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駆引き

 3


 決勝トーナメントの組み合わせは公平なる《グーパーじゃんけん》によって決定された。タカフミ対ハツミ、ユウヘイ対ミチオである。


「君との決着は決勝戦だな」

「ユウヘイ」


 くい、とユウヘイが眼鏡を押し上げる。レンズの向こうでユウヘイの瞳に炎が燈っているのをタカフミは感じた。

 タカフミにとってユウヘイは《決闘》における最大のライバル――十戦十勝ではあるが、ある時など十七回のあいこの末にようやく倒すことのできた強敵である。一度たりとも楽な闘いは無かった。


 そのユウヘイがこうも自信ありげに宣言するからには、相当の気合いと覚悟を決めていると見てよいだろう。生半な相手ではない。決勝戦は文字通りの死闘を繰り広げることになるだろう。


「あらタカフミってば、余所見をしている余裕なんてあるのかしら」


 正面からの声に顔を戻せば、男を骨抜きにする笑みを浮かべたハツミがいる。彼女もまた、ユウヘイとは違った意味で危険な相手だ。


 ハツミが、マニキュアを塗った十本の指を自慢の肢体に這わせた。扇情的なその仕草。指にスカートの裾が引っ掛かって危険な位置まで捲れ上がり、真っ白の肌が露わになる。意識がそちらに誘導されそうになるのを意志の力でねじ込んだタカフミは、真っ向からハツミを睨みつけた。


「そんなに俺に見られたいか? だったら安心するといい。この勝負、お前を降すその瞬間まで、俺の眼に映るのはテメーだけだ」

「……嬉しいわ。タカフミの熱い視線に見詰められるだけで、私も身体が火照ってきちゃったわ。あなたの敗北でこの体の火照りを静めてくれる?」


 わずかに頬を紅潮させたハツミがちろりと舌を出した。その艶かしい仕草に教室中の男子が生唾を飲み込んだ。


 タカフミは自らの心に言い聞かせる。既に勝負は始まっているのだ。彼女の一挙手一動足に囚われるな。その瞬間、思考を誘導され惑わされ、意のままに動かされ、なされるがままに蹂躙されてしまうことだろう。ハツミが繰り広げた過去の《決闘》でクラス中の男子が虜にされ、あえなく敗北の海に沈められていったのだ。


 タカフミが眼前に右手を突き出した。小指から順に握りこみ拳と成す。右足を引き半身とし、腰を落として左手は正眼に。腰だめに引いた右腕を打ち出す正統派の構えだ。


 ハツミが両腕を体の前で交差させる。大きく、まるで頭上で花開くかのように――。そして体を開いて半身立ち。体重は両足に均等に乗せ、突き出す左手は変則的なリズムでゆらゆらと揺らしている。その為、タカフミからは身体の向こうに隠れている右手が酷く捉え辛い。


「さぁ、調教してあげる。いい声で鳴いてねタカフミ」

「丸ごとぶち抜いてやるぜ……!」


 二人の間に緊張が走った。

 教室中が訪れる激突を予感し、波が引くようにざわめきが消えた。

 

 そして響き渡る、闘いを告げる声。


 ――最初は グー!


 タカフミが力強く握り拳を突き出した。

 ハツミがたおやかに右手のグーを出す。

 その二つが同時に引かれ――


 ジャン ケン 


 勢いよく突き出される刹那の瞬間、二人の視線が交わる。

 タカフミはハツミが笑うのを見た。その目が語っている――この勝負はもらったと。


(私の勝ちね、タカフミ!)


(なんだと……どういうことだ?)

(私はあなたの弱点を知っているの――そう、ずっとあなたを観察していたからこそ見つけ得た弱点を!)

(俺の――弱点!? まさか、この《王者》タカフミにそのようなものがあるはすが無い!)

(慢心よ、王様。あなたの弱点、それは――ここ一番の大勝負に限り、必ず一手目はグーで来ることよ)

(…………ッ! どうして――それを)

(ふふ、《ブリザード・エッジ》ユウヘイじゃないけれど、私だってあなたと闘うのに無策でいるはずがないじゃない)

(まさか――登場からここに至るまでの過剰な程のお色気作戦は――!)

(よくわかったわね、さすが《王者》の称号を得るだけあるわ。そうよ、あなたのことだから意識するほどに無理矢理に勝負に集中すると思ったからこその演出よ。読みは的中。あなたはのめり込むあまり、安易に普段のパターンを踏襲してしまった!)


(…………)


(さあ、堕ちなさい《王者》タカフミ。私の下僕にまで身を窶すといいわ!)


 ハツミは勝利を確信した。だからこその笑みである。――しかし。


(かかったな、ハツミ……!)

(――――ッ!?)


 ハツミが見たのは、獰猛な笑みを浮かべるタカフミの顔である。間違っても敗北を目前にした者でも、強がりを言っている者の顔でもない。獲物を前に今まさに飛びかからんとする大型の獣の如き気配。

 二つの拳がまさに突き出される瞬間、二人は声ならぬ声で咆哮した。


(まさか――強がりを! 堕ちなさいッ)

(堕ちるのは――貴様だァァァァァァァァァァッ!)


 ポン!


 教室から音が消え、全てが静止した。勝負の行方を皆が固唾をのんで確認する。


「な……なん、なんで……?」


 愕然と呟いたのは、果たしてハツミの方だった。


 ハツミの手は、パーだった。

 対するタカフミは、グーではない。チョキを出している。

 

 勝敗は明確にして明白。《王者》の勝利に、教室中が沸き立った。

 歓声を切り裂くようにしてハツミが叫んだ。


「……ッ! でも、どうしてッ? わたしの誘導は完全だったはずだわ!」


 過剰な演出で視線と意識を無理矢理に勝負に向けさせる。集中しているようでいて、その実中身は空っぽの集中のはずだ。勢い身体は最もパターン化された動作を辿るはず。これまでの《決闘》において、相手の誰一人その例外だったことはなかったのだ。


 そしてタカフミが、直前に自らの手を強引に変更したわけでもなかった。ならば、どうしてタカフミはグーではないのか。グーでなければおかしいはずだ。


 しかし、タカフミは首を横に振った。


「俺が《ナイト・パフューム》や《ブリザード・エッジ》のような猛者を相手にするのに、何も仕込んでいないとでも思っていたのか?」


 その一言でハツミは全てを悟った。背筋に冷たいものが流れる。


「そんな……今までグーを乱発していたのは、この時の伏線のためだとでもいうの?」

「てっぺん張ってンのも楽じゃねぇんだぜ。いつもいつも命がけだ。対ユウヘイのために仕込んでいたカードをここで使うことになるとは思わなかったが、まぁいいさ。釣れた勝利は充分でかい」

「くっ……」


 ハツミは思わず一歩、後退ってしまった。


「さぁて、調教されるのはどっちだろうな?」


 ごきり、と拳を鳴らしてタカフミが一歩を踏み出した。


「け、決勝トーナメント一回戦は二本先取制! まだよ、まだ終わらない……まだ勝敗が決したわけじゃないわ!」


 しかし――優劣は誰の目にも明らかだった。ボクシングで言えば渾身の右ストレートにクロスカウンターを合わせられたようなものだ。一撃ノックアウトは免れたが、精神的には最早立っていることすら覚束ない有様である。

 ハツミが体勢を整える間もなく、無情にも第二本目の試合が開始されてしまう。


 最初は グー!  じゃん けん 


「行くぜ、ハツミ……! 喰らえ、星をも砕く《王者》の一撃を!」

「キャァァァァァァァッ!」


 ポン!


 タカフミのグーが、咄嗟に出されたハツミのチョキを粉砕する。勝敗は決し、大歓声が教室中を満たした。



しょ、小学生……?

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