Cクラス
掲示板に記されていた場所へ行くと、そこそこの広さの空間に長机と椅子が用意され、既に何人かの先客が座っていた。
足を踏み入れたとたん、先客からは奇異の視線が投げつけられるが、それはお互いさま。
肌の色が浅黒く、両目を閉じたまま無想している人間。
何が可笑しいのか、ニヤニヤと笑いながら小手先で短刀を弄ぶ人間。
透けるような銀髪をもち、小柄な顔をマフラーで隠すようにしている不審な人間。
俺はというと、首の後ろで髪を結い、指定された礼装をまとっただけの、ただの東洋人。
千差万別とはよく言ったもんだ。それとも、世界は広いとでも言った方がいいだろうか。
よくよく見るまでもないほど、どいつもこいつも特徴的な雰囲気を醸し出してる。
とりあえず、見かけたからには声をかけておかないとマズイだろうな。
俺は机の横を通り抜け、最後尾に座る彼女に声をかける。
「で? おまえは何でこんな所にいるんだ?」
「ん。わたしはあなたの面倒を指示された。私がここにいるのは当然のこと」
固有名詞を出さないあたりは流石だな。
そこには昨夜、特務を共にしたカエラがぽつんと座っていた。
おそらく俺と同様、睡眠はろくに取れていないはずなのに、見た感じでは昨夜と何ら変わりがない。
「面倒を見るといっても、お前なら他にどうにでもやりようはあっただろう」
「ん。それは否定しない。でも、理由はある。あなたが今以上に強くなろうとしてるなら、私もそれにあやかろうと考えた」
ああ、なるほどね。
極端な話、方向性は違えどカエラと俺の求めるものは同じだ。
上官に与えられた任務をこなしつつ、己の目的も果たせるだなんて願ったり叶ったりだろうよ。
「おおし。集まってるな。そろそろ始めるぜ」
カエラがここにいる理由に俺が納得しはじめたとき、ここ最近で聴き馴染んだ男の声が聞こえてくる。
「このクラスを担当するアルゴ・クラインだ。とりあえず名前ぐらいは知っといてくれや」
呆然とする。
この国の将校ってのは、ここまで暇なのか?
ライアスとアルゴがこの施設を取り仕切ってるのは理解していたが、まさか自ら教鞭を振るうなんて。
驚きを通り越して、呆れ果ててくる。
カエラはこの話を知ってたのかと、隣に座るカエラの顔を覗き見ると、
「ん。なに?」
いつもと変わらない無表情がそこにあっただけ。
パートナーの一貫した冷静沈着ぶりには頭が下がるばかりだ。
「何だぁ、どいつもこいつも呆けた顔しやがって。もっとシャッキとしろよシャキっと」
「その要因は全部おまえのせいだがな」と声を大しにして言ってやりたかったが、こんな場所で上官相手にそんな口を聞くわけにはいかない。
もともと持ち合わせてなかった緊張感が、ここにきて更に薄れていく。
「ああ、それと自己紹介の類は自分たちで済ませてくれ。時間は有意義に使いたいもんでな。ここは遊び場じゃねえんだ。和気あいあいとする必要なんて微塵もねえ」
通常なら、ここで非難の声の一つも上がりそうなものだが、誰一人として口を開くことなく淡々と話に耳を傾けている。
それはそうだろう。
わざわざ自国を出てまでして、この国の制度を利用したんだ。
夢や思想、目的への執着は、この国の連中よりもはるかに高い。
このクラスに集まった連中には、もう後がない。
仲間意識の欠片も求めず、ただ己の目的を完遂するのみ。
そういえば、カエラはその辺どうなんだ?
あまりにも自然に、この国の出身だと思っていたが。
「わたしはこの国の生まれじゃない。ララーナに連れて来られたのは、ほんの数年前」
そうか、思いがけずパートナーの過去に深入りしてしまったことに罪悪感が生じる。
ここは素直に頭を下げよう。
「わるい。立ち入った話を聞いたみたいだ」
「ん。気にしてない。あなたは昨夜、強くなるための方法を教えてくれた。この程度の情報ならいくらでも」
いつも通りの無表情でそう言うカエラの顔からは、何の感情も感じることが出来なかった。
俺がカエラについて考えを巡らせていると、再びアルゴが話し出す。
「いいか、覚えとけ。『騎士』に求められるのは『仁』『義』『体』だ。礼節を重んじろとは言わねえが、最低限のマナーやルールぐらいは覚えていかないと『騎士』にはなれねえ。その辺は教典でも読みながら、じっくりと己のもんにしてくれればいい。この施設で机にかじりついてまでやる必要性はない。大事なのは、いかに実戦で生き残ることが出来るかどうかだ」
その言葉を口にしたあと、アルゴは俺たちを試しているかのように目線を巡らせる。
だが、誰ひとりとして異を唱えるものもなく、全員がきっと俺と同じ考えをしてるんだろう
考えてもみろ。わざわざ異国民を一箇所に集めたんだ。
戦場の駒として区別するだけじゃ、いくらなんでも不自然すぎる。
このクラス編成には、俺たちの知らない意図が必ず隠されている。
まずはそれを見極めてからだ。
そういった俺たちの気でも感じ取ったのか、アルゴは降参だとばかりに腕を上げ、一転して真面目な顔つきで話し出す。
「テメー等が思ってるように、この話には裏がある。ここからが、このCクラスについての本題だ。礼儀は自分で覚えろ、義理は自分達で育め、じゃあテメー等にこの訓練施設で何を学んでもらおうってのかというと、まあ、シンプルに言えば『実戦』をこなして強くなってもらおうって魂胆だ」
実戦?
ここにきて初めて、この部屋にいる人間からざわめきの声が聞こえだす。
「教官。失礼ですが、現在は隣国との戦況は膠着状態のはず。まともな戦場など存在しないと思われますが。それとも、我々を戦の当て馬に使うおつもりで?」
前に座った生徒が、意を決して意見を述べる。
その疑問はもっともだ。
ロクな戦場もない状態で実戦を経験しろだなんて、「戦争を起こすために、戦争を仕掛けてこい」と言われているのと大差ない。
「落ち着け。誰もテメー等に火種になれなんて言いやしねえよ。ここで言う実戦ってのは、主に「盗賊狩り」のことだ。テメー等も知ってるとは思うが、戦争の影には必ず不逞を働く輩が続出する。戦で疲弊した村や、商人を襲う連中は切っても切っても後をたたねえ。こいつは国にとって何の利益も生まねえ癌だが、掃討するにはそれなりの戦力が必要となる。そこで、これを逆手にとってテメー等みたいな新兵の教育に利用しようってことだ」
ざわめきは次第に小さくなり、各々がその案を自分の中で消化しようと試みる。
この案を考えたのはライアスに間違いないな。
あの男なら、国益を兼ねる意味合いで立案してもおかしくない。
試しにカエラにその事を確認したら、「ん。知らない。けど、アルゴがあそこまで頭が回るわけない」との力強い証言をもらえた。優秀なパートナーで助かる。
「戦場で意味をなすのは、一にも二にも実戦経験だ。不測の事態にどれだけ対応でき、どこまで生き延びれるかは座学や型稽古じゃあ学べねえ」
それでも腑に落ちない点があるのか。何人かの生徒が立ち上がり、アルゴに回答を求める。
「教官。それは全クラスで行うと考えても?」
「いいや。光栄に思え、これはCクラスのみの特権だ」
「それは自国の民を訓練で亡くすのが惜しいからと捉えることも出来ますが」
「戦争に出りゃあ、生きるも死ぬも同じこと。そう思いたけりゃあ、そう思ってもらっても構わねえ。少しでも、この案に臆したんなら、いますぐこの場から去りな、止めやしねえよ」
ぐうの音も出ないってのは、こういう時に使うのか。
アルゴの口にしたことは合理的で、例えそれが、ここに集められた俺たちにとって危険をはらむとしても、見返りとしては十分な価値がある。
「他に異論のある奴は?」
静かだが威厳を含んだその言葉に、ひとときの静寂が訪れる。
「よしっ。なら方針はこれで構わねえな。じゃあ、各人、武器を持って後に付いて来な」
アルゴはその沈黙を了承ととらえ、足早に教室から出て行こうとする。
付いて来い? まさかとは思うが・・・
「新兵歓迎会だ。手始めに、ちょいと近くの盗賊団でも狩りに行くとしようや」