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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
特務
13/111

恐れ慄く刃

 足早に教会へと向かうさなか、数人の敵兵の姿が視界に飛び込んでくる。

 幸い、屋根上で身を隠した俺には気づいていないようだが、どうやら俺が放火した民家の方向に向かっている様に思える。

 水桶を抱えて慌ただしく走る姿を見ると、消化命令が下ったと考えて間違いないだろう。


 陽動に関しては思惑通り。

 さて、このまま見過ごしてもいいが。


 やはり斬っておくべきか。

 この後、カエラには陽動をかってもらわないといけない。

 多少の危険をともなっても、ここであいつ等を仕留めておいたほうが何かと都合は良さそうだ。


 俺は屋根から飛び降り、敵兵の目の前に姿をさらす。


「貴様、何者だ!?」


 ご丁寧な常套句をどうも。


「見ての通り、襲撃者だよ」


 突然の事態に気が動転しているのか。

 それとも、敵襲など考えてもいなかったのか。

 奴らの顔には焦りの色が浮かび上がっていた。


 それでも一端の兵士。三者三様に槍を構え、俺に槍頭を突きつけてくる。


「馬鹿め。ノコノコと姿を現しおって。我らに敵うとでも思ったか」


 そう言いながら、ジリジリと距離を詰めてくる。


「冥土の土産に教えてやるよ。こういう場合は敵うと確信してるからこそ姿を現すんだ」


 さっきのクロウみたいな感じでな。


「減らず口を叩きおって。串刺しにしてくれるわ」


 まあ、とりあえずそう吠えるなよ。

 急いでいるのはお互い様だ。

 こっちもパートナーを待たせてるんでね。


 俺は奴らが行動を起こす間も許さず、前方へと駆ける。

 すれ違いざまに一人の胴を薙ぎ、舞う血しぶきが地に落ちぬ間に、返す刀でもう一人を袈裟懸けに切り下ろす。

 残った一人は状況を理解できないのか、「えっえぇ?」と呆けた様子。


 ちっ、目障りな。少年兵か。

 槍頭はぶれ、戦意も喪失している。


・・・『死ぬのが怖いか?』


 嫌なことを思い出させてくれる。


――殺される覚悟がなかったら兵士になんてなるんじゃねえよ。


 苛立ち紛れに峰を返し、そいつの首筋に刀を振り落とす。


 ドサっと地に倒れふした少年兵。

 その姿を一瞥していると、師匠の言葉を思い出してしまう。


『律。戦場で情けをかけてはいけない。たとえ相手が女子供であろうと、君が敵だと認識したのなら、即刻切り伏せなさい』


 隙を見せれば寝首を掻かれる。

 世迷いごとには耳を貸すな。

 それは獰猛な牙を持つ獣だ。


 わかってる。

 そんな事は、いまさら言われなくてもわかってるよ。


「わるく思うなよ。情けをかける。お前に戦場は向いてない」


 倒れ伏した少年兵にそう言い残し、俺は再度、教会へと足を向ける。


 目を覚ますことができたら、真っ先にこの街から離れろよ。


◇◇◇◇◇


 教会の前まで辿り着き、路地裏に身を隠す。

 想像通り、大きな騒ぎになっているみたいだな。

 教会内からは悲鳴とも怒号ともつかない声が、ひっきりなしに聞こえてくる。


 俺は注意深く辺りを観察し、敵兵の有無を確認する。

 ここまで来てクロウが再び邪魔に入るとは思わないが、用心に越したことはない。


 教会の周りには無数の篝火が焚かれており、全容を理解するには十分な光源がある。

 入り口は正面にひとつだけ。

 観音式に開くと思われる扉は、しっかりと封鎖されている状態だ。

 倭国の神社と同じように、来る者拒まずの門構えなら楽に入れたものを。


 この状況だと、突入するには正面突破しか考えられない。

 問題は、あの中に何人の兵士が残っているかだ。


「ん。よかった。無事だったみたい」


 足音も立てず、俺の横に小柄な人物が並ぶ。


「よく俺の居場所がわかったな。カエラ」


 見たところ傷を負った様子もない、無事ここまで来てくれた事に胸中でホッと胸をなでおろす。


「問題ない。この場所が身を隠した状態で、いちばん教会の全貌が見て取れる」


 つくづく頼りになるパートナーだ。

 間違えても敵には回したくない。


 カエラは近づきすぎだというほど俺に身を寄せてくる。

 何だ。そんな怪訝な顔をして。


「腕。怪我してる」


 ああ、クロウにやられた傷を見てたのか。

 出血も少ないし、いますぐ縫合しないといけないほどじゃない。


「大事無い。この程度なら戦闘に差しつかえはないさ。そんな事よりもカエラ、理解している範囲でいい、そっちの状況を教えてくれ」


 カエラはあいからわず頷いたかどうか微妙な程度に首を縦に振り、俺からそっと身を離す。


「西の民家の放火は成功。ここに来るまでに三人の兵士が現場に向かうのを目撃。戦闘はしてない。きっと今頃は消火活動をしてるはず」


 それなら俺とあまり変わりはないな。

 俺の場合は敵将校と遭遇したっていうオマケつきだが。


「わかった。俺のほうも同じく南の放火に成功。同じように三人の兵士を見かけたが、これは無力化させておいた。そいうわけで、当面の障害は協会の中にいる連中だけだ」


 「そう」とひとつ頷き、カエラは懐から短刀を取り出す。


「投擲して教会の窓を割る。それで中にいる兵士もあぶり出せるはず。陽動はわたし。実行はお願い」


 頭の回転も早くて助かる。

 手法も役割も問題ない。


「やってくれ、カエラ」

「ん。任せて」


 短刀が夜の闇を切り裂き、一直線に教会の窓へと飛翔する。


 ガシャーンという音をたて、窓は粉々に。

 教会内から今まで以上の叫び声が響き渡り、その間に俺は入り口へと全力で駆ける。

 「え!?」っという声が後ろから聞こえてきたが、今はそんなこと気にしてられない。


 大扉が開け放たれ、二人の兵士が教会内から姿を現す。


 疾走したまま刀を抜き、目の前の二人を切り裂く。

 突然の奇襲に、声を上げることもなく崩れおちる敵兵。

 この勢いを保ったまま、大扉を潜り抜ける。


 そこで俺が目にしたのは、横長に並んだ椅子に腰をかけ、四方から兵士の槍を突きつけられている住民たちの姿。

 兵士の数は十人。

 予想よりも多い。


 俺は走る速度を上げ、いちばん手近にいた敵兵を叩き切る。

 血飛沫が舞い、教会内が騒然とするなか、さらに一足飛びで別の兵士の首をはねる。


 ようやく事態に気付いたのか、敵兵のひとりが呼び笛を鳴らし、四人の兵士が槍を正眼に構えて突進してくる。

 突き出された槍撃は、クロウのそれと比べれば止まっているかのような速度。

 そのうえ、こいつらが手にしているのは軽量性を重視した木柄もくえの槍。


 俺は槍頭を縫うように刀を振るい、四本すべての武器を無力化する。

 呆気にとられる敵兵を二の太刀、参の太刀で切り伏せ、残兵へと視線を向ける。


 誰かがぽつっと「悪魔だ」とこぼした。

 その言葉は、またたく間に教会内に伝染し、恐慌状態を生み出す。


 俺は騒ぎたてる住民たちを、なるべく穏便に払いのけ、残る兵士へと刀を振るい続ける。

 そもそも、戦場など悪魔の住処。

 振るう刃の行く末は動かぬ屍のみ。


「こ、こっちに来るな。敵襲、敵襲だー!」


 腰を抜かし喚く敵兵に、刀を突き刺す。

 これで最後。

 あたりにはおびただしいまでの血が流れ、さながら地獄絵図のようになっている。


 見たところ、住民たちにさしたる被害はなさそうだ。

 このまま、ここで腰を下ろしたいところだが、表にはまだ敵兵が残っている。

 カエラのことだ。

 討ち取られるなんてヘマはしてないと思うが、加勢に行かないわけにもいかない。


「あんた達はここで大人しく待っていろ。下手に外に出ると巻き添えをくう」


 怯える住民たちに背を向け、教会の扉に手をつく。


 結局は人殺し。

 これだけは、何を護ると誓いを立てても変わるものじゃない。

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