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11.俺の『好き』はまだ言わせてもらえない

 俺は、絶叫系が苦手だ。だから、それが好きそうな(はやて)先輩にとって、俺がぬいぐるみパークで選ぶアトラクションは、本当はとても退屈だと思う。

 それなのに、俺の行きたいところに全部ついてきてくれたし、長蛇の列にだって文句を言わない。むしろ、シラユキさんとハヤカゼさんをリュックから取り出した俺たちの写真を、颯先輩はいろんな場所でたくさん撮ってくれた。

 ぬいぐるみたちが仲良くハンモックで眠る、フォトスポット。絶叫系に乗れない俺でも楽しめるクマ型ティーカップや、ぬいたちと探検する探索船アトラクション。キツネの森の秘密の小道に、ぴょんぴょんウサギのガーデンまで。

 それに、ショップでは、ぬいぐるみに頬をすり寄せている颯先輩を目撃してしまった。その可愛さといえば、何たるや。破壊力抜群だ。危うく、俺は鼻血を出すところで、必死に堪えた自分を褒め称えたい。


 そんな颯先輩は、相変わらずの大食いっぷりだ。ぬいパのフードやドリンクを見ては「あれも気になる。これも食べたい」って、目を輝かせて、すっと並んで買って行く。

 ワンワン笑顔パンケーキに、キツネのおにぎり弁当。ぴょんぴょんウサギのスープカレーに、トラのしましまカップケーキ。別腹だからって、ぬいぬいアイスまでひょいと食べてしまう。さらには「これも気になってたんだよね〜」と、ぬい肉まんに手を伸ばす。……食べ過ぎでは? と思いつつ、俺もちゃっかりちょびっとずつ味見させてもらった。


 冷たいヒツジちゃんムースケーキを食べ終えたあたりで、俺の指先がかじかんだ。それを見越していたように、颯先輩はいつの間にか買ってきていたくまくまココアを手渡してくれる。


「ユキちゃん、はい。これ、絶対冷えてると思って」


 俺に優しくするのが、当たり前みたいにしてくれるものだから、口に含んだココアよりもずっとその言動で身体はぽかぽかになってくる。それに、俺が「美味しい」って言うだけで、颯先輩は少し誇らしげだった。

 表情や行動から、俺を喜ばせたいって気持ちが痛いほどよく伝わってくる。凄く、幸せな時間だ。


 ちなみに、颯先輩はマスクをしていてもかっこよさは滲み出していたので、食べ物を買いに行くたびに、綺麗なお姉さんに話しかけられていた。

 けど、その都度、俺を手招きして「今、この子とデート中なんです」って言って俺を抱き寄せるものだから、お姉さんたちに冷やかされて、とにかく恥ずかしかった。でも、ツーショットを撮ってくれたのは、有り難かったな。颯先輩がすぐにスマホの待ち受けにしてくれたから、俺もお揃いにした。


 でも、そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。

 閉園時間のアナウンスを耳にしながら、俺たちはショップの袋を手にして帰り道を歩いていた。だけど、なぜか途中から出口へと向かう人の波に逆らうように、颯先輩が「ユキちゃん、こっち」と、他の道へ向かい始める。

 訳もわからず、颯先輩に引かれて向かった先は、ぬいぐるみパークの少し奥まった森の広がるエリア。そこにはロッジと、園内にいた動物ぬいぐるみの顔を模したドーム型の建物がポツポツと建っている。


「……颯先輩、ここは?」


 俺は、隣に立つ颯先輩を見上げた。


「今日、俺たちが泊まるコテージだよ。ユキちゃんはシラユキさんを連れて来るって思ってたから、シロクマのとこ、予約しておいた」

「えっ……? ここに……?」

「うん」


 俺はにわかには信じられなくて、ほっぺたを捻ってみる。痛い。うん、本当だ。

 ただ、俺たちは高校生だ。こんなところに泊まるなんて、大丈夫なのだろうか。

 俺は旅費を父さんが出してくれたのだけど、たぶん、颯先輩はご両親とは不仲だって言っていたし、自分でお金を工面している。颯先輩は旅費に関しての話は俺の父さんと直接していたから、実際かかった費用はわからないけど、絶対、高いはずだ。


「ここ、高いんじゃないですか? 先輩の負担になってますよね……」

「ん? あぁ、そこらへん心配してるの? 大丈夫だよ」

「ほんとですか?」

「ユキちゃん。俺ね、ちゃーんと高校入ってからのバイト代は全額貯めてたし、何なら途中から株やって増やしてたから平気」

「……ほんとですか?」

「んー、だって……せっかく来るなら、ユキちゃんの思い出に残ることしたかったから、予約してたんだよ。それとも、今からでもキャンセルして、ビジホ行く?」


 颯先輩はきっとそうは言うけど、無理はしていたと思う。

 だけど、颯先輩がそこまで俺のために準備してくれているなんて、胸がいっぱいになった。荷物の重みも、冬の寒さも忘れてしまうくらい。

 先輩からの気持ちをひしひしと感じで、俺は「いえ」と顔を横に全力で振る。


「泊まりたいです。颯先輩が用意してくれたコテージの中、早く見てみたい」

「それじゃ、ロッジにチェックインしに行こっか」


 颯先輩はここでも俺の手を握ったまま、手前にあるロッジへと向かった。そして、すぐにチェックインを済ませて、シロクマモチーフの白いドーム型コテージに行く。

 颯先輩はそれまで手に汗なんてかいてなかったのに、じんわりと手のひらが湿り始めていた。


 コテージの扉を開けると、床や壁、天井、家具や小物に至るまで、シロクマだらけの部屋が姿を現す。

 そんな室内に2つ並んだベッドのうちの1つに、見慣れた顔のしろくまがちょこんと座っていた。

 シロクマの毛並みのようなふわふわのラグの上を歩いて、俺はベッドに近づく。

 コートのポケットに入れていたシラユキさんを取り出して、見比べた。

 たしかに、顔は同じ。だけど、この子の耳の先がふわふわのファー。足の裏には金の刺繍で『MUIGURUMIPARK COTTAGE EDITION』と入っている。


「これって……もしかして特別仕様のやつ……?」


 俺はシラユキさんを持ったまま、ベッドの上の子を抱きあげて、颯先輩の方を見た。


「うん。その子ね、ここのコテージに泊まった人だけが申し込める限定ぬいぐるみなんだって。事前に届くように、頼んでおいた」


 颯先輩は普通の顔をしながら、白くまの毛並みを思わすフェイクファー素材のソファに、ショップの袋を置く。

 先輩はさらっと言ったけれど、俺にとっては全然、普通のことじゃない。

 こんな特別なプレゼントまでもらって、俺は颯先輩にどう返したらいいか分からなかった。

 だって、今日はイブじゃないけど、クリスマス。絶対……ここの予約をとるのも、ぬいぐるみを用意するのも、何もかも大変だったはずだ。俺を誘ってくれる前から用意してくれていたんだと思う。


「颯先輩……ずるい。先輩の誕生日は、俺には何もさせてくれなかったのに……」


 颯先輩は少しだけ驚いたように瞬きをしたけれど、「うん、ごめんね。俺……ずるいからね」と笑って、俺に近づいてくる。

 頭に手を置いて、何度も撫でてくれた。


「でも、ユキちゃん。俺はね……ユキちゃんにしてもらってること、全部が特別なんだよ。初めて出会ったときから、ずっと……ユキちゃんは俺に、いろんなものをくれてる」

「……え?」


 颯先輩は前に、俺との出会いは俺が中二の夏だと言っていた。でも、あのときの俺は先輩のことを何も覚えていない。本当に、何も。

 だから、颯先輩の想いに気づくことが俺にはできない。


「ごめんなさい。俺……あの日のこと──」

「ユキちゃん、大丈夫だよ。分かってる。あの日のことは、俺だけ覚えていたら、いい。俺の中に残ってる。だから、謝らないで」

「でも」

「大丈夫。俺はただ、今日こうしてユキちゃんが隣にいてくれるだけで、じゅうぶんだから。何か返そうとか、考えなくていいよ。……ユキちゃんは、もうね……俺にとっての、すべてだからさ」


 先輩の瞳は、今日のあのわざとらしい目ではなく、本当に潤んでいる。まるで、颯先輩の誕生日のときみたいに、泣きそうだ。

 ねぇ、先輩。もういいかな。俺。早く、あなたに伝えたいよ。

 俺はごくりと唾を飲んで、それから覚悟を決めた。やっぱり、颯先輩に告白する。

 だって、颯先輩も俺と同じ気持ちだと思うから。

 俺のことを颯先輩の“すべて”言うのなら、もうそうなんでしょ?

 シラユキさんとプレミアム版のぬいぐるみを抱える腕に、俺は力を入れた。だから。


「颯先輩。俺……先輩のことがすき──」


 そこまで唇からこぼれ落ちたというのに、それ以上の言葉は出すことができなかった。

 颯先輩の手が俺の口元を塞いでいる。

 まるで、それ以上は聞きたくないとでも言うように。


「ごめん」


 そう言った颯先輩の声は掠れたように、小さい。


「……今はまだ、聞けないんだ。ユキちゃん……ごめんね」


 俺の唇に触れたままの颯先輩の手は、震えていた。

 颯先輩は一体、何を抱えているのだろう。俺を苦しげな顔をして見つめてくる颯先輩は、いつも隠し事をしている。ひとつ、ふたつ、いや、それ以上の秘密を抱えている。

 俺だけは知らなくて、俺だけは踏み込ませてもらえない。

 先輩の心に触れたくても、触れさせてもらえない。

 先輩にとっての俺は、隣にいるだけでじゅうぶん。

 そんな存在なのだから、きっと今ここで「どうしてですか?」と聞いたところで、教えてもらえることはないのだろう。


「ユキちゃん」


 颯先輩はまた俺を呼んで、口元から手を離してくれる。

 だけど、俺はいつまで経っても踏み込ませてもらえないことが悲しくて。俺の気持ちを受け取ってもらえないことが辛くて。


「……俺、ちょっとお風呂入ってきます」


 ぬいぐるみたちを抱きしめたまま、逃げるようにコテージ内のバスルームへ向かった。背後で颯先輩が何か言いかける気配がしたけど、俺はこの場からとにかく立ち去りたかった。

 バスルームには、たくさんのシロクマたちが出迎えてくれていた。シャンプーやボディーソープのボトルも、コップや歯ブラシ、タオル類に至るまでシロクマがいる。

 普段の俺だったら、きっとこの場所に感動していた。それなのに、今はシロクマ柄の壁紙が視界の隅でぼやけて見える。

 俺はシラユキさんたちを抱いたまま、床にしゃがみ込んだ。先ほどまで感じなかった背中の荷物が、悲しみの分だけ重みを放つ。

 そんな俺の脳裏には、何度も思い浮かぶ。

 颯先輩の指の震え。声のかすれ。俺の唇にふれたあの手のひらの温もり。

 あれは、拒絶じゃなかったと思う。でも、それでも、颯先輩に気持ちを受け止めてもらえなかった。その事実が、いちばん苦しくてたまらない。


「ただ……好きって伝えたかっただけ。俺の好きって気持ちは先輩を困らせるだけなのかな」


 俺は腕の中のシラユキさんと、新たな仲間の頭を震える指先で、そっと撫でた。シラユキさんたちは黙って俺に寄り添ってくれる。


「俺のことをすべてだって言ったのに、どうして聞いてくれないんだろう……。そうだ。ハヤカゼさんなら、わかるかな? ねぇ、お湯を入れてる間だけでいいから、みんなで俺の話、聞いてくれる?」


 俺は、シラユキさんを入れていたのとは反対のポケットからハヤカゼさんを取り出した。答えが返ってくるはずもないのに、颯先輩にどこか似る彼は、先ほどの先輩と同じように、どこか困っているようにも見える。

 立ち上がって、そっとぬいぐるみたちをラックに置くと、俺はシロクマのように大きなバスタブに湯を張り始めた。

 湯気が立ちのぼりはじめたバスルームは、とても静かだった。俺の鼓動の音さえもが、響くような気がするほど静かで、先輩に、何もかも聞こえてしまいそうだった。



***



「……お風呂、先に入っちゃってごめんなさい」


 ホテルのもふもふパジャマを着てバスルームから出てきた俺は、ソファの上に座っていた颯先輩に声をかけた。


「あ、うん。お湯は、気持ちよかった? シロクマいっぱいいたでしょ?」


 颯先輩はいつもの調子で振舞おうとしていたけれど、頬のあたりが少しだけこわばって見えた。

 だけど、俺は決めていた。

 バスルームで、ぬいぐるみたちに「颯先輩を困らせたくないから、俺、ちょっとだけ離れるね」と、伝えていた。


「気持ちよかったですよ。それに、ボトル類も、ボディタオルとかも、何もかも白くまでかわいかったです」


 近づきすぎないように、でも、先輩に違和感を抱かせないように。俺は普通を装った。上手くできているかは分からないけれど、こうするのがいちばんだと思ったから。


「じゃあ、俺も入ってこようかな」


 颯先輩はそう言いながら立ち上がって、バゲージラックの上に置いたリュックに手を伸ばす。俺はその背中を見ながら「はい。そうしてください」と言った。


「うん。ユキちゃんも、疲れてるだろうから……俺のことは待たずに、もう先に寝てていいよ。電気も消してていいからね」


 颯先輩は振り向いてそう言うと、鞄の中から必要な荷物をとって俺と入れ替わりでバスルームへと向かった。

 俺は一人になったタイミングで、先輩の荷物の横に自分のリュックを置く。部屋の明かりを少し落としたら、聞こえるのは暖房の音と、隣のバスルームから聞こえてくるかすかな水音だけ。

 颯先輩は一人、テレビもつけずにどんな気持ちでここにいたのだろう。

 俺はそんなことを考えながら、シラユキさんとハヤカゼさん、それから新入りの子を自分の枕元に並べた。

 そして、ベッドに入る前にもう一度、荷物の元に戻る。


「颯先輩……クリスマスプレゼントです。荷物、触っちゃってごめんなさい」


 颯先輩のために用意したお守りを、勝手に先輩のリュックの中に忍ばせた。それが終わると、そそくさとベッドに入り込み、目を閉じる。

 だけど、寝ようと思っても、寝られるはずもない。

 好きな人と二人きりで過ごす、誕生日。

 こんな最後で締めくくることになるなんて、誰も想像しない。でも、自分で招いた結果だから仕方がなくて、この落差に頭が痛くなる。

 しばらくして水音は消えて、先輩が戻ってきた気配を感じた。

 寒いんだから、ちゃんとドライヤーで髪乾かさないとだめですよ。受験生なんだから。

 その言葉すら言えなくて、俺は寝たふりをしたまま、ベッドの中にいる。

 すると、少しだけ、布団がふわりと持ち上がって、静かにかけ直された。俺の髪に先輩の手がそっと触れて、止まる。


「ユキちゃん……もう少しだけ、待っててもらえるかな。ユキちゃんには嫌われたくないって思ってるのに……俺、何も言えないままで、ごめんね」


 颯先輩はそのあと、すぐに言葉を続けず、そっと息を吐く音だけが響いた。


「ふぅー……」


 小さな吐息。先輩の中に溜め込まれたものを少しずつ吐き出すように、かすれた声がもう一度、俺の上からこぼれ落ちてくる。


「でも……君のこと、好きにならないなんて……俺にはできなかったんだよ。君だけが俺の希望だった」


 颯先輩の涙ぐむような声が、俺の耳にすっと届く。心に響く。

 もしかしたら、颯先輩は俺が思っている以上に、ずっと重いものを抱えているのかもしれない。俺は眠ったふりを続けながら、その言葉を胸の奥で抱きしめる。


 颯先輩は、やっぱりずるいね。こんな風に、俺に気持ちを伝えてくれる。俺には言わせてくれないのに。

 でも、先輩。俺もね、あなたのために頑張るよ。だから、いつかあなたのことを教えてね。俺たちが物理的にそばに居られる時間が、もうあまりないとしても。

 できれば、卒業までには教えてね。

 肩が震えないように、涙がこぼれないように、必死にこらえながら、そう静かに思った。

 頑張って良い子であろうとした。

 颯先輩を困らせたくなかった。



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