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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
騎士養成施設
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明日への誓い

 無事コロンから都市部に戻った俺たちはひと休みする間もなく、ライアスに事の詳細を報告することになった。侵入から解放までの時系列、敵側の戦力、そしてコロンの被害状況。

 その報告のさなか、クロウの名前を出した途端、ライアスとアルゴの表情が険しいものになる。


「お前さん。今の話は本当か?」


 アルゴが眉間にしわを寄せて確認してくる。


「ああ。間違いない。俺が闘りあった相手は自らをクロウ・クリエストと名乗っていた」

「ライアスの旦那。こいつの話が本当なら」

「ええ、間違いないでしょう。彩霞くんが剣を交えた相手はリクセン軍将校、『焔のクロウ』ということになります」


 二人の間には言い知れぬ緊張感が漂っている。

 袖元がクイクイっと引っ張られる感じがし、そちらに目を向けるとカエラがムスっとした顔で睨んでいる。

 なんだよ、なにをそんなに怒ってるんだ?


「聞いてない」

「は?」

「敵将校と戦っただなんて、私は一言も聞かされてない」


 そう言えば、わざわざ言うこともないかと後回しにしたままだったか。

だからって、そこまで怖い顔することないだろ。

 

「お前さんは、どうやら自分のしたことが全然理解できてねぇようだな」


 アルゴが頬をかきながら、「どう説明したもんか」と呆れた顔をする。


「敵将と闘ったってのが、そんなにマズイことなのか?」


 確かに、顔と名前を覚えられたのは失策だとは思うが。


「アルゴ。彩霞くんは、まだこの国に来て日が浅い。知らないのも無理はないでしょう」

「しかし旦那。これはそんなに悠長な話じゃありませんぜ」

「そうですね。だが不幸中の幸いとはいえ、二人は無事に任務を成し遂げてくれた。これも我らが女神の思し召しでしょう」


 ライアスは、いきり立つアルゴをなだめ、俺に視線を送ってくる。


「彩霞くん。念のため、もう一度確認させてもらいます。その赤髪の男は十字の槍を使い、その槍に炎を纏わせていた」

「ああ、間違いない。それにしても、あの炎はなんだ。呪術の一種か?」

「呪術とはまた違う概念のものです。あれは純度の高い魔鉱石により顕現した『特異現象』とでもいうものです」


 魔鉱石?

 丁寧に説明はしてくれてるようだが、俺には話の入口から理解ができない。

 ライアスは俺の表情からそれを読み取ったのか、続けて補足をしてくれる。


「魔鉱石とはリクセン国において極めて重要、かつ極秘に生成されている資源の呼び名です。我々ララーナ軍ですら、その実態は把握できていません。分かっていることは、その石を持つ者は様々な『特異現象』を起こすことができ、それは限られた兵士のみが使用を許されているという事くらいです」


 眉唾な話だが、実際にこの目で見た以上、ライアスの言葉を信じざるを得ない。

 『特異現象』か、果たしてあの炎にどれだけの殺傷力があったのか。


「彩霞くん。君が一戦を交えたのはおそらく、リクセン軍将校の上位三傑にあたる『焔のクロウ』という人物です。普通に考えれば、ここに君が立っている事は有り得ません。彼がそれほどの難敵だということは理解してください」


 その言葉が誇張なんかじゃないって事は、ライアスの目を見ていればわかる。


 リクセン軍将校、クロウ・クリエスト。あのまま戦っていれば、首を落としていたのは俺のほうだというわけか。

 どうにも釈然としない気持ちが頭を支配する。


「お前さんの腕前は、俺が想像していた以上に立派なもんだ。あのクロウを相手にして、焔まで顕現させたのなら、それもなおさら。だが、今回ばかりは相手が悪すぎだ。あいつは腕試しに挑めるような相手じゃねえ」


 アルゴの言葉には、「そこまでクロウを本気にさせておいて、無事帰って来れたほうが驚きだ」というニュアンスが言外に含まれている。


「その話はここまでにしましょう。いまは、これ以上論じても仕方ありません。それはともかく、今回の『特務』において、彩霞くんとカエラが挙げてくれた戦果は非常に大きいものです。これでリクセン軍との戦況にも些かの変化が生まれることでしょう。まずは労いを。ふたりとも、ご苦労様でした。いまは何よりも身体を休め、次の作戦に備えてください」


 カエラはその言葉を聞くと軽く会釈をし、自分の仕事は終わったとばかりに部屋からさっさと出ていってしまう。

 だが俺はというと、どうしても確認しておきたいことがあったので、この場に留まることにする。


「ライアス中将。ひとつ聞かせて欲しい。コロンは俺が想像していたよりも、ずっと、この都市部に近い場所に位置していた。そこまで戦況は圧迫しているという事なのか?」


 都市部近郊の街が極秘裡にとはいえ、為すすべもなく襲撃されていたんだ。

 いくら頭が悪くても、導かれる答えはひとつだけだ。


 ライアスは俺の問いに、一瞬だけ目を閉じ、こう答える。


「ええ。彩霞くんの考えているとおり、戦況は芳しくありません。軍の上層部は今回の事態を非常に重く受けとめています。いらぬ混乱を招かないために、この情報が流れることを完全に遮断し、情報が流布される前に事態を収集する必要がありました」


 だからこそ、不測の事態に対応できる部隊が早急に必要になった。

 例えそれが、俺の様な人間であったとしても。


 敵本隊は想像していたよりも、ずっとすぐ近くまで進軍してきている。

 守りを固めるための兵士を割く余裕がないっていうのは、こういうことだったのか。


「この国の事情は理解できた様ですね。だからこそ、我々は即時戦力となる兵士を求めているというわけです。出自も年齢も関係なく、腕のたつ兵士を。恐らく、私の予想が正しければ近いうちに大きな戦争がはじまることでしょう。その時に我が軍は惜しみなく、騎士見習いを戦争に投下するつもりです。たとえそれが、非人道的なことだとしても」


 これが『騎士要請施設』設立の本当の理由か。

 ニーアに話を聞いた時に想像していたものと、そう大差はない。

 戦禍においてその手段が良いか悪いかなんて判断をするのは愚の骨頂だ。


「彩霞くん。この話はくれぐれも内密に。君の活躍には今後も期待させてもらいます。どうか、この国の勝利のために尽力を」

「俺はこの国のために戦うつもりはない。ただ、目の前の人が蹂躙されるさまを見たくないだけだ。それはライアス中将も同じだろう?」


 この男は訓練初日に確かにこう言った。

 「「国の為に死ねとまでは言いませんが、自分の為に生きる事の出来ない者は即刻この場から立ち去って頂きたい」」と。


 何を優先し、何を守ろうと刃を振るうのか。

 そういう意味では、俺とこの男の考えは似ている。

 これも俺が『特務』を引き受けた理由のひとつだ。


 ライアスは俺の言葉に薄く笑みを浮かべ、これで話はおしまいだと机の資料に目を向ける。


 俺はライアスの部屋を後にし、薄汚れた廊下を歩きながら思案する。

 何もかもを守るために、俺は『騎士』を目指すと決めたんだ。

 たとえ、それがどんな逆境であろうと、その誓いだけは忘れない。


 二度と俺は、目の前で大切な人を失いたくない。


◇◇◇◇◇


「ライアスの旦那。いいんですかい? あそこまで教えちまって」

「構いません。どうやら、彼には彼なりの指針があるようです。信用に値するとは言いませんが、裏切りを企てるようなことは無いでしょう」

「まあ、旦那がそう言うなら間違いないんでしょうが。それにしても、やっぱり気になってるのはクロウのことですかい?」

「ええ、それについては詳しく調べる必要があります。なぜ、コロンの街にリクセン軍の切り札である上位三傑が現れたのか」

「こりゃあ、事と次第によっちゃあ、、、」

「アルゴの考えているとおり、次の開戦の日も、そう遠くはないようですね」


◇◇◇◇◇


 騎士見習いに割り当てられている部屋は八畳ほどの間取りをしていて、壁際には大きな寝台が設けられている。

 起床を促す鐘が鳴るまでは、まだ少し余裕がある。

少しだけでも仮眠をとろうかと、寝台に腰を下ろしたそのとき。


「おはようごじゃいます。もう朝れすか?」


 さっきまで、すやすやと寝息をたてていたはずの祈梨がむくっと起き上がり、目をこすりながらそう言ってくる。

 起こしてしまったか。これはわるい事をしたな。


「まだ少し時間が早い。もうちょっとゆっくり寝てろ」


 俺は祈梨の頭を撫で、そう言い聞かす。


「しょうですか。じゃあ、律もいっしょにおねむしましょう」


 まだ夢見心地だったのか。祈梨はそう言うと、寝台に横たわり、幸せそうに寝息をたてはじめる。


 恥ずかしながら、こいつの顔を見ると安心してしまう。

 どうしてだろうな。馴れ合いのような関係。家族ともいえない不可思議な関係。


 そっと祈梨の髪をすき、もういちど頭を撫でつける。


 今日からは『騎士』になるための訓練も本格的にはじまる。

 疲れた体を叱咤し、寝台に下ろした腰を持ち上げる。


 この国来て、まだ二日目だっていうのに、本当に波乱続きだ。

 大規模な戦争が起こる日は、きっとそう遠くない。

 だからこそ、俺はいままで以上に強くなる必要がある。


 この国が抱く騎士道とはどういったものなのか。

 精々学ばせてもらうとするか。

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