表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

エピローグ

 

 颯先輩が高校を卒業して、三週間と少し経った三月末のこの日。俺は今、ぬいカフェの二階にある先輩のおじさんの家で、荷造りを手伝っていた。

 颯先輩が使っていた部屋は、家具はベッドと机、小さめの本棚だけのシンプルさ。荷物もそんなに多くはないので、段ボールもすぐに封をできた。


「全寮制……って知らなかったです」


 俺は入寮の手引きと書かれた資料を手にして、ベッドの上に座る颯先輩の方を見る。でも、自分では思っていた以上に不機嫌な顔をしていたみたいで、先輩は俺に嫌われたらどうしようっていうような顔をしていた。


「えっと……雪音先輩も寮だから知ってると思ってたんだけど……もしかしてユキちゃん、俺がゲイって言ったのが引っかかってる?」

 

 颯先輩はそう言いながら、おろおろとした様子でベッドから降りる。俺が座る座布団の隣に来て、正座をした。


「……うん」

「大丈夫だから! たしかにゲイではあるんだけどさ……俺が全部の男に惹かれるわけじゃないからね? 寮でも部屋は個室だし、あー……風呂は一緒でも、時間ずらすし。それに、俺が変なことしないの分かってるでしょ? ユキちゃんにだってまだ……キスしかしてないのに」


 颯先輩がお願い信じてって言ってるように、慌てて弁解してくる。わたわたと両手を動かす姿が可愛くて、俺もつい悪戯したくなってしまう。


「タイプの人いたらどうするんですか」

「え、待って。ユキちゃん、今嫉妬してる? 可愛すぎて煩悩がまた沸きそう……って! 違う違う。えっと、ユキちゃんがタイプだから。てか、ユキちゃんみたいな美形で、天使みたいな中身の子、そうそう探してもいなくない?」

「世の中、いっぱい人間っているんですよ……?」

「いるのは分かってるけど。ユキちゃんってほんと……自分がどんだけ綺麗で可愛い存在なのか知らないよね?」

「俺……そんなに言うほどですか?」


 颯先輩は俺をいつも誰よりも一番、尊いものかのように言う。それが不思議で、俺は首を傾げた。


「そりゃもう、美人だから。前にぬいパ行った時、東京でも少しぶらぶらしたでしょ? あの時の俺が、どれだけ話しかけられそうになってるの阻止したと思ってんの……?」

「え? そんなことありました?」

「あったよ……! めっちゃ狙われてた! 中にはスカウトっぽい人もいた! ユキちゃん気づいてなかったけどさぁ!」

「えぇ……」


 記憶になさ過ぎて、俺はほんと颯先輩しか見ていないんだろうな。自分でも怖くなった。


「だから、ユキちゃん。気にしなくていいから。俺は見た目も中身もユキちゃんが一番なので! それより俺はユキちゃんに変な虫がつかないか心配。俺がいなくなった途端、絶対……またモテるよね。あーやだやだ。綺麗な上に性格まで優しいから、ほんと女の子にモテちゃって。どれだけ俺が追い払って──」


 颯先輩はしまった、とでもいう顔をしている。

 言われてみれば、先輩と一緒にいるようになってからというものの、俺は告白される頻度が格段に減った。バレンタインは颯先輩がいなかったから、いっぱいチョコもらったけど。

 でも、もし、先輩が俺のために暗躍してくれていたのだとしたら、告白を断るたびに辛かった日々から、助けて出してくれていたということなのだろう。

 ますます、愛おしい気持ちにさせてくるから、この人には困った。

 

「颯先輩。大丈夫ですよ。俺は颯先輩しか見てません。……俺、理系科目苦手なので、たぶん、同じ大学には行けないですけど、東京の大学に行きます。だから、住んでる場所は違っても、ちゃんと会いに行ける距離に行くから……二年間、待っててください」

「関東に出て来てくれるの……?」


 颯先輩は信じられないという顔をしている。


「行きますよ。颯先輩の近くに居たいから。4年制大学なら、先輩と同じタイミングで卒業ですし。それに、ぬいパも近いから、年パス買っていっぱい通いたいんです……!」

「待って。ユキちゃん。なんか……ぬいパに行きたいって方が気持ち強くない?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、颯先輩は肩をがしっと掴んでくる。前のめりになりすぎていて、おもしろい。そこがまた、先輩の可愛いところだと思う。だから、俺はつい口元を緩めてしまう。


「違いますよ。ぬいパは『颯先輩と一緒に』行きたいんですから」

「……えぇ~、ほんと、俺の彼氏かっこよすぎるでしょ。美人で可愛くて、その上、中身はかっこいい……あぁもう、泣いちゃうところだった。あぁ~もう、ユキちゃん好き。大好き。一生、大事にする」


 颯先輩はそう言いながら、俺を抱きしめてきて、何度も繰り返しほっぺたにキスをしてくる。

 俺の彼氏は、想像していた通り、恋人を溺愛するタイプだった。

 自分に自信のなかった俺のことを、全部包み込んでくれて、自己肯定感を上げてくれる、そんな彼氏。自分が傷ついてきた分、俺を必死に守ろうとしてくれる優しい人。

 だから、きっと大丈夫。この先もずっと、俺たちは手を取り合って、生きていける。


 開け放たれた窓から春の風が入り込んでくる。荷物よりも先に、俺たちを未来へ運び出そうとするその風を感じながら、俺は愛しい人に囁く。


「颯くん、俺を見つけてくれてありがとう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ