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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
女神信仰
20/111

競い合うは

「ほう。Cクラスでは、そのような事を」


 いつものようにカモミールで昼食をとりながら、雑談にふける。

 話題はもっぱら、今日の訓練内容について。


「しかし、いくら戦闘経験を積むためとはいえ、いささか承服できぬ内容だな」


 俺が編成されたクラスでの訓練。

 ひらたく言えば、盗賊狩りについての訓練内容を話すと、またたく間にフェリアの眉間にシワがより、現在に至る。


「まあ確かに、フェリアの言いたいこともわかるがな」


 でも、こいつのような真面目一辺倒の人間には理解できないやり方もある。

 守るばかりじゃ、いつまで経っても強くはなれない。

 稽古においても真剣を。模擬戦で出来ないことが実戦で通用する道理もなし。

 近道を選ぼうとするなら、それなりの危険は覚悟しないとな。


「実戦を通して強くなろうとする試みは理解出来る。だが、それを一訓練兵に任せるというのが気に食わん」

「なら聞くが、実戦を通して強くなるということを前提として、お前ならどういった訓練方法を考える?」


 フェリアは俺の何気ない問いに、難しい顔をして考え込んでしまう。


「そこまで難しく考える必要はないよ。ただ、おまえの最善と思う方法を口にしてくれればいい」

「ふむ。悪党を狩ることで実戦経験を積むという考え方に異論はない。だが、私なら訓練兵以外にも、ある程度の正規兵を伴わせるだろう」


 なるほど。よくできた回答だ。

 確実に相手を制圧できるといった確信さえ持てていれば、アルゴの教育方針には概ね理解を示すというわけだ。


「じゃあ、今回、俺たちが盗賊団を制圧するにあたって、おまえが言うとおり、事前に確実に相手を制圧できるという確信があったとしたら?」

「バカな。相手の数は五十はいたと聞く。まさか、キサマは自分ひとりでそれだけの数を相手取れたとでも言うつもりか」

「違うよ。俺たち訓練生の数は十四人だ。どいつもがそこそこの技量を持っていたとしても、それを計算に入れるのは浅はか過ぎるだろ」

「なら、キサマの言っていることには矛盾が生じる。確実に相手を制圧できる確信など、その時点で持てるわけがなかろう。この度の戦場にはキサマら訓練兵にアルゴ少将が帯同しただけ、、、まさか」

「そう。アルゴは最初から、自分ひとりでも盗賊五十人程度なら相手取れると確信していた。だからこそ、何の迷いもなく俺たちを戦地に連れ出すことができた」


 そう考えれば辻褄が合うだろ。

 あいつは俺たちを試すかのように振る舞いながら、最初っから自分ひとりで俺たち全員の面倒を見る自信を持っていた。


「少将はそこまで、お考えになられていたのいうのか」


 愕然とした様子でフェリアはそう言うが、これはあくまで俺の推測だ。

 確証もなければ、そこまで深く考える必要はない。


「僕もその話を聞いてると、Cクラスに配属されたリツが少し羨ましく思うよ。別にいまの教官に問題があるわけじゃないけどさ。やっぱり、あの人はこの国の英雄なんだなあって、すごく感じてる」


 いままで黙って俺たちの話に耳を傾けていたニーアが、まるで夢見る乙女のような顔で興奮気味にそう言ってくる。


「うむ。私もクラス編成の際にはアルゴ少将に随分な口をきいてしまったからな。これが本当のことなら、私は少将に頭を下げなくてはならないだろう」


 別にそこまでする必要はないと思うが。

 どうせ、あいつのことだ。「ああ? そんなことしに来る暇があったら、自分の愛剣でも磨いてな」なんて言いそうだがな。


「まあ、それはそれとしてだ。ふたりが配属されたクラスじゃ、いったいどんなことを?」


 今度は俺が質問する番だ。

 他人の芝に口を挟むつもりはないが、参考程度に聞いておくのも悪くない。

 いままでの話の流れから、それほどブッ飛んだ訓練をしていたわけじゃなさそうだが。


「僕のところは想像してた通りの訓練だったよ。型の練習の後に長距離の走り込みをして、その後に四人体制での模擬戦。故郷で農作業をしてたから体力には自信があったんだけど、さすがに今もまだ疲れが残ってる感じがする」


 まあ、それが一番わかりやすくて訓練らしい訓練だろう。

 型を身体に染み込ませ、戦場を駆ける体力を養う。

 最後に多数での模擬戦をすることで、四方八方から襲いかかる攻撃に対処できる癖を自分に叩き込む。

 特別なものじゃないが、非の打ち所のない訓練方法だ。


「私のクラスは、はっきり言うと少し拍子抜けだったな」


 そう言うフェリアの顔は優れない。


「初日の訓練で身体を使った訓練はなかった。教官から配られた教典をひたすら黙読し、女神への祈りを捧げることに時間を費やすこととなったな」

「信仰? そういえばアルゴもそんな事を言ってたな」

「うむ。そうか、キサマは知らなくても当然だな。この国は女神エルファリアを崇拝する女神信仰を主としており、かつてこの国を襲った未曾有の災害から、その身を犠牲にしてまで救世したと伝えられているエルファリアは、騎士道の鏡とされる風潮がある」


 それじゃあ、この国で信仰されている女神信仰ってのが、騎士道に重きを置かれる仁義に値するってことか。

 てっきり俺は、最低限の礼儀作法でも身につけておけば良いものと考えていたんだが。


「女神信仰には確かに騎士道に通じるものが多い。それに、志を同じくするために、そのような信仰に重きを置くのも悪くはない考えだとは思う。だが、流石に初日からそれでは、こちらとしては消化不良と言わざるを得ないだろう」

「僕のクラスでも、定期的に信仰に関する座学を実施するって聞いてるよ。身を引き締めるには精神の鍛錬も必要だって教官は言ってたけど」

「ふむ。それは理解出来る。ただ、私が懸念しているのは、貴族に連なるものを寄せ集めた集団ゆえに、その手の講義が多くなる事だ。よもやまさか、教官は私たちを戦場に立たす気がないのではと勘ぐってしまうほどにな」

「それは・・・」


 フェリアの怒りに、ニーアもどう声を掛ければいいのか判断がつかないようだ。

 確かに、考えすぎとは言い難い。

 もともとフェリアは、このクラス編成自体に政治的な力が関与していることを懸念していた。


「フェリア。それが的を得ていたとして、お前は騎士の道を諦めるのか?」


 結局、最後に決めるのは自分の意志だ。

 境遇や待遇に不満を言いだしたらキリがない。


「はっ。私を馬鹿にしているのかキサマは。確かに、私は家の事情で侍ではなく騎士の道を選ぶこととなったが、その道を歩むと決めたからには後に引くつもりはない」

「だろうな。お前はきっと、そういう風に考える奴だと思ってたよ」

「剣術の修練は自分で積めば良い。他人事のように考えているようだが、キサマにも、もちろん付き合ってもらうぞ」


 はあ、面倒なことがまたひとつ増えたか。

 とはいえ、あの真っ直ぐな目でそこまで言われると断ることも難しい。


「俺はこの国の信仰とやらに疎い。お前は俺にそれを教える。その見返りに、俺はお前の訓練に付き合う」

「ほう。交換条件というわけか。いいだろう。その提案、甘んじて受けさせておもらおう。キサマを超えるためには、不本意ながらキサマの助力は必要だからな」


 そう言って、フェリアはすっと手を差し出してくる。


 その手をしっかりと握り返し、俺たちは不敵に笑い合う。


「ほんとに二人は仲がいいよね。僕も二人に負けないように頑張らないと」

「何を言っている、ニーア・カロライン。貴殿にも付き合ってもらうに決まっているだろう」

「そうだぞ。俺がこいつと二人だけで特訓だなんて、お前は俺を見捨てるっていうのか?」

「ええええ~~! ! !」


 驚愕に顔を歪めるニーアに、その場にいた皆が失笑する。


「さて、取り急ぎはこの後のことだが、彩霞律については盗賊との戦闘で多少疲弊している部分があるだろう。よければ、まずはこの都市にある協会へおもむくというのはどうだろう。あそこなら、女神信仰に関する詳しい話も聞けるだろうしな」


 是非もない。

 体の疲弊は大したことないが、せっかくの好意を無下にする必要もない。


「わかった。じゃあそうしよう。シェリ、済まないが引き続き祈梨の面倒を任せても構わないか?」


 俺はシェリの膝の上でスヤスヤと眠る祈梨に目を向けながら、席を立つ。


「ええ。構わないわ。リナもそれで構わないわね」

「もちろん。祈梨ちゃんの面倒はわたし達に任せて、リッツ達は自分のやりたい様に頑張ること。水臭いことは言いっこなしだよ」


 ほがらかに笑みを浮かべるリナが、シェリの言葉に勢いよく頷く。

 俺がそれを確認すると、フェリアとニーアも同様に席から立ち上がり、店の外へと足を向ける。


「それでは行こうか。彩霞律。この国の信仰をキサマに叩き込んでやろうぞ」


 不敵に笑うフェリアの姿が、どこか楽しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。

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