第1章 始まり3
「よし、全員いるな。まずは先生から自己紹介だ。先生の名前は川本茂雄という。 できれば“モトオ先生”って呼んでくれ」
まず最初に担任のモトオ(?)先生が挨拶をする。
「さて、次はお前たちだな。じゃあまず学級委員長から」
「はい」
(っと、もう自己紹介か…あれ?)
「なぁ、航輔」
「何だ?」
「あいつって確か…」
「あぁ、さっきの奴だ」
「えぇー、僕が学級委員長を務める高木護です。よろしく」
モトオ先生の隣に立って自己紹介を始めたのは、あの高木護だった。
(なるほど…まぁ、そんなイメージだな。)
お坊ちゃまタイプというか何というか…。委員長タイプとでも言えばいいのだろう。
治広がそんな事を考えている間も、護の自己紹介は続く。
「まず、このクラスの委員長を全うし…いずれ生徒会長に。そして―――」
「あの…委員長?」
「―――とりあえず政治家にならないと!それから―――」
「時間がないのでそろそろ…」
「―――さらに、この国のトップである…って、え?もう終わりですか?……分かり ました…」
護は若干不服そうに自分の席へ戻って行った。
彼が席に着いたのを確認して、モトオ先生は話を進める。
「よし。次は残りの皆だな。出席番号順に大きな声で頼む!」
「ハイっ!!」
元気よく返事をして立ち上がったのは、背が少し高めの男子。
それを示すようにその顔には絆創膏が貼ってある。
「出席番号1番、泉宗親です。好きな食べ物は焼肉で…」
治広はこの男子を知らない。おそらく初めて同じクラスになったのだろう。
(まぁでも普通の人っぽ―――)
「趣味、特技は他人にいたずらをすることです!」
ゴンッ!!
(―――くなかったぁー!)
どうやら治広は机に顔面をぶつけてしまったようだ。
結構な音がしたが、彼の心はそれに勝る疑問の感情で埋め尽くされている。
(というか、どんな趣味だよ…)
しかし真に恐ろしいのは、それを堂々と言葉にできるその度胸ではないだろうか?
「はい、ありがとう。じゃあ次!」
モトオ先生は、何事もなかったように進行する。
「はい。出席番号2番、磯部です。
(こいつも知らない……)
治広はこれまで他人にあまり興味を示そうとしなかった。
他を考えず…自分の皮に閉じこもって…身近な所でしか関わりを持たない。
現に小学校時代も、仲のいい拓摩や航輔とぐらいしか話さなかった。
(まぁ、これじゃあいけないとは思うんだけど…)
「はぁー…」
つまり、治広にとってこの時間は暇で、無意味で、無関心なものだった。
まぁそれはあくまで今までは……だが。
「えっと、出席番号10番木田隼です」
治広が考えている間に自己紹介は、2けたの所まで進んでいたようだ。
今自己紹介しているのは、身長があまり高くなく、ぼさぼさの髪の毛が特徴的な男子だ。
(えっと…?どこかで見たことがあるような…。まぁ泉ほどインパクトのある奴はきっといな―――)
「趣味は成人向けの本集めです」
ゴンッ!!
「いた―――――――っ!!」
「そりゃあ痛いだろ」
治広は再び机に顔面をぶつけた。モトオ先生が冷静につっこむ。
(な、何なんだこのクラスは…?)
「って、先生!」
「おいおい、モトオ先生って呼んでくれよ」
「あ、すいません…。じゃなくて!今の自己紹介、変だと思わないんですか!?」
「うーん……」
モトオ先生が悩む。
「…うん。まあいいんじゃないか?」
「そ、そうですか…」
(いいんだ…あれが)
自己紹介は進む。
治広も航輔も適当に紹介を終え、残りはあと2人だ。
「嘘だろ…」「何て運の悪さだ…」「でも、こういうのもいいんじゃね?」
というつぶやきが、教室のいたる所からあがる。それはすべて男子の声だった。
これまで自己紹介してきた37人の内、女子はわずかに5人。
明らかに比率がおかしい。
「38番、六角翔です。よろしくお願いします」
また男子だ。教室内の空気がだんだん重くなっていくのが分かる。
そんな中、何の動揺もないわずか数人の男子の中に治広と航輔はいた。
先ほども述べたように、治広は他人にあまり興味を示そうとしない。
というか、できない。
「全く…皆揃いも揃って…。なぁ、航輔?」
「あぁ」
そして、航輔は基本的に楽しければ何でもいいのだ。
「俺はおまえがいてくれるだけでいいよ」
少し誤解されそうな言葉だが、まぁ気にするまい…。
2人がそんな会話を交わしている間もクラス内での喧騒は止まない。
「じゃあ次がラストだな」
そんな中でも通常通り進行しようとするモトオ先生。流石と言うべきか、注意しろよと言うべきか。
しかし、そのざわついた空気も出席番号39番の彼女によって破られる。
「渡辺朋美です。よろしくお願いします」
「…………」
「…………」
比喩なしでクラス全員が数秒間固まった。
男子の目にはしだいに活気が戻り、女子は見たことがない顔に困惑していた。
「あ、あの…」
そんな中最初に口を開いたのは渡辺朋美本人だった。
「私、新しく転校してきたので…皆知らないかと…」
「「なるほどっ!!」」
クラスの声が一気に揃う。
そして、クラスに再び喧騒が訪れる。
「マジか…」「これは…」「これで女子6人かぁ」
「かわいー!」「後でお話してみようよ!」
さて、その彼女の外見はというと―――――
セミロングの髪は美しい黒で、瞳は大きく、クリッとしている。
身長は小さい。おそらくクラスで最も背が低いだろう。
その恥ずかしそうに顔を伏せている様子から、おそらく内気な性格だろうと推測できる。
とある男子は後ほど語ったそうだ。
『完璧だ!』と。
「私は県外からやって来ました。それと………」
そこまで順調に自己紹介をしてきた朋美が、そこで不意に止まった。
「どうした、渡辺?」
モトオ先生朋美に声をかける。
「は、はい。すいません!えと…ちょっと言いにくいんですけど……」
「何だ?恥ずかしがらず言ってみなさい」
「…………………はい」
朋美はもうこれ以上逃げるべきでないと観念したのか、ゆっくりと、誰もが予想だにしなかったことを語り始めた。
「私、実は前の学校で暴力をふるっちゃって……」
「…………へ?」
「…………ん?」
「…………何?」
(何だって…?)
先ほどから黙っていた治広も、彼女のコメントには謎を覚えた。
「え…ごめん、朋美ちゃん。もう一回言ってくれる?」
おそらく彼と同じ気持ちだったのだろう。
治広のふたつ前の席の女子が朋美にそう話しかける。
「えっと…」
全員が再び注目する中、朋美はこう答えた。
「私、前の学校で怖いって言われてて……」
「「「それはないっ!!」」」
男子、女子、そしてモトオ先生までつい叫んでいた。
こうして、波乱(?)の自己紹介は終わりをむかえた。