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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
特務
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予期せぬ闘い

 街に這入ると手近な建物を蹴り上げ、屋根に飛び乗る。

 まずは視界の確保と状況の把握。

 こっちは二人しかいない上、相手の数は少なく見積もっても二十人は下らない。

 しかもこの街には本来の住民たちが捕虜となっているはず。

 戦況を見誤れば、返す刀でバッサリいかれかねない。


 見渡した限りでは、特筆すべき事もない普通の街並みが広がっている。

 俺が暮らす都市圏とは違い、この街の民家は倭国で見慣れた木造建築のものが多く、道には等間隔に篝火が焚かれていた。

 巡回する兵士の影か見える訳でもなく、かといって住民の姿が見える訳でもない。

 不自然なほどに静かすぎる。


「カエラ。教えてくれ。この街は元から、こんなに生気の無い街だったのか?」

「ん。そんな事はない。コロンは行商人の宿場町。夜はいつも酒場の活気で溢れてる」


 なるほど。それなら、この街の住民たちはどこか一箇所に幽閉されてるって線が強いな。

 さて、そうなると、どう攻略したものか。


「私が囮になる?」


 さらっと言うような事じゃないだろ。

 当然、その案は却下だ。


「それ以前に、まずは住民たちが何処にいるのかを確認しないとな。下手に盾にされたら厄介すぎる」


 カエラは俺の言葉にコクッと頷き、街の真ん中に位置する石造りの建物を指差す。


「あれは教会。この街の住民はあの建物に幽閉されてる。有事の際にいつでも人質として扱えるように」


 なるほど、街の中心に人質をまとめておけば、奇襲を受けても奪い返される心配は少なくなる。

 合理的過ぎて吐き気がする案だ。


 それはそうと、何でこいつはそんな事まで知ってるんだ?


「任務にあたるなら、事前に調べられる範囲の情報は頭に入れておくべき。ライアスから聞かなかった?」


 何も聞かされてないね。優秀すぎるパートナーには頭が下がるばかりだ。

 だが、それが事実なら少し厄介だな。強硬手段に出れば確実に犠牲者が出る。


「特務に犠牲はつきもの。今回の任務は、この街をリクセンから奪い返すこと」


 ずいぶんと現実主義なことで。

 そんなことは百も承知だ。

 それでも、救える命があるのなら、救う努力をするべきだろ。


「カエラ。この街の住民は誰一人殺させない。わかったな」

「そう。そんなことが出来るの?」


 勝算は薄い。分の悪い賭けだ。

 それでもやる価値は十分にある。


「民家に火を放つ。あの教会に篭っている兵士を出来るだけ外に出し、その隙に中に残った兵士を抹消する」

「それは勝算が薄すぎる。教会内には少なく見積もっても、十人以上の敵兵がいる。仮に外にあぶりだせたとしても、中に五人は残るはず。一人は外に出てきた兵士を誘導しないといけない。とても現実的だと思わない」


 あなたにそこまでの人数を相手取れるのかと、カエラが珍しく饒舌に異議を唱えてくる。

 そんな事は百も承知だ。

 だがもう時間がない。幸い、見張りの兵士が倒された事に連中はまだ気付いていないようだが、それも時間の問題。

 そうなると、この作戦自体が水泡に帰す。


「篝火を利用する。俺は北に並ぶ民家を、カエラは西に位置する民家に火を付けてくれ」

「・・・私はあなたのサポートを命じられた。だからあなたの指示には従う。例えそれが無謀な作戦でも」


 頼りにしてるぜ、相棒。


 そうして俺たちは夜の闇にまた身を隠し、散り散りに跳ぶ。


◇◇◇◇◇


 カエラと別れた俺は民家の屋根を飛び移り、街の北側まで移動してきた。

 巡回する兵士は今のところ見当たらない。

 悠長に構えているのか、それともそこまでする余裕がないのか。


 頭の中でそんな考えを巡らせていたとき、突然、ヒュッと風を切る音が耳をかすめ、俺は反射的に身を躱す。


「ほう。鼠にしてはいい反応だ」


 誰だ!? まるで気配を感じなかった。


 篝火に照らされ、男の姿が浮かび上がる。

 真っ赤な髪に真紅の鎧。

 片手に十字の槍を携え、獰猛な目で俺の事を見据えている。


「お前、何者だ?」

「あいにく、鼠ごときに名乗る名など持ち合わせていない」


 赤髪の男は俺の言葉にそう返し、手に持った槍を水平に構える。

 戦うしかないってことか。


「ひとつだけ答えろ。いつから気付いていた?」

「それこそ、たまたまよ。夜風にでもあたろうと外に出てみれば、屋根を飛び跳ねる奇怪な鼠が目に入っただけのこと」


 そうか。なら、こいつにカエラの存在は気付かれていないみたいだな。

 これで気掛かりは、ひとつ無くなった。

 俺は腰を落とし、刀に手を置く。


「たまたま外に出ただけにしては、ずいぶん慎重じゃないか。鼠相手にそこまで気配を遮断するなんてな」

「鼠を狩るのに殺気を出す訳にもいくまい。闇に隠れられると少々骨が折れる」


 同感だ。殺るなら確実に、音も無く消し去るのみ。


「朽ちろ。鼠」


 その言葉と同時に十字槍が水平に突き出される。

 わるいがこっちも時間が惜しい。

 間合いを測り、その一撃を避けて切り伏せれば、それで終わりだ。


 そう考えながら、自分に迫る槍撃に注視していたその時、ザシュっという音ともに躱せたはずの槍が俺の左腕を浅く切り裂く。

 馬鹿な。間合いを読み違えた!?

 いや違う、確かに俺は奴の一撃を躱せたはずだ。


 俺の腕は、奴の槍が届く前に切り裂かれた。


「ほう。俺の一撃を躱すか。ただの鼠かと思ったが」


 赤毛の男は槍を構えなおし、二度目の突きを放ってくる。

 風を切り轟々と迫る刃。迷っている時間はない。俺の考えが間違ってなければ、、、


 円を描くように足を動かし、予測したよりもかなり早めに回避行動をとる。


 豪風とともに、槍は俺の頬をかすめて後方に。


 躱せた!


 刹那の勝機。これを逃す訳にはいかない。

 俺は渾身の力を込め、自分の刀を水平に振り抜く。

 

 しかし、奴の首を落とすはずだった刃は、ギンッという音を立て、柄に押さえ込まれてしまう。


 鋼の柄かよ。厄介な得物を。


 力くらべをするつもりはない。

 俺は間合いを取り直し、陽の構えに構えなおす。

 大丈夫。初撃の傷は深くない。


「驚いたな。俺の槍を二度も避けきるだけでなく、そのうえ反撃までしてくるとは」

「俺の方こそ驚いたよ。まさか、斬撃を飛ばすだなんてな」


 こいつの槍撃は、見た目よりも遥かに伸びる。

 だからこそ間合いを読み違え、一撃を避けきれなくなってしまう。

 一撃目で気付かなければ俺も危なかった。


 神速の突きによる虚空波の発生。それがこいつの槍術の特徴だ。


「一撃を受けただけでそこまで理解するか」


 そう言いながら槍兵は槍を器用に回転させる。


「光栄に思え。戦場外にも関わらず、この場で名乗る権利を与えよう」


 男はそう言い、俺の反応を待つ。

 何を間抜けなことを。


「侵入者がわざわざ名乗りを上げるとでも?」

「なるほど。鼠は鼠らしく振舞うということか。気に入ったぞ少年」


 奴は、これで三度目となる突きの構えをとる。

 三度、おそらく次は最速の一撃を放ってくるだろう。

 俺は構えを陽から陰へと移す。

 変幻自在の陰の構え。後の先に一撃を託す。


 刹那の静寂。


 篝火が爆ぜた瞬間、互いの闘気が膨らむ。


「「うぉおおおおおお!」」


 真紅の槍兵から繰り出されるは裂帛の一撃。

 その一点に凝縮された破壊力を、自らの眼で見極める。


「不動において山となれば、水源における濁流に飲まれん」


 陰の構えから刀を振り上げ、神速の槍擊を後方に受け流す。

 十字槍の槍頭に刃を捕られぬよう、刀を強く握り締め、峰を返し巻き上げる。


「なに!?」


 突きの性質は一撃必殺。自らに信を持ち、相手の懐に飛び込む凶撃。

 故にその一撃を弾かれ、体勢を崩した先に待つ結末は・・・


「終わりだ!」


 再度、手の平で刀を返し、がら空きとなった胴体に袈裟懸けに斬り込む。


 ギャリっという音とともに、俺の刀が奴の真紅の鎧を削りとる。

 

 浅いっ!

 

 奴が咄嗟に後方に跳んだせいで俺の一撃は致命傷には至っていない。

 だがこの好機は逃さない。刀を構え直し、追撃に掛かろうとしたその瞬間。背筋が凍る様な殺気を感じ、その場に体を縫い止められる。


「貴様。よもやこの俺に傷を負わせるとは。舐めてかかったのは、こちらの方だということか」


 目の前の男から、今まで以上の殺気が放たれる。

 こいつ、まだ底を見せてなかった。


「誇れ少年! 我が名はリクセン軍が将校、クロウ・クリエスト。貴様を怨敵と認め、我が炎槍の炭へと変えてくれよう」


 将校だと!? その腕前からして只者じゃ無いとは考えていたが。

 それにしても、なぜ将校がこんな辺境の街に。

 刀を握る手に自然と力が入る。


「戯れに寄った街で、よもやこの様な猛者と出会えるとはな。戦場での飢え、貴様の首で潤してもらおう」


 獰猛な言葉に鳥肌がたつ。


「将校が鼠ごときに牙を剥くなよ。殺気がだだ漏れだぜ」

「笑止、木偶でくのような兵を相手取るのも嫌気が差してきたところよ。貴様が真の猛者だというのならば、これ以上存分に俺を昂ぶらせて見せろ」


 戦闘狂か。ますます厄介だな。

 だが、その精神は嫌いじゃない。

 その挑発、乗ってやろうじゃないか。


雅流一仭がりゅういちじんが初伝。彩霞律。推して参る」


 俺はクロウに向けて名乗りを上げ、刀を鞘に納める。

 さあ、これで後戻りは出来ない。

 流派名を口にした以上、負ける事は師匠の剣技に泥を塗るということ。


「東洋の剣術か。噂には聞いたことがある。曰く、抜き身を認識できない程の神速の刃だとか」

「試してみるか? 次は鎧だけじゃ済まないぞ」


 四度。戦場ではあるまじき対立。


「真炎に染まりしは我が紅焔こうえん、炎を纏いて全てを焼き尽くせ」


 クロウの言葉に反応し、奴の槍が紅く燃え上がる。

 呪術の一種か?

 でたらめにも程がある。

 だが、それを考えるのは後回しだ。

 今はとにかく、次の一撃に集中しろ。


「闇に溶ける黒刀の剣士よ。我が槍は紅焔。受け止められると構えれば、その場で灰になるぞ」

「ご忠告、痛み入る。だが、過信は禁物だぜ」


 俺たちは同時に笑みを浮かべる。

 不謹慎にも心が踊る感じだ。

 ひとつだけ確信出来る事がある。


 こいつは、強い。


 互いが必殺の構えをとり、次の瞬間を迎えようとしたそのとき、俺たちの背後から、けたたましい鐘の音が響き渡ってくる。


「火事だー。西の民家が燃えてるぞーー」


 後方から聞こえてきた声で、瞬時に何が起こったのかを理解する。

 カエラ、うまくやったみたいだな。

 西の方角には、轟々と燃え盛る炎が見てとれる。


「貴様。仲間がいたのか」


 クロウはそう言うと、スっと炎を霧散させ、構えをといてしまう。


「興が冷めた。これは俺の望むところではない」

「このまま俺を見逃すとでも言うつもりか? この街の解放は、あんた等の望むものじゃないだろ」

「勝負を先に預けただけの話。俺は元より、非戦闘区域に侵略するやり方は好まん」

「へえ。じゃあ、俺がこのまま、あんたを見逃すとでも?」

「それこそ愚問よ。貴様のような戦士が、背後から相手を切り伏せるわけもなかろう」


 ずいぶん高く買ってくれるじゃないか。光栄の極みだ。

 俺は刀を振るい、手近にあった篝火を叩き切る。

 火は瞬く間に民家に燃え移り、轟々と炎が巻き上がっていく。


「クロウ・クリエスト。あんたの名前は覚えておく。この決着は戦場で」

「望むところよ。東洋の剣士、彩霞律。然るべき場にて決着を付けようぞ」


 その言葉を最後に、クロウは颯爽とこの場から立ち去った。


 あれがリクセン軍の将校か。

 戦況を甘く見れば、死に直結する。

 そう考えれば、今ここであいつに会えたことは僥倖だろう。


 次に会うことがあれば、必ずその首を貰い受ける。


 昂ぶった気を抑え、俺は協会へと急ぐ。

 いまは、とにかくこの村の解放が先決だ。

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