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 8


「しょ、勝負はどうなった……?」


 喘ぐようなユウヘイの声。突風に目が開けられない。


『両雄、激突――――ッッ! 勝者は一体どっちだ――ッ!? いや、これは……?』


「あれは……そんな!」


 カナエとハツミの、たじろいだ様な声。何事かと思い目を凝らしたユウヘイも、それを見た。そして同じように、呻く。


「そんな……馬鹿な! 有り得ない!」


 タカフミとミチオの激突は、タカフミの握り拳すなわちグーと、ミチオの揃えられた二本指すなわちチョキの激突だった。本来ならばこの時点で、タカフミの勝利となるはずだ。 


 だがしかし。


 タカフミの蒼い闘気を纏う右拳と、ミチオの赤紫に輝く指槍。その二つは、ほんの数センチ程の空間を挟んで互いの拳を砕こうとせめぎ合っていた。その空間で蒼と赤の輝きが混じりあい、反発し合い、互いを拒絶し合う。


 いや、僅かずつではあるが――赤黒い光が、蒼の領域を侵食しているようにすら見える。そう、信じられないことに、チョキが、グーを、穿ち抜こうとしていたのだ……!!


『なんと驚きました! グーとチョキが激突してなお、勝負は未だ決していないッ! それどころか互角以上の勝負を繰り広げているぞ――!? 恐るべし《妖幻真闇流》!! このまま《王者》タカフミ、破れてしまうのでしょうかッ!?』


「くくく、くひひひッ。これぞじゃんけん外法《妖幻真闇流》奥義の真骨頂よ! 圧倒的密度にまで凝縮された闘気によって、我がチョキはグーすら貫く絶対の槍と化す!!」


「く、くそ……!」


 タカフミの口から歯軋りが漏れた。限界まで闘志を燃やし、全てを込めた一撃が押し返されようとしている。


「う、うおおおおおっ」


 更に渾身の力を込めて押し返そうとする。しかし、体中のどこにも最早エネルギーは残っていない。全てを使い果たし燃やし尽くしてこの一撃に込めてしまったことを、彼自身がよく知っている。


 それでも諦めることはできない。今、タカフミの背中にかかっているのは《王者》としての矜持や《蒼陣裂昇流》後継者としての誇りといったちっぽけな物ではなかった。


 今ここでタカフミが敗北すること。それは即ち力尽くのチョキでグーを破ることができる、新たなじゃんけんルールの到来である。《三竦み》というじゃんけんの根底を覆してしまうそれは、力こそが正義であるという暴力礼賛の世界だ。《蒼陣裂昇流》――いや、《蒼幻流》の時代より培ってきた、力無き者が涙する世界の救済を願ってきたじゃんけんの理念が蹂躙されてしまう。


 故に引くわけにはいかない。負けるわけにはいかないというのに――。


 蒼白い光が赤黒い光に飲み込まれようとしている。タカフミの右拳ががくん、と大きく押し返された。


 見れば、ミチオもまた額に大粒の汗を浮かべている。彼にとってもまた苦しい闘いには違いないが、タカフミと違ってその瞳には喜悦の光が輝いていた。このまま押し合い続ければどちらが勝利するのか、誰の目にも既に明白なのである。


 ――くそ、ここまでか。


 タカフミの拳から、最後の蒼い闘気の炎が消えようとするその寸前。


「「まだだッッ!!」」


 力強い言葉とともに、ガシッとタカフミの背中にしがみ付き支えようとする二つの影があった。


「ユウヘイ……ハツミッ!!」


「タカフミ、諦めるんじゃない!」


 ユウヘイが叫び、ハツミが続けた。


「そうよ! ここで《妖幻真闇流》に譲ってしまったら、じゃんけん外法が跋扈する暗黒時代になってしまう……! 駄目よ、そんな未来なんて、絶対に!!」


 一瞬呆気にとられたタカフミだったが、次に思わず噴き出しそうになった。瞳には笑みが宿り、心の中にたった今まで搾り尽くしたはずの闘志が新たに湧き上がってくる!


「そうだ……そうだったな! 忘れていたぜ、俺は一人じゃない。決して独りで闘っていた訳じゃないんだ!!」


 今までユウヘイやハツミと繰り広げた激闘の数々がタカフミの脳裏に次々と浮かんだ。そして父親との《蒼陣裂昇流》の修行は辛く厳しかったが、その端々に父の深い愛情が満ち溢れていた。


 それら一つ一つが、空っぽになっていたタカフミの心に流れ込み、新たな闘志となって体中を駆け巡り、新たな蒼白い炎になって噴き出した。


「ぬかせ!」


 ミチオが叫んだ。


「独りではないというのならば、いっそ三人纏めて貫いてくれる!」


「やってみないさいミチオ! 今までたった独りだったあなたに、それができるのならば!」

 ハツミが叫んだ。その体に、タカフミから湧き上がる蒼い炎が燃え移る。


「そうだ……僕たちは今まで、数限りない激闘を繰り広げてきた。そして培われてきた絆は、何よりも堅く、決して切れることなどないんだ!」

 ユウヘイが吠えた。彼にもまた、蒼い炎が燃え広がっていく。


 そして――タカフミ。


「ミチオ。お前の負けだ」

「なっ……?」


 いっそ優しく諭すように、タカフミが言った。


「お前の敗因は、勝負から背を向けてしまったことだ。序列最下位でいることは、確かに惨めで辛かったかも知れない。それでも勝負を挑み続けさえすれば、俺たちはお前を拒むことはなかったはずだ」 


 それなのに――ミチオは《妖滅皇》の甘い誘いに乗ってしまった。辛く、惨めで孤独な序列最下位から抜け出したいがため。彼自身、それが暗闇へと落ちていく破滅の道だと気がついていただろうに。


 いや、もしかしたら。


 《妖滅皇》もまた、ミチオの孤独を癒したいと願い、彼を闇の世界へと誘ったのかもしれない。奴の手にあるのは真っ暗な闇しかない。闇しかないがために、いくら望もうとも光の世界へは送り出すことはできないから――それが更なる孤独に繋がると知っていながら。


 幼いタカフミの記憶に残る《妖滅皇》と父の死闘。


 あの頃のタカフミにとって、《妖滅皇》はただの悪の親玉だった。


 しかし今なお父は《妖滅皇》の本質を、ある意味で純粋にして高潔とまで評している。誇り高く、そして優しい男と。それを語る時の父は遠く哀しい目をしていた。


 ならば《妖幻真闇流》自体もまた、明るい光に追われてしまった悲しき存在なのかもしれない。勝負に対して何よりも誰よりも真剣だったが故、《三竦みの牢獄》から抜け出そうと自ら破滅を追い求めた憐れな逸脱者たち。だからこそ、他の全てを傷つけることでしか大切な何かを守れない哀しきヤマアラシたち。


 彼らはただ、求めずにはいられなかったのだ。そして、与えられずにはいられなかったのだ。孤独の果てに――求め合わずにはいられないのだ。


 ああ、そうか。


 タカフミは、今こそ全てを理解した。

 ミチオの孤独を。

 《妖滅皇》との死闘の果て、父が見せた涙の意味を。

 《蒼陣裂昇流》が《妖幻真闇流》との闘いで負う、呪いにも似た重い責務を。


 知らず、タカフミの瞳から一筋の涙が流れた。憐れみでも哀しみでもない。ただ打ち震える心の情動の塊が、涙となって溢れたのだ。


 その感情全てを込めて――《蒼陣裂昇流》正統後継者タカフミが叫んだ!!


「いくぜ、ユウヘイ! ハツミ!」

「おうッ!」

「わかったわ!」


 タカフミの体から、更に力強く蒼白い炎が燃え盛る。ユウヘイとハツミをも飲み込んだ炎は熱と圧を増して燃え盛っていく。その勢いは留まるところを知らない!!


「ウォォォォォォォォォォォォォォォッ」

「ハァァァァァァァァァァァァァァァッ」

「オォォォォォォォォォォォォォォォッ」


 タカフミが、ユウヘイが、ハツミが、体中の生命力すら掻き集めるかのごとく闘気を振り絞る。互いに互いが呼応して、天井知らずに三人の闘気の炎が膨れ続けた。


 そしてどこまでも高まり続ける蒼白い炎が、一瞬破裂するかのごとく拡散した。何事か、と誰もが思った瞬間、爆発するかのように新たに噴出した――――金色の炎。


「ばっ……馬鹿な! これは、この金色の炎は、まさかッ!?」


 信じられないとミチオが叫んだ。

 《蒼幻流》の時代より連綿と続く果てし無い闘争の歴史の中で、この金色の炎――《黎明の焔》を身に纏うことができたのは、《蒼幻流》の開祖ただ一人。


 それが、目の前で……!


「くそっ! 俺は、《妖幻真闇流》は、《妖滅皇》様は負けない……絶対に負けないッ!!」


 ミチオが必死の形相で叫び、全身に力を込めた。闘気が激しく沸き立ち、更なる圧力で以てタカフミへと襲い掛かる。


 だが、ミチオの指先は金色の炎に阻まれてそれ以上進むことはできない。いや、明らかに押し返されつつある。


 今や金色の炎で一体と化した三人が叫んだ。


『喰らえミチオ!! 《蒼陣裂昇流》最終覚醒究極奥義ッッ!!! 《蒼覇妖滅輝焔龍皇彗星拳》ッッッッ!!!!』


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ」


 金色の炎が膨れ上がり、一瞬でミチオの赤紫の闘気と、ミチオ自身をも飲み込んだ。もはや音すら音と認識できない轟音が教室に溢れる。


 何もかもが、金色の輝きに包みこまれていく――――



じゃんけ……え、じゃんけん?

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