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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
騎士養成施設
16/111

貴族

 起床の鐘が鳴り響き、宿舎内があわただしさに包まれはじめる。

 我先にと水飲み場へ駆ける足跡が、扉の向こうからひっきりなしに響いてくる。


 結局、一睡も出来なかった俺は、いまだに寝台に突っ伏している祈梨の体を揺らす。


「おい、そろそろ起きる時間だぞ」

「はい。だいじょうれふ、しっかりとしてまふから」


 この言葉を聴く限りでは、全然大丈夫じゃない。

 こいつは朝に強いようで、意識がはっきりするには時間が掛かるからな。


 仕方なく祈梨の体を抱え上げ、最低限の身づくろいはさせる。


 水飲み場へと向かうと、そこにはニーアの姿があった。


「おはよう、リツ。その様子じゃあ、イノリちゃんはまだ夢の中かな」


 ニーアはすでに身づくろいを終えていて、陽光に輝く金髪には寝癖のひとつも見当たらない。

 まあ、こいつがボサボサの頭をしているところなんて想像もつかないけどな。


「おはよう。こいつの事は気にしないでくれ」


 祈梨は俺の手を片手で握ったまま、首を下にカクンと落としている。

 とりあえず、こいつの目覚ますため、手の平に水をすくい、顔にかけよう。


「ぷあ。お? お? 」


 祈梨は水にぬれた顔を手でぬぐい、キョロキョロとあたりを見回しはじめる。

 このぶんだと、どうして自分がこんな場所にいるのかすら理解できてないようだな。


「目覚めの気分はどうだ? 少しはマシになったみたいだが」

「ああ、誰かと思えば律ですか。おはようございます。大丈夫です。しっかりしてます」


 自分が手をつないでいる相手を認識できてなくて、どの口が大丈夫だと言うのか。


「あははっ。そうしていると、仲のいい兄妹みたいだね」


 ニーアは祈梨にも、きっちりと朝の挨拶をし、朝からからかい混じりにそう言ってくる。

 ご機嫌なようで結構。

 こっちは昨夜、一睡もできてないんだ。

 くだらない冗談は、さらっと聞き流しておくことにしよう。


「今日も朝食はカモミールで?」

「ああ。あの二人に祈梨を預けに行くついでにな」


 初日はどうやら目立った迷惑はかけなかったらしい。

 グレイパス姉妹は二つ返事で、引き続き俺が訓練を受けている間の祈梨の世話を引き受けてくれた。


「じゃあ、僕も一緒に行くよ」と言うニーアと共に、水飲み場を後にしようとしたそのとき。


「待ちたまえ。東洋人」


 道を塞ぐようにして、三人の男が立ちふさがる。

 正確に言えば、真ん中の男が二人の男を引き連れているような構図だ。

 男は金髪を後ろに流し、首元でひとつにまとめ上げている。

 礼装こそ騎士見習いのそれだが、手首や首元に着けている装飾は、とてもその辺で買えるような代物に見えない。

 どこぞの豪族か、それに連なる何かか。


「キミ、ずいぶんと目立ったことをしているじゃないか。ここは保育所じゃないんだよ」


 男の言葉に取り巻きの連中が不愉快な笑い声を上げる。


 なんだ。わざわざ人のことを呼び止めておいて、ただの難癖かよ。

 俺は連中の言葉を無視して、歩みを再開させる。


「おいおい、見たかい君達? どうやら海の向こうの人種は会話のひとつも出来ないようだよ」


 俺の背中で、再び馬鹿みたいな笑い声が聞こえてくるが、こんな奴ら相手にするだけ時間の無駄だ。

 困惑した顔を浮かべるニーアに「さっさと行こうぜ」と目線でうながす。


「律。ひょっとして、あの人はわたしに向けて話をしてるんでしょうか?」

「阿呆なことを言うな。さっさとカモミールに行って朝食にしよう」


 首だけで振り返っていた祈梨の頭を強引に前に向ける。


 こいつは、すぐに変な言葉を覚えるからな。

 あの手の連中とは関わらせないほうがいい。


「おい。待ちたまえと言っているのが、聞こえないのかい?」


 しつこく呼び止められている気がするが、空耳と信じよう。


「ええい。なんて無礼な奴だ。お前たち、あいつの足を止めさせろ」


 その言葉で、俺たちの目の前に二人の取り巻きが回り込んでくる。

 ここまでされると、いよいよ鬱陶しいな。


「なんだよ。用があるんなら、さっさと済ませろ」


 男は俺が返事をしたことに、ご満悦の様子。


「やあやあ。ようやく振り向いてくれたね。よかったよ。てっきり僕は東洋人には難しい言葉を使いすぎたのかと「だから、早く要件を言え」」


 ぐだぐだと続きそうな気配を感じ、途中で言葉をぶった切る。

 こういった手合いに長々と付き合ってやる義理はない。


「リツ。抑えて。騒ぎを大きするのはよくないよ」


 ニーア。お前には、俺が今にもこいつを叩きのめすかの様に見えてるのか?

 自分に向けられた評価に愕然とする。

 確かに、この国に来てから数々のいざこざを起こしてきたが、さすがに俺自身そこまで喧嘩っ早いつもりはない。

 そもそも俺は全面的に巻き込まれただけだ。


 俺は非難の目をニーアに向けるが、「駄目だよ。ここで暴れちゃ」と目線で釘をさしてくる始末だ。

 お前とはどうやら、とことん話し合わないといけないようだな。


「東洋人。ここまでボクを侮辱して、ただで済むと思っているのかい」


 ああ、こいつの存在をすっかり忘れてた。

 で、こいつは何でこんなに怒り心頭なんだろうか。皆目見当もつかない。


「君は知らないだろうから、この場で教えておいてあげよう。ボクがどこの生まれで、この国において、どのような位置に存在する人間なのかを。光栄に思いたまえ、わざわざ「いや、別にいい。興味ない」」


 おまえ自身に何の興味もないのに、出自なんか聞いてどうしろっていうんだ。

 朝っぱらから、これ以上、くだらない事で時間をとらせるな。


「ぐぬぬぬ。オブリルの嫡子であるこのボクに、ここまでの侮辱を与えるとは」


 遠巻きに見ていた連中も、顔を真っ赤にして憤慨する男に哀れみの目を向け、ニーアにいたっては、顔を押さえながら天を仰ぐしまつだ。

 なんだよ。まさか、俺が悪いっていうのか? 被害者はどう見ても俺だろ。理不尽にもほどがある。


 周りの視線に押され、仕方なしに俺は男の前まで歩み寄り、その顔を覗き込む。


「別にお前を馬鹿にしたかった訳じゃない。俺に用があるんだろう? さっさと要件を言ってくれないか? こっちは人を待たせてるんだ」


 きっとグレイパス姉妹は、律儀に俺たちが来るまで食事をとらないでいるだろう。

 シェリはともかく、リナに関しては怒り心頭で待っているに違いない。

 出来るだけ早くカモミールに向かいたいんだ。


 しかし何を勘違いしたのか。

 男は怯えるような目で後ずさりし、取り巻きの連中が「大丈夫ですか、モフラン様」とその体を支えるように並び立つ。


「リツ。そこまで凄むことはないんじゃないかな? 僕もなんだかあの人が不憫に思えてきたよ」

「おい。何を勘違いしてる。いつ俺があいつに向かって凄んだって言うんだ」

「何を言ってるのさ。さっき、彼の目の前まで詰め寄って恫喝してたじゃない」


 なに? 俺は手っ取り早く要件を聞き出したかっただけで、別段、詰め寄ったつもりもない。

 だが、ニーアの言葉は概ね間違いではないようで、周りからは批難の目が向けられる。


「よわいものいじめですか。律にはがっかりです」


「さっさと仲直りしてください」とばかりに祈梨にまで悪態を。

こいつ、調子に乗りやがって。


「共同の場で何を騒いでいる、彩霞律。朝から不愉快極まりない」


 ここで颯爽と現れたのは、何故だか俺を目の敵にしているフェリア・ロータスその人だ。

 その姿は朝一だというのに、もはや完璧に仕上がっていて、周りにいる連中もその姿に魅了されてしまっている。


 また厄介なときに、厄介な奴が。


 フェリアは顎に手を置き、「ふむ」と頷いたあと、この状況を理解できたとばかりに俺に向けて剣を抜き放つ。


「どうやら、事の元凶はキサマのようだな。同じ学び舎で過ごす仲間を恫喝するなど、騎士の風上にも置けん」

「俺は、おまえの鋭いのか鈍いのかよくわからん観察眼にうんざりしてるよ。とりあえず、そのすぐに剣を抜く癖は、いますぐあらためろ」

「臆したか、彩霞律。剣を向けられることに恐れを抱くとは笑止千万」

「だから・・・、もういいよそれで」


 こいつには何を言っても無駄だろうと諦めの境地に達したそのとき。


「ボクを、ボクを無視するな。ボクはオブリルの嫡子だぞ」


 男は顔を真っ赤にしながら、そう叫びだす。

 だから、いい加減にしろよおまえ。

 これ以上、場を蒸し返すな。


「貴公は、よく見たらオブリル家の三男じゃないか。彩霞律、キサマはまたしても厄介な相手を」


 いまになって、その男が何者なのかに気付いたフェリアがそう口にする。

 しかし、何が何でも俺のせいにするのは、おまえの偏見だと声を大にして言ってやりたい。


「ロータス家の次女か。よもや貴女もこの男を取り入れようと画策しているのか」

「勘違いしないで頂きたい。いかに腕が立とうとも、この男を取り入れるなど虫唾がはしる。それに、我がロータス家は己の手で勝利を掴み取ることを信条としている。オブリル家のように、私設軍隊で自己顕示を満たす家柄とは違うのですよ」


 どうやらお互いのことは知っている様で、フェリアとその男は意味のわからない言葉の応酬をしている。


「なるほど。噂通りロータス家は変わり者揃いだという事か。いいだろう、この場はボクが引かせてもらう。東洋人、ボクの名前はモフラン・オブリル。由緒正しきオブリル家の嫡子であり、この国に仕える正当な血筋の持ち主だ。詳しい話はまた後日にでも」


 そう言い残してモフランと名乗った男は取り巻きを従えて、その場から立ち去っていく。

 それで諍いも終わりだと感じとったのか、周りにいた連中も、いそいそとその場から離れだす。


「だから、、結局なにがしたかったんだよ」


 俺のつぶやきは、誰に拾われることもなくその場にこぼれおちた。

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