一仭の風になりて
今日は絶好の天気だと思う。空には雲ひとつなく、草原を抜ける風は心地よく頬を打つ。
惜しむらくは、だだひとつ惜しむらくは、耳障りに響く剣戟の嵐だろう。
「おらぁ、これで五人。俺に付いてこれる奴はいねえのか!」
盗賊団を薙ぎ倒しながら、アルゴが発破をかけてくる。
突然の強襲に、最初こそはうろたえていた盗賊連中も、今となっては武器を手に応戦してきている。
無策の乱戦。
今の状態を表すなら、この表現が一番しっくりとくるだろう。
まさか、いくら相手が盗賊団だからといって、将校みずからが先陣をかけるとは思いもしなかった。
これはもう、訓練じゃなくて、ただの喧嘩だ。
「ヒャッハー」
「うるせえよ」
飛びかかってきた盗賊を刀で叩き斬る。
たとえ喧嘩だからといって、峰を返すような真似はしない。
アルゴが口にしていたように、これは掃討戦だ。
その名のとおり駆逐しなければ、同じことの繰り返し。
こいつらも近隣の村や行商人に迷惑をかけてきたんだ。
謝罪の言葉を吐くつもりはないが、
「せめて、もう少しマシな死に場所なら良かったんだがな」
「ん。同情?」
隣に並び立ったカエラが首を横に傾ける。
そんな良いものじゃない。
こいつ等にもこいつ等なりの覚悟はあっただろうから、一武人としてそう思ったまでだ。
「そう。それにしても相手の数が多い。これは極めて困難な訓練」
それには俺も首肯する。
いくら実戦を経験させるといっても、これはいささか度が過ぎている。
「それに盗賊とはいえ、個々の腕前だけなら、そこそこの技量は持ち合わせているみたいだしな」
俺の推察に今度はカエラが頷く。
盗賊なんていうのは、傭兵崩れや敗残兵の巣窟だ。
それなりの訓練を積んでいても、何ら不思議なことはない。
だが、唯一の救いは、奴らがまともな装備を持ち合わせていないことだ。
厚手の皮をつぎ足した鎧に、ところどころ刃の欠けた剣。
あの程度なら急所を狙うまでもなく一刀に処すことができる。
「それは思い違い。誰もが自分と同じ技量を持ってるだなんて思わないで」
表情に出ていただろうか。
カエラから厳しい指摘を受ける。
とは言っても、実際、苦戦している奴なんて一人も見かけない。
流石は、わざわざ異国まで戦闘をしに来た連中というか。
各々がそれなりの技量を持っているようで、難なく盗賊たちを切り伏せていく。
「あの光景を見ている限りじゃ、どいつもこいつも立派な戦闘力を持っているように見えるがな」
「ん。それでも昨夜のあなたは、彼等よりもずっと強かった。違う?」
何で、ここまで突き刺さるような視線を向けられなきゃいけないんだろうか。
カエラが強さに対して執着しているのはわかってるが、さすがに理不尽すぎやしないか。
まあ、でも、頼りになるパートナーからのありがたい言葉だ。
ここはひとつ、カエラのご要望どおり、少しだけ披露させてもらうとしようか。
カエラに「なら、自分の目で確かめろ」と言いながら、俺は戦場のど真ん中に駆ける。
「千仞一躯、雅流一仭が初伝。どうか御笑覧を」
戦場とは蜘蛛の糸のようなものだ。
獲物を狙う広大な網に絡め取られれば、瞬く間に捕食されてしまう。
「然らば先手を取り、その糸を断ち切るまで」
腰だめに構えた刀を一気に振り上げ、目の前に現れた男の体を切り裂く。
断末の声をあげることなく男は地に伏せ、さらに群がる連中を相手取る。
最低限の戦術とでも言うべきか、盗賊たちは俺の周りを取り囲むようにジリジリと移動する。
その数、およそ二十人。
これでも最初に比べれば、結構数は減っているはずだし、いまだに善戦している訓練兵も多いってのに。
そう心の中で愚痴っていたとき、ひとりの盗賊が目の前で突然、真っ二つに切り裂かれる。
突然の出来事にうろたえる盗賊を尻目に、そこには「助けはいるかい?」と事も無げに言い放つ男の姿が。
「アルゴ? 驚いたな、あんたのことだ。てっきり大将首を狙いにいったものだと思っていたが」
「馬鹿言うなよ。俺はお前さんたちの監督役だぜ。こんなとこで、おっ死ぬような奴がいないか。常に緊張感をもって挑んでるんだ。大将首なんぞ狙うかよ」
それは仕事熱心なことで。
それじゃあ、その半笑いの顔をいますぐ引き締め直せ。
「さってと。あんまりおしゃべりしている時間はないぜ。早いとこ片をつけようじゃねえか」
あんたの存在は目障りだが、その意見には概ね賛同する。
「手出し無用だ。あんたは他の奴の面倒を見てやればいい。この程度なら俺ひとりでも十分だ」
「まあ、そう言うなよ。仲良くしようじゃねえか」
そう言いながら、バッチリとウインクを飛ばしてくる上官を尻目に俺は前方へと駆ける。
「ぶはっ、こんの野郎、何しやがる!!」
おっと、どうやら強く踏み込みすぎたせいで、足元にあった砂が上官にまともにかかったみたいだ。
覚えていられたら、後で詫びを入れることにしよう。
俺は戦場を駆け、いまだに喚き散らしながら抵抗する盗賊たちの群れに体を投げ込み、あえて視線を集めるように仕向ける。
「あぁ?」
「あの男は、、」
案の定、敵味方区別なしに奇怪な目を向けられる。
「お前たちに個人的な恨みはない。だが、お前たちがこの国に迷惑を掛けてきたのは事実だ。殺生をすれば殺生が返る。泣き言は聞かん。まとめて掛かってこい」
さあ、狩りの時間だ。
奇声とも悲鳴ともつかない声を上げながら武器を振るってくる盗賊たちを、一刀のもとに切り伏せる。
そこからは、単純にそれの繰り返し。
戦場とは蜘蛛の糸のようなもの。
然らば、その糸を張り巡らせれば、自ずと敵は引き寄せられる。
相手の気に飲まれるな、鬼気を放ち、それを凌駕しろ。
無心になり、刀を振り続ける。その度に断末魔が重なり、あたり一面を死地へとかえす。
「馬鹿な、たったひとりで・・・」
「あれが東洋の剣術。あれではまるで悪鬼じゃないか」
雑音を少しずつ頭の隅に追いやる。
邪魔をしないでくれ。こんな喧嘩は早く終わらせたほうがいい。
他の盗賊たちとは明らかに一線を画した装備の男が、こちらに剣を振り下ろしてくる。
その一撃を上体を捻り、半身の状態で躱しきる。
「! ! !」
声にならない声は俺には届かないよ。
問答もなく、真っ直ぐに振り下ろした刀に、あっさりと盗賊の頭は最期を迎えることになる。
◇◇◇◇◇
「こいつは驚いたな。どうやら俺はお前さんのことを過小評価してたみたいだ」
戦場の真ん中に立つ俺に、アルゴがそう言いながら近寄ってくる。
「あれだけの人数を気で押さえ込むなんざ、そこいらの武人じゃあ、とても出来やしねえ芸当だ」
あいも変わらず、何がそんなに可笑しいのか。
ニタニタとした笑みを浮かべながら、ついには手が届くほどの距離まで詰めてくる。
「お前さんのいた倭国では長らく内戦が続いていると耳にしたことがある。てっきり俺は、その内戦でヘマを打った人間だと思っていんだが、そりゃあ大きな間違いだった」
やはり、ある程度の情報は仕入れているか。
さもなくば、昨夜のような特務を任せる人選にもあがらなかっただろう。
「お前さん、いったい故郷で何をしていた?」
全身の毛が逆立つほどの圧力を感じる。
そりゃあ疑いもするだろう。
だが、たとえ上官といえど、ここで答える義理はない。
俺はその意思を代弁するように刀を鞘に納め、アルゴに背中を向ける。
「そうかい。言いたくないってことか。なら、しょうがねえ」
アルゴの気はますます高まり、それを遠巻きに見守る訓練生たちからも緊張の声が聞こえてくる。
一触即発。アルゴの気がどんどんと大きくなり、まさに爆発しよとしたそのとき。
「まあ、言いたくねえなら聞くのも野暮だわな」
先程までの緊張感を一気に吹き飛ばすかのように、極めて軽い口調でアルゴはそう言ってのける。
「はあ!?」
あたりにいる連中からは、自然とそんな声が聞こえ、皆が呆けたような顔で俺たちを見ている。
「ああ? 何をそんなに驚くことがあるってんだ。俺はお前たち訓練生の上官だが、その辺はわきまえてるつもりだぜ。誰にだって詮索されたくない過去の一つや二つはあるだろうよ。特にお前たちみたいな人種にはな」
そう言って、もはや見慣れてきたニヤケ顔で話すアルゴに、訓練生たちも押し黙ってしまう。
悪趣味なやつだ。
これを言うために、わざわざ俺を挑発したっていうのか。
「さて、最初の訓練はこれで終わりだ。よくやってくれた。幸い、目立った怪我人もいねえようだしな。それで、どうだ? 実戦で得られるものはあったかい?」
各々が自分に向けて考えを巡らす。
確かに、訓練所で剣を振り続けるよりは良い経験になった。
自分の背中を預ける人間の力量を見極めることができたのも大きい。
今回は半ば喧嘩のような戦い方だったが、仲間の特性を掴めば、戦術を組むことも容易になる。
今日のように、ひとりで戦場を切り開くなんていうのは、愚の骨頂だ。
「ん。あなたは何か得られた?」
隣までやって来たカエラにそういった質問を投げかけられる。
「そうだな。それなりに学ぶことはあったのかもな」
当たり障りのない答えに、カエラは小さく頷き、「わたしも、もう一度、あなたの剣技を見ることが出来てよかった」と口にする。
やれやれ。この様子だと、当分の間、カエラに剣技を教えることになりそうだな。
「へへっ。どいつもこいつも、いっちょ前の顔をしているじゃねえか。忘れるなよ、今日得たことは未来の財産だ。それじゃあ総員、訓練所に帰還する!」
張り上げられたその声に、自然と皆が後を追う。
ふぅ。先行きは長い。だが、こんな形の訓練も悪くはない。
切磋琢磨。なかなか良い響きだ。