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企業戦士の阿呆

作者: 森椰恭輔


「ご乗車ありがとうございました。間もなく、終点○○、○○です。降り口は右側です。○○より先、お乗換えのご案内をいたします……」

 電車のアナウンスが聞こえて、俺は眠りから覚めた。顔を上げて電光掲示板を見てみると、そこには終点駅の名前が表示されていた。それから俺の左腕についている腕時計を見ると、俺が電車に乗ってから四十分ほど経っていたことが分かった。

 電車に乗っていた時間を全部睡眠に費やしたおかげか、なんとなくだが体調が良くなった。俺は手を腰に当てて体を反らすと、体の関節が高い音を立て、力と一緒に体に溜まっていた老廃物が抜けていくような気がした。

 改めて周りを見渡すと、電車の中は人が満足に動けないくらい混雑していた。通勤ラッシュ時のためか、乗っている人の大体はサラリーマンのおっさんで、その中で学生が何人か混ざっていた。

 電車が止まり、扉が開くと一斉におっさんたちが駆け出して行った。その様はまるで一月に見られる福男選びで必死に走っている人たちのように見えた。多分、みんな座席という福が欲しいんだろうな。

「ご苦労なこった」

 俺はそれを尻目に次に乗り換える電車を目指した。


 階段を上り、ホームにある電光掲示板と腕時計を見比べて時間を確認すると、発車まで十分ほどあった。

 これから乗る電車は人数が多く、始発でも座れることはめったにない。何度か乗って俺はそれを経験し、座ることはとっくにあきらめている。立っているのは疲れるが座れないんだからしょうがない。

 電車に乗ってまず目についたのは、一つの空席を前に、二人のおっさんが向かい合っているところだった。

 喧嘩か? そう思った俺は巻き込まれないように、おっさんたちから少し離れた場所に立った。振り返って様子を見てみると、頭が禿げて太ったおっさんが口を開いた。

「あなたには申し訳ありませんが、この席を譲ってもらえませんかね。ここ最近、なかなか疲れが取れなくて参ってるんですよ」

 それを聞いた白髪で長身のおっさんが口を開いた。

「いやいや、この席は譲れませんな。私なんか連休を全て家族サービスに充てて疲れ切っているんですよ」

 聞いている限り、お互いに自分の疲れた自慢をし合っていて一向に席を譲らないようだ。いや、あんたらどっちか折れろよ。他の乗客も含め、俺たちはあほを見るかのようにあきれていた。

「こうなったら仕方ないですね。手っ取り早い方法で決着を付けますか」

「そうですな、初めからこうすればよかった」

 らちが明かないと分かりお互いにそう言うと、二人とも拳を前にして構えを取り始めた。その姿は対戦前の格闘ゲームのようで、喧嘩というよりもむしろ勝負という印象を受けた。そして絶対に気のせいだと思うが、二人のおっさんからはオーラが放たれているのが見えた。禿げたおっさんからは黄色いオーラが出ていて、それが段々と虎の姿に変わっていった。白髪のおっさんからは青いオーラが出ていて、それは龍の姿に変わってきた。二人のオーラから生まれた虎と龍はまるで咆哮が聞こえてくるかのように互いを威嚇し合っていた。

 ……俺、疲れているのかな。

「いくぞ!」

「かかってこい!」

 二人のおっさんは雄叫びを上げながらそれぞれ右手を振り上げて、そのまま下ろした。禿げのおっさんの手は拳のまま、白髪のおっさんの手は人差し指と中指が伸びていた。いわば、グーとチョキである。

「そんな……」

 自分が負けたと理解し、白髪のおっさんは体が崩れ、両手を地面につけてうなだれた。

「はっはっは、私の勝ちですな。それではこの席は私がいただきますよ」

 そう言って、禿げのおっさんが振り返り、空いていた席を見ると、そこにはすでに杖を持った白髪のおばあちゃんが座っていた。

「すみませんねぇ」

 おばあちゃんは申し訳なさそうに頭を軽く下げてそう言った。禿げのおっさんは大丈夫だと言ったが、声はしどろもどろで、姿はどう見てもうろたえていた。

 ここで発車前のメロディが鳴り始めた。腕時計を見ると、時刻は発車二分前になっていた。何だか時間を無駄にしたような気がする。

「お待たせいたしました。間もなく、八番線より、快速××行の電車が発車いたします。なお、お客様には乗車マナーにご協力いただきますよう、よろしくお願いいたします。○○駅を出ますと、次は……」

 この時、乗車マナーが強調されていたのは気のせいではないだろう。


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