に駆け、お手本のような上段斬りを繰り出してくる。

 平凡かつ凡俗。この程度ならば、見切る必要もなく、受け止める必要もない。


 だが、想いの乗った見事な一撃だ。


 俺は刀を抜き、モフランの一撃に合わせるような軌道で刃を振り上げる。


 ギンッ! という音をあげ、モフランの剣が中空に舞い、はるか後方に突き刺さる。

 当のモフランはと言えば、振り下ろしたはずの両手が、どうして真上に跳ねあげられているのかもわからない様子だ。


「振り上げも、打ち下ろしも問題なかった。だが、その程度の剣速じゃあ俺には一生届かない」


 モフランは地面に膝をつき、力なく両腕を振り下ろす。


「そこまで! フェリア・ロータスの名において。この決闘の勝者を彩霞律とする。異存のある者は前へ出よ!」


 訓練場内に響き渡るように告げられたその声とは正反対に、あたりには静寂が満ちる。

 それと同時に、取り巻き連中がモフランの体を支え起こしに走る。


「ボクは、、、負けたのか」


 その言葉に、取り巻きの二人も、どう声を掛ければいいのか戸惑っている様子だ。


「モフラン。これが本物の戦場なら、お前は守るべき民を守ることが出来なかったという事だぞ」

「リツ! いくらなんでもそこまで言うことは・・・」

「下がれ。ニーア・カロライン。これは、あの二人で決着をつけるべき話だ。私たちが口を出して良いものではない」


 モフランはそこでようやく顔を上げ、両の眼から涙を流し始める。


「君の言うとおりだ。ボクは弱い、弱すぎる!!! こんな体たらくじゃあ、とても貴族としての役割を果たすことなんて出来やしない!!!」

「そうだな。でも、その願いを叶えるために、腕っ節の良い連中をかき集めてるんだろう」

「しかし、実際の戦場でボクが朽ち果てては、それも意味をなさない。きっと彼らはボクの、オブリルとしての褒章が・・・」

「泣き言はそこまでにしろ、モフラン・オブリル。あらためて問う。お前が目指すのは、お前が目指すのも、争いごとの無い世の中か?」

「当然だ。民の平穏があってこそ国は成り立つ。それに変えられるものなど、ある訳がなかろうよ」


 吠えるじゃないか。

 どうやらこの勝負は俺の負けのようだ。


「俺はもう二度と大切な者を失くさないため、強くなると誓いを立て、この国にやって来た」


 でも、ただ強くなるためだけなら倭国にいても十分だった。


「だが、いまさらながらに気付かされたよ。強さにともなった強い意志と、その先に何を求めるのかを。モフラン、俺とお前の方向に違いはあるか?」


 俺の意図が理解できないのか、モフランはいまだに呆けた顔をしたままだ。

 そんなモフランに、俺は右手を差し出す。


「お前の誓いはすでに聞かせてもらった。共に行こう、俺は未来のための刃となる」


 いっぱくの後、モフランは突然号泣しだす。

 取り巻きの連中は、慌ててモフランの体を支え、あれこれと世話を焼き始めている。


「こといまさらながら、キサマには驚かされるばかりだ。偶然とはいえ、オブリルの本質までも引き出すとはな」


 苦笑交じりにそう言ってくるフェリアに、俺も同じように苦笑を返す。


「僕は本当に良い友人に出会うことが出来たと思ってる」


 ニーアに至っては、何故か涙目になってモフランを見つめている。

 情に弱い奴だ。恥ずかしい事を言うなよ。

 それじゃあ、いつか足元をすくわれるぞ。


 しかし、どうにもこそばゆい感じだ。

 こういうのは苦手なんだよ。


 さっさとカモミールに行って、うちのお嬢様を回収しよう。

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