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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
特務
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愚者に報いを

 教会の扉を開け放ち,外に出たとたん、火事場の匂いが鼻につく。

 この様子だと無事に鎮火はしたようだ。

 いざ村を奪いかえしたとしても、その街を丸焼にしてしまいましたなんて、どこをどう聞いても笑い話にもならない。


 胸中でほっと胸をなでおろしていると、目の前に音も無く影が落ちてくる。

 この登場にも、そろそろ慣れてきたな。


「カエラ。上手くやってくれたみたいだな」

「ん。でも、もうすぐここに兵士が押し寄せてくる」


 この際だ、それは大した脅威じゃないさ。

 刀に手をかけ、カエラに下がるよう言い聞かせる。


「それは聞けない。私はあなたのパートナー。ここからは攻守逆転、守り通すには人数が必要」


 カエラは背にした教会に目線を移し、そう言ってのける。

 優秀すぎるのも厄介なもんだ。


「相手の残数は?」

「六人。けど、たぶんその中に敵兵の隊長格がいる」

「たぶん?」

「ん。たぶん」

「へぇ。どっちにしろ、そいつは厄介なことで」

「全然厄介そうに見えない。なんで笑ってるの?」


 これは失礼。

 いささか不謹慎だったみたいだ。


「いや、そんな事大した問題じゃないなって思ってな。この街の住民は守り通す。相手が誰であろうと、それだけは変わらない」

「そう。あまり無茶しないで。先走りは止めて。打ち合わせ通りに」


 これは教会突入時のことを言ってるんだろうな。

 素案では、教会からあぶりだした兵士はカエラが誘導するはずだった。

 にも関わらず、俺が勝手に飛び出し、その兵士たちを切り捨てたことに納得がいってないんだろう。


 勝手な判断だったことは認める。

 それでも、ああした方がカエラの身の安全を護れただろう。

 なんてことを言えるわけもなく、


「血が踊っただけだよ。今度はもっと冷静に対処する」


 当たり障りのない程度に話を濁しておく。

 あまりこういうのは得意じゃないんでな。


 カエラはそれで納得してくれたのか、コクっと頷き、懐から短刀を取り出す。

 俺の耳にも複数の足音が聞こえてきた。

 おいでなすったみたいだ。


 先頭を駆けてくるのは、他の兵士よりもふた回りほど大きい体の男だ。

 そいつだけは他とは違い、全身すべてを覆おう鎧を着込み、手には無骨な戦斧をぶら下げている。

 なるほど、一目見て確かにこいつが隊長格だと考えても違和感はない。

 だが、、、


「カエラ。こいつは将校か?」

「ううん。違う。あれが将校なら即刻逃げるべき」


 だろうな。

 身にまとう闘気がクロウに比べて矮小すぎる。


「貴様らがこの事態を引き起こした主犯格か」


 兜の奥から野太い声が発せられる。

 どうやら俺たち以外にも侵入者が入り込んだと勘違いしているようだ。


「お遊びはここまでだ。貴様らが背にした教会には我等が兵が詰めておる。知らぬこととはいえ、退路が尽きたな」


 おっと。この様子じゃ、現状に気付いていないみたいだな。

 かといって、わざわざ懇切丁寧に教えてやる義理もない。


「御託はいい。さっさと掛かってこいよデカブツ」


 取り巻きの兵士たちの間に動揺がはしる。

 差し詰め、頭のおかしい狂戦士だとでも思ってるんだろうさ。

 だがその動揺は、デカブツが腕を横薙ぎにすることで押さえ込まれる。


「活きの良いわっぱだ。オレはそういう馬鹿は嫌いじゃない。どれ、ここでひとつ面白い余興でもしようじゃないか」


 そう言うとデカブツは、おもむろに懐から呼び笛を取り出し、それを等間隔で数回鳴らしはじめる。


 何かの合図か?


「これで俺の部下が教会内に閉じ込めてある捕虜・・を三人殺したはずだ」


 ああ、なるほど。

 呼び笛を鳴らす回数で人質を殺すように指示してたってわけか。

 思ったよりも頭が回るじゃないか。


「ガーハッハッハ。どうだ。貴様らが取り返そうとしている人間は俺の合図ひとつで、どんどん数を減らしていく。さあ、いつまで虚勢を張っていられるかな」


 虫唾が走る。


「カエラ。あいつは俺がやる」


 俺はパートナーの返事を待たずに前へ進み出る。


「どうした。あまりの絶望に頭でも狂ったか?」

「名乗り上げは要らない。お前ごときの首で勲功がほしいとは思わん」


 俺は刀を抜き去り、疾走する。


 全身を鎧で覆ったからといって弱点が無いわけじゃない。

 視界を確保するために、どうしても目の部分は装甲が薄くなる。

 そして、俺の動きを認識できない程度じゃ、こいつの底も知れてる。


「死ね」


 俺の放った突きはデカブツの目を貫き、いっきに脳天まで打ち抜く。

 「アガッ」という断末魔を残し、その場に崩れ落ちる巨体。


 取り巻きの兵士も、そしてカエラでさえも目を丸くしているのがわかる。

 俺はその混乱に乗じ、今しがたデカブツを屠ったばかりの刀を敵兵に突きつけて、こう口にする。


「無駄な殺生は好まん。だが、これ以上の邪魔をするなら、おまえたちも皆殺しだ」


 その姿がこいつ等の目にはどう映ったのか。

 取り巻きの兵士たちは顔を見合わせ、泡を食ってその場から逃げ去っていく。


「すごい。教会をひとりで制圧したときから強いとは思ってたけど、想像以上」


 大した技は見せちゃいない。

 激情にまかせて刀を振るっただけだ。

 俺もまだまだ修行が足りない。


「ともかく、これで任務は完了か?」

「ん。問題ない。人質も無事助けることができた。これ以上ない戦果」


 そいつは良かった。

 ここにきて疲れがでたのか、俺はその場でドカッと腰を下ろす。


「夜明けまで、あとどれくらいだ?」

「心配ない。あと六刻くらいは時間がある」


 ここから都市部に帰るのに二刻。

 どうやら、今夜は徹夜になりそうだな。


◇◇◇◇◇


「答えて」


 コロンの街に敵兵が残ってはいないかと、改めて街の巡回をしていたとき、くいくいとカエラから袖口を引かれる。


「あなた。いったい何者?」


 あいかわらずマフラーに顔が半分隠れているが、その目は如実に不信感を表していた。

 やれやれ。その辺は詮索しなくてもいいだろうに。


「わたしはライアスから、あなたのパートナーを任された。でも、事前に聞いてた話と全然違う」


 あの野郎。何を吹き込んでくれたんだ?


「東洋からきた変わり者。剣の腕はそこそこ。好戦的な一方、物事を推し量る度量は持ち合わせている」


 過剰評価だ。

 そこまで考えを巡らせた覚えはない。

 好き勝手言いやがって。


「今回の任務は成功率が低かった。奪われた街を二人で取り返すだなんて、本当なら論外」


 だろうな。

 それについては、この話を持ち掛けられたときから感じてはいた。

 いくら手持ちの兵が少ないとはいえ、敵部隊が駐屯する街にたった二人で乗り込めというのは、無謀にもほどがある。

 それが偵察ならともかく、奪還となるとなおさらだ。


「でも、あなたはそれを見事に成し遂げた。しかも、この街の住民を犠牲にすることなく迅速に」


 その顔には「ありえない」という感情が、ありありと浮かんでいた。


「そうだな。優秀なパートナーがいてくれたおかげで、無事に任務をこなすことができた」

「茶化さないで」


 素直に感謝は受け止めてくれよ。

 現にカエラがいなかったら、どうしようもない場面はいくつもあった。


「あなたの強さは異常。あなたが倒したあの兵士は、わたしひとりでは敵わなかった」


 だから誘導するしか出来なかったと言うカエラに、俺は言葉をかぶせる。


「でも俺は作戦通りに動かなかった。部隊で動く以上、それは致命的な違反行為だ」

「それは否定しない。でも、あなたにはそれを実行できるだけの技量があった」


 このままじゃ、延々と押し問答が続きそうだな。

 思ったよりも頑固な奴だ。


「じゃあ、カエラの言ってることが事実だったとして、それでカエラはどうしたいんだ?」

「ん。あなたの素性を詮索する気はない。でも、どうやってそこまで強くなったのかを知りたい」


 そう言ったカエラは、遠くの何かを見据えるような殺伐とした目をしていた。


「わたしは、いま以上に強くなりたい」


 なるほど。その目、復讐のたぐいか。

 戦時において珍しい話でもなければ、それならカエラがこんな任務に就いているのも理解ができる。

 あまり俺も他人の過去を詮索する気も介入する気もないんだが、


「目で追うな。わかろうと思うな。たた深く染みこませよ」

「?」

「これは俺が倭国の師匠から聞かされた教訓だよ。基礎を反復すれば、自ずと見えないものも見えるようになるし、わからなかったこともわかるようになる」

「そう。基礎を反復」


 たゆまぬ鍛錬に隙はなし。

 それもまた一種の精神修行みたいなものだ。


「あとひとつ」


 何だ、まだ何か俺に聞きたい事があるのか?


「わたしは疑問に思う。あなたは今回の任務で無謀な策をとった。この街の住民を犠牲にすれば、もっと効率的に動けたはず」

「それは愚問だ。俺はこの街を奪い返すためじゃなく、この街の住民を解放しにここへ来たんだからな」


 命題がそもそも違うんだよ。


「そう。変わり者には違いないみたい」


 そう言うと、カエラはすたすたと道の先を歩き始める。

 何だ? こいつ今、笑ったのか?


 失礼なやつだ。

 俺はひらひらと揺れるマフラーの先っぽをクイッと引っ張り上げる。

 前を歩いていたカエラは、その場で数歩たたらを踏み、「なに?」と振り返る。


「お疲れさん。助かったぜ、パートナー」

「ん」

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