バニラシェイクが溶けるころ
「俺、お前が思ってるよりロマンチストなんだぜ」
ファーストフードの店内で、バニラシェイクを握った手の小指を立てて、更には気持ちの悪いウインクまで付けてトオルは言った。
俺はコイツをロマンチストだと全く思ってない。つまり残念ながら0は0のままだ。せいぜい1程度。ちなみにタイタニックのレオナルド・ディカプリオ演じるジャックは150くらいで、ロミオとジュリエットのロミオは200くらい。
だがそれを口にすると、またいつものように話がとんでもない方向へと行ってしまうので止めた。実は今日、少しだけ真面目な話をしたいと思っていたからだ。
しかし、俺はトオルに呼び出されて此処に来た。向こうもどうやら話したいことがあるようだった。
ごくありふれた言葉で表すなら俺とトオルは、正に“類は友を呼ぶ”の全く典型的な例だ。俺はこういったあまりにも陳腐で、口にするのがやや恥ずかしい言葉は嫌いなので、恐らく向こうも嫌いだろう。ただやはり俺とトオルは似ている。
今、どんなに辛い状況に立たされているのか、という話が始まれば、必ず相談された側はふざけた返答をするので、まともなアドバイスを得るのはまず不可能だ。
俺も何度か神妙な面持ちを全面に押し出してトオルに相談したが、やはり返ってくるのはどれも的外れどころか、的を叩き割って、それをどこかへ投げ捨て、結局は弓も使わずに素手で矢を投げるような返答だった。
普通の人なら怒って二度と相談するものかと十戒の一つであるかの如く心に誓うだろう。だが、俺の場合は気付けば一緒になって素手で矢を投げている。
手持ちの矢が無くなって、更には落ちていた石まで投げ尽くすと、悩み事が何であっかすら思い出せ無くなっていた。その都度、俺はトオルに感謝している。
トオルには不思議な力があって、その不思議な力は、悩みなどどうでもいいものに変えてしまう。俺はそんな力が羨ましかったが、「お前と話してると、なんか色々どうでもよくなってくるな」とトオルに言われたときには、思わず吹き出してしまった。
トオルと俺が仲良くなった経緯を簡単に話そうと思う。
大学に入学して一週間が経った帰り道、ちょうど吉祥寺駅でJR中央線に乗り換えるところだった。
「ダビデ像は何故包茎か熱弁をふるっていたけど、あれは間違いだぜ」
電車を待つ列に並んでいると、突然後ろから話かけられた。
ダビデ像が云々という話は、その日講義室でたまたま隣にいた高校の同級生にした話だった。どんな流れでそんな話になったのかはわからない。ただ隣に座った同級生がつまらなそうに聞いていたのは知っている。
「あれはなミケランジェロの嫉妬だよ」
トオルはにやりと言った。俺もつられてにやりとした。そのやりとりだけで、互いに相性の良さを確信した。
という訳で、俺とトオルは大抵一緒にいる。
「目の前に泣いてる女の子がいたら思わず上着を貸しちゃうんだ」
そう言うと、ウインクしていた目を開け、小指を立てたままバニラシェイクを飲む。
「こんな暑い夏にか」
確か朝の天気予報によると、最高気温が40℃に迫る程だという。
「違うよ。ロマンチストは晩秋を好むんだ」
「へぇ」
「でさ」
トオルの声が小さくなり、テーブルの上で土下座をするように両手をつき、姿勢を低くして言った。
「その泣いていた女の子を車に乗せて夕陽の綺麗な海を見に行くんだ。そんでもって話を聞く。どうして泣いていたのかを。そして女の子の涙が止まって笑うと二人で浅瀬に行って波を蹴りあうんだ。しばらくすると夜が来る」
そこまで話すと息を大きく吸い込み、また一段と小さな声で言った。
「そしたら思いっきり女の子の顔を海に突っ込むんだ。もがくけど俺は力を入れ続ける。女の子が抵抗を止めて、打ち上げられた魚みたいにピクピクしても、しばらくは止めない」
俺はそこで去年の晩秋に起きた連続婦女溺死事件を思い出した。
「女の子を苦しみから解放するんだ」
話終わると、トオルはすっかり溶けたバニラシェイクを吸った。
いつもならトオルの話が終わると、間髪入れず話し始めるのだが、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
何度か痴呆のように口をパクパクしてやっと言葉をひねり出す。
「それ、俺もだよ」
一瞬の沈黙の後、俺とトオルは腹を抱えて大笑いした。やはり“類は友を呼ぶ”らしい。
実は、俺も今日、巷では連続婦女殴打殺人事件と呼ばれる事件について、俺のやったことを話そうと思っていたのだ。