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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
女神信仰
22/111

信仰

『かつてこの地は緑に満ち、人々は何不自由なく日々の生活を送っていました。


 大地の恵みに感謝し、海からの贈り物を丁重に扱い、人々は祈りを捧げる毎日を送っていたのです。


 しかし、そんなある日の事でした。


 悪夢のような大群が、怖気の走る狂気をともない、この街に侵略してきたのです。


 人々はうろたえ、それと同時に、いままで以上に祈りを捧げるようになりました。


 どうか、我々を救いたまえと。


 しかし、狂気の蔓延は止まることを知りません。


 またたく間に大地を蹂躙し、薙ぎ払おうと猛威をふるいました。


 しかし、ただひとり。その猛威に立ち向かおうとした少女がいたのです。


 彼女は人々を鼓舞しました。しかし、誰も彼女の言葉には耳を貸しません。


 それでも彼女は諦めません。


 ならばひとりでも立ち向かおうと、人々に背を向けます。


 寄せ、止めろ、無駄だ、と叫ぶ声に、彼女は一度だけ振り返り


 それでも私はこの場所を守ってみせると、最後に笑顔でそう言い、災厄へと立ち向かいました。


 その後に何が起きたのかは、口伝されておりません。


 ただ、唯一確かなのは、大陸を襲った驚異は去り、彼女が戻ってこなかったという事だけです。


 残った人々は彼女がこの地を救ったのだと、褒め称えました。


 しかし、彼女は帰ってきません。


 ならばと人々は、彼女の功績を次代に託すように祭り上げるように考えたのです』



「これが、私の叔母から聞かされたエルファリア様と女神信仰の由来となります」


 ひと通り話を言い終えたあと、シスターはそう言って締めくくりの言葉を口にする。


 話を聞いたいた側の俺とニーアは、いまだに話の内容を整理しきれず放心状態となってしまっている。


 人間を神として崇め昇華させた?

 いや、そんなことよりも、この話のどこに、そんな逸話となるべき箇所があったっていうんだ。


 エルファリアと呼ばれる人物が脅威に抗い、勇敢に立ち向かった勇者だとでも?

 その蛮勇を止めることも助けることもしなかった人間が、手のひらを返したかのように後世へと伝えようとしただと?


――ふざけるな


「シスター。貴重な話を聞かせてくれてありがとう。おかげで、この国の信仰ってやつが少し理解できた気がするよ」

「いえ。なにぶん口伝となりますので詳細がボヤけてしまい、お聞き苦しい箇所もあったかと思います」


 シスターは申し訳なさそうに頭を下げてそう口にするが、俺にとっては十分すぎるほどの説明だった。

 かつてこの国を襲った災厄が何だったのか、エルファリアはどうやってその災厄を止めることが出来たのか、そんな事はどうでもいい。


「リツ。どうかしたの?」


 ニーアが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。

 どうしたっていうんだ?


「馬鹿者。そこまで不機嫌な顔をしておいて、放っておけるわけもないだろう」


 フェリアまでもが俺の表情について言及してくる。

 そこまで今の俺は酷い顔をしてるってのか?


「どうやら、エルファリア様のお話に、なにか思うところがおありのようですね」


 シスターは俺の様子に気づきながらも、その笑みを絶やさない。

 まるでその全てを受け入れるかのように、そこに佇んでいる。


――ふざけるな


「いや。気を悪くしたら済まないが、もともと俺は神の存在なんて信じちゃいないんでね」


 だから、この話に感情を揺さぶられることなんて有り得ない。


「お気になさらないでください。信じる信じまいは個人のお考えのもとにあります。人の考え方を捻じ曲げてまでの布教に何の意味がありましょうか」

「そうか。そう言ってくれると助かる。だが、おかげでこの国の信条と騎士の模範を学ぶことができた。感謝する」

「そうですか。・・・では、私からもひとつ尋ねさせていただきたいことがあるのですが」


 やけにかしこまった表情でそう言うシスターに、俺は自然とあごを引く。


「冒頭にも申し上げましたが、これはたった一人の人間が成し遂げた奇跡のお話になります。私には、あなたがその事実について、酷く気分を害されているのではないのかと思ったのですが」


 伝承自体が事実かどうかは確認のしようがない。

 たとえそのエルファリアが存在していたのかどうかさえ、証明するすべはない。

 だから、これはあくまで仮定の話だ。


「シスター、ひとつだけ教えて欲しい。あなたはこの伝承を真実だとして、それでもまだ、この女神信仰を尊いものだと考えてるのか?」


 この質問に意味などない。

 彼女は女神信仰に連なるシスターじゃないか。答えなどわかりきっているはずだ。


「ええ。もちろん私はエルファリア様の貢献を信じ、敬っております」


 ああ。そうだろうな。


「ふざけるな」


 自然と口から言葉がこぼれ落ちる。


 フェリアとニーアは何事かと目を丸くしているが、当のシスターは澄ました顔で、こちらをじっと見つめている。


「たった一人が犠牲になって、それで救える世界を許容するっていうのか」


 それは傲慢だ。

 誰かが誰かの為に犠牲になるような世界に理想なんて欠片ほども存在しない。


「なぜ、エルファリアを助けなかった人間を断罪しない。なぜ、誰一人としてエルファリアを助けようとしなかった」


『ちっ、火の手が強すぎる』

『大丈夫よ。この子を抱えても、これぐらいならどうにか抜け出せる』

『!!!姉さん、その傷は・・・』

『気にしないでいいわ。いまは脱出が先決よ』

『でもっ』

『律。守ると決めたのなら最後まで貫き通しなさい。少なくとも、私はこの子を救うと決めたの』


《例えそれが、この身を賭すことになっとしても》


 頭が割れるように痛い。

 守ることの先に未来がないなんて、それは間違いだ。間違いじゃなくちゃいけない。


「俺は誰かを守るために自分が犠牲になるような世界を望んでいるわけじゃない」


 そうじゃないと、あまりにもおかしいじゃないか。

 あまりにも悲しすぎるじゃないか。


「彩霞さんとおっしゃいましたね。どうやら、あなたには複雑な事情がおありのようです。だからこそ考えて見て欲しいのです」


 シスターはそう言いながら、俺の目の前まで近付いてくる。


「騎士になるというあなたの願い。それがもしも、人を守ることを前提としたお考えなら、その剣の先にある未来の事を」


 剣の先の未来?


「振るいては相手の命を奪い取り、その相手にも守るべき何かがあるということを。守るために奪われる願いがあるということを」


 それは、、、


「だから私は女神に願うのです。誰しもが争うようなことの無い世界を。もう二度とエルファリアのような人間が現れないことを」

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