沈黙
1
その日の天気は、生憎の曇り空だった。重たく垂れこめる暗雲が空を覆い、雨が降るのも時間の問題だろうと思われた。
教室の窓から空を見上げていたタカフミは、視線を室内に戻した。手にしていたコッペパンを一口齧り、咀嚼しつつ周囲を見回し、ひとつ鼻を鳴らした。
「……ふん」
市立南石小学校の第二校舎。その三階の一角を占めるこの四年二組の教室は、給食の時間だというのに普段のような騒々しさが全くない。食器が立てる硬い音と、時折近くの者同士で囁き合うような声が聞こえるだけだ。隣のクラスの喧騒のほうがよっぽど大きく聞こえる。
二十四名の児童が共に学び、学校生活を送る教室としては異常なほどの静けさである。しかし、重たい空気に沈みきっているのかというとそうでもないのだ。
実のところ全くの逆ですらある。
少し互いの顔を伺えばそれは瞭然としていた。顔には期待が浮かんでいた。瞳には野望が渦巻いている。沈黙は立ち込める曇天のごときではなかった。湧き上がる熱気と興奮を押し隠し、それでも尚漏れ出す熱い気配が教室を満たしているのである。
タカフミを含めたここにいる二十三名は、朝のホームルームから予期していた瞬間が訪れるのを間近に感じ、息を殺し、今か今かと待ち望んでいるのだった。今教室に満ち満ちている沈黙は、開始線に並んだ一流の短距離走者たちが、スタートを告げる号砲を待ちわびる数瞬の間に抱く沈黙と同質のものだった。
闘いの熱を孕んだ、凝縮された意志の満ちる、濃厚な沈黙である。
近隣の者たち六名ごとに机を寄せ合い、班を作って給食を食べている 風景はいつもと何ら変わらないというのに――いや。
タカフミがちらりと視線を送った先に唯一の相違点があった。それこそが全ての元凶である。
つまり――その席には、誰も座っていなかったのだ。
その時、黒板の前の教卓で給食を食べていた春山チサト先生が、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、みんな」
気負いのない、いつも通りの彼女の声。しかし児童たちは誰もがその声に敏感に反応した。それこそが闘いの幕開けを告げる号砲と知っていたからだ。
「もうみんなわかっていると思うけど、今日は山田くんが風邪で休んだのよね」
山田くん――タカフミが先ほど視線を送った席の主。
「だから、プリンが一個余っているわよ」
その瞬間、児童たちの瞳がギラリと輝きを放つ。その輝きに躊躇いはない。迷いもない。さながら訓練された猟犬の如き眼光である。獲物は見定めた。あとは一直線に駆け抜けるだけである。先生がそんな殺気すら発している彼らをゆっくりと見回した。
「欲しい人たちでじゃんけんねーっ♪」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
歓声と怒号が――教室に満ち溢れた。
どうもはじめまして、作者の入江九夜鳥です。
ファイルを整理していたら昔の作品が出てきたので、多少の加筆修正を加えて投稿してみようと思いました。
これを書いていた時、自分でも「なんだこれw」とか思いながら執筆していた記憶があります。のちの自分の方向性を決めた作品でもあるので、中々思い入れがあるというかなんというか。
内容が内容なのでンな重たいことにはならんです。
が、願わくば最後まで読み終えた方が、
「なんだコレw」と思っていただければ幸いでございます。
よろしければ最後までお付き合いください。
それでは。