クラス編成
「オブリル家?」
「そうだ。あの男は、ララーナ建国の際からこの国を支え続けてきた、貴族の中でも特権階級に位置する人間のひとりだ」
カモミールで朝食をとりながら、さっきのいざこざについてフェリアが補足してくれる。
どうして、こいつは自然な流れで俺たちについて来るんだろうと思っていたが、そういう理由なら助かる。
この国の生い立ちや成り立ちについて、俺はあまりにも無知すぎる。
相手がたとえ俺の苦手とするフェリアであろうとも、わざわざ説明してくれるというなら願ったり叶ったりだ。
「それで、どうしてそのオブリルの人間がわざわざ俺に難癖をつけてきたんだ?」
「それについては推測でしかないが。オブリルの人間は貴族意識の高さゆえ、自分で戦闘を行うことを良しとせず、私設軍隊の結成に力を入れていると聞いたことがある。有事の際に民のために動くのが貴族の役目とはいえ、私には少々理解しがたいものがあるがな」
戦場へは赴くが、実際の戦闘は私設軍隊に任せる。
殿様気分にもほどがあるが、身分の高い人間はえてしてそういうものだ。
「モフランはおそらく昨日の模擬戦闘を見ていたのだろう。より腕の立つものを従者に加えるのは、彼にとって何よりもステータスになることだからな。その中でも特筆すべき腕を持った者、つまりはキサマの事だが。モフランとしては、その男をどうしても自分の軍隊に迎え入れたいと思い、接触を図った」
おそらくそんなことだろうよと口をへの字に曲げて話すフェリアの顔には、嫌悪感がありありと浮かんでいた。
こいつの気性を考えれば、理解はし難いだろうな。
そういえば、モフランが言ってたな。フェリアについても、ロータス家がどうのこうのと。
いまさらフェリアが貴族でしたなんて言われても少しも驚きはしないが、
「ところでお前も「もちろん、私も由緒正しき歴史ある家の一員だ」」
言葉を途中で遮られることが、ここまで不愉快とは。
モフランがあそこまで怒った理由をいまさら痛感する。
「勘違いするなよ。私は自分が貴族であることに誇りを持っていはいるが、それをかさに着ようとは微塵も思っていない。掴むべきものは己の手で掴み取ってみせる」
「そんな事は、お前を見てればわかる」
「むっ、そうか。ならばいい」
付き合いが短いからといって、それぐらいはわかるさ。
だから、「とりあえずキサマを追い抜くことが当面の私の目標だ」なんて物騒な言葉はしまっておけ。
「勉強になるなあ。僕の田舎じゃ、貴族なんて見かけることがなかったから。やっぱり都市にはいろいろあるんだね」
「何を他人ごとのように言ってるんだニーア・カロライン。貴殿もこの都市で暮らし始めた一員。知らぬ存ぜぬではまかり通らんぞ」
「はははっ。そうだね。僕もこの街に慣れていかないと」
この二人も昨日の特訓とやらで随分打ち解けたみたいだな。
昨夜の夕食では「思い出したくもないよ」と、燃え尽きてはいたが。
「そう言えばニーア・カロラインよ。昨日の上官の言葉を覚えているか? 今日から訓練生がチーム分けされるという話を」
「うん。たぶん昨日の模擬戦の結果で振り分けられるんだろうね。ライアス中将がどういった編成にするのか、僕には想像もつかないけど」
「実力を均等になるように振り分けるのか、あるいは特化した者とそれ以外に振り分けるのか。どちらにしろ楽しみではある」
フェリアから向けられる好戦的な目線には気付かなかったことにし、ここはシェリに話をふることにしよう。触らぬ神に祟りなしだ。
「シェリ。わるいな、祈梨の面倒を任せて」
シェリは食事で汚れた祈梨の口を甲斐甲斐しく拭きながら、やんわりと首を横に振る。
「気にしないで。私たちだけだと、どうしても仕事に集中しすぎてしまうから。祈梨ちゃんがいることで私たちも助かってるのよ」
「そうだよ。リッツと違って祈梨ちゃんは良い子だからねー。って、祈梨ちゃん。そろそろお姉さんにも懐いてくれるとありがたいんだけど」
リナがにじり寄ってきたとたん、祈梨はシェリの背中に隠れてしまう。
「けっこうです。リナはわたしのめざす女性とはおおきくちがう気がしますので」
愕然とした顔でその場に膝をつくリナに、その場にいた全員が奇しくも声を重ねて笑ってしまう。
まったく、朝っぱらから騒々しいこと、この上ない。
昨夜の殺伐とした出来事が嘘のように感じる賑やかな朝だ。
◇◇◇◇◇
Aクラス 以下 二十名 ・・・フェリア・ロータス・・・モフラン・オブリル・・・
Bクラス 以下 百二十名 ・・・・・・・ニーア・カロライン・・・
Cクラス 以下 十四名 ・・・・・彩霞律・・・
掲示板に張り出されていたチーム分けを見たとたん、訓練生から怒声が発せられる。
「どういった意図で、このような編成をされたのか理由をお聞かせください」
「何故、模擬戦闘で勝利した僕がBクラスなんだ。即刻訂正いただきたい」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、さすがのアルゴもうんざりした顔を見せている。
「そっか。見事にみんなバラバラのチームになっちゃったね」
ひとりになったのが心細いのか。ニーアの表情も優れない。
「馬鹿な。こんな編成がまかり通るとは思えん。上官はいったい何を考えておられるのか」
フェリアはフェリアで憤慨し、いまにもアルゴに突っかかっていきそうな雰囲気をかもし出している。
「で? ニーアはともかく、俺には皆が何をそんなに憤っているのか理解できないんだが」
俺の疑問にはフェリアが答えてくれる。
「序列という言葉くらいキサマでも知っているだろう。一般的な考え方でいけばAが最高、B以下は数を追う事に序列が下がっていく。くそっ、これでは何のための模擬戦だったというのか」
「それでここまで憤慨してるっていうのか? それは、いくらなんでも狭量すぎるだろ。騎士を目指すのはみんな一緒なんだ。これからどうするかの方が大事だと思うがね」
「キサマは何も分かっていない。私が見た限りAクラスに配属された人間は、どいつもこいつも貴族、あるいはそれに連なる血筋の者ばかり。それに比べてBクラスは庶民階級の人間の寄せ集めになっている」
意図的に俺が配属されるクラスを飛ばすなよ。
それじゃあ、Cクラスはなんだって言うんだ。
「Cクラスは、おそらくララーナに関わりあいの薄い人物だ」
へぇ、なるほど。これを考えたのはライアスか、それともアルゴか。
どちらにしても、随分思い切ったことをしてくれるじゃないか。
それならBクラスの人数が異常に多いことにも納得がいく。
「お前さんたち。まだ訓練も始まってねえってのに、泣き言が多くねえか?」
いよいよアルゴも我慢の限界だったのか、芯の通った声で訓練生を睨みつけてくる。
「ここは遊び場じゃねえんだ。弱音と文句ばっかり垂れ流しやがって。一人ぐらいは気勢の一つでも吐いてくれや」
これじゃあ先が思いやられるぜと頭をかくアルゴの姿に、それまでの喧騒が嘘のように静まりかえる。
しかし、その中でもフェリアだけは持ち前の気性の高さをもって、真っ向から意見を口にする。
「アルゴ少将。僭越ながら、このクラス編成には異を唱えさせてもらいたい」
さすがはフェリア。あれだけの気を発しているアルゴに臆面なくそう言ってのける。
こいつは曲がった事が許せない人間の様だからな。
なんて事を他人事のように考えていたら、突然、ぐいっと手を引っ張られる。
「私は昨日の模擬戦に屈辱ながら、じつに不本意だがこの男に敗れた。その私がどうして、この男よりも格上のクラスに割り当てられるのか。そもそも、この編成自体に政治的な観念が関わっている事は一目瞭然だ。かの『雷の騎士』ともあろうお方が、その事に気付いていない訳もあるまい。納得のいく説明を求める」
だから、お前はどうして、ことごとく俺を巻き込むんだ。
しっかりと手を握られているせいで、離脱することもできないし、周りの連中からは好奇の視線をひしひしと感じる。
「おい東洋の小僧。お前さんも嬢ちゃんと同じ意見かい?」
凄みの効いた声を出すな。
お前はお前で過剰に演出しすぎだ。
「俺個人としては別に何の問題もない。それで何が変わろうと、俺のやる事に変わりはないしな。別にこのクラス編成が『騎士』の優劣を決めるわけじゃないんだろ?」
「へっ、あいかわらず上等な気構えじゃねえか。当たり前だろ、上を目指したけりゃ戦場で武勲を上げろ。力が欲しければ、欠かさず武器を振り続けろ。そこに他所様からの優劣なんてありやしねえ」
我を通そうとしていた連中に、その言葉がどれだけの重みを感じさせたのか。
場がシーンと静まり返る。
「まだ文句のある奴はいるかい?」
さすがにそこまで正論をぶつられてはフェリアも黙るしかない。
すごすごと後ろに下がり、いまさら自分が俺の手を握っていたことに気づいたのか、「触るな」と言わんばかりに払いのけてくる。
おまえ、いくら何でも俺の扱いが雑すぎやしないか?
「それじゃあ、無駄な時間はここまでだ。わかったなら、とっとと指定の場所に移動しやがれ。こうしてる間にも戦況は刻一刻と変化してることを忘れんなよ」
アルゴの言葉をきっかけに、訓練生は散り散りに己のクラスへと向かう。
「律。やっぱりアルゴ少将は話に聞いたとおり、立派な武人みたいだね。僕もくよくよしてないで、自分に出来ることをしっかりとこなす事にするよ」
「ちっ。あそこまで言われては反論の余地もない。彩霞律、どんな訓練が待ち受けようと逃げだす事は許さんぞ。私は必ずキサマを超えてみせる」
ニーアとフェリアもそう言いながら、自分のクラスへと足早に去っていく。
さて、俺のクラスはフェリアの言う通りなら異国民の集まり。
どんな連中が集められているのやら。