2.この優しさを、まだうまく返せない
俺は現在、親元を離れて、高校のある市内のおばあちゃんの家でお世話になっている。だから、今もなお、店をしているおばあちゃんに何かしてあげたくて、学校から帰ると必ず、総菜屋の接客を手伝うのが俺の日課だ。
西野先輩にシラユキさんとの反省会を目撃されてから二日が経ったこの日の夕方も、俺はいつも通り店先に立っていた。
夕方の総菜屋は、近所のおばちゃんたちが多くやってくる。今晩の夕飯に、あともう一品欲しい……という時に、素朴な味わいのおばあちゃんの総菜がピッタリらしい。
「雪路くんったら、ほんといつ見ても華があっていいわね〜。ほら、昭和の清純派アイドルみたいで目の保養になるわ〜」
「雪路くんも雪音ちゃんも、ほんと美人よねー。シズさんの血が入っているだけあるわね」
「そうそう。特に雪路くんは、ほら、あの──」
ショーケースの向こう側で、ふたりのおばちゃんたちはやたらと俺の顔を褒めてくれる。
俺はまったく昭和のアイドルなんて知らない。だから、名前を聞いても「誰だろう、それ?」としか思えない。でも、おばちゃんが挙げる人たちの名前は、すべて女性ということだけは分かって、少し複雑だ。
ただ、そんなことをここで話すよりも、早く注文して欲しい。
後ろには、会社帰りのくたびれたサラリーマンのおじちゃんをはじめとするお客さんが待っている。店内にクーラーは入っていても、列は外にも続く。入り口の引き戸は開いたままなので、夏のじめじめした空気が中に入ってくるし、並んでいる他の客の視線が「早くしてくれ」と言いたげだ。正直、かなり気まずい。
これ、ずっと続くのかな……。そう思いながらも、ここで強く言えないのが、俺だ。
接客を任されているのだから、おばちゃんに「後ろにお客様がお待ちしていますので、注文をお願いします」と、言えばいい。なのに、圧が凄くて、俺は「はは」と力なく笑うことしかできなかった。
姉さんは、上手く接客してたのにな。
出来る姉と比べて、そんな風に自分を情けなく感じていた時だった。
「あははっ。ユキちゃんって、ほんっと可愛いですよねー? わかります、わかりますー。あ、でも。せっかくだから、ユキちゃんだけじゃなくて、俺もほめてほしいなぁ~」
俺のことで談笑するおばちゃんたちに割って入るように、突然、店内に西野先輩の声がした。
自己嫌悪で俯きかけていた俺は、反射的に顔を上げる。すると、いつの間にか人懐っこい笑みを顔に浮かべた西野先輩が制服のまま、おばちゃんたちの間に立っていた。
「あらあら。……あなた、俳優さん?」
「なんか……ちょっと、テレビで見たことある気がするわね?」
呆気に取られているうちに、ふたりの興味関心は西野先輩に移ったらしい。目がまるくなり、隣のおばちゃんと顔を見合わせる。
「えー? 俺って、そんなにかっこいいかなぁ? じゃあ、ちょっと、お姉さま方、こっちでお話しましょーよー」
西野先輩はおばちゃんたちの背を押して、店の隅に移動していく。その上、まるで「あとは任せたよ」って合図みたいに、俺に目配せしてくる。
いつも、先輩はふざけているように見える。でも、もしかしたら、この人は全部計算の上で、ああいう言動をしているのかもしれない。
後でおばちゃんたちに怒られるだろうけど、これは先輩が作ってくれたチャンスだ。
「つ、次のお客様、よろしければ注文どうぞ」
俺はその隙に、後ろに並んでいた客の注文を取り始めることにした。
すべてのお客さんが店から居なくなったのは、午後七時になる少し前だった。店の前の暖簾を下ろして、おばあちゃんの代わりに閉店作業をしていると、いつの間にか居なくなっていた西野先輩が、再び顔を出しに来た。
「ユキちゃん、お疲れ~。のど、渇いたんじゃない? ほら、これ」
先輩はどこで買ってきたのか、瓶のラムネを俺の前に差し出してくれる。俺はキンキンに冷えたその瓶を受け取りながら「ありがとうございます」と礼を言う。
「でも……先輩、わざわざこれのために戻ってきたんですか?」
「んー……つい買っちゃったから」
「それなら、自分で飲めばいいのに……先輩こそ、暑そうですよ」
西野先輩はずっと外にいたようで、汗で髪の毛やうなじに髪が張り付いている。
「そうなんだけどねー。ラムネ見たら、ユキちゃんが浮かんで。……ほら、ユキちゃんってさ、俺にはちょっとツンツンしてくるでしょ? でも、実は繊細なとこもあるじゃん? なんかラムネっぽいよなぁって……」
「何ですか、その例え」
「うん。自分でも、何を言ってんだろ……って、うわ! なんか急に恥ずかしくなってきたから、忘れて!」
突然、西野先輩は顔を赤くしたかと思えば、俺に見られないように手で顔を隠し始める。
いつも恥ずかしげなく、色んな言動をするから、先輩には羞恥心というものはないのだと思っていた。それなのに、こんな反応するなんて、なんだか急に親近感を覚える。
「先輩って、可愛いところあるんですね」
「うわ。もう……はっず! ユキちゃんにこんなとこ見られるとか、ほんと無理」
俺がくすくすと笑うと、西野先輩はさらに耳まで赤く染めて、そっぽを向いた。そんな先輩の綺麗な首筋に、汗がたらりと伝うのが見える。
「仕方がないですね。ちょっとこっち、来てください」
俺の手にあるガラスの瓶は冷たくて、気持ちがいい。西野先輩と赤みもこれなら引くと思って、俺は手を伸ばして、先輩の首筋に瓶を当てた。
「きもちいですか?」
ただ、そう聞いただけだ。それなのに、どういうことだろう。西野先輩はますます頬を赤らめる。その上、「ユキちゃん、ちょっとサービスし過ぎ」と、訳のわからないことまで言い出した。
「サービスって……何がですか?」
「今っ! この状況っ!」
「え? ただ……先輩の顔が赤いから冷やしてあげようと……」
「ユキちゃんさぁ……自分がどんだけ──やっぱ、いい。なんでもない」
「なんですか? 言いかけないでくださいよ。気になります」
「ユキちゃんは何にも気にしないで。俺の脳内がおかしいだけだから」
西野先輩はそう言って、パタパタと顔を仰ぎ始めた。
そのとき、ふいに背中に視線を感じた。振り向くと、店の入り口に、厨房の片付けを終えたおばあちゃんがいる。
「あらあら、颯くん。いらっしゃい。久々に来てくれたのねー。しばらく会ってなかったから、心配だったのよ。ユキちゃんとも仲良くしてくれているの? 嬉しいわぁ」
店の引き戸を開けながら、そう言うおばあちゃんは「うふふ」と頬を緩ませた。
どうやら、西野先輩とおばあちゃんは知り合いらしい。
まぁ……姉さんと付き合ってたから、当たり前か。
「シズさんこんばんはー。そうそう~。俺、ユキちゃんとも仲良しなのー、いいでしょー」
ついさっきまで真っ赤になっていたのに、横目で見た西野先輩は涼しい顔をしている。変わり身の早さに俺は「すご…」とつい声を上げた。
「うん。とってもいいわねぇ。あっ……そうだわ。颯くん、お夕飯まだでしょう? うちの総菜がメインになっちゃうけれど、よかったら、二階で食べていく?」
いい考え、というように手を叩いたおばあちゃんの視線が、二階に上がる外階段に、ちらと流れる。
俺は内心、それだけはやめてくれと思った。
だって、家に上がらせるということは、西野先輩に俺の秘密がさらにばれてしまう。
俺の部屋に限らず、おばあちゃんの家には、たくさんのぬいぐるみがいる。俺がぬいぐるみが好きなのを知るおばあちゃんが「ユキちゃんの好きな子たち、いっぱいお家に飾りましょ」なんて言ってくれたから、家の至るところにぬいぐるみたちが鎮座しているのだ。
先輩はシラユキさんと話をしているところを、何事もなく受け止めてくれた。でも、あのぬいぐるみだらけの部屋を見たら、どんな反応をされるか。正直、怖い。
西野先輩、お願いだから、断って──。
そう祈るも、そんな俺の願いは儚くも、消えた。
「えっ、いーんですか? めちゃめちゃ食べたい~! シズさんの料理、ずっと食べたかったから」
「ほんとう? それじゃあ、そうしましょう。ユキちゃん。颯くんをお部屋に連れていってあげて。おばあちゃん、お夕飯の準備をするから」
どうやらこの感じ……おばあちゃんと西野先輩は気が合うらしい。俺抜きで、勝手に食事の話が進んでいく。なんだか、俺だけが蚊帳の外みたいだ。
「あ……うん。わかった」
もう、そう返事するしかなくて。俺はエプロンのポケットにラムネの瓶を入れてから渋々、外階段の前にある重い扉を開けた。
総菜屋の二階にある住居は、あまり広いとは言えない。居間と台所と、おばあちゃんの部屋。それから、姉さんが大学に進学するまでの3年間を過ごした部屋は、いまは俺が使っている。あとはトイレと洗面所があるだけ。お風呂はないので、俺もおばあちゃんも、商店街の外れにある近所の銭湯に毎日入りに行っている。
そんな俺とおばあちゃんの暮らす住まいは、可愛いぬいぐるみたちで溢れている。
階段をのぼった先の扉を開ければ、小さな玄関の靴箱には、シマリスの『スンちゃん』。洗面所には、アライグマの『グーさん』。トイレは、ゾウの『パオくん』。
俺の大好きな子たちが、その場所を守るように座っている。
もちろん、居間や俺の部屋にも、たくさんの子が『おかえり』というように、俺たちを待ち構えている。
だから、西野先輩を居間に通したとき、ちょっと不安だった。先輩の反応が怖くて、部屋の空気はじめじめと蒸し暑いのに、俺は両腕を軽くさする。
「えっと……すみません。部屋、暑いですよね」
夏でも出しっぱなしのコタツの上に転がるクーラーのリモコンを、少し慌てながら手にとった。すぐに冷房をつける。でも、なんて会話を続けたらいいか分からなくて、俺は部屋中に視線を彷徨わせた。
テレビ台にも、おばあちゃんの座椅子の上にも、食器を置く棚の中にも、俺の『秘密の友達』がいる。どこに目をやっても、他の人には見せられない部分が露わだ。先輩を前にして隠せないことに焦りを覚えて、俺は今すぐ逃げだしたくなった。
西野先輩が何も言わずに立っていた時間は、きっと数秒にも満たないと思う。でも、俺にはひどく長く感じられた。だけど、そんなことは杞憂だとでもいうように、先輩は俺の心配事を軽々と飛び越えてみせるから不思議だ。
「ユキちゃん……! すごいっ! みんな、可愛いね!」
西野先輩の声は弾んでいた。今、どんな表情をしているのか、顔を見なくても分かった。
「え……?」
「ほら。見てよ、この子。めっちゃ可愛い。犬かと思ったけど、これオオカミだよね? えー、なんて名前なの? ユキちゃんのことだから、名前つけてあるよね?」
西野先輩は俺の座布団で横になっているオオカミの『クロマル』を抱きあげて、屈託のない笑みを浮かべる。
先輩は掴みどころがなくて時々、胡散臭く感じる。だけど今、俺の前で見せるその笑顔は、心の中をそのまま表しているように思える。俺はおずおずと口を開いた。
「……クロマル」
「クロマル?」
「はい……。オオカミだけど、なんか黒っぽいから」
なんで名前の由来まで話してるんだって感じだけれど、なぜか西野先輩なら、優しく聞いてくれるような気がした。
「そっか。クロマル……クロマルかぁ。いいね。いい名前だね!」
西野先輩はゆっくり噛みしめるように、クロマルの名前を呼んでくれた。
ただ、ぬいぐるみの名前をほめてくれただけ。ただそれなのに、クロマルを通して、俺のことを肯定してくれたような気がして。急に目の奥がじんわりとしてくる。涙が出そうになって、俺は慌てて先輩から顔をそむけてしまった。
「あははっ。ユキちゃんってば、さては照れてるな?」
「て、照れてないです」
俺はそう言い返すけれど、顔だけは見られたくなかった。だって、図星だ。今の俺は絶対、涙目だし、顔も赤くなっていると思う。隠すように手で覆った俺の顔は、じんわりと熱を帯びていた。
そんな俺の顔を、先輩は覗き込もうとする。でも、俺が泣きそうになっていることにも気づいたみたいで、そっと引いてくれた。
「お腹すいたね〜」
なんて、言って、西野先輩は何にもなかったような態度をとる。
見られて、恥ずかしい。恥ずかしいんだけど、でも、何だろう。前の先輩だったら、苛立たしく感じただろうに、今日は腹が立たなかった。
いつもふざけた言葉を口にするのに、西野先輩はその裏で、周りをよく見ている。踏み込んだらいけないところも、ちゃんと理解した上で、接してくれる。
そんな先輩の気遣いを知ったら、もう何も言えなかった。
「あ、ユキちゃん。おばあちゃんもそろそろ上がってくるだろうし、着替えたら? それと、ラムネ。早く飲まないとぬるーくなっちゃうよ~」
西野先輩の言葉で、俺はエプロンをしたままであることに気がついた。
俺は慌てて「あっ……そ、そうですね」と言って、エプロンを外す。すると、ポケットに入れていたラムネの瓶の重さで、勢いよく床に落ちそうになった。でも、先輩が「危なっ……!」と、すかさずエプロンをキャッチしてくれる。
「ユキちゃんってば、さては意外とドジっ子……?」
「ドジっ子じゃないです……」
「ははっ。まぁ、そうじゃなかったとしても、なんかユキちゃんほっとけないから。俺がラムネ開けてあげるね」
先輩は片手に持っていたクロマルをそっと畳の上に下ろして、頭をなでてくれた。俺の大事な存在を大切にしてくれる、そのさりげない動作に、心がそわそわしてしまう。
その間に、先輩はラムネの蓋を開けてくれていた。
「はい。ユキちゃん。どーぞ」
先輩はラムネの瓶を差し出してくれる。それなのに、なぜか俺はそれをすぐには受け取れなかった。
「ユキちゃん?」
先輩にもう一度促されて、ようやく俺は「ありがとうございます」と受け取る。まだ、瓶は冷たい。それなのに、それを持った刹那、指先が熱くなった気がして、俺は戸惑った。
なんでだろうと思いながら、おずおずと瓶に口をつけて、コクリとひとくち飲む。
ほんのわずかのレモンの酸味。それから、シロップの甘みがすごく美味しい。口の中で、清涼感のある泡が弾けていく。
そんな喉を伝うラムネが、生まれたばかりの熱を静かに鎮めてくれるように感じて、喉が渇いていた俺はごくごくとそれを飲み続ける。
西野先輩は何も言わずに、ただ目元にやんわりと微笑をたたえて俺を見ていた。
それがどこかくすぐったくて、だけど、心地よくて。飲み終えた俺も、自然と笑い返していた。
しばらくして、おばあちゃんが残っていた総菜を持って、二階に上がって来た。
俺はすぐに食器棚から大きめの盛り皿を取り出す。振り返ると、西野先輩はおばあちゃんの腕から総菜のパックを受け取っていた。
「あらまぁ。二人とも息ぴったりねぇ」
なんて、おばあちゃんが言うものだから、俺は少し恥ずかしくなって、つい「先輩……それ、早く持ってきてくださいよ」なんて可愛げないことを口にする。
「あははっ。ごめんごめん~。すぐ持ってくから~」
「俺は取り皿持ってくるんで、そこに盛り付けてくれると助かります。……これ、取り箸です。置いておきますからね」
つっけんどんな感じにはなってしまったけれど、俺の心の中では少し違った。
西野先輩は気が利くんだなとか。おばあちゃんに対する態度がとても優しいなとか。周りの人のことよく見てるんだろうなとか。人の傷つくことはしないんだろうなとか。ぬいぐるみにまで優しいなとか。
いろんなことが頭をよぎって、少しずつ、少しずつ——これまでの自分の態度の態度を、先輩に謝らなきゃいけない気がしていた。
だから、この態度はダメだ、とは思うけれど、先輩はそんな俺も気に入っているのだろうか。
「はいはーい。ユキちゃんの言うとおりにしまーす」
とにかく、楽しそうに笑っていた。
食卓を囲む準備を終えた俺たちは、他愛のない話をしながら、夕飯を食べ始めた。
先輩は相変わらず、おばあちゃんと意気投合していて、最近ハマっている推理ドラマの犯人がどうだ、ああだ、二人で語り合う。
俺は全くドラマに興味がない。最初は二人してなんなんだ……って思っていたけれど、おばあちゃんと楽しく語る先輩の姿は新鮮で、釣られてくすくす笑ってしまう。
少し前まで、西野先輩に対して、疎ましく思う自分がいた。
それなのに、どうしてこんなに自然と笑みがこぼれるのだろう。守備範囲が広くて、この人は一体、どんな人なんだろう。
先輩の話を聞いているだけで、楽しく思う自分がいた。
食事を終えたら、西野先輩が「ご馳走になったんで、これは俺が洗いますね~」なんて言って、食器を台所に運び始めた。
そこまでしてもらうわけにはいかなくて、俺は「待って! 俺が洗うんで」と止めに入る。
「えー? でも、俺……めっちゃ食べたよね?」
西野先輩はたしかに、びっくりするくらい食べた。それだけ食べるなら、身長が180超えるのも納得なくらい。少食の俺とおばあちゃんを合わせても、先輩ほど食べてはいないだろう。でも、終始おばあちゃんは笑っていたし、俺だって楽しかった。
こんなに笑いの絶えない食卓だったのは、先輩のおかげだ。
「先輩はお客さんなので。……これは、俺の仕事です」
「なら、俺も手伝う。それなら、文句ないでしょ?」
先輩は穏やかな眼差しを、俺に向けていた。
「……ない、です」
「じゃあ、一緒にね」
そう言われて、俺たちは二人で食器を台所に運んで、シンクの前に横並びになった。
先輩は手先が器用なのだろうか。食器を洗う手際が良かった。普段から、家で洗い物をしているのか、慣れた手つきで次々と洗っていく。
「……先輩、食器洗うの上手いですね」
「え? あぁ。俺、バイトしてるから」
「バイト?」
先輩がアルバイトをしているだなんて、初耳だ。
この人は学校で一番モテる人で、クラスの女子がよく「西野先輩、ほんとかっこいい」とか「この前、すれ違っただけでいい匂いした」とか、言っているのを聞く。そんな人がアルバイトでもしていたら、きっとどこで働いているか、話題になっていたはずだ。
「叔父さんの店でね~。まぁ、土日しか働いてはいないんだけどさ」
「……へぇ」
「ちょっとは俺に興味もった?」
「……別に」
俺はまた、可愛くないことを言う。西野先輩は俺より二つも年上なのに、失礼な態度を取り過ぎて、俺は何度、先輩に謝ればいいのだろうか。
こんな自分が、嫌だ。
だから、すぐに「先輩。あの……」と、言葉を紡ぐ。
「ん?」
「すみません。……俺、生意気なことばっか言って。態度も……悪くて」
「なーに、急に?」
西野先輩はやたらと優しい声をあげて、ふっと笑う。
俺は先輩の顔を見て、伝えるのは無理だと思った。なんでかわからないけど、心臓がばくばくする。でも、伝えるなら、今しかない。
先輩の顔は見れないけど、視線を皿を持つ手元に固定したまま、俺は話すことにした。
「西野先輩、この前からずっと優しくて……おばあちゃんに対してもよくしてくれて、ありがとうございます。それなのに、最初の印象が悪すぎたし、学校ではなんかへらへらしてて、ちょっと苦手だなって思ってて。ずっと……俺、先輩に嫌な態度ばっかとっていたなって。反省してて……」
「ユキちゃん。……いーよ。俺はどんなユキちゃんでも、可愛いって思ってるから」
「え……と、かわ、可愛い?」
「うん。可愛い。それに、ユキちゃんは俺に対してちょっとツンとしてても、心の中は繊細で、あったかいこと、俺は知ってるからね」
なんで、西野先輩はこんな俺に、そんな風に言ってくれるのだろう。
先輩の声音はあまりに穏やかで。その声に滲んだ優しさが、胸の奥にやわらかく触れてくる。
俺は涙が出そうになるのを必死に堪えながら、「……ありがとうございます」と呟いた。
この先輩になら、人に言えない俺の心を覗かれても、大丈夫かもしれない。そんな風に思えた、温かな夜だった。