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激突


「《蒼陣裂昇流》と《妖幻真闇流》!」


 その言葉を聞いて、ユウヘイが驚きの声を上げた。傍らのハツミが問いかける。


「知っているの? ユウヘイ」

「古い文献によると、古代中国でじゃんけんの源流を生み出したと言われる拳法《蒼幻流》……その流れを組む、二つのじゃんけん流派さ。しかし、その二つは思想の違いから対立していたんだ」


 じゃんけんとは元々、暴力を用いずして勝負を決するために生まれた闘いである。しかし。力づくで、時には定められたルールすら破っても勝利を得ればよいとする外道《妖幻真闇流》はその思想ゆえ、「世界を支配すれば、そもそもの争いすら起こることはない」と世界征服を目指した。


 あくまで精神を鍛えるため、そして暴力を伴わない闘いを目指してじゃんけんをする《蒼陣裂昇流》が《妖幻真闇流》の邪悪な覇道を粉砕せんと立ちはだかるのは自然な流れだった。その両派の果てなき闘争は熾烈を極めたという。


「タカフミは《蒼陣裂昇流》の後継者だったのか。道理で強いわけだ」


 しかし、ミチオである。


 彼は確かに、数か月前まではただの小学生であったはずだ。《決闘》すら拒んでいたこの短い間に《妖幻真闇流》の一端を修めていたというのか。たったそれだけの期間で、序列第二位の自分を打ち破るまでになるとは……!


 冷たい汗がユウヘイの背中を伝った。


「恐るべし、《妖幻真闇流》……!」


 驚愕の事実に凍りつく観客達。カナエのアナウンスだけが教室に響き渡る。


『なぁんと言うことだぁぁぁ! 《ジャイアントキリング》ミチオは、なんと今は失われし《妖幻真闇流》の使い手だったのです! さあ、《王者》にして《蒼陣裂昇流》後継者タカフミ、どうする!』


 しかし――カナエの声を耳にしたタカフミは、不敵な笑みを浮かべた。


「俺がどうするかだって? それはな……!」


 突如タカフミは、両腕に装着していたリストバンドを外した。

 無造作に放ったそれらが、ズシンという重たい音を立てて床に落ちた。軽く見ても合計で十数キロは下らないだろう。


「なにっ」

「へへっ……これで身軽になったぜ」


『なんと《王者》タカフミ、今まで重りをつけて闘っていたというのか――!?』


 ユウヘイを始めとする、教室の皆の心を代弁してカナエが叫んだ。


「親父につけさせられたんだ。修行の一環だとか言ってよ。でも、相手が《妖幻真闇流》だったらこんなもの着けているわけにはいかねぇ」


 両肩をぐるぐる回して、タカフミが再度構えをとった。最初とも二度目とも違う、両手を前に構えたオーソドックスな構え方。


「ほう……」とミチオ。「だったら、身軽になってさぞかし疾くなったんだろうな?」

「試してみるか?」

「よかろう!」


 言うが早いか、ミチオが突っ込んだ。


 さい――しょは――グー!


「ぜぁッ」

「シャッ」


 二人が放った右のグーが、中間の位置でぶつかり合う。肉と肉が激突する音が響いた。


 じゃん けん ポン!!


 右腕が引かれると同時に突き出される左手のパー! それらが再び相殺されて、あいこである。タカフミの右手は既に動き出していた。二本の指を立てて揃えたチョキ、所謂《男チョキ》がミチオを切り裂かんと襲い掛かる。


 しかしミチオの対応も素早かった。指を開いた《女チョキ》でタカフミの指を絡め取ろうとする。


「くっ!」


 関節を取られる寸前に指を抜いたタカフミに、ミチオの掌底が逆襲した。タカフミがパーで払い、お返しにと言わんばかりの拳骨を見舞った。


「オラァ!」

「無駄ァ!」


 再びぶつかり合う互いのグー。

 全く互角の速度で、二人は互いの拳を繰り出した。グーとグーがぶつかり合い、パーとパーが打ち払い合い、チョキとチョキが切り結び合う。そして止まることなく撃ちだされ続けるグーとパーとチョキの応酬。


 目にも止まらぬ速さで、無数のあいこが繰り返される!


 タカフミとミチオの間の空間で、激しい音が生まれる。硬い骨同士がぶつかり合い、立てた二本の指同士が切り結び、二人の掌が弾き合う戦闘音楽。残像すら見える速度で二人のあいこ合戦が繰り広げられているのだ。


『おおっと、これはなんと壮絶なあいこの応酬! 両者、足を止めて激しい打ち合いだ!』


「いや、待って……二人の足元をよく見て!」


 カナエの言葉に、ハツミが弾かれるように叫んだ。


 見れば、タカフミの足が、横に開いたと思った瞬間閉じられた。そして次の瞬間には前後にスライドする。超高速のステップ。再び開かれ、前後し、閉じられる。


 そして全く同じタイミングでミチオの足も同じ形に動かされていた。繰り返し、何度も何度も三つの形へと変化を繰り返す。


『これは、まさかッ』


 信じられない。カナエの声色が、その内心を物語っていた。


『足を止めていない! 足じゃんけん! 足じゃんけんです! なんとういうことだ! 両者、両腕で物凄いあいこラッシュを繰り広げながら、足元でも壮絶な激闘を繰り広げているッ! これが《妖幻真闇流》なのか! これが《蒼陣裂昇流》なのかーッ!?』


 タカフミとミチオのラッシュ比べはまだ止まらない。十、五十、百と恐ろしい回数のあいこが恐ろしい速度で積み上げられていく。


 間近で見ているハツミが呆然と呟く。


「凄い……。けど、どうしてこんなにもあいこが続くのかしら」


「それはきっと、信じがたいことだけど、二人の恐ろしいほど高い動体視力のせいだ」


 ユウヘイが答えた。


「通常、一対一であいこが生まれる確率は三分の一だ。しかしミチオには《双手虚方殺》という相手の出方によって自分の手を切り替える技がある。この技を支える能力として、相手の手を瞬間的に視認する高い動体視力が絶対不可欠なんだ」

「そっか、そうでないと切り替えた時、間違って負ける手を出してしまうかも知れないからね」


 その通りさ、とユウヘイが頷く。


「だから《双手虚方殺》に対抗するには《蒼陣裂昇流》も同じく信じがたい程の動体視力を身につける必要がある。よく見るんだ、ハツミ。二人の手を」


「え……?」


 タカフミの右手がグーで打ち出された。その手は一瞬パーに変わり、そしてグーとなってミチオのグーと激突する。同様のことがミチオの手でも起こっていた。


 再度の驚愕が、ハツミを打ち抜いた。


「まさか……あの一瞬一瞬の間にフェィントを入れているというの……?」

「それも一度ではなく、三回か四回ね。一発一発、あいこを狙いに行っているんじゃない。超速のフェイントを織り交ぜ、それに対するカウンターを組み込んだ結果無数のあいことなっているんだ」


 闘いのあまりの高度さに、ハツミは息を呑んだ。


 つまり、現状のあいこラッシュは二人の動体視力が互角であることを示している。この膠着した状態を打破するには、ラッシュ自体の威力あるいは速度で相手を上回り、均衡を破るしかないのだが――。


「それもまた、互角か……!」


 苦々しげにユウヘイが吐き捨てる。そんなこと、当人たちはとっくに気が付いていることだろう。


 ユウヘイの推量を裏付けるかのように、二人のラッシュ比べに動きがあった。


「――オラァッ!」

「――無駄ァッ!」


 渾身の一撃が両者の間でぶつかり合い、教室内の空気がびりびりと震えるほど一際大きな激突音が響き渡った。


 そしてどちらともなく距離をとるタカフミと――ミチオ。


「……ラッシュ比べは、完全な互角か」

「ヒヒッ、このまま終りの見えない消耗戦になっても良かったんだがなァ」


 不敵な笑みを浮かべる両者。しかし、言葉とは裏腹に、肩で大きく息をしている。


「しかし序列最下位だった俺に《妖幻真闇流》を授けてくれた《妖滅皇》様への計り知れない大恩に報いるため――何より《妖滅皇》様の無念を晴らすために、そんなチマチマした削り合いによる決着など許されるはずがない」


「同感だぜ」


 一際大きく笑ったタカフミが同意した。

 大きく息を吐き――そして吸う。


「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 一連の呼吸を繰り返すたびに、タカフミの内部で燃え上がる熱が高まっていくのがはっきりと判る。つまり、次の激突でもって、全ての決着を着けようと言外に言っている。


「くひひ……、よかろう、《王者》タカフミよ。貴様のその誘い、乗ってやろうではないか」


 ミチオが嗤い、更にバックステップ。教室の出入り口にぶつかりそうになるまで距離を取った。それを見てタカフミがにやりと笑う。


「全力だ……全力で来い。お前の全てを、この拳で打ち砕く……!」

「くくっ。貴様の背負う《蒼陣裂昇流》の未来もろとも貫いてやる……!」


 ミチオが、後ろ脚に重心を移した。最後の一撃となる突進技の構えを取った。

 対するタカフミは腰に当てた右腕、目の高さに突き出した左腕、重心を深くした迎撃の構えだ。


「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 両者が発する息吹きが教室内の緊張感を嫌にでも高めていく。誰かがごくりと唾を飲み込んだ。雨はますます勢いを増し、最早二人の激突を予兆するかのごとき嵐となっている。


 突然、教室中の蛍光灯が小さな振動音を立てた。かと思うとチカチカと数回の瞬きを残し、一斉に消えてしまった 。


 普通であったならば停電だと教室中が騒然となっただろう。だが、今回のこれが停電だなどと思うものはこの教室内に一人もいなかった。ましてや騒ぐ者など皆無である。


 なぜならば、薄暗い中で――皆は見たからだ。


 タカフミの体から、青白く燃え盛る様な闘気が立ち昇っているのを。

 ミチオの体から、暗い赤紫色の沸き立つ様な闘気が立ち上っているのを。

 ハツミが緊張に高鳴る胸を押さえた。ユウヘイですら知らず手に汗を握っていた。カナエが声を出すことさえ忘れ、教室にいる皆が、息を詰めてその瞬間を見守っている。

 

 刹那。

 窓の向こうで――稲妻が閃いた。


「――――喰らえ《妖幻真闇流》奥義! 《妖雷穿塵滅殺槍》ッ!!!」


 ミチオが動いた。その速度まさに雷光の如く、全てを穿ち貫く邪悪なる槍となってタカフミへと突撃する。


「うおおおおッ! 《蒼陣裂昇流》奥義!! 《蒼覇龍光彗星拳》!!!」


 タカフミの右拳が、闘気を纏い、蒼い彗星となって撃ち出された。 


 両者の右の腕が、教壇の上で激突した。ほとんど爆発のような轟音が巻き起こり、発生した衝撃波が教室内に吹き荒れた。


じゃんけんによく似た別の何か。

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