教会とシスター
ララーナの中心部にあたるこの都市には、大小さまざまな建築物が建てられている。
倭国では考えられないほどの技術力を駆使したそれらは、頑健さだけでなく、様式美まで考慮された造りになっていて、異国から来た俺にとっては、見ただけで何が何なのか判断することが難しい。
田舎から出てきたというニーアにとってもそれは同じなのか、ところどころで感嘆のため息をついている。
それにしても、この石畳にはいまだに慣れない。
歩くたびに重心が緩和されることなく、自分の身体に伝わってくる。
「ニーア。おまえの故郷も、こんな風に道一面に石が敷き詰められていたのか?」
「ううん。僕の故郷は田舎だったからね。さすがにここまで丁寧に造られてはいなかったよ」
「ふむ。商業都市なら、この国ではこれが当たり前だぞ。物資の運搬には土のままでは何かと不都合があるからな」
馬車が行き交うさまに目を移しながら、フェリアが口にした言葉を理解する。
土壌のままだと、どうしても陥没、転倒の可能性が高くなる。
そうすると、どうしても運搬や運送に遅延が生じ、作業効率も大幅に落ちてしまう。
ましてや積荷がヤワなものなら、なおさら転倒する危険性は除外したほうがいい。
「最適な効率化にともなう必要な整備ってことか」
「ほう。思ったよりも頭が回るようで何よりだ。それをこれからも発揮してくれることを期待する。着いたぞ。この建物だ」
フェリアの言葉に顔を上げると、そこにあったのは、大きさのわりに、どこか質素な雰囲気を醸し出す建物だった。
昨夜見たコロンの教会とは比較にならないほど大きい。
あの村の教会も、五十人程度ならゆうに内包できる造りだったが、これはおそらくその倍は大丈夫だろう。
幅広な扉の両端には女人の彫像が建てられており、行き交いする人々を見守るような印象を受ける。
「あの彫像が?」
「いや。あれは女神エルファリアに使えたとされる天使を模した像だ。女神へ拝見するためには、彼女たちの許可が必要とされたという言い伝えがあり、あのように協会を出入りする人間を見つめるような位置に建てられていると聞いたことがある」
なるほど。いろいろと歴史をお持ちのようで。
「ともかく。ここでこうして話をしていても仕方がない。中に入り、シスターに詳しい話を聞かせて頂いたほうが、なにかと参考になるだろう」
フェリアは慣れた様子で教会の扉を開け放ち、俺とニーアは緊張した面持ちでその後に続く。
協会の内部へ足を踏み入れたとたん、その圧倒的な雰囲気に飲み込まれそうになる。
左右対称に並べられた椅子が荘厳に並べられ、その奥には祭壇と思わしき壇がひとつ。
見上げた天井には、手の込んだ意匠を施されたガラスが貼り付けられており、外部からの光を上品に取り込む仕組みになっていた。
コロンで見た木造の教会には、この様な様式は取り入れられていなかったため、さすがの俺も肝を抜かれ、その存在感に圧倒されてしまう。
人造には間違いないだろうが、表現としては神々しいという言葉がいちばん当てはまると言えるだろう。
「すごい。これが都市部の教会」
ニーアもガラス細工の天井を見上げたまま、感嘆の声をもらしている。
「その顔を見れただけでも、この場所に連れて来たかいがあるというものだ。初見でこの雰囲気に惚けてしまうのは無理もないだろう」
そう口にするフェリアの様子も普段とは少し違い、どこか大人しく振舞っているようにみえる。
ことあるごとに、人に向けて剣を突きつけてくる奴とはとても思えない。
しかし、信仰心の欠片もない俺でさえ、この場所の雰囲気には飲まれている。
幾度の戦場を経験しても、ここまで圧倒された経験は少ない。
それほどまでに、この場所の特異さは際立っていた。
あらためて教会内の様子を確認しようと目線を動かすと、いつの間にか祭壇の付近で膝をつく女性の姿が。
「主よ。この地に繁栄と恵みを。罪も無き隣人が凶刃に倒れ伏さんことを」
静謐な教会内に、まるで溶けるように染み込むように響いたその声の持ち主は、瞳を閉じ、頭を下げて祈りを捧げている。
どこかその姿が儚く、まるで現し世から隔離されているように感じ、俺は自分の知らぬまにその人物へと足を向ける。
背後から近づく足音にも気がつかないのか、それとも本当にこの世界から意識を切り離しているのか。
その人物はいつまで経っても、膝をついたまま瞳を開く様子がない。
「彩霞律。シスターの祈祷の邪魔をするな。彼女らは敬虔な女神の信徒だ。日に三度は女神に祈りを捧げ、世の平穏を願い続けている」
そう言いながら、フェリアは俺の歩みを止めるように肩に手を置いてくる。
そこで初めて俺は、自分がその女性に向かって歩みを進めていたことに気付く。
――俺はあの人の姿を見て、いったい何をしようとしていたんだ?
「構いませんよ。無事祈りを終えることは出来ましたので」
そんな俺の疑問をかき消すように、当のシスターはその場で立ち上がり、こちらに向けてそう言ってくる。
「ロータス子女、お久しぶりです」
「ああ。シスター・ソフィー、あまり顔を出せなくて申し訳ない」
「いえ。主はそこまで狭量では御座いませんので、そこまでお気になさることもありませんよ」
どうやらフェリアはその女性と顔見知りのようで、気さくな様子で会話を交わしている。
「それで本日のご用件は何でしょうか? 祈祷に来られるにしては、随分と珍しい格好をされておりますが」
「この礼装のことか。そういえば、シスターには話していなかったな。この度、私は正式に騎士への訓練施設に入学することになったのだ」
「そうですか。では、お連れの皆様はその訓練施設の」
「そうだ。二人とも、こちらがこの教会の管理を任されているシスター・ソフィーだ」
突然の紹介に、慌てて俺とニーアは自分の名を名乗り、本日の訪問の趣旨を伝える。
「なるほど。女神信仰についての考え方をお聞きになりたいということですか」
「すまないシスター。これは私がこの二人に聞かせるよりも、あなたの方が適任かと考えたゆえの行動だ。迷惑ならば断ってくれても構わない。この教会内部を拝見できただけでも、この二人には十分な刺激にはなっただろうからな」
珍しく下手に話すフェリアに、シスターは微塵も躊躇せずに首肯する。
「ロータス子女に頭を下げていただく必要はございません。女神に仕える身として、出来うる限りの話をさせて頂ければと思います」
シスターの様子にホッとしたのか、フェリアはその場から一歩後ろに下がり、俺たちに話を聞くように促してくる。
俺たちはというと、いきなり前に押し出されても、一も二もわからない状態で、何から聞けばいいのかまるで検討もつかない。
「それでは、まずは女神信仰の成り立ちからお話させて頂きましょうか」
こちらが戸惑っている様子を感じ取ってくれたのか。シスターは、そんなふうに助け舟をだしてくれる。
ずいぶんと気が利く人だ。
お言葉に甘えて、ここは彼女に舵取りをお願いしよう。
「ああ。見ての通り俺はこの国の人間じゃない。ニーアについても田舎から出てきたばかりで、その辺の事情には疎いんだ」
シスターは俺の言葉に頷き、とても理解はし難い言葉で、物語を紐解き始める。
「ではその昔、エルファリアという一人の人間が、女神と呼ばれるまでに至った所以からお話させて頂きましょう」