白銀の剣姫は眼鏡令息の僕を構ってくる 〜僕の秘密と剣姫の初恋〜
長くサラサラとした白銀の髪を頭頂で一つに纏め、真っ白の騎士服を纏い、凛とした美しい姿勢で学園の廊下を歩く女性。
学園の三学年になった白銀の剣姫に卒業すれば会えなくなる。
白銀の剣姫が登校すると、一目見ようと彼女が歩く道には人の壁が出来上がる。
腰に差したレイピアのグリップにはペリドットの宝石が嵌め込まれている。
僕はレイピアに嵌め込まれたペリドットの宝石を見る度に頬に熱を持つ。
人の壁の影から、こっそり剣姫を覗いて今日もペリドットの宝石がある事に安堵する。
人の壁からはすぐに離れ、学園の裏手に回る。
僕の静かな生活は今日も剣姫に奪われてしまうのだから。
白銀の剣姫、アーシャ・ワーレン辺境伯令嬢。
国で知らない人はいないと言っても過言ではないほどに有名な令嬢。
東の辺境伯領は魔の森が隣接しているため、武に秀でた辺境伯として代々この国を護ってきた武の家門。
そして、アーシャ様は先祖返りの剣姫として小さな頃から魔の森へ討伐に出ていた。
学園に入る前にはSランクの魔物を単独討伐し、武神からの加護も授かった。
縁を結びたいと国内外から沢山の貴族や王族から釣書が届いている。
アーシャ嬢は王族であっても、縁談を全て断り続けていた。
好いた人でもいるのか?と、各家は密偵を放つも男性との関わりがない真っ白。
今は結婚に興味がないのだろう。
各家はそう結論付け、学園で関われればと息子達を焚き付けた。
アーシャ嬢は纏わりつく令息達を丁寧に断り距離を置き、侍らせるのは武に秀でた令嬢か文に優秀な令嬢のみ。
生徒達はいつか訪れる剣姫の恋物語を期待していた。
僕は学園に入学してからは、毎朝学園の裏手の薬草園に来ていた。
薬草を主な収入としている生家の為に、薬草学の専門がある学園に入学した。
一学年は僕しかいない。
研究室で専門に学べるのは二学年から。
一学年は薬草園の世話をし、午後から研究室での雑用をする。
薬草園の世話は一学年の担当。一人で薬草園を管理するのは大変だけれど、好きな事だから苦ではなかった。
改めまして。
僕の名前は エリオット・ジュナス。
ジュナス子爵家の三男。
三男でもあり子爵家なのもありで、継ぐ爵位がない。
学園を卒業すれば平民となる。その事に不満はない。
領地で薬草園を手掛け、領地収入の足しになるように学園で学んでいる。
僕の作る薬は効果が高く、少しだけ高く買い取って貰える。
冒険者ギルドや神殿が販売先なので安定した収入をジュナス家に送る事が出来た。
入学して数カ月が過ぎる頃、僕はいつものように薬草園の手入れをしていた。
「君!名前は?」
突然背後から声をかけられ、猫のように飛び上がってしまった。
後ろを見て驚いたのは言うまでもない。
声をかけてきたのは剣姫である、アーシャ様だったから。
僕は急いで制服の土をパンパンと叩き落とし、手を胸にあて礼をとった。
「エリオット・ジュナス。ジュナス子爵家の三男です」
名を聞かれたので名乗ったのだが、これで良かったのか不安だ。
高位貴族と縁がなく、薬草漬けの毎日。礼の所作が思い出せない。
「ジュナス殿ね。私はアーシャ・ワーレン。ワーレン辺境伯の娘よ」
(有名だから知っていますよ?)
「白銀の剣姫様は有名ですから」
僕がそう伝えると、寂しそうに微笑んだ。
「ジュナス殿は薬草学のために学園に?」
「はい。ジュナス家は薬草を主に育てています。田舎なのもありますが、良い薬草を育てる事が出来ます。領民や民の助けになれればと、知識を深めるために学園に入りました」
「小さな頃から薬草学を?」
「物心ついた時には既に薬草を触っていたそうですから、小さな頃からですね」
僕は失礼になるけれど、薬草の世話をしながらアーシャ様と話を続けた。
薬を作っているのかと尋ねられた時にはドキッとした。
誰にもバレてはいないはず。
僕は一種類だけ特別な軟膏を作っている。
なぜバレないかって?それは、販売はせず贈り物として唯一の人にだけ贈っていたから。
「薬は作って販売しています。冒険者ギルドと神殿です」
唯一の話はしない。
「そうですか……」
アーシャ様は僕の手をじーっと見つめる。僕が首を傾げると、視線を外し薬草園から出て行った。
「明日も来ます」
そう言っていたけれど、僕は気に留めず薬草の世話を続け午後から研究室へと向かった。
アーシャ様は次の日宣言通りに来た。
早朝から僕は薬草園で世話をしている。
(僕、時間を言ったっけ?)
疑問が浮かぶが、会話の中で伝えたのかもしれないと思った。
毎日アーシャ様は早朝から僕と薬草の世話をする。
最初は反論出来る限りお世話を断った。
でも、拙い僕の意見は次々と論破されてしまう。
なので、最終手段として身分を出してみた。
高貴なお方が土いじりをするのはなぜかを尋ねてみた。
「辺境伯領は薬を大量に消費するでしょう?それは仕方ないのだけど、薬を作る過程を知る事も次期当主として勉強の一つじゃないかと思ったの」
アーシャ様はやっぱり良い人だ……。
「勉強のためなら仕方ないですね。でも、無理はなさらないで下さい」
僕は許可するしかなかった。
可愛い笑顔を返されたらドキドキしてしまう。
(眼鏡をかけてて良かったよー)
真っ赤な顔を分厚い大きな眼鏡が隠してくれる。初めて眼鏡に感謝した。
アーシャ様との朝の薬草園でのお世話はずっと続いた。
討伐の依頼がある日以外、毎日一緒。
僕は勘違いをしない。
アーシャ様は辺境伯領のために側にいるのであり、僕をどうとか思ってはいない。
身分も容姿も不釣り合いなのを、僕はきちんと理解している。
そんなある日、薬草の一部が枯れ始めた。
辺りを見回し人気が無いのを確認すると、薬草にゆっくりと魔力を注いだ。
「元気になってね」
声をかけながら薬草に魔力を注いでいると、いきなり背後から抱きつかれた。
しまった!と、僕は魔力を消した。
背後から抱きつかれた人物の白銀の髪が僕の胸元に垂れた。
「やっぱり……やっぱりエリオットだった」
涙声のアーシャ様が僕を抱きしめている。
え?抱きしめている?
僕は慌てて逃げようとジタバタするが、アーシャ様の力には勝てなかった……。
(情けないけれど、相手は剣姫なのだから僕では無理)
すすり泣くアーシャ様に対して、僕は黙ったままされるがままにじっとしていた。
アーシャ様が腕を離し、ハンカチで涙を拭っていた。
「あの……やっぱりって、どういう事ですか?」
気になったので聞いてみる事にした。
アーシャ様は騎士服のポッケから小さな瓶に入った軟膏を僕に見せた。
「これ、エリオットが作ってる軟膏よね?」
(バレた……なぜ?もしかして、魔力が関係あるとか?)
僕の顔は真っ青だろう。
ずっと秘密にしていた薬が本人に知られてしまった。
僕は急いで逃げなければと、後ろに一歩足を下げた。
アーシャ様が逃げる事を許すはずもなく。
一歩だけ足を動かしただけで、逃亡は終わりを告げた。
アーシャ様に手を取られ、薬草園から連れ出される。
学園の裏手から男性と手を繋いで現れたアーシャ様に、生徒達は驚愕の眼差しで見てきた。
(仕方ないよね。眼鏡をかけたチビで格好悪い僕と手を繋いでいたら驚くよね)
今日も眼鏡があった事に感謝した。
令息達からの鋭い視線に気が付かない振りが出来たから。
アーシャ様と手を繋いでいる現実を放棄しながら、そんな事を考えていた。
学園の二階の一番奥のエリア。
特別室に僕は連れ込まれた。
ソファーに座らされ、隣にアーシャ様が腰を下ろした。
(近いっ!離れなきゃ!)
僕が少しずれると、アーシャ様もずれる。
ジリジリ逃げていると、肘掛けにぶつかりまたしても逃亡失敗。
「あの……アーシャ様?」
「ん?」
アーシャ様が極上の笑みでコテンと首を傾げた。
(可愛い!じゃないっ。理由!理由を聞かなきゃ)
「どういう事か説明していただけますか?」
アーシャ様は僕の手を握り、嬉しそうに撫でている。
視線をあげ、僕の眼鏡を見つめた。
アーシャ様が眼鏡越しに話をしてくれた。
「10歳の頃の討伐で私は左腕に深い傷が出来たの。両親が薬草に長けた家門を呼び寄せ私の薬を作って欲しいと依頼をしたわ。後日、届いた薬を使うとある軟膏だけが傷を綺麗に治してくれた。それが、エリオットに見せた軟膏よ」
話しながらアーシャ様は僕の眼鏡に手をかけて外した。
僕は動けずにアーシャ様を見つめながらされるがままになる。
「やっぱりあの子だった」
僕の素顔を見て、アーシャ様はポロリと一粒の雫を落とした。
「10歳のあの日、私の傷だけでなく心を気遣ってくれた貴方が気になっていました。初めてのAランクの魔物討伐。怪我の痛みよりも、私は恐怖心で傷付いた心の方が痛かったのだと知りました。貴方はあの時私に魔力で癒しを与えてくれました。私はそのまま眠ってしまい、気が付いたら貴方は帰っていたの。
両親に貴方の事を聞いても教えて貰えなかった。でも、軟膏が届いた時に私は貴方に初恋を抱いたの」
(恥ずかしそうにアーシャ様が気持ちを伝えてくれるけれど、それ以上に恥ずかしく顔を真っ赤にする僕はどうすれば良いのだろうか……)
「僕の能力は魔力を薬に込めて作ると、効果がとても高くなります。父以外に秘密なんです。この能力が知られれば兄を出し抜いて当主になってしまう。僕は当主には向いていません。薬草を触る方が好きですから。
父に相談し、眼鏡をかけるようになりました。僕は瞳に紋があります。薬神の加護だと父から教えてもらいました。だから、診察以外では眼鏡をかけて瞳を隠しています」
アーシャ様は僕のペリドットの瞳を覗き込むと、「綺麗な瞳に美しい紋ね」
そう言ってくれた。
「あ、ありがとうございます……アーシャ様の方がもっと綺麗ですよ?」
僕がそう伝えると、アーシャ様のお顔が真っ赤になった。
顔をバッと逸らし、両手で顔を覆った。
「アーシャ様。僕はこれからも貴女様に特別なお薬を贈ります。秘密がバレたからと作る事を拒否しませんから、安心して下さい」
僕は魔力を込めた軟膏が届かなくなる不安を抱える必要はないからと、笑顔で伝えた。
アーシャ様の表情が一瞬曇った気がしたけれど、気の所為のようだ。
「では、失礼します」
僕は眼鏡をかけ、特別室を後にした。
授業が始まり、学園の廊下には人の気配はない。
(きっと騒ぎになるから、今日は帰ろう)
初めて僕は授業をサボった。
翌日からアーシャ様は薬草園には来なくなった。
「薬を確保出来たから、安心したのかな」
呑気に薬草のお世話をしていると、数人の高位貴族が薬草園にやってきた。
「突然申し訳ない。君は昨日アーシャ嬢と手を繋いでいただろうか」
この方を知っている。公爵家のリチャード様だ。
「はい。薬草についてお話しました。辺境伯領は薬の消費が多いので、ワーレン辺境伯令嬢も学びたいと私の元に勉強のために来られました」
僕がそう説明すると、リチャード様の後ろから僕を見下す言葉が聞こえた。
「子爵家の三男ですよ?薬草ばかり触っている令息に、アーシャ嬢が興味を持つわけありたせんから」
リチャード様は僕を値踏みしたのか、軽く頷き「失礼した」と、去っていった。
「なんだか気分悪い……」
(アーシャ様と不釣り合いなのは自覚しているよ!放って置いて欲しいよ)
それから暫く、毎日誰かしらが訪れ同じ質問に同じ侮辱の言葉を言って去って行く。
もうすぐ二学年になる。
長期休暇は帰らず、隣国に薬草を探しに行く事にした。
一学年の長期休暇も実家には連絡せず、薬草探しに行っていたので今回も同じように薬草探しの旅に出かけた。
薬草探しは有意義な結果となった。
欲しかった薬草を幾つか採取し持ちかえることが出来た。
夢中になり過ぎて長居してしまい、二学年に進級したのに二日遅れで登校した。
薬草園に向かうと、人影が見えた。
「アーシャ様?」
久し振りだなぁー。と、遠くから眺めていると、僕の気配を感じたのか視線が合った瞬間に飛んできた。
いや、本当に飛んだんだ!地を蹴り空高く跳んだと思ったら、目の前に綺麗に着地すると僕を思い切り抱きしめた。
「学園に来ないから……心配したわ。子爵家にも手紙の返事がないから……」
アーシャ様は僕の髪に顔を埋め、また泣いていた。
身長の低い僕はアーシャ様の胸に顔を埋められている。
(とても柔らかい。って…ゴホン…恥ずかしいんですがっ!)
ジタバタ暴れても、アーシャ様からは逃げられないのは知っている。
僕より背の高いアーシャ様。
僕より身分の高いアーシャ様。
今だけは、僕の……。
邪な考えを捨て、アーシャ様にどうしたのか尋ねた。
「子爵家からの手紙を見ていませんか?」
アーシャ様の問いかけに、手紙……?
と、思い出した。
旅から帰って来たら手紙が沢山届いていた。
でも、時間がなかったから無視して学園に来たんだ。
そうアーシャ様に告げると、不安な表情をされた。
「逃げ出したわけではないの?」
「逃げる?何からですか?」
真剣に考えても逃げる理由がないので、首を傾げた。
「説明するので、行きましょう」
と、前回と同じように手を繋いで連行された。
生徒達の視線も前回と同じ。
同じ部屋に通され、同じように隣に座る。
「ワーレン辺境伯家から正式にジュナス子爵家へ釣書を送ったの。貴方の秘密を聞いたあの日、そのまま私は辺境伯領まで帰ったの……」
アーシャ様の話によると。
僕を見付けたあの日、両親にジュナス子爵家との婚約をお願いするために辺境伯領まで馬を飛ばした。
帰って僕の話をすると、すぐに婚約の釣書をジュナス子爵家へと送ってくれた。
事前に準備されていたようで、アーシャ様は驚いたそうだ。
「アーシャがエリオット君を想っていた事は知っていた。ただ、彼は子爵家だ。彼の秘密を私は知っていた。子爵家から薬を作って貰った時に説明を受けたからね。
エリオット君は静かに生きる事が希望だからと、私は軟膏の作り手を教えなかった。
アーシャが自ら探し、見付けた時に動けるように準備はしておいた」
辺境伯様はアーシャ様と僕のために、ずっと見守ってくれていたようだ。
ジュナス子爵家は正式に届いた釣書を確認し、エリオットに手紙で領地に帰って来るように伝えた。
「僕が隣国に行ったので、婚約が嫌で逃げ出したと思われたのですね」
僕が淡々と告げると、悲しそうにアーシャ様が頷いた。
「僕は子爵家の三男です。平民になるつもりでいましたし、辺境伯に婿入りは無理だと思います。それに、高位貴族の令息達も黙って身を引くとは思わないので」
やっと静かになりつつある日常がまた騒がしくなり、嫌な毎日になるのは正直嫌だ。
アーシャ様は高位貴族と婚約された方が良いと思う。
僕との婚約は不釣り合いを理由に婚約を断ると、アーシャ様はボロボロと泣き始めた。
「あっ!泣かないでっ」
僕は慌ててハンカチを探そうとすると、ソファーに押し倒された。
アーシャ様は僕の胸に顔を埋め、首を振りながら泣いている。
「いやっ!婚約して下さいっ!」
顔を上げたアーシャ様は涙を流しながら、僕に求愛してくれた。
「エリオットが好きなの……他の人はいらないっ」
綺麗な碧い瞳に僕の眼鏡が映り込む。
アーシャ様が眼鏡に手をかけ外すのが見える。
「10歳のあの時からずっと探してきたのです。離しませんから」
泣きながら強気な言葉を口にするアーシャ様は凛とした姿はなく、ただ可愛らしい少女だった。
「僕で本当に良いのですか?」
「で、ではありません。エリオットが、良いの」
アーシャ様の顔が僕の顔に近付き、唇に軽く触れるだけの口付けを落とした。
「なっ!えっ!?」
真っ赤になり挙動不審な僕を見て、アーシャ様は嬉しそうに微笑んだ。
(その微笑みは反則です!)
更に真っ赤になる僕の頬をアーシャ様はスルリと撫でた。
「婚約は成立でよろしいですか?」
涙の滲む瞳を僕に向け、蕩けそうな甘い笑みを浮かべ問いかけられた。
「は。はい……宜しくお願いします」
アーシャ様は僕の胸に顔を埋め、また涙を流した。
僕は震える手を伸ばし、アーシャ様の白銀の髪を優しく撫でた。
何度も撫でてアーシャ様を慰めた。
(アーシャ様。僕の初恋はアーシャ様なんですよ)
いつか言葉に出来るといいな。
そう思いながら、二人で暫く体を寄せ合った。
アーシャ様に手を引かれ特別室を出ると、一般の通路には沢山の人集りが出来ていた。
「アーシャ嬢!その子爵令息と部屋に二人きりなど、よからぬ噂になりますよ。辺境伯家の醜態となっては一大事です」
リチャード公爵令息がアーシャ様へと声をかけた。
アーシャ様はキョトンとし、僕を見た。
「エリオットは私の婚約者となります。醜態にはなりませんよ?」
アーシャの言葉を聞いた女性が数人、人集りから慌ててて出て来た。
「アーシャ様!ようやくですか?」
アーシャ様は真っ赤になり、コクリと頷いた。
女性達はアーシャ様の側にいつもいる令嬢達。
「お相手を私達は知りませんでしたが、初恋の方を探していると知り応援しておりましたのよ!」
令嬢達はアーシャ様の幸せそうな表情に安堵し、祝福の言葉をかけていた。
「アーシャ嬢!剣姫であり武神の加護持ちの貴女様に、たかが子爵家の三男が婚約者など誰も認めない!」
アーシャ様の婚約者として身分も年齢も能力も、一番相応しいと言われていたリチャードが声を荒げた。
アーシャ様は僕の手を引き寄せ、アーシャ様の前に立たせた。
僕の両肩にアーシャ様は後ろから手を置いた。
(うん。僕って小さいね。本当)
アーシャ様は後ろから僕の眼鏡に手をかけ、ゆっくりと外した。
突然の事に遮るのが遅れ、眼鏡が外されてしまった。
生徒達のざわめきが大きくなる。
瞳の紋は至近距離でしか見えない。騒ぐ理由は僕の顔。
「嘘でしょう?可愛すぎ!」
女子生徒の黄色い声に、僕は真っ赤になった。
そう、僕の顔は「美少年」その言葉がピッタリ。
幼い顔立ちであり、可愛らしい容姿の僕は自分の顔が苦手だ。
僕も男だから、可愛いはショックを受ける。
アーシャ様が僕の顔に眼鏡をかけてくれた。
「顔だけではありません。エリオットは自分の知識で薬草から薬を作り、民達を救いたいと学んでいます。
それに、私に長い年月名前を名乗らず薬を贈ってくれていたのです。
エリオットの為人を私は好いていますから」
真剣な表情で僕への愛を語るアーシャ様は女神のようだ。
僕はおろおろするしか出来ない。
悔しいけれど、子爵家三男。貴族として学ぶ事より薬草を選んだ結果だった。
正式に婚約が整う前に、学園では女子生徒達公認の婚約者となった。
アーシャ様を慕う令嬢達が数人薬草学科に編入して来た。
彼女達はアーシャ様との繋がりを求めていると思っていたけれど、きちんと騎士や冒険者の役に立つ事をしたいと、薬草学科を選んでくれていた。
疑った事を申し訳なく思い、二学年になってからも編入したての女子生徒達の薬草園のお世話を手伝っていた。
「エリオットは二学年でしょう?世話はしなくて良いのでは?」
アーシャ様の少し拗ねた言葉に不思議に思ったけれど。
「編入したての彼女達は薬草の事を知りません。僕が勝手にお手伝いしているだけです」
僕がそう告げると、「そうよね……」と、肩を落とし、とぼとぼと薬草園から出て行こうとする。
「エリオット様、アーシャ様は嫉妬しているのではないのですか?毎朝私達といるのです。アーシャ様はきっと心配なんです」
小声で教えてもらい、僕はアーシャ様を急いで追いかけた。
アーシャ様に気遣いが出来なかった事を謝り、手を繋いで薬草園に戻る。
次の日からは、アーシャ様も朝のお世話を一緒にする事になった。
二学年は女子生徒に守られ、令息達からの攻撃を回避出来た。
それに、アーシャ様自身の行動が次々と令息を諦めさせているからだ。
昼食は食堂でアーシャ様や側にいる令嬢達と一緒にとる。
僕の世話を甲斐甲斐しくするアーシャ様を見ては、令息達は苦い顔をして去って行く。
僕はアーシャ様のされるがままだけれど、内心かなり嬉しい。
三男だからか、放置される事が多くて誰かに献身的にお世話をされた記憶がない。
決して家族から疎まれていたわけではない。ちゃんと愛されている。
男兄弟が多いと段々と適当になるらしいから。
アーシャ様との婚約が正式に発表される事になった。
夏の夜会でワーレン辺境伯家とジュナス子爵家の婚約が公表される。
アーシャ様は白銀の剣姫。
王家も祝いたいと、夏の夜会での発表となった。
今日は夏の夜会。
僕の邸にアーシャ様が迎えに来てくれる。
本来ならば男性が迎えに行くのだけれど、経済格差の問題で子爵家では辺境伯家を超える馬車を用意出来ない。
つくづく考える。
男女逆転していないだろうか?と。
男女逆転している不思議な関係だけれど、学園ではそんな僕とアーシャ様を見るのが幸せだと観察しているらしい。
アーシャ様は身体のラインが強調された綺麗な銀のドレスを着ていた。
髪はハーフアップで、学園で見る姿と違い女性らしく素敵だ。
胸元は少し開き、僕の瞳の色のペリドットの大きな宝石が輝いている。
「き、綺麗です。アーシャ様」
上手く褒められない自分が情けないけれど、精一杯言葉に気持ちを込めた。
「ありがとうございます。エリオット様。貴方も素敵です。それに、貴方の温かな魔力が溢れていますわ。私はエリオット様に愛されいるのを感じられ、とても幸せです」
(アーシャ様に勝てる気がしない)
僕はアーシャ様をエスコートして、初めての夜会に参加する。
会場はアーシャ様の婚約者である僕を見るために、例年より多くの貴族が顔を出していた。
僕の震える手に気が付いたのか、アーシャ様がキュッと握りしめてくれた。
(頑張れ!俺!)
震える体を叱咤し、背筋を伸ばしアーシャ様を陛下の目前までエスコートした。
陛下から婚約を祝福する言葉を頂いた時には、気を失うくらい緊張した。
それからアーシャ様と二曲踊った。
婚約者だから二曲踊って欲しいとお願いするアーシャ様は、乙女のようで可愛らしかった。
ダンスを終え、飲み物を取りに行くとリチャード公爵令息に絡まれた。
学園では女子生徒達の盾があり、僕にもアーシャ様にも接触出来ない。
「アーシャ嬢、今ならまだ間に合う。貴女様に相応しいのは公爵令息である私です。子爵家の三男で子供のような男ではないのです」
不躾な言葉に、アーシャ様の表情が変わった。
「リチャード様、貴方が公爵令息である事に感謝する事ね。今の言葉は私への不敬であり、婚約者であるエリオット様を貶める言葉。私の剣で切り捨てれても仕方ないのよ」
美人の怒った無表情の顔は恐ろしい。
周りの貴族達もアーシャ様の怒りの表情に青褪めている。
「なっ!そんな何も持たない男のどこが良いと言うのですか!」
リチャード公爵令息はアーシャ様に強めの口調で問いかけた。
「学園でも言いましたよね?エリオット様の内面の素晴らしさを。それに、エリオット様は薬神の加護持ちです。武で傷付いた武神の加護持ちが、薬神の加護持ちに癒される。素敵な関係ではありませんか?」
加護持ちの言葉に、エリオットへと視線が集まる。
「幼少から薬神の加護を使い薬を作って来ました。冒険者ギルドや神殿にジュナス子爵家が販売している薬は、ほとんどが私が作った薬です」
会場は騒がしくなった。
確かにジュナス子爵家が販売する薬は効き目が高いから。
薬神の加護持ちと聞き、納得する者は多い。
リチャード公爵令息はそれ以上何も言えず、踵を返しその場から立ち去った。
アーシャ様との婚約発表も小さな騒ぎは起きたけれど、夜会は無事に終わりを告げた。
学園を歩くアーシャ様にエリオットから声をかける事はない。
隠れてアーシャ様を覗いている事は、周知の事実。
気が付かれていないと思っているのは、エリオットだけ。
アーシャもエリオットの行動には気が付いている。
でも無理に声をかける必要はないとも思っている。
エリオットが隠れていようと、アーシャに視線を向けてくれるだけで、それだけで幸せな気持ちになれるのだから。
温かな魔力を人集りの奥から感じるだけで、幸せなのだから。
レイピアに嵌め込まれたペリドットの宝石は、夏の夜会で着けていたネックレスの宝石。
エリオット様がこの宝石を買うために、新薬を開発して、そのお金を私へ贈る宝石に使った事を私は嬉しく思う。
アーシャはレイピアの宝石を撫でながら学園の裏手へと歩いて行く。
先に薬草園に向かった大好きな婚約者であるエリオットに会うために。
エリオットが盗み見している事は、学園を卒業するまで気が付かない振りをする事に決めた。




