用心棒
楽しい時間も過ぎ去り、俺たちはカモミールを後にしようとしていた。しかし、その状況は次の瞬間に一変してしまう。何故なら、傭兵風情の男たちが、店内へとなだれ込んできたからだ。
(先頭にいるあいつ、あれは昨日逃げ出した用心棒か……)
俺と同様に、フェリアもその姿を確認したんだろう。早くも腰の得物に手をかけている。
「キサマら……、いったいこの店に何の用だ?」
「答えるまでもねえ、昨夜はずいぶんと恥をかかせてくれたじゃねえか……」
「おうよ、傭兵を舐めるとどうなるか、その身に刻んでやる!」
フェリアの言葉にも怯まず、傭兵たちは距離を縮めてくる。
(さすがにこのままじゃ、多勢に無勢か……)
傭兵連中の実力は、たかが知れている。そんなことは、あいつ等の立ち居振る舞いを見れば十分に分かることだ。だが、それが多人数となると話は変わってくる。俺の見立てでは、フェリア一人で対処するのは難しい。
(それに、仮にも俺はこの店の用心棒だ。ここで抜くことに是非はない……)
「フェリア、こいつ等の相手は俺がする」
「……何だと!?」
「俺にはこの店を守る理由がる。……いいからおまえは下がってろ」
フェリアはまだ何か言いたげな顔をしているが、俺もこれ以上は取り合うつもりがない。――こいつ等は俺の獲物だ。
「はっ、おいおいナイト気取りかよ東洋人? テメー一人で何が出来るってんだ。テメーを始末した後、そっちの姉ちゃんも十分可愛がってやるよ」
「違えねえ。たっぷりとイタぶってやるぜえ」
下卑た笑いを浮かべる奴等だ。虫唾が走る。
「……御託はいい、とりあえず表に出ろ。ここじゃ店に迷惑がかかる」
「ああ!? テメー誰に向かって指図……」
「二度も言わすな。俺は表に出ろと言ったんだ。これは、お願いじゃない。――命令だ」
心地いい殺気が自分の中から溢れ出てくる。この感覚は久しぶりだ。剣術使いは殺し屋でしかない。だからこそ、自分の置き場を戦場に求める。
傭兵たちも俺の様子を汲み取ってくれたようだ。悪態をつきながらも、ぞろぞろと店の外へと出て行ってしまう。
「……シェリ、悪いな。少し店の外で暴れる」
「待ってください、すぐに衛兵を呼びます!」
さすがのシェリも動揺を隠せないようだが、俺は「心配するな」と言い残し、店の外へと足を向ける。
(これは、俺の用心棒としての初仕事だ。少しは気張らせてもらおう……)
店外へと出た途端、俺は八人の傭兵たちに取り囲まれる。どうやら、袋叩きはお手の物らしい。その動きには、迷いも淀みも無かった。
(まあ、さして褒められたものでもないけどな……)
「へへっ……、東洋人、この国で調子に乗るとどうなるのか……。その身にじっくりと刻んでやる」
だが、少し威嚇が過ぎたみたいだ。傭兵の声からは、さきほどまでの威勢が感じられない。今も、誰が先行するかで目線を忙しなく動かし続けている。
(やれやれ、思ったよりも腑抜けぞろいか……)
「……とっとと、かかってこい」
俺は奴等の背中を押すように言葉を吐く。無駄に時間をかける気はない。ただでさえ、もう見物人が集まってきてるんだ。時間をかければかけるほど、店の風評に傷がつく。
「野郎ども、ヤッちまえ!」
ようやく覚悟出来たか、傭兵八人は一斉に武器を突き出してくる。曲刀、小刀、片手斧……、そのどれもが、十分な殺傷能力を持つ。
――だが、当たらなければどうということはない。
まずは、正面にいた曲刀使いを峰打ちで叩く。ガッとした鈍い音が鳴り、男は鼻っ柱から血を吹いて倒れ伏す。二人目は小刀使いだ。俺は体を反転し、袈裟懸けに刀を振るう。後ろから襲いかかったつもりだろうが、あまりにも動きが遅すぎる。次に狙うのは大斧使い、これは大振りの一撃を躱し、その銅に横薙ぎを叩き込むだけで済む。
――これで三人。
傭兵連中はおろか、周りの見物人までもが目を見開いている。
「――黒い刀」
誰かが呟いた声が、傭兵たちに恐怖を伝染させていく。
恐慌を起こした一人が何事かを喚きながら、武器を振りかざして斬りかかってくる。
「一心に贖い一刀に込め、天地を切り開く」
大上段から振り下ろした一撃は男の頭部を叩き割り、その身体を地面へと叩きつける。
――これで半分。
ここまできてようやく自分達の損害が理解出来たのか、傭兵崩れは一歩二歩と後ずさりしだす。
「剣筋が見えない……。彩霞律、まさか、ここまでの腕前だとは……」
「うん、……僕も、リツがここまで強いだなんて知らなかったよ」
「ほわぁ、リッツ、ちょっとカッコイイかも……」
(騒ぎの声も大きくなり始めた。さっさと残りの連中も片付けるとしよう……)
そう考え、今度はこちらから攻勢に出ることにする。俺が刀を構え直し、一歩目を跳ぼうとしたその瞬間、見物人たちの輪を掻き分けながら、一人の男が現れる。
「おいおい……、騒ぎだと聞いてわざわざ出向いてくりゃあ……、また、お前さんかい……?」
それは、つい先ほど会ったばかりのアルゴ少将だ。オッサンは俺の顔を見るなり、ゲンナリとした表情を浮かべている。
「……人を疫病神扱いするなよ。こっちだって迷惑してるんだ」
「何だよ、それじゃあ、お前さんは無実だって言うのかい?」
顎に手をやりながら、オッサンはニヤニヤと笑っている。その姿にはさすがにイラッときたが、これでも俺の教官にあたる人物だ。ニーアからも注意を受けた手前、ここは下手に出たほうが良いだろう。
(しかし、よりにもよって厄介な奴に見つかった……)
「雷の騎士、アルゴだと……」
傭兵たちの間には、これまで以上の動揺が走り抜けている。やはりニーアの言ってたとおり、このオッサンはそれなりの有名人のようだ。
「ああ~、そこの傭兵さんたちよぉ……。どうやら、あんた等が事の発端みてえだ。悪いこたぁ言わねえ、ここは大人しく縄についてくれねえか?」
軽い感じに聞こえるかもしれないが、その声には凄みと迫力があった。
傭兵たちもそれで戦意を折られたのか、大人しくアルゴの連れてきた衛兵達に捕らえられていく。
(こんなに早く事が済むんなら、もっと早く来てくれればいいものを……)
俺が内心で毒づいていると、オッサンの顔が俺の方へと向けられる。
「……さってと、それじゃあ、お前さんも付いて来な」
そう言ったアルゴの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「……何だって、俺まで連行されなきゃいけない……」
「馬鹿野郎、街のど真ん中で大立ち回りしたんだ。見逃せるわけがねえだろ?」
言っていることはもっともだ。だが、いますぐその薄ら笑いを引っ込めて欲しい。俺には嫌な予感しかしない。
「アルゴ少将。彩霞律は、この店に不貞を働く輩に相対しただけです。どうか、お目こぼしを頂きたい……」
予想外にも、俺に助け舟を出してくれたのはフェリアだった。しかし、オッサンはそれにも耳を貸すつもりはないらしい。「とっとと付いて来い」といった感じで、背中を向けてしまう。
(仕方ない、ここは素直に言うことを聞いとくか……)
「ニーア、少しのあいだ、祈梨の面倒を頼めるか?」
「うん、任せて。アルゴ少将も、ちゃんと話をすればわかってくれるはずだよ」
(だといいがな……)
俺には、あの男の考えが良く分からない。
「……ライアスの旦那、下手人を連れてきましたぜ」
アルゴはノックと共にそう言うと、施設内の扉を開け放つ。
俺が連れてこられたのは衛兵の詰所ではなく、騎士養成施設の中だった。
「ご苦労さまです。……暴れていた人間は複数名だと聞いていましたが……?」
「そいつ等はただの傭兵崩れでしたよ。使えそうなのは、こいつ一人ってところです」
「なるほど……、彼は、今朝もアルゴと揉めていた……」
「ええ、なかなかに肝っ玉の座ったガキですわ。それに、そこいらの傭兵よりもずっと腕が立つ」
部屋の中にいたのは、この国の『聖騎士』でもあるライアス・ゴア中将だった。二人は俺のことを他所にして、何やら意味深な言葉を交わし合っている。
(嫌な予感しかしないな……)
「そうですか、アルゴがそう言うのなら、間違いはないのでしょう」
「こいつなら『特務』にぴったりだと、自信をもって推薦しますわ」
「わかりました。――そこの君、少し失礼します」
ようやく俺に話が振られたかと思えば、ライアスは突然、俺に向けて鋭い突きを放ってくる。
(冗談だろ……!?)
ギンッという音を立て、俺は何とかその一撃を自分の刀で弾き飛ばす。
「……確かに、反応速度は優秀のようですね」
済ました顔でそう言ってのけるライアス中将に、俺はそのまま刀を突きつける。
「あんた……、いったい何のつもりだ?」
さっきの一撃は危なかった。俺じゃなければ首に穴が空いてはずだ。ここまでされて温厚でいられるほど、俺は阿呆じゃない。
「突然の非礼は詫びます。……君の実力は十分、『特務』を遂行するに値する」
ライアス中将は自分の眉間に突きつけられた刀にも眉一つ動かさず、淡々と話を進めだす。
「……お前さん、とりあえずその物騒なモンは仕舞いな。試験結果は合格だとよ」
何がそんなに可笑しいのか。ニタニタと笑いながらそう言ってくるアルゴにも、睨みをきかせておく。
「……説明しろ。あんた等、いったい何が目的でこんなことを……」
俺の言葉に、アルゴは「やれやれ」といった感じで腕を振り、ライアスへと視線を向けている。
「理由は一から説明させて頂きます。……アルゴ、念のため、扉を塞いでおいて下さい」
言われたままにアルゴは入口に背を預け、ますます不愉快な笑みを浮かべだす。
(人に聞かれたらマズイ話、それとも、俺をここから出さないためか……?)
刀こそ納めはするが、警戒は解かない方が良さそうだな。
「さて……、まずは私たちの立場から説明させて頂きます。私とアルゴは、この国の『騎士』であるとともに『将校』と呼ばれる位にあります」
「……ああ、それなら今朝も聞かされた」
「結構、まずは、この『将校』と呼ばれる者についてですが、騎士の中でも上位に位置し、一個中隊を預かる事が出来る身分とでも覚えておいてください」
ライアス中将は確認を促すかのように、俺の方へと視線を向けてくる。その視線には一応了解の意を返すが、俺にはますますこの会話の意味が分からなくなっている。
「彩霞くん、この話はここからが本題です。私たち将校には、本来の軍事活動以外に『特務』と呼ばれる軍事活動には当て嵌らない裏の仕事があるのです」
「……軍事活動に当て嵌らない?」
「ええ、ご存知かとは思いますが、『騎士』とは常に、仁義体を兼ね備えた正々堂々な立ち居振る舞いを期待されています」
「それが、この国の象徴みたいなものなんだろ?」
「ええ、しかし、正々堂々と戦争に勝つことなど、土台不可能な話です。謀略や計略を用いなければ、結果などは火を見るよりも明らか……」
そこでライアスは言葉を切り、卓上に広げてあった地図の一点を指差す。
「この街は、先日リクセン軍による奇襲を受け、いまだに多くの住民が捕虜として扱われています」
地図を見る限り、その村は主戦地からは距離がある。食料の確保か、あるいは有事の際に住民を盾にするつもりか……。どちらにしても、あまり気分の良い話じゃない。
「我々正規軍は、いまだに戦況が整わないため、この村の救助に割く兵を持ち合わせていません。ましてや、奪還するなど到底不可能です」
「……はあ、大体の事情は飲み込めた。要は、その村を奪還する為の腕利きを、あんた達は集めている……」
「噛み砕けばその認識で間違いありません。このような正規の『騎士』には任すことの出来ない戦場の暗部『特務』を遂行できる人物を、私たちは探していたのです」
(暗部ね……、どこの国でも、やることは変わらないな……)
「彩霞くん、君はこの施設内でも際立って腕が立ち、おそらく実戦の経験も積んでいる。……そうですね、アルゴ?」
「お前さんの剣筋には迷いが無さ過ぎる。ありゃあ、実際に切った張ったした経験がなけりゃできねえ代物だ」
(こいつ、人の過去を見透かしたようなことを……)
「もちろん、引き受けて頂けるのなら、それ相応の報奨はお出しします。それにこれを引き受けたからといって、あなたが目指す『騎士』への道に扉を閉ざすこともありません」
「……じゃあ、逆に質問させてもらう。あんた達、異国の人間をそこまで高く買ってもいいのか?」
「任務には、私の部隊から兵士を一人付けます。それに、もし任務が失敗したとしても、異国の者ならそれほど警戒される恐れもありません」
ずいぶんとストレートな物言いだ。ライアスの表情からは、何の躊躇も憂いも見えない。この男の考えには、異国人を使い捨てにすることがすでに組み込まれている。
「上等だ。……あんたの思惑に乗ってやる」
ここまで話を聞いて、黙って引き下がるわけにもいかない。この男のやり方は気に食わないが、俺が拒めば、その村の住民たちは危険に晒されたままだ。
「感謝します。奪われた村の名前は『コロン』、滞在している敵対兵士の数は二十名程度、彩霞くん、君にはまず、この村の解放をお願いします」