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4.好きじゃないって言ったのに

 

 八月末の午後。うだるような暑さの中、俺は見渡す限りの田んぼという地元の道を自転車で駆け抜けていた。標高300メートルの山を切り開いた地元の町は、避暑地だと思う。でも、地球温暖化のせいで正直、今年は暑すぎる。溶けそうだ。

 だけど、それでも俺の足はひたすらペダルを漕いでいて、片道15分の地元のお土産屋へと着々と向かっていく。


 そんな俺の今年の夏は、どうも身が入らなかった。毎年八月は地元のそば祭りや湖の花火大会、貯水ダムのライトアップを心待ちにしているのに、全く楽しめない。

 帰省した姉さんには、「猛暑だから元気が出ないだけ」と、暑さのせいにしていたけれど。本当は違うんだって、もうなんとなく分かっている。

 たぶん、西野(にしの)先輩がどこにもいないからだ。


 地元に帰ってからの、この一ヶ月弱。俺はどうしてこんなに気になるんだろうって不思議なくらい、毎晩ベッドの上で先輩とのトーク画面を見つめている。

 先輩は受験生だから、俺から連絡はほとんど送らないようにしていた。

 でも、先輩は予備校帰りやバイト終わりに必ず、俺にメッセージを送ってくれるから、それが嬉しくて。

 

《ユキちゃん、今日もお疲れ様》

《そっちは晴れかな? きっとそっちの星空は綺麗だろうな》

 

 俺を気にかけてくれる言葉や、くだらないキツネのスタンプが並ぶ履歴を見返すたび、俺の心は軽くなったり、むずむずしたりした。だから、パシャリと夜空の写真を撮って先輩に送ってもみた。

 でも、その都度、俺は自分の気持ちを認めたくないという反抗期に駆られる。


「相手は西野先輩なのに。なんでこんなことになってるんだろ!」


 悔しさからそんなことを言いながら、何度ベッドの上で転がったか分からない。

 

「──いや、でも、それとこれは別なんだから。今日のうちに何か買わないと」

 

 ちりんちりんと風鈴が鳴る土産屋の前に自転車を停めて、俺はお土産屋のガラス戸をくぐった。

 今日ここに来たのは、西野先輩からもらったキツネのお返しを探すためだ。


 店内の棚には、地元の名産の品々がたくさん並んでいる。俺はとりあえず、見て回れば何かピンとくるものがあるだろうと、一周してみることにした。

 でも、回ったところで、意味がない。何を見ても、パッとしない。そもそも、ここにある土産物に限らず、俺が先輩からもらったキツネの『ハヤカゼさん』以上に、何をあげても先輩に喜んでもらえる気がしなかった。

 

「てか……俺、先輩の好きなもの、何も知らない」

 

 俺は今さら、その事実に気がついた。

 西野先輩は、俺の好きなものをすんなりと受け入れてくれて、真綿で優しく包み込むように、俺のことをそっと見守ってくれていると思う。それなのに、先輩が何を好きなのか、どんなことに興味があるのか、俺は何にも知らなかった。

 いや、そもそも、知ろうともしていない。そんな身勝手な自分がいることにようやく気づいて、先輩に申し訳なくなった。


「俺ばっかり……先輩にもらってる」

 

 口にした瞬間、なんでか分からないけど、どうしようもなく、俺は先輩の声が聞きたくなった。

 電話してもいいかな。今さらすぎるけど、先輩の好きな物って何ですかって聞いてもいいかな。いま、俺、お土産屋にいるんですって言ったら、好きなお菓子、教えてくれるかな。

 どんなものに興味惹かれるのか……全部、知りたい。

 先輩のことを考えたら、聞きたいことがいっぱい出てくる。


 ここはあまり広くはないお土産屋だけど、端の方に休憩スペースが設けられている。俺はそこに移動して、木製のベンチに腰を下ろした。

 少しだけ指先が震えるのを感じながら、俺はショルダーバッグからスマホと、シラユキさん、ハヤカゼさんを取り出した。

 ふたりに見守ってもらおうと、ちょこんと膝の上に乗せて、俺はスマホのメッセージアプリを開く。


 でも、そのとき運悪く、画面が切り替わった。着信画面だ。姉さんの名前が表示されていて、俺の口から「あ……」と、声が出る。なんでだろう。急に夢から現実に戻ったような──そんな感覚に襲われた。

 姉さんからの電話に出ないといけないことは分かっているのに、すぐには指先が動かない。

 でも、きっと姉さんのことだから、電話に出ないと心配させてしまう。

 深呼吸をしてから、俺は応答ボタンを押した。

 

「もしもし、姉さん?」

『ユキ。今、どこにいるの?』

「えっと……お土産屋さん」

『えー、それなら私に言いなよ。せっかく、車の免許取ったんだから、お土産屋さんくらい私が連れて行ってあげたのに』

 

 姉さんは父さんの母校の医大に入ってすぐに、自動車学校に入会したらしい。昔から何でも淡々とこなす人だから、俺と違って飲み込みもいいみたいだ。あっという間に免許を取ってしまったって、母さんに聞いた。

 

「でも、姉さん初心者だし」

『うわぁ。ユキ。前までは「姉さん、姉さん」って可愛かったのに。……誰の影響で、こんな風な子になっちゃったの?』

 

 姉さんの言葉に、俺はドキッとする。でも、その相手が誰なのか、姉さんにだけは知られたくはなかった。

 だって……西野先輩は、姉さんの元彼だ。そう考えただけで、きゅって胃が痛くなる。俺はきゅっとTシャツを腹の部分を掴みながら、言い返す。

 

「誰だっていいでしょ……俺だってもう、高校生なんだから」

『まぁ、いいけどね。ユキが高校生活ちゃんと楽しめてるんだなーって、お姉ちゃんは嬉しいよ。ユキはこの町のこと好きだけど、それでも……時々、辛そうなときがあったでしょ。心配だったの』

 

 姉さんは何も言わなくても、いつも俺のことを気にかけてくれている。

 俺はこの人間よりも動物の多い長閑な町が好きで、ここでちゃんと友達がいたらいいなって、ずっと思ってた。

 けど……この町には病院がひとつしかない。町立の病院が、ただひとつ。そこで働く、たったひとりの医者の父さんと同じ『篠宮』って名前を、町民のほとんどが知ってる。

 高齢者ばかりでお医者さんが必要な町だから、先生、先生って、父さんは言われてて。

 だから、数少ない同級生とも、俺はちょっとだけ距離があった。


 雪路くんは、篠宮先生の息子だから──って。少し、遠巻きにされてた。


 姉さんはたぶん、父さんに迷惑かけちゃいけないって、俺が人目を気にして、周りに怯えてしまうことをずっと心配していたんだと思う。周りと関わらないから、人付き合いが苦手だったのも。

 そんな優しい姉さんに、つい言い返してしまったことに、俺の良心が痛んだ。

  ただ、姉さんはそこまで気にしていなかったみたいだ。謝ろうと思ったら、普通に、次の話をし始める。


『それに、……ほら。ユキも私もこの顔でしょ? 特にユキは私と違って、はっきり異性に物を言えない子だから、高校生活大変だろうなーとも思ってるんだけど。ユキも、長期休み前とかイベント前とか、駆け込みで告白されるんじゃない? 大丈夫?』

 

 ズバリ、姉さんが俺の状況を当てていて、「なんで分かったの!?」って大きな声が出てしまう。店主のおじちゃんと目が合ってしまって、すみませんすみませんと、頭をぺこぺこと下げた。父さんに迷惑かけちゃう。


『そりゃ、私も同じだったもん。私の可愛い弟なら、絶対そうだと思ってね〜』

「俺、可愛いの?」

『可愛いよー。ほんと可愛い。……しかも、ユキは優しいから、告白されるたびに、断る自分の方が傷ついてないかなって考えてたの』

「……姉さん、凄いね。当たってる。でも……大丈夫」

『そうなの? 何かあった?』

「いや……大したことじゃないんだけど。姉さん以外にもね……俺の色んなとこ知っても、引かずにいてくれる人に……出会ったんだ。なんかね……その人見たら、シラユキさんと同じようなパワーを感じる。すごいよね?」


 姉さんにこんなことを話すなんて恥ずかしかったけれど、ちょっとだけ、西野先輩のことを言いたかった。さっきまでは隠したかったのに、なんでかな。


『えー! ユキ、もしかしてその人のことが好きなの?』

「ち、違う。……好きとか、そんなんじゃない。だって……男の人だし」

『男の人?』

「うん」

『そっか。でも──……まぁ、ユキに今何か言っても、頑なになりそうだし。黙っておく』

「え? 何それ……何言いかけた?」

『ううん。何でもないよ。でも……もし、好きな人が出来たら、教えてね。お姉ちゃんが協力するから』


 姉さんにそう言われて、俺は西野先輩のこと、姉さんなら知ってるかもって思った。


「……好きな人じゃないけど今、相談してもいい?」

『うん? 何?』

「お土産……。何、渡したらいいか分かんなくて。本人に聞こうと思ったけど、よく考えたら、受験生で勉強してるから……電話したら迷惑かなって……思って」

 

 自分でもどうしてこんな風になるのか分からないけど、言葉尻は小さくなるし、店内にはクーラーがついているのに、顔が熱くなってくる。

 

『ユキ。それは……ユキが電話していいんじゃない? もしその人が、ユキのこと好きならさ、声聞いたら絶対うれしいよ。受験の疲れも吹っ飛ぶくらい』

 

 姉さんにそう言われて、俺の熱はさらに上がる。耳も、首も、顔から熱がどんどん伝わっていくように、身体が火照っていく。

 

「姉さん、俺……好きじゃないって言った」

『うん。だから、私は、「その人がユキのこと好きなら」って言ったよ』


 西野先輩に好きって、言われたわけじゃない。なのに、姉さんのその言葉が、頭の中でふっと弾けてしまう。全身に行き渡るくらい、好きの文字が頭を埋め尽くす。

 俺は「……姉さん、ずるいよ」と小声で抗議しながら、左手で顔を覆った。

 

『もう……ずるいのはどっちなんだか。……仕方がないなぁ。フィナンシェがいいんじゃない? ほら。そば粉入りの。アレルギーがないなら全然いいと思うよ。受験は糖分が必要だから』


 姉さんに言われて、俺は西野先輩がおばあちゃんの家で「このそば美味しいですね~」って、ざるそば食べていたのを思い出した。

 アレルギー、なさそう。


「……うん。そうする」

『よし。じゃあ、気を付けて帰りなよ? 熱中症なったら怖いんだから、水分補給はしっかりすること。そこにもスポーツドリンク売ってるだろうから、買っておいでね』

「わかった」

『じゃあね』

 

 姉さんとの通話が切れてもしばらく、俺は顔から手を離せなかった。ようやく立ち上がった俺は、シラユキさんとハヤカゼさんの頭を撫でてから、バッグの中に戻して、立ち上がる。

 

「……なんでこんなに意識しちゃうんだろ」

 

 そんなことをひとりごちながら、俺はそば粉のフィナンシェが置いてある場所に移動した。六種類あるそれをひとつ……ううん、ふたつずつ手に取る。

 あわよくば、一緒に食べられたらいいなって。

 


 ***

 


 新学期が始まった、九月上旬。一階にある俺の教室は、夏休み明けの再会で浮足立つクラスメイトの声が響いていた。俺は前から二番目の窓際の席で机に頬を預けながら、お土産の入った紙袋を指先で軽くつつく。

 

「……こういうの、普通はどうやって渡してるんだろ」 

 

 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、俺はため息をこぼした。すると、俺の前に座る友人の柳川(やながわ)が「篠宮(しのみや)、どうした?」と、振り向いてくる。

 爽やか好青年みたいな容姿の柳川は、高校で初めてできた俺の友達だ。クラス委員をしているのもあってか、人見知りな俺のことも、こうして心配してくれることが多い。

 

「え、あー……お土産ってさ、どのタイミングで渡すもの?」

 

 俺は紙袋をつつく手を止めて、身体を起き上がらせた。

 

「お土産……?」

「うん」

「誰の土産? え、篠宮、誰かにあげる感じ?」

 

 柳川は普段、俺があまり積極的にクラスメイトに関わろうとしないことを知っているからか、驚いたような顔をする。

 

「あー……姉さんに?」

「いや、それ、怪しすぎ。……てか、篠宮。姉さん帰省してくるから夏休みは実家に戻るって、俺と遊びに行くのは断っただろ」

 

 適当に誤魔化そうと思ったけれど、柳川には通用しなくて、鋭い指摘をされてしまった。

 

「そうだっけ」

「そうだよ。……そのお前の反応、絶対クラスの誰かに渡すやつじゃん。誰にあげるんだよ? 宮川(みやがわ)さん? それとも、原田(はらだ)さん?」

 

 柳川はそう言いながら、俺をからかうかのように、軽く教室の中を見回す。

 その二人は別に俺と仲がいいわけでもなければ、話をするような間柄でもない。でも、前に柳川が「篠宮のこと気になってる子、うちのクラスにも何人かいるぞ?」なんて言っていた。たぶん、そういうことなんだろう。

 

「いやいや、ちょっと待って。うちのクラスじゃなくて──」

「ねぇ、(はやて)~、今日の放課後、一緒にカラオケ行こうよ~」


 俺の言葉を遮るように、西野先輩と同じ名前を呼ぶ、女の人の声が教室に滑り込んできた。クーラーがあまりに寒すぎて俺が窓を開けていたから、中庭の声が聞こえてきたみたいだ。俺は意図せず、口を閉じてしまった。


「えー? 俺たち受験生よ? そんなことできませーん」

 

 近くで先輩の話す声まで聞こえてきて、びくりと肩まで揺れてしまう。

 なんで、このタイミングで。

 不自然なところで言葉を切って固まっていた俺は、柳川の顔を見るのが怖くなった。

 だけど、中庭の声があまりに大きかったから、柳川の意識はそちらに向いたらしい。

 

「この声、三年の西野先輩だよな」

 

 俺の反応なんて全く気にしていないように、柳川は振り返って窓の外を見る。

 

「え、ああ……」

「ほんとあの人、モテるよなぁ。……篠宮も篠宮でモテるけどさ、あの先輩はちょっと桁違いで女子が群がってるからすげぇよ」

「へぇ」

「ほら……見てみろよ。今日もすごいぞ。浅川(あさかわ)先輩を引き連れてる」

 

 柳川は、俺と西野先輩が関わりがあることを知らないからか、何の気なくそう言う。でも、悪意ない言葉なのに、女子の先輩といることを言われただけで、もやもやした。

 それだけではなくて。クラスの女子たちも、西野先輩のことには敏感らしい。先ほどまで、教壇で男性アイドルの話で盛り上がっていた女子たちが「西野先輩、眠そうな顔してる」「受験生だからかな?」「ほんとかっこいいよね~!」と、窓際に移動して、騒ぎ始めた。

 誰が群がっているとか、そんなこと聞きたくないし、見たくもない。女子たちがざわつく様子も、視界に入れたくはなかった。

 それなのに、怖いもの見たさみたいに、俺の目は中庭を向いてしまう。窓の向こうを歩く、久しぶりの西野先輩を捉える。


 柳川の言ったとおり、先輩は美人の先輩と歩いていた。女子の先輩は、あくびをしながら歩く西野先輩の腕に手を回していて、はたから見れば、まるでカップルのようだ。

 先輩がチャラいことくらい、知っている。ここ最近、真面目な一面を見るようになっただけ。いつもへらへらしている先輩の周りには、必ず綺麗な女の人がいる。

 そんなこと、分かってる。分かってるのに……俺の心臓はぎゅっと掴まれたように痛みを放ち始めた。

 シラユキさんとハヤカゼさんに助けを求めるように、俺の手は机の中に伸びていく。

 指先が、ふたりの柔らかさを確かめた時に、ほんの少しだけ、先輩と視線があったような気がした。慌てて目を逸らした、その瞬間だった。

 

「ユキちゃーんっ!」

 

 先輩が大きな声で名前を呼び、クラス中が一瞬、ざわついた。

 本当は少しだけ、先輩が俺のことを見つけてくれたらいいのにって、期待した。目が合って、笑いかけてくれたらいいなって。

 だけど、まさかわざわざ大声で呼ぶとまでは、思っていなかった。


「あれ、なんかうちのクラスに向かってない?」

「ユキちゃんって、そんな名前の女子いた?」

「でも、うちのクラス見て、先輩、手を振ってるよ?」

「まさか、誰か知り合いいる感じ?」


 先輩の方を見ることができない。でも女子のざわめきが大きくなるし、先輩は「ユキちゃんー? ちょっと、こっち向いてよー!」なんて言っている。

 段々と、俺に近づいてくる気配を感じる。俺は気が気ではなかった。

 ……やめてくれ。こっちに、来ないでくれ。

 そう願うのに、柳川が何かに気づいたように「なぁ」と声をあげる。


「篠宮……もしかしてなんだけど。下の名前、雪路じゃんか。西野先輩が言うユキちゃんって、お前のこと?」

 

 柳川から指摘をされて、俺の心臓は警報を鳴らすように激しく動き出す。

 その声で、女子たちの視線が俺に向いた、そのときだ。


「ねぇ、ユキちゃん。なんで無視するのー?」


 とどめを刺すように、西野先輩は俺の隣の窓から声をかけてきた。見ないふりをしていた先輩の姿が、窓のすぐそばにあるのがわかって、俺の心臓はさっきよりさらに騒がしく跳ねる。

 なんで、みんなの前で俺のことをそう呼ぶんだよ。

 そう思いながらも、もう逃げることはできない。俺は立ち上がって、窓越しに先輩と向き合うことにした。


 先輩の隣にいたはずの女性は、ここにはいない。先ほど俺が見た場所にちらっと視線を向けると、一人そこに取り残されていた。

 その事実に気づいた瞬間、教室のざわめきが少しだけ、遠ざかった気がした。

 

「そんなに何回も呼ばないでくださいよっ! うるさいです!」


 俺は半分だけ開いていた窓を全開にして、先輩に強く言った。窓の外に立つ先輩の頭が、俺の視線より少し下に見える。身長の高い先輩を見下ろすのは、なんだか妙な感じだ。

 先輩は「あははっ」と声をあげて、なんていうか、ひまわりが咲いたかのようにぱっと明るい笑顔を浮かべてみせる。


「な、なんで笑うんですか」

「えー、だって嬉しいから。ユキちゃんに会いたくてたまんなかったんだよ。一ヶ月、長かった」


 西野先輩がそんなことを言うものだから、クラスの女子たちが「先輩って……もしかして、篠宮くんが好き?」「え! そういうこと?」なんて声が耳を打つ。

 変な噂が立ったら、困る。俺は咄嗟に、誤魔化すことにした。


「お土産! お土産が欲しかったんですよねー? はいはい。仕方がないですねぇ。これです。これ持って、早く帰ってください」


 こんなの、自分のキャラではないのは分かっている。普段は物静かな方だし、夏休み前の告白ラッシュの頃に、柳川に「一部の女子から“王子”って呼ばれてるらしいぞ」と教えられた。

 けど、そんなイメージはどうだっていい。わざとらしく机の上に出していた紙袋を取って、先輩に突き出した。

 柳川の「そういうこと?」という声が聞こえた気がするけれど、仕方がない。実際、先輩にお礼を渡そうとしていたのだから。


「ははっ。うん。分かったよ。大人しく、これ持って帰りまーす。……またね、ユキちゃん」


 先輩は俺から紙袋を受け取ると、仕方がなさそうに俺に背を向けて、中庭に立っている女子の先輩のもとに戻っていった。

 先輩にお土産をちゃんと渡すことはできた。自分で、渡した。それなのに、どうしてこんなに胸が騒がしいのだろう。もっと、二人きりで渡したかった。先輩が中身を開けて、その反応を間近で見たかった。

 その瞬間、俺はもう自分の気持ちを認めざるを得ないと思った。

 俺は、先輩に惹かれている。あの人を、独り占めしたいって思っている。

 離れていく先輩の姿を、視界から消えるまでずっと、俺の目は追い続けていた。




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