恐れ慄く刃
足早に教会へと向かうさなか、数人の敵兵の姿が視界に飛び込んでくる。
幸い、屋根上で身を隠した俺には気づいていないようだが、どうやら俺が放火した民家の方向に向かっている様に思える。
水桶を抱えて慌ただしく走る姿を見ると、消化命令が下ったと考えて間違いないだろう。
陽動に関しては思惑通り。
さて、このまま見過ごしてもいいが。
やはり斬っておくべきか。
この後、カエラには陽動をかってもらわないといけない。
多少の危険をともなっても、ここであいつ等を仕留めておいたほうが何かと都合は良さそうだ。
俺は屋根から飛び降り、敵兵の目の前に姿をさらす。
「貴様、何者だ!?」
ご丁寧な常套句をどうも。
「見ての通り、襲撃者だよ」
突然の事態に気が動転しているのか。
それとも、敵襲など考えてもいなかったのか。
奴らの顔には焦りの色が浮かび上がっていた。
それでも一端の兵士。三者三様に槍を構え、俺に槍頭を突きつけてくる。
「馬鹿め。ノコノコと姿を現しおって。我らに敵うとでも思ったか」
そう言いながら、ジリジリと距離を詰めてくる。
「冥土の土産に教えてやるよ。こういう場合は敵うと確信してるからこそ姿を現すんだ」
さっきのクロウみたいな感じでな。
「減らず口を叩きおって。串刺しにしてくれるわ」
まあ、とりあえずそう吠えるなよ。
急いでいるのはお互い様だ。
こっちもパートナーを待たせてるんでね。
俺は奴らが行動を起こす間も許さず、前方へと駆ける。
すれ違いざまに一人の胴を薙ぎ、舞う血しぶきが地に落ちぬ間に、返す刀でもう一人を袈裟懸けに切り下ろす。
残った一人は状況を理解できないのか、「えっえぇ?」と呆けた様子。
ちっ、目障りな。少年兵か。
槍頭はぶれ、戦意も喪失している。
・・・『死ぬのが怖いか?』
嫌なことを思い出させてくれる。
――殺される覚悟がなかったら兵士になんてなるんじゃねえよ。
苛立ち紛れに峰を返し、そいつの首筋に刀を振り落とす。
ドサっと地に倒れふした少年兵。
その姿を一瞥していると、師匠の言葉を思い出してしまう。
『律。戦場で情けをかけてはいけない。たとえ相手が女子供であろうと、君が敵だと認識したのなら、即刻切り伏せなさい』
隙を見せれば寝首を掻かれる。
世迷いごとには耳を貸すな。
それは獰猛な牙を持つ獣だ。
わかってる。
そんな事は、いまさら言われなくてもわかってるよ。
「わるく思うなよ。情けをかける。お前に戦場は向いてない」
倒れ伏した少年兵にそう言い残し、俺は再度、教会へと足を向ける。
目を覚ますことができたら、真っ先にこの街から離れろよ。
◇◇◇◇◇
教会の前まで辿り着き、路地裏に身を隠す。
想像通り、大きな騒ぎになっているみたいだな。
教会内からは悲鳴とも怒号ともつかない声が、ひっきりなしに聞こえてくる。
俺は注意深く辺りを観察し、敵兵の有無を確認する。
ここまで来てクロウが再び邪魔に入るとは思わないが、用心に越したことはない。
教会の周りには無数の篝火が焚かれており、全容を理解するには十分な光源がある。
入り口は正面にひとつだけ。
観音式に開くと思われる扉は、しっかりと封鎖されている状態だ。
倭国の神社と同じように、来る者拒まずの門構えなら楽に入れたものを。
この状況だと、突入するには正面突破しか考えられない。
問題は、あの中に何人の兵士が残っているかだ。
「ん。よかった。無事だったみたい」
足音も立てず、俺の横に小柄な人物が並ぶ。
「よく俺の居場所がわかったな。カエラ」
見たところ傷を負った様子もない、無事ここまで来てくれた事に胸中でホッと胸をなでおろす。
「問題ない。この場所が身を隠した状態で、いちばん教会の全貌が見て取れる」
つくづく頼りになるパートナーだ。
間違えても敵には回したくない。
カエラは近づきすぎだというほど俺に身を寄せてくる。
何だ。そんな怪訝な顔をして。
「腕。怪我してる」
ああ、クロウにやられた傷を見てたのか。
出血も少ないし、いますぐ縫合しないといけないほどじゃない。
「大事無い。この程度なら戦闘に差しつかえはないさ。そんな事よりもカエラ、理解している範囲でいい、そっちの状況を教えてくれ」
カエラはあいからわず頷いたかどうか微妙な程度に首を縦に振り、俺からそっと身を離す。
「西の民家の放火は成功。ここに来るまでに三人の兵士が現場に向かうのを目撃。戦闘はしてない。きっと今頃は消火活動をしてるはず」
それなら俺とあまり変わりはないな。
俺の場合は敵将校と遭遇したっていうオマケつきだが。
「わかった。俺のほうも同じく南の放火に成功。同じように三人の兵士を見かけたが、これは無力化させておいた。そいうわけで、当面の障害は協会の中にいる連中だけだ」
「そう」とひとつ頷き、カエラは懐から短刀を取り出す。
「投擲して教会の窓を割る。それで中にいる兵士もあぶり出せるはず。陽動はわたし。実行はお願い」
頭の回転も早くて助かる。
手法も役割も問題ない。
「やってくれ、カエラ」
「ん。任せて」
短刀が夜の闇を切り裂き、一直線に教会の窓へと飛翔する。
ガシャーンという音をたて、窓は粉々に。
教会内から今まで以上の叫び声が響き渡り、その間に俺は入り口へと全力で駆ける。
「え!?」っという声が後ろから聞こえてきたが、今はそんなこと気にしてられない。
大扉が開け放たれ、二人の兵士が教会内から姿を現す。
疾走したまま刀を抜き、目の前の二人を切り裂く。
突然の奇襲に、声を上げることもなく崩れおちる敵兵。
この勢いを保ったまま、大扉を潜り抜ける。
そこで俺が目にしたのは、横長に並んだ椅子に腰をかけ、四方から兵士の槍を突きつけられている住民たちの姿。
兵士の数は十人。
予想よりも多い。
俺は走る速度を上げ、いちばん手近にいた敵兵を叩き切る。
血飛沫が舞い、教会内が騒然とするなか、さらに一足飛びで別の兵士の首をはねる。
ようやく事態に気付いたのか、敵兵のひとりが呼び笛を鳴らし、四人の兵士が槍を正眼に構えて突進してくる。
突き出された槍撃は、クロウのそれと比べれば止まっているかのような速度。
そのうえ、こいつらが手にしているのは軽量性を重視した木柄の槍。
俺は槍頭を縫うように刀を振るい、四本すべての武器を無力化する。
呆気にとられる敵兵を二の太刀、参の太刀で切り伏せ、残兵へと視線を向ける。
誰かがぽつっと「悪魔だ」とこぼした。
その言葉は、またたく間に教会内に伝染し、恐慌状態を生み出す。
俺は騒ぎたてる住民たちを、なるべく穏便に払いのけ、残る兵士へと刀を振るい続ける。
そもそも、戦場など悪魔の住処。
振るう刃の行く末は動かぬ屍のみ。
「こ、こっちに来るな。敵襲、敵襲だー!」
腰を抜かし喚く敵兵に、刀を突き刺す。
これで最後。
あたりにはおびただしいまでの血が流れ、さながら地獄絵図のようになっている。
見たところ、住民たちにさしたる被害はなさそうだ。
このまま、ここで腰を下ろしたいところだが、表にはまだ敵兵が残っている。
カエラのことだ。
討ち取られるなんてヘマはしてないと思うが、加勢に行かないわけにもいかない。
「あんた達はここで大人しく待っていろ。下手に外に出ると巻き添えをくう」
怯える住民たちに背を向け、教会の扉に手をつく。
結局は人殺し。
これだけは、何を護ると誓いを立てても変わるものじゃない。