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僕のばいせこーは一味違う

作者: 山汰十字


 自転車は英知の塊だ。

 人間が同じ距離を同じ速度で、歩くのと自転車で進むのとでは、自転車で使うエネルギーは徒歩の五分の一と言われている。それぐらい、自転車はとても便利なものだ。

 シティサイクルというものも普及して、日本人なら多くの人が持っていることからも、自転車の便利さはわかる。



 けど、


「よっしゃあ! 野郎ども!! 準備はいいかあああああ!?」



『おおおおおおおお!』



「第一回……!」



『自転車、いろは坂を上りましょうレースッ!!』



 こんな事態を生むようならば、僕は要らない、と思う。いや、ほんとに。








 ゆるい校風。どこか抜けた感じのする雰囲気を醸し出す学校。

 そんな私立高校の宇奈月(うなづき)高等学校に、僕は通っている。


「おし! タカ、やっと終わったぜ!」


 放課後ということもあり、クラスの中は騒然としていた。

 そんな中トモキが僕の名前を呼ぶ。


「わかった。ちょっと待ってて」


 僕は返事をして、復習の為に教科書とノートをカバンに入れ、帰りの準備を急いで始めた。


「宿題なんかねえんだからいいんだよ」


 ひょい、と僕のカバンを取り上げるトモキ。

 僕は嘆息して、教科書類などを粗雑に机の中にしまい、歩きだした彼に小走りでついて行った。


「ところで、タカ」


「なに? クラス全員での脱衣麻雀はもうやんないよ?」


「……いや、それは勘弁してくれ」


 先日、トモキ主催で男女全員、クラス全員で脱衣麻雀をした。トモキの結果が散々だったので、良くからかいの種にされている。


「まさか、一回戦でトモキがいきなりパンツ一丁だもんね」


 その後トモキがふてくされて、脱衣麻雀は終わったのでそれ以外に被害者は出なかったのが良かったけれど。


「ま、麻雀なんかじゃなくて、新しいことを思いついたんだよ!」


「……何?」


 教卓に荷物を置いて、話を続ける。

 脱衣麻雀の件からわかるように、トモキが思いつくことは、ろくでもない。

 でも、それが毎回面白い。だから、クラス全員で、そのろくでもないことをするんだけど。


「自転車で俺とお前とコウと姫の四人でいろは坂でレースっていう」


「馬鹿!?」


 男である僕とコウ君どころか、女子であるカナ姫まで巻き込もうとするまさかの事態だった。

 辺りを見ると、クラスの人たちが、騒いでいた僕とトモキの会話に興味を持って、話を聞き始めていた。


「……いや、姫にはキツイ目にあってもらわないと、気が済まないんだ」


「まだ麻雀のこと根に持ってるんだ!?」


 カナ姫が麻雀で、トモキを最下位にした張本人なのだ。


「もちろん、ハンデはつけるぜ?」


 いろは坂。日本の中で有名な坂を、高校生で自転車レースとは、なにを考えているのだろう。


「それは当然だよ。でも、時間が合わなかったりとかは………」


「いや、こいつらなら問題ないだろ」


 群がるクラスメイト達に指を差しながら、トモキは言った。

 たしかに、と僕は納得してしまう。なんせ、このクラス……いや、学校はある意味腐っている。



 一学期に教師主催(・・・・)の武道会をした。あのころから、もう既にこの学校が異常だった、と気づかされた。


 気を操る者、パワードスーツを纏う者、杖を掲げてバ○クロスの叫びとともに風を操る者など。その武道会のおかげで、校庭にひびは割れて、爆音と轟音が交差して、辺りの住民からも避難殺到。

 ……日常が修行やら研究やら世界平和維持やらの人たちが、騒がしいトモキのイベントに参加しない程の予定はほとんどないのだ。


 周りを見ると、皆が皆、頷いていた。


「それでさ、トモキ! なにをしてもいいのか!?」


 クラスメイトの一人である炎を操る程度の能力|(自称)を持っている只野(ただの)君が、嬉しそうにトモキに話しかける。


「いや。クラスでチームを四つに分けて、各々が各々のリーダー……さっき言った四人だな、をゴールに導く自転車を作るのがお前らの仕事だ」


「……じゃあ、直接妨害はダメか」


「けど、自転車を自由に改造はいいんだぞ?」


『お……お、おおおお!!』


 辺りが熱気に包まれている。

 僕個人としては、大変面倒だ。……この人たちの改造、は生半可なものではない。


「お互いの妨害はどんぐらいまでいいの? それによって武装が変わるんだけど」


「ん? とりあえず死ななきゃいいよ。万一は死んでもいいだろう」


こんな会話をするほどだもん。

 僕は内心涙目で駄目元で訴える。


「断る権利は……」


『ないでしょ』


 …………。


 そこから諦めて、皆でいくつかルールを決めた。

 自転車に関して、お互いのチームは一切の干渉を許さない。

 リーダーは、臨機応変に楽しんでもらうため、当日まで自転車を見てもダメで、情報はスタートしてから知らされる。等々。




「それじゃあ、早速チーム分けだ! 皆、解散!!」










 なんと。本当にルール通り、自転車についてなにも聞かされないまま、レース当日を迎え、僕はいろは坂である国道120号に来ていた。

 そこで僕は自転車と渡されたものを見て、汗がだくだくと流した。



「ほら、恰好いいでしょ! タカ君!」



 改造を主任していたらしい科学部の(あかね)さんが、満面の笑みで話しかけてきた。


「…………この自転車って飛ぶんだあ」


 ……なんか、翼が生えてました。自転車の車輪の真ん中にある円筒状のハブに。前輪後輪共に二枚ずつ、計四枚。


「うん!!」



 否定してほしかった、と内心思ってしまう。

 なんかハンドルの真ん中のところに、レバーが二つついている。これで操作するのだろうか。

 そこで僕は一つの事に気付いた。


「あれ、エンジンがないけど?」


 なぜ、自転車……マウンテンバイクにこんな質問をするのか、全くの謎で遺憾だったけど、しょうがない。翼の動力源が気になる。とても気になる。


「え、いらないよ? リョウ君達の魔力で動かすの」


 茜さんがフレームについている、筒の形状をしている物を指さす。

 魔力、か。そういえばリョウ君、魔法使いだったな。……武道会は予選負けしてたけど。


「ああ、うん。頑張るよ、自転車レース」


 質問したい。これは自転車レースなの?


「いけえええ!! タカ! 負けんじゃねえよ!」


 僕が来たことに気付いたクラスメイトが何人か、僕に声援を送ってくれる。


「うん。任せてよー」


 何を任されたのだろう。妨害だろうか。そして、僕たちは国道で何をしだすのだろう。

 もう一度聞きたい。これは自転車レースなのでしょうか?


「おーし、準備できたみたいだな!」


 トモキの声が聞こえる。そちらを向くと、無駄に凝ってあるスタート位置を示すゲートが建てられてあった。

 僕は、そこへ向かった。


「リベンジきめろ、トモキ!」


「頑張ってね、カナちゃん!!」


 みんながそれぞれのリーダーに声援を送っている。


「お互い、頑張ろうぜ!!」


 トモキのガッツの利いた声。その声に、不思議とやる気が出た。

 それが、トモキの一番すごいところだ。……どこか、カリスマを持っている。


『お―――!!』


 皆で叫ぶ。

 そこで、僕はある事に気づいた。気づいてしまった。


「………………あれ、コウ君は?」


「……………………………………あ」



 そう。僕たちはすっかり、コウ君を忘れていた。考えれば、コウ君のチームもない。かなり初期から忘れていた。



「あー、遅れてごめん!! オレのチャリは?」


 すると、タイミング悪く、コウ君が走ってこちらに向かっていた。ここまで来ると、悪意のあるタイミングに感じられる。


「あれ? みんなどうしたの?」


 トモキは、どこかバツの悪そうな顔をして、コウ君用のマウンテンバイク(魔改造なし)を持っていき、彼の肩をポンポンと叩いて言った。


「……頑張ってくれ」


 なにも改造されていないコウ君はどこか悟ったのか、


「……空気だったもんなー、オレ!」


 事の発端である脱衣麻雀でも、上着を脱ぐだけ、というなんとも微妙な立ち位置だった彼。


 なんだか、僕は見ていて切なく感じた。……あれ、なんでトモキが自転車を持っているんだろう。


「健闘を祈るぜ……コウ、おまえならできる」


「ごめん! 対戦相手にそこまで哀れな者を見る目で見られると悲しいんだが!」


「コウ君、一緒に頑張ってゴールしようね」


「そんな羽生えている自転車持ってる奴が言う事じゃねえから!」


「さっさとコウちゃん、準備しなよ」


「姫はなんで労いの言葉すら掛けてくれないのおおおお!?」


 そうそう。姫、と呼ばれているカナ姫は、ある事がきっかけでクラスでそう呼ばれている。

 そのある事、というのも


「タカ! 変な回想しないで!! 俺に触れてよ!」


 ……。

 カナ姫は昔、


「ねええええええええ!!」


 …………。

 カナ―――新倉(にいくら) 加奈は、


「さっさと行くぞ、皆」


「そうだね、準備しよっか、トモキ」


「なんか、腑におちないなあ!?」


 僕は靴ひもを強く結びなおして、準備をする。


 僕の心の中で話題だったカナ姫は、やけに金属質の服に着ていた。……武道会の時に見たパワードスーツにすごい似ているけど、違うよね。そう、思いたい。

 カナ姫のハンデは自転車以外にも特別な改造をしていいらしい。それが、あの服なのだと思う。


「なんか、私だけ浮いていない……?」


 恥ずかしそうに自分の服を見るカナ姫。カナ姫以外は、全身ジャージ姿だったので、金属質なその服は、ただでさえ目立つ服装だった。その上、


「露出度高いなあ……」


 ポツリ、と誰かが漏らした声。その通りで、鎧の様な素材の服の割に、服に覆われていない箇所が広い。

 カナのチームの、榛原(はいばら)さんがその言葉に反応した。


「私がデザインしたの! やっぱり、お色気はあったほうが勝負は燃えるし!」


 カナ姫が恥ずかしそうに俯いた。その顔を覗き見た榛原さんが、このためにデザインしたのよね…………ああ、幸せ、と呟いていたけど、気にしない。

 この学校では、安易な事に首を突っ込まず、気にしない心を持つのが身のためなのだ。


 トモキは、カナのあいている胸元を見ながら近づいて行く。どこから見ても変態のそれだった。


「大丈夫だろ。姫さんには、そんな胸、ないだろ?」


 ドゴンッ!! 

 人間が発する音からかけ離れている音が聞こえた。コンクリートの地面に一つ半径三十センチほどのへこみが出来ていたのだ。

 嗚呼、お母さんお父さん。僕は、今から始まる自転車レースがとても不安です。


「ほ、ほら! カナ姫、さっさと始めよう?」


 トモキが可哀そうだったので、助け船を出した。これ以上は収集もつかなくなっちゃうだろうし。


「……………………………………………………そうね」


 長考! カナ姫がすごい惜しんでいる顔してる!



 四人で気を取り戻して、並びなおす。


「……勝てんのかなあ」


 すっかりやる気をなくしたコウ君が空を見ていた。

 そっとしておこう。気にしてはならない。








「第一回……!」



『自転車、いろは坂を上りましょうレースッ!!』



 こうして、僕たちの自転車レースは始まりを迎えた。

 うん。どうせやるなら楽しもう。…………そんなことを思っている自分に気づいて、この学校の生徒になっているなあ、と思う。


『スタート!!』



 その掛け声とともに、四人が一斉にペダルを踏む。

 まだ緩い坂道。といっても、カナはまるで電動自転車を漕ぐかの様に、すいすいと前に進んでいく。

 流石、パワードスーツと云ったところかな。あの調子なら、ゴールである山頂まですいすいと進んで行けそうだ。


「おーっと。カナ選手、速いです!」


 実況まである徹底ぶりは、僕はこのクラスを敬うべきかもしれない。絶対、敬わないけど。


「コウ選手も速い! さすが無駄が何もないだけある!」


「うっせええよ!!」



 最初の順位としては、一位から、カナ姫、コウ君、トモキ、僕だった。

 実況が皮肉めいているのは御愛嬌。


「おし、タカ君。早速、飛ぶよー?」


 頭にかぶっていたヘッドセットから、茜さんの声が聞こえる。


「……どうやって?」


 目の前に、レバーあるけど、それを握って、自転車に乗る事はできない。……坂道だから、飛ぶ前に倒れてしまう。


「まっかせてー!」


 そんな茜さんの声に、なにか嫌な思いが感じられた。

 その瞬間。


「……へ!?」


 翼がいきなり光だしたのだ。

 そして、まるで生きているかのように羽が羽ばたいた。


「それ!」


 通信越しで、茜さんの明るい声が聞こえた。楽しそうだった。


「……! タカ選手が空を舞った―! 飛んでいる、飛んでいるぞお!」


 そう。僕は飛んだ。自転車に乗って。


「すごい……!」


「そっからは、そのレバーで操作してねー。やり方は書いてあるから」


 空を飛んでいることに感動する。でも、これが自転車である意味は何だろう。

 自転車に乗って、下で坂をせっせと漕いでいる皆の姿を見る。……みんなが恨みの目線で僕を睨んできた気がする。怖い。


「……こっちのレバーで前後左右360°移動出来る。んで、こっちのレバーで上昇、下降……か」


 怖がってもしょうがないので、操作の仕方を覚える。


「あと、何も押さないと、その場で停滞だよ。コンピュータが自動で重心とか感知して調整するから安全面は安心してね!」


 僕はレバーを二つ操作しながら空を飛ぶ。

 速さは自転車よりちょっと遅いくらいだけど、いろは坂の曲がりに曲がった道をまっすぐ飛ぶのは、はやいし、何より気持ちが良い。


「タカ選手! 山頂までの距離は一気に一位に上がり出るぞ!!」


「くそっ。タカの奴め。覚悟!」


 そんな僕を見てか、後ろ下からトモキの声が聞こえる。様子を見ると、トモキが自転車を止めて、鬼気迫る顔をしていた。


「くらえええ!!」


 刹那、僕の髪が揺れた。

 見たのが正しければ、自転車についている、砲台らしきものから光が飛んできた。


「ふっ。いくらお前が空を飛んでいようが、光の速さには勝てん」


「な、なんでビーム!?」


 ルールでも死なない程度にだったはずだけど、これじゃ命が危ない!


「安心で安全設計のリリ○ルな○はさん由来の非殺傷設定だ」


「消される!」


 小説が。


 僕は、前に進むのをやめて、上下左右の動きでトモキの攻撃を何度も避ける。……避けれたのは運が良かったからだと思う。 


「おっと! 上手いぞ、タカ選手!! 華麗に避けているー!」


「ちっ。当たらねえ。こうなったら、ジェットエンジン、始動!!」


「!?」


 トモキの宣言の途端、後ろからエンジン特有の音が聞こえる。

 まさか、トモキも空を飛ぶのか。そういう自転車には見えなかったけれど……?


「いくぜええええ! いいやあああっほおおおおおおお!!」


 地面を走る音。……距離を縮めて、僕に攻撃を当てやすくさせる作戦!?

 僕は慌てて前進して、トモキとの距離を離すために前進した。



「あ。うわあああああああああああ!!」


 なにやら断末魔の様なのが聞こえる。あ。そうか。ここはいろは坂。くねくねとしているから、どんなにスピードを出しても、曲がれなければ意味はないんだ。


 その後、一瞬の打撃音とともに、トモキの声が消えた。木にでもぶつかったのだろうか。蘇生術師もクラスにいるし大丈夫かな。


 それより、僕は僕の真下(・・・・)で自転車を漕いでいるカナ姫が不思議でならない。普通は自転車を漕いでいて、ゴオオオオオオという音はならないし、自転車は上り坂で自動車並みの速さが出せる様な設計にはなっていないはずなんだけど。

 あ。またカーブのところでドリフトした。


「……わかったわ、ありがと」


 真下で、カナ姫が何かを呟いていた。通信で何を話しているのだろうか。


「……?」


 僕は、妨害が来ると感じた。一応止まって、迎撃態勢に入る。


「こう……かなっ!」


 予想外のことが起きた。カナ姫は、空を飛んで、僕の目の前まで来たのだ。


「なっ? じ、自転車関係なさすぎ!」


 カナ姫の着ているパワード・スーツから、推進力となるなにかのエネルギーが出ていた。

 自転車はただ持っている、という無駄な物になっている。


「ああ、なんでルール上持ってなきゃいけないのよ……。とりあえず、タカちゃんはリタイアさせてやる!」


 あくまで自転車レースの為に、自転車を手放してはいけない、というルールを決めていたのが幸いだった。……それでも、この状況はまずい。


「えー。お知らせです。トモキ選手、自転車を手放して三秒間経ったのを確認されたので、リタイアになります!」


 ということは、実質、僕とカナ姫の一対一ということだ。コウ君はまだ、序盤の坂で苦労している。がんばれ、サッカー部。


「三秒間? いいこと聞いたかも」


 ……もしかして。 僕は慌ててレバーを二回、小刻みに右に押し倒す。


「せえの、それ!!」


 案の定というか、僕の方へ自転車が飛んできた。

 僕は、横に素早く移動しそれを避ける。先程の様に小刻みにレバーを二回倒すと、速く移動が出来るのだ。……さっき気づいて良かった。


「まだまだよ! もう一回!」


 安心したのも束の間。いつ移動したのか、後ろからカナ姫の声が聞こえる。


「ッ!」


 咄嗟に後ろを向くと、もう目の前に、自転車が迫っていた。もう、避けれない。

 僕は、恐怖で目をつぶってしまう。


 痛みを我慢しようとして数秒程。時間が経っても、何も起きない。

 僕は、好奇心で恐る恐る目をあける。


「なによ……それ…………」


 カナ姫はそう呟いているように思った。僕の方なんか見向きもせず、横を向いて。


「おおっと! なんだあの人型の黒い物体はー!?」


 ハイテンションで叫ぶ、実況者。

 その化け物を一目見たけど、すぐに視線を戻した。ソイツなんかどうでもよかった。実況の声も耳に入っていなかった。


「カナ……姫?」 


 だって、目の前の女の子がとても怖がっていたから。


「タカちゃん…………。逃げよ、あいつ――」




 私の自転車を燃え散らしたの。




「……え」


 今にも泣きそうな顔で逃げを訴えるカナ姫。確かに、自転車らしきものは見当たらない。あれ(・・)は本物、か……? クラスの誰かが、作った演出じゃなくて?

 突然の恐怖の感情に思考が錯誤するなか、カナ姫が呟く。


「いくら、クラスの子だって、あんな危ないことするわけ無いよ」


 あれ(・・)を見る。人の影の様な姿のくせに禍々しく感じられる黒い姿。約7メートルほどある思われる巨体。


「悪魔……みたいだ」


 口からそう、言葉が出た。


「――悪魔とは、ちょっと違う、タカ君」


 突然、通信から否定の言葉が聞こえてきた。


「只野君?」


 その声の主は、自称炎を操ることができる只野君。どういうこと?


「あれは、魔王だ。俺が封印した、魔王」


 シリアスな場面なのに何言ってるんだろう、この人。


 カナ姫が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「……ちょっとなにいってるかわからないんだけど」


 カナ姫に気を遣い、小声で話す。


「――うん、とりあえず話はあとで! レースはいいからこっちに戻ってきて!」


 なにか説得力の感じられて、渋々それに了解して、カナ姫の様子を見る。

 ……目の前で、モノが消えさるのを見たら、怖いのだろうか。カナ姫はちょっと震えていた。


 僕は、事情のわかっていない無理やりカナ姫の手を引っ張って、自転車を羽ばたかせて、麓に向かった。


「え!? タカちゃん!?」


「今、通信があって……話はあとで! 行くよ!」









「おー、戻ってきたか。姫、タカ!」


 麓に戻ると、クラスのみんなが居た。


「コウだけは、連絡つかなくて居ないんだけど……」


 どうやら携帯にも通じなかったらしい。……大丈夫かな。

 突然、クラスの浅野(あさの)さんが声をあげる。


「これ……コウ君ですよね!?」


 パソコンのモニターを指さす、浅野さん。


「うわ! 本当だ」


 彼は、あの魔王(仮)に掴まれていて、魔王の指で逆さに吊らされていた。


 皆が唖然とし、一つのノートパソコンに集まって画面を熟視していた。



 そんな緊張の場をよそに、魔王は。



 コウ君をくすぐり始めた。




『…………は?』


 僕たちみんなが一斉に素っ頓狂な声をあげる。只野君が僕たちを見ながら、苦笑いした。


「あの魔王――アップグルントは、あまりに威厳がなさ過ぎて、魔王って感じがしないから封印してくれ、って言われて俺が封印した魔王の一人なんだ」


『…………は?』


「すごい力を持ってるけど、それを最初に主張して、自慢したら使わない。故意に生き物を殺さない、で有名なクウェイトアースの魔王の一角だよ、あいつ」


『…………は?』


 ということは、危険なところは何一つない、ということか。


「でも、あいつはまた封印しないと俺が怒られちまうから、手伝ってくれ」


「そ、それはいいけど本当に……本当に、安全なの?」


 カナ姫が慌てながら、尋ねる。


「それは保障するよ。あいつは生き物だと思ったものを何の目的もなく殺さない」


 その話を終えた瞬間、突然カナ姫が膝を折って突然地面に座り込んだ。


「? だ、大丈夫?」


「うん。ありがと、タカちゃん。安心しちゃって……」


 微笑みを浮かべるカナ姫。大丈夫そうだ。


「確かに、目の前であんなの見せられたら、しょうがないか」


 みんなの話曰く、火柱があの自転車を襲ったらしい。そして、その瞬間に溶けきって、焼失した。

 ……普通ならにわかには信じられないけど、この学校でそんな事態にも慣れた、ということだろう。


「このあとは、どうすればいいの? 只野君」


 モニターでコウ君を見ると、アップグルントの肩に乗せられ、いろは坂を順繰り走っていた。……さっきの禍々しいオーラはどこへ行ったのか、とてもほほえましい物に見えてきた。


「あいつが重傷を負えば、死なずとも魔界に戻る。……多分俺の存在を感知して、この世界に来ちまった。すまん」


「……それじゃあ、さっさとやっちゃいましょ?」


 腕をぶんぶんと振り。やる気を見せるカナ姫。


「私たちの戦力は少ないらしいし、タカちゃんも気を引き締めてね」


 ……え? どういうこと?

 僕が怪訝な表情でいると、トモキが説明した。


「おう。今戦えるのは、タカと姫の二人だけだ。他の奴らは今日は使えん」


「な、なんで!?」


「あいつに重傷させるのができんのは、空を飛ぶ奴ら。空飛ぶために必要な魔力は、その自転車につぎ込んだから、俺らにはない。……そして、その自転車に乗れんのは、タカ、お前だけだ」


 このマウンテンバイクは、僕以外が乗ると、体重とかその他もろもろの影響で墜落する。僕専用のマウンテンバイクだった。

 ……マウンテンバイクが墜落って何さ。


「パワードスーツも一つしかないしな。武器は、これだ」


 ひょい、と投げられる二本の筒。カナ姫も同様に二本渡されていた。


『……?』


 なんだろう、これ。どう使うのだろうか?

 白色のフォルムに少しの重量感。握った時に、人差し指のところにボタンのような一センチほどの出っ張りがあった。


「さっき、俺が使ったビームのサーベル版。略してビームサー」


『略さなくていい!』


 クラス皆の団結された声。それに、トモキが戸惑いながら続ける。


「……そうか? まあつまりだ。そのボタンを押してサーベルを出して、攻撃してくれってことだ」


「それはわかったけれど、僕はレバーで自転車を操縦しなければいけないよ……?」


「大丈夫!」


「茜さん。どういうこと?」


 茜さんは、人差し指を立てながら嬉々と説明し始めた。


「今、タカ君はヘッドセットを着けていますね。なんと、それには脳波感知機能があり、自分の意識で操れます!」


「なんで教えてくれなかったの!?」


「忘れてました」


 てへ、と頭を小突く茜さん。このクラスの人は、こういう具合に信用ならないんだ。



「グウウオオォォォアアアアアアアァァァ!!」


 魔王の雄たけびが聞こえる。


「……はあ。行こうか、カナ姫」


「うん! やる気出して! どうせなら……」


「楽しもう、だよね」



 こうして、自転車レースはいつの間にか魔王退治に変わっていた。

 そういえば、只野君の言うには、くすぐりは信頼の証らしい。なにがあったのかな。








 人間との戦いは、アップグルントは遊びにしか思っていない、と只野君が言っている。

 只野君本人も、封印の時戦ったらしいが、その時は、片足でけんけんされながら戦ったらしい。なんとも微笑ましい限りだ。

 そんな魔王との戦い。


 想像通り、想像の斜め上のことが起こっていた。



「いけ! お前ならあいつらに勝てる!」


「グウウオオオオオ!!」


 ……コウ君が、魔王の肩に座り乗って、僕たちを襲ってきているのだ。いろは坂の舗装された道路を走って、ジャンプして、火を吹いて。

 囚われの王子様と、魔王が一緒に勇者と戦っている、って状況はどういうことさ。


「ちょ、タカちゃん! 来てるよ!」


 カナ姫の声に反応して、アップグルンとの場所を確認した後に、意識する。

 ……右上に移動!


「……よし!」


 羽付き自転車は僕の考えを読み取って、移動してくれた。そしてなんとか飛んでくる火球を避けることができた。


「さすがタカちゃん!」


 カナ姫がそう叫ぶ。そして、攻撃を避けた僕の方を見ているアップグルントに対して突進する。


「よくも、私を怖がらせたわね!」


 その声とともに、サーベルを一振り。


「うわ!! ……あぶな!!」


 そのサーベルの先には、コウ君がいたけど、なんとか避けていた。コウ君を狙っている様に見えたのは、違うはず。……違うはず。


「こうなったら、ポチ! クロスファイア……」


 ポチ、とは魔王のことなのか。コウ君がカナ姫を指さして、何かを叫んでいる。


「シュート!」


 そして、魔王の口から吐かれた熱線がカナ姫を覆う。

 だけど、僕は心配をしていない。というより、




「コウちゃん」


 傷一つついていなくて笑顔。名前を呼ばれただけなのに、コウ君が顔色を青くして、あたふたとしている。


「タカちゃんはすこし待っててね?」


 カナ姫が、魔王をみて震えている姿が愛おしくなりました。あんな目で睨まれたらおちおち寝れない。頑張れ、コウ君。

 カナ姫はパワードスーツで最大限の推進力を得るため、エンジンを全開にする。


「……しょ、正気か!?」



 そういえば、先程からのコウ君の雰囲気と言動から察すると、レースの一件が本気で悲しかったらしい。

 そこで鬱憤を晴らせられるアップグルントを手に入れたコウ君は、こうして僕たちと戦っているのだ。


 そう。


 この事態は、コウ君を忘れた僕たちクラスの原因なのだ。魔王の出現は只野君しか関係ないと思うけれど。




「え。ポチ……これが終わったら、家に帰るのか?」


「グゥウ」


「なんだ? 封印されていたのか」


「ウウゥアア」


「はは、それはお前らしい原因だなあ!」


 ……なんか短い間柄だろうにすごい絆を感じられる。


「グウゥググウ」


「……え、あの只野がお前を? マジか……。威厳ないから封印って、愉快な世界だなあ」


 あれ。そういえば、コミュニケーションをとっているけど、本当に会話してるのこの二人。


「え!? お前の名前ポチじゃねえの!?」


 ……この会話を聞いていたら、なんだか戦意が喪失して――



「てりゃああああああああ!!!!」



 轟音。打撃音。それとも、摩擦音? とんでもない大きな音が、僕の耳を襲った。……って、ええええええええええ!!


「あんないい雰囲気の中に!」


 目の前には、サーベルを二本構えたカナ姫が立っていた。


「……ふう。おつかれ、タカちゃん」


 にっこり、と笑顔で僕の方を向く、カナ姫。

 

「空気を読もうよ!」


 魔王を見ると、腹を抑えながら、倒れていた。その魔王に必死で話しかけるコウ君。


「おまえ……もう、帰るのか?」


 だんだんと体が薄くなり、文字通り存在が希薄になっている魔王。


「グウウィウウ」


「そっか。短い間だったけど、俺も楽しかったぜ」


 この二人? を見ていると、まるで僕たちが悪役のように感じたけれど、それを言ってはいけない気がした。


「……私たちが悪いみたいな感じね」


「言わないでええ!」


 僕が思った同じ事をカナ姫が呟いていた。


「おう…………じゃあな。あっちでも、元気にな!」


「ワオーン!!」


 最後。犬の様な雄たけびと共に、魔王は消えた。

 そして、コウ君が僕の方に向いてきた。そして、眼が合う。コウ君は、口を開いた。


「……悲しいが、楽しかった。ありがとな。……それはそうと、レースはどうなったんだ?」


「ごめん! って……あ。みんなゴールできなかったしね。どうするんだろ」


「……もうやり直しはいやだよ」


「そう、だよね」


 よく見ると汗だくのコウ君を見ながら、答える。


 正直、こんな事態をどう収拾つけるのか、見当がつかな


「あの魔王! アップグルントを倒したカナ姫!! その功績を称えて、自転車レースは優勝です!!」


 実況者の叫びの声。それと共に、


『うおおおおおおおおおお!!!!』


 魔王が倒されてテンションがマックスなのだろう。みんながやけくそ気味に叫んでいるのが聞こえた。


「悪は必ず滅びるのよー!!」


 カナ姫の声は、台詞に似合わず、明るく無邪気な声で嬉しそうだった。



「……まあ、俺からすると、お前は巨悪なんだけどな」


「………………」








「さあて、明日こそ見返してやるぜ」


 帰りの際、トモキの言葉にクラスのみんなが呆れる。

 明日こそ、と言った。明日もまたトモキに振り回される。

 しょうもないが、楽しい行事。 明日は何をやらかすのだろうか。


 僕は不安で大変で……だけれど楽しい明日を想像していた。




 ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。個人的に最後まで楽しく書けて、とても好きな作品になりました。

 また、今回の様にちょくちょく短編書きたいと思っているので、良かったら見てやってください。

 ではでは。

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