第2話:妹のステラと駄兄
昔のステラは兄上と俺を慕ってくれていたが、二年前くらいから今の様に駄兄と呼ぶようになった。
今年で五歳になるステラだが、母上やジオの前では猫を被り、俺や父上の前では本性を表す。
まあそこがまた可愛いのだが、出来ればステラには良い子に育って欲しかった……。
「はい駄兄ですよーっと。母上に言われたから来たけど、今日の教科は?」
「……なんでこんななのに頭が良いのよ……歴史と算数よ」
ジト目で睨んでくるが、俺だって元は頭が良い訳ではない。
この身体が優秀なのと、手に入れた記憶のおかげだ。
スラム育ちだった俺はまともな教育なんて受けられるはずも無く、生きる方法と戦う方法だけは自信があるが、それ以外はダメダメだった。
一応記憶力にはそこそこ自信があったが、勉強の仕方なんて知らないし、傭兵にマナーとか豚に真珠と一緒みたいなものだ。
しかし異世界とは言え、手に入れた記憶には所謂一般常識と呼べるものや、勉強やサブカルチャー? 的な物があったので、勉強で苦労する事は無かった。
まだ昔の様に戦うことは出来ないが、別に戦える様になる必要も無いので、程々に頑張っている。
勿論こっそりとだが。
「歴史だと……今位ならランマルティア王国の聖女の生誕辺りか?」
「そうよ。あの魔王ロストワーカーを倒した英雄の一人のね」
少女であれば 聖女に憧れるのは分かるが、どうか昔のおれを魔王と呼ぶのは止めてほしい。
何故だか知らないが、死んだ俺は魔王と呼ばれており、それはもう悪役として名が広がっている。
魔法の王ならば良いが、この魔王は世界に仇なす者って意味だ。
一傭兵に御大層な二つ名だと思うが、どこの馬鹿が考えたのやら……。
妹に魔王呼ばわりされて悲しい。
そんな前世はさておき、ステラを椅子に座らせ、教科書と紙を用意させる。
「聖女と呼ばれたのはロストワーカーの討伐に貢献したからだが、どの様に貢献したか分かるか?」
「卓越した回復魔法で仲間を回復させてたんでしょ? それ位知ってるわ」
「当ってはいるが、それだと八十点だな」
聖女……俺としてはアイテールって名前の方がしっくりくるが、今ステラが見ている教科書に書いてある内容の奴ではない。
教科書には慈悲深く、回復魔法にて戦線を支えたと書かれているが、あいつが得意なのは補助魔法と拳による近接戦だ。
後衛に居る時間より前衛に居る時間の方が長かった気がする。
「何でよ! 教科書にはそうとしか書かれていないわ!」
「教科書を鵜呑みにするな。図書館にある年代記とかも読んでおけ」
普通のテストとかでならばおそらく正解となるが、場合によっては満点とはならないだろう。
十点配点での七点位になる。
「年代記って……あんなつまらないのを読むわけないじゃない」
「暇つぶしには丁度良いぞ。さて、正確には聖女は回復魔法よりも補助魔法と近接戦での貢献度が高かったらしい。なんで教科書ではそう書かれているかだが、最後の四人となった時に回復役が聖女しか残っておらず、回復役に徹したらしい」
戦いの基本は補給線や後衛を先に潰す事だが、聖女は流石に倒すことは出来ず、最後も隙を突いて殺そうとしたが、防がれてしまった。
あれだけ硬いと他を相手にしながら戦うのは厳しかった。
しかも俺と戦った時が確か二十歳位だったので、今も現役ってのが怖い。
いや、味方ならば頼もしいのだが、最後の印象が強すぎて苦手意識を持ってしまっている。
「……それって本当なの?」
「本の事だから分からないが、似たような事が他にも書かれていたから合っているはずだ。教科書に書かれていないのは教会の印象操作もあるのだろうな」
「……つまり、本当かどうかは分からないってこと?」
「そうだな。俺のも本の知識だけだし、絶対とは言えないな。だけど、父上に確認してあるからほぼ合っているよ」
「そう……」
本だけと言ったが、戦った本人なので絶対に合っている。
こんな田舎では流石に情報が殆ど流れて来ないが、世間的に聖女は清楚で優しい人となっているらしい。
因みに前の俺の趣味は酒だったが、今は読書だ。
騙されて殺されたのもあるが、やはり生きていく上で知識は重要だ。
あって困る事は無く、嘘を見抜く上で重要となる。
知らないから騙される。分からないから違う判断をする。
騙された俺が悪いので復讐なんて陳腐な事はしないが、その分勉強には力を入れている。
まあ大体の本は一度読めば理解できるし、異世界の記憶もあるので、結構楽なのだがな。
「聖女は魔王討伐後、その功績が認められ、二つ名ではなく称号として聖女の名を貰う事になった。それ以降は各国を回っている。さて、何のために回っているのか……分かるか?」
「教会やギルドの慰問や視察でしょ? これ以外にあるの?」
「合ってるからそう拗ねるな。過去は本に書かれていても今を知る方法は無いから、国の発表が正解だ」
新聞や電話なんてものがこの世界にもあれば良いのだが、無いせいで聖女がなんのために出たのかはこんな田舎では分からない。
だがあいつの性格的に、公表されている慰問や視察なんて事は無いだろう。
無駄なことを考えても疲れるだけだし、気にしなくて良いだろう。
「次は……聖女と呼ばれる前は、なんて呼ばれていたか分かるか?」
「……教科書に載ってないけど?」
「俺と違い学園に行くなら、知っておいた方が良い知識だ。大抵のテストは模範解答をするより、少し付け加えておいた方が有利だからな」
学園とは貴族として一種のステータスとなっているが、残念ながら俺は行く気はない。
面倒なのが一番の理由だが、あまり貴族連中と会いたくないってのが大きい。
うちの家みたいな貴族ならば良いが、ほとんどが傲慢で自己本位な奴ばかりだ。
傭兵時代ならば力を示せばなんとでもなったが、貴族でそんな事をすれば、他から干されてしまう。
親が侯爵やせめて伯爵ならばともかく、男爵で高位の爵位に喧嘩を売る事はそう言う事になる。
軍事力や生産力があれば多少は有利になるかもしれないが、うちは弱小なのでどうしようもない。
将来的には父上……というよりは母上に親孝行したいが、真面目に生きる気は無いのでかなり先の事になるだろう。
家を出る事は決めているが、それ以外はほとんど無計画だしな。
「ック! 駄兄の癖に生意気ね!」
「やる気がないだけで、勉強をしていないわけじゃないからな。俺の分まで頑張れよー」
「この! この!」
イラついたのか、ステラは俺に蹴りをしてくるが、そこそこ鍛えているので全く痛くない。
殺伐とした世界しか経験してこなかったが、こんなやり取りも中々楽しいものだ。
兄弟がいなかったら仕方なく父上の跡を継いだかもしれないが、ジオとステラが居れば問題ない。
二人には大変だろうが、王都にある学園へ頑張って入学して欲しい。
俺達が住んでいるカイアネット王国には王都と副都の二ヵ所に学園があるのだが、王都の方が格式が高いとされている。
王子や公爵家の子息が入学するのが大きな理由であるのだが、王都の方が栄えているのが一番の理由だろう。
まあその分入学難易度が高いのだが、ジオとステラならば入学は出来るだろう。
学園は八歳から十二歳の間ならばいつでも入学できるが、出来る限り公爵家の子息や王子の入学に合わせて入学するのが貴族の常識となっている。
そして今年は公爵家から一人入学するらしいので、いつも以上に王都の学園の倍率は高くなっているとか。
「はぁ……はぁ……」
「さて、人気の高い聖女だが、一度だけ罪に問われて処刑寸前となった事がある。その罪とは何か?」
「横暴な王を殺したんでしょ。名目上国家転覆罪になったけど、次の王と国民の総意で無実になったんでしょ?」
「付け加えるなら、国の名前を変えることにより、罪そのものを無かった事にしたんだ」
実は当事者であり、なんなら王を殺したのは俺だが、綺麗さっぱり俺は居なかった事にされていた。
間違いなく教会の裏工作だろうが、俺としてはしっかりと金は貰っていたので、とやかく言うつもりはない。
聖女……ってよりはあの国の国民に思うところはあるが、仕事は仕事と割り切るのが傭兵の矜持だ。
因みに大きい罪はこれだけだが、小さい罪ならば他にも沢山あったりする。
誰も信じないだろから言わないが、食い逃げや依頼金の未払いとか。
こうして午前中はステラの勉強を見ることで、時間が過ぎていった。




