騎士の在り方
教会で女神信仰についての話を聞いてから、俺たちは、さしたる話もせずにカモミールへと足を向けていた。
沈黙の原因はシスターが最後に口にした言葉に間違いない。
彼女は女神エルファリアを信仰していながら、その存在を憂いていた。
「自分が浅はかだったと思うか?」
フェリアから投げかけれた言葉に、言葉を返すことができない。
「シスター・ソフィーがいつも祈りを捧げているのは、争いごとのない世が訪れることだ。決して、この世界にエルファリア様のような英雄が現れることを願っていたわけじゃない」
「彼女は最後にエルファリアに対する敬称を外していた。それも、彼女がエルファリア自身を一人の人間だと捉えている証拠か」
「ああ。シスターという立場上、彼女はめったに口にしないことだが、どうやらキサマとの会話で何かが弾けたのだろう」
人を救うのは、いつだって人間だ。
「僕はね。あの人の言っている事が、少しだけわかった気がするんだ。あの人は、神に祈りを捧げてるわけじゃないんだね」
ニーアの言葉にフェリアが頷く。
「私も初めて彼女から今の話を聞かされたときは驚いた。祈るべき神を一人の人間だと捉え、あまつさえその人間に憂いを感じているシスターなど他にいようはずもない」
「うん。でも、それでも彼女の信仰の仕方が間違ってるとは思えないんだ」
信仰の仕方に間違いなんて存在しない。
信じたければ信じればいいし、信じたくなければ無視すればいいだけの話だ。
でも、彼女の信仰の仕方は、いままで俺が感じたことない類のものだった。
「正直な話、俺にとってはこの国の信仰なんて何の意味もないと思っていた。欲しい未来はこの手で掴むものだとずっと考えていた」
「その考え自体は間違いではあるまい。戦士として生きる道を選んだのなら、勝利を手にするのは己の技量のみだ。だが、その先にあるものを忘れてはならないと彼女も言っていただろう?」
よくわからないんだ。
守った先の未来に何があるのかなんて、考えたこともなかった。
「しかし。シスター・ソフィーが口にしたような信仰がこの都市に根付いている訳ではない。騎士を目指す者の多くは女神信仰の名のとおり、女神のように民の盾となり、己の身を砕いてでも国を守り通すといった精神を礎としている」
そう言った意味では私達は恵まれているのかもしれないなと、フェリアが自嘲気味に話す。
そんな感傷じみた話題にふけっていたとき、どこかしらで聞いたような声が俺たちの足を止める。
「おやおや。こんな所で会うなんて奇遇だね~」
見るからに金を持っていそうな雰囲気のその男は、取り巻きと思われる人間を引き連れて、見下すかのような視線を俺たちに送ってくる。
「東洋人がこの国の教会に何の用だい? ああ、そういえばキミは騎士を目指してるんだったね。これはこれは失敬。あまりにも突拍子のない話にボクとしたことが動揺してしまったようだよ」
訂正。どうやらこいつの見下したかのような視線は、俺にだけ向けられているみたいだ。
「モフラン殿。その言いかたは、いささか礼儀を欠いているように思えますが」
フェリアが俺の前に進み出て、その男を睨みつけるように相対する。
「ひっ」と声を上げ、男は後退するが、取り巻きの連中が何とかその体を支えている。
「ロ、ロータス家の子女に用はない。下がっていたまえ。ボクが話をしているのは、そこにいる東洋人だけだ」
「そうはいかない事情もあってな。私としても甚だ不本意だが、この男とは約束を交わした身だ。無下にされている姿を黙って見過ごすわけにもいかないのですよ」
男の言葉に対して、フェリアは凛とした表情で、そういった事を返答するが、多分それはまずい。
「や、約束を交わしただど、、。まさか、貴女は既にその男をロータス家に取り込み済みだと言うのか」
「? 貴殿のおっしゃっている事はいまひとつ要領を得ないが、少なくとも私は、彩霞律と共にいるという選択をした」
愕然とした顔をする男に、フェリアは追い討ちをかけるようにそういった言葉を口にする。
そろそろ止めておかないと収集がつきそうにないな。
多分この二人の考えていることには、雲泥の差がある。
「フェリア。わざわざ出張ってくれて何だが、おそらくそいつは「黙れ。キサマはそこで大人しくしていればよい」」
なんでこいつは聞く耳ってものを持ってないんだろうか。
「つけあがるなよ東洋人。ロータス家を味方に付けたからといって、このボクが・・・このボクが・・・」
なんでこっちはこっちで涙目になってんだよ。
怒りの矛先を俺に向けるな。
「そもそもだな。おまえいったい誰だ?」
満を持して発した俺の言葉に、目の前の男はともかく、ニーアやフェリアまでもが目を丸くする。
「ちょ、ちょっとリツ。今朝話してたじゃないか。オブリル家の人だよ。ほら、思い出して」
「オブリル家ってのは、この国を建国から支えてきた貴族のことだろ? それぐらいは覚えてるよ、馬鹿にすんな」
「馬鹿はリツのほうだよ! なんでそこまで覚えてるのに、肝心の当人については覚えてないのさ」
ここまでニーアが怒るのも珍しいな。
かといって馬鹿とは何だ、馬鹿とは。
「ボ、ボクの事を覚えていないだと? はっはっは、さすがは東洋人。ジョークのセンスも抜群じゃないか。、、、早く撤回してくれたまえ」
震えながらそう言ってくる男を見ていると、こっちが悪いことをしたような気になってくる。
「彩霞律。なんて残念な奴なんだ。剣技に溺れ、記憶能力を無くしてしまったというのか」
今度はフェリアまでもが同情の目で俺を見てくる。
いい加減、鬱陶しくなってきた。
「ああ、もうお前がどこの誰かなんて関係ない。とっとと要件を言え」
苛立ち紛れに放った言葉に、男は何故か身を震わし、またしても一歩後退する。
「いや、ここは下がるまい、下がってなるものか。東洋人よ、共に騎士を目指す身。オブリルの嫡子であるこのボクが贔屓にしてやろうというのだ。光栄に思うがいい」
そうは言うものの、「既に一歩下がってるじゃないか」だなんて言える空気でもなく、その間抜けな顔を見て、ようやく今朝の記憶が蘇ってくる。
ニーアは正しい、馬鹿は俺の方だ。いろいろあったせいで、すっかり記憶から抜け落ちていた。
「ああ。今更でなんだが、お前のことは思い出した。これに関しては全面的に俺が悪い」
ここは素直に頭を下げるべきだ。
しかし、男はさらに顔を真っ赤にし、まるで怒髪天をつくといわんばかりの表情で俺を睨んでくる。
「こ、ここまでボクをコケにした人間は君が初めてだよ。よもやジョークでは無かったとわざわざ言い直すのか。さすがに、このままではオブリルの名に傷がつく。いいだろう。君が腕の立つことは知っている、だが、あえてボクは君に決闘を申し込もうじゃないか」
そう言って男は俺の足下に手袋を投げつけてくる。
これは何だ?
「はぁ。キサマはつくづく厄介事を呼び寄せる。申し込まれた決闘に背を見せるのは、騎士道に反する行為だ。それは私たち訓練生にとっても例外ではない。ましてや、此度の非は完全にキサマにあるわけだしな」
ため息混じりに頭を抱えながら、フェリアがそんな事を口にする。
「とりあえず、いまだに事情がよくわからないが、決闘ってのは果し合いと同じなんだろ。それなら俺個人としては逃げる理由がない」
「リツ。さらっと自分がモフランの事を忘れたことを無かったことにしてるよね」
ニーアがジトっとした目で俺の方を見てくるが、それに関しては謝罪済みだ。
頭を下げろというんなら、いくらでも下げるが、剣で決着を付けようというなら話は別だ。
ちょうど、信仰がなんだのとムシャクシャしてたところだしな。
「それで。いまここで始めるってわけじゃないんだろ?」
「あたりまえだ。貴族である僕が、このような街中で剣を振るうわけにはいかない。場所は訓練場に移そうじゃないか。王国に伝わる剣技、いかに君が優れた剣士であろうと防ぎきれるとは思わないことだ」
取り巻きの二人が何やら諌めているが、男は鼻息を荒くして訓練所の方向に向かっていく。
「リツ。こればっかりは酌量の余地なしだよ」
「うむ。ここまで事態が捻れた以上、もはや後戻りはきかんだろうな」
二人は、まるで残念なものを見るような目で俺のことを見ていた。