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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
ようこそ異国の地へ
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はじまりの握手

「皆様、当船は間も無く、ブリトゲン大陸ララーナ王国へと到着します。着岸の際には船体が大きく揺れますので、手すり等をお持ち頂きますよう、何卒よろしくお願いします」


 船内アナウンスが響き渡り、乗客たちが慌ただしく身支度を整え始めている。

 倭国よりおよそ四十日、大地が恋しくなったのは、これが初めての経験だ。


「おおー、なんか見えてきましたよー」

「おいこら、あんまり身を乗り出すな。船から落っこちるだろうが」


 甲板から身を乗り出した祈梨の体を、俺は何とか後ろから抱え込む。

 怖いもの知らずもここに極まれり。こいつの無茶には驚かされるばかりだ。


「おお、ありがとうございます。そのまま抱えていてください」


 鬱陶しいことに、周りの乗客たちの視線が痛い。

 傍から見れば、十代後半の少年と十にも満たない年齢の少女の二人連れだ。

 視線を集めるのも無理はないが、あまり心地いいとは感じないな。

そもそも、これでも船出の時よりかは、ずいぶんマシになったほうなんだ。

年齢も然ることながら、俺は腰にひと振りの刀を下げている。倭国において、刀は人殺しの象徴。そんな輩が、よもや子供連れで乗船してくるなんて、こいつ等は思ってもみなかったのだろう。


 この船の乗客は、そのほとんどが商人連中だ。聞いた話によると、倭国の特産品は海の向こうで値が張るらしい。どいつもこいつもが大事そうに行李を抱え、こっちを睨みつけている。

 まあ、賊と思われて放り出されなかっただけでもマシだと思うしかない。その辺りは祈梨に感謝だな。


「律、あれがわたしたちの目的地でよろしいのでしょうか」


 周りの視線を意にも介さないのはコイツの凄いところだ。

 いまも当然のように甲板から身を乗り出し、大陸の方へと腕を伸ばしている。


「ああ、あれが俺達の目指すブリトゲン大陸だ」

「律はあの場所で『きし』を目指すのですよね」

「そうだよ。俺はあの場所で『騎士』になる。お誂え向きに『騎士養成施設』ってものがあるらしいしな。取り敢えずはそこで世話になるつもりだ」

「ですか。では、律が忙しい時は土いじりでもする事にします」

「ああ、そんな畑があればいいんだがなあ」


 ボーーー♪っと汽笛が鳴り響き、船が一度ガタンと大きく揺れる。


「よしっ、着いたみだいだな。身体は大丈夫か?」

「ええ、問題ありません。それではいざ行かんです」

「お前、どこでそんな言葉覚えた?」





「「おおーーーーーー」」


 港に降りた俺達は、揃って驚きの声を上げる。

 何故ならそこには見渡す限り、石造りの建築物が並んでいたのだ。

 これではまるで、小さな城の群れだ。


「律、地面が土じゃありません」

「確かに、この国では街中に石畳が敷き詰められているのか」


 石畳を地面に敷くには、石を切り出す労力、技術、それに見合う報酬が必要になるはずだ。

 近年では、鉄を武器以外に加工する技術が先進的に進められていると聞くが、そのほとんども大陸製の代物のはず。

 そういえば、ついさっき俺達が乗船していた鉄鋼船についても、大陸からの贈呈品として倭国に献上された物だと聞いた覚えがある。

 なるほど、つまり、この国が倭国以上の資本と技術力を持った国だっていうのは、疑いようもない事実だってことか。

 辺りを見渡しても、露天には見た事も無い物が多く並び、絹を使用したと思われる豪奢な服飾までもが並べられている。

これは、異国を実感するには十分すぎるほどの光景だな。


「律、あれを見てください。なにか、くるくる回ってます」


 祈梨の指差す方向を目で追うと、獣肉と思わしき物が巨大な串を軸にしてぐるぐると回っていた。

 おそらく、大陸独特の調理法か何かだろう。見ているだけで、腹の虫が鳴りそうだ。


「祈梨、見物は後回しだ。とりあえずは『騎士養成施設』っていうのを探さないと……」


「とっとと、その剣を寄越しやがれ!」

「断る! この剣に触るな!」


 俺が祈梨を急かそうとしていると、通りの一角から物騒な声が聞こえてきた。あれは追い剥ぎか? そこでは、俺と同じ年頃の少年が傭兵と思わしき人物達に取り囲まれていた。


「あいつら『クツカ傭兵団』の連中じゃないか。誰か衛兵を、衛兵を呼んでやれ!」

「騎士団も地に落ちたものね。いくら戦争が起こったとはいえ、あんな傭兵連中を雇い入れるなんて……」


 喧騒に耳を傾ける限りでは、この街はあまり治安が良いとはいえなさそうだ。

 どうやら、この国は戦争に備えて、随分と傭兵団を雇い入れているようだが、街中で問題を起こされては、それも本末転倒の事態だ。しかも、白昼堂々、往来のド真ん中で揉め事を起こすなんて、正気の沙汰とは思えない。


「あまり、俺たちを怒らせるなよ。出すもん出しゃあ、見逃してやるって言ってんだからよお」

「ふざけるな! これは姉さんから貰った大切な剣なんだ! 『騎士』を目指し、故郷を離れた僕にとっての大切な誓い! お前達なんかに渡すつもりはない!」


 腰が引けてる割には良い啖呵を吐く。だが、さすがに多勢に無勢のようだ。

 傭兵の数は三人。その三人は、じょじょに少年を追い詰めるように、囲いを小さくしていっている。このまま放っておけば、少年が危害を加えられるのは目に見えている。


「律、あの人たちはわるい人ですか?」

「ああ、だから、ちょっと懲らしめてくるよ。少しの間、ここで大人しくしてろよ」


 祈梨にそう言い聞かせると、俺は見物人をかきわけながら前へと進んでいく。異国の地に降り立ったばかりにしては、なかなかに手厚い歓迎だ。自分の運の無さに呆れるよ。


「テメーら、ヤっちまいな!」

「!!!」


 傭兵連中が仕掛け、少年は目をつぶり、俺が駆け出そうとしたそのとき、

 

「そこまでにしろ」


 傭兵と少年を分かつような位置に、ひとりの男が現れた。

 その男は銀色の髪をなびかせ、腰にはひと振りの剣をぶら下げている。見た感じでは、ただのそこらに転がる優男だが……


「なんだぁ、テメーは……!?」

「なるほど、傭兵崩れか。醜いものだな。いいぜ、オレが代わりに相手をしてやろう」


 俺の思惑も他所に、銀髪の男は腰の剣へと手をかける。

大した自信だな。多対一でも臆さず挑発しやがった。


(まあ、あの連中じゃあ、あの男の相手にはなりそうもないがな)


 男は一人目の傭兵を剣の柄で突き上げ、二人目の傭兵を難なく峰打ちで叩きのめす。その身のこなし方は、まさに芸術といっても過言じゃない。現に、見物人たちも、息を飲んでその光景を見つめているざまだ。


「おまえで終わりだ」

「ぐっ……な、舐めんなー!」


 不利を悟った傭兵が、一目散にこちらに向けて駆け寄ってくる。なるほど、一般市民を人質にとろうってつもりか。それなら、遠慮はいらないな。

 俺はすれ違いざまに傭兵の足を払う。傍から見れば傭兵が勝手につまずいて転げたかのように見えたはずだ。

 銀髪の貴公子はその好機を見逃さず、地面に倒れふした傭兵の顔にカカトを振り下ろす。


 その場にいる殆どの人間は理解できなかっただろう。

それほどまでに、この貴公子は手際よく傭兵どもを片付けた。


「礼を言う。それに、すまないな、どうやらオレは、君の獲物を横取りしてしまったようだ」

「……なんの話だ?」

「分からないのならば、それいいさ」


 すれ違いざまにそんなセリフと人懐っこい笑みを残し、男は雑踏の中へと消えていく。

 俺がいなくても何とでもなっていただろうに、嫌味な奴だ。





 文字通り、風のように現れ風のように去っていった貴公子の振る舞いに、見物人達は大きな盛り上がりを見せている。

 口を揃えて彼を讃える言葉を発し、誰もが熱病に浮かされたように焦がれている。

 俺はそんな人達を掻き分けて、件の少年に手を貸す。


「大丈夫か、見たところ、大した傷も無いみたいだが」


 それまで微動だにしなかった少年は、俺の声でやっと緊張から解放された様で、急にアタフタとしだす。


「す、すいません。ちょっとあまりの展開に付いていけなくて。ついさっきこの街に着いたばかりなんですが、いきなりこんな目に遭うなんて。都会はやっぱり物騒ですね、もっと用心しておくべきでした」


 そう言いながら少年は金髪の下に隠れていた中性的な顔を見せ、困ったような顔を浮かべている。


「その辺の事情は俺にも良く分からんが、無事ならそれでいいんじゃないか。大事な物もしっかり守れたみたいだしな」

「いえ、僕は『騎士』になる為にこの街に来たんです。こんな有様では故郷の姉に会わせる顔がない。もっと強くならなくてはいけません」


 少年は自分の抱えた剣を見つめながら拳を強く握る。


「律、お仕置きは終わりましたか?」


 周りの喧騒から抜け出してきた祈梨が俺の裾を掴んでくる。待ってろと言った筈なんだが、堪えきれなかったらしい。

 ほら、突然の幼女の登場に、少年の方も目を丸くしてるじゃないか。


「律、聞いていますか。終わったんなら、とっとと『きし』になりに行きましょう」

「『騎士』!? 貴方も『騎士』になるおつもりなんですか?」

「何ですかあなたは、『ちょうぜい』ですか? うちにお金はありませんよ」

「『徴税』!? なんでそんな話に、っていうか僕は彼に話をしている最中で……」

「律の知り合いですか?」

「知り合いってほどじゃないけど……」

「わたしは律に聞いてるんです。静かにしてて下さい」

「ええぇぇーー」


 幼女に言い負かされる金髪少年。この二人のやりとりは見ていて飽きそうにないが、そろそろ助け舟は出してやった方がいいだろう。


「祈梨、そこまでにしておけ。コイツは俺の知り合いだ。今から一緒に『騎士養成施設』に行こうって話をしてたところだよ」


 俺の言葉に少年は分かりやすく顔を輝かせて、右手を差し出し、興奮気味に自己紹介を始める。


「僕の名前はニーア・カロライン。ここから遠く離れた宿場町『ヨルド』から『騎士』になる為に首都へやって来ました」

「俺の名前は彩霞律。倭国から『騎士』になる為にこの大陸にやって来た。右も左も分からない状態だ、色々と助けてくれるとありがたい」


 固く握手をする俺達の手に小さな手が重ねられる。


「わたしの名前は彩霞祈梨です。律の友達なら仲良くしてあげます。どうぞお見知りおきを」


 祈梨の言葉に、ニーアは絶句してしまっている。

 その様子が、俺にはとてもおかしく見えていた。

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