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水の声  作者: ぽんこつ
12/15

みず

窓の外では斜面の緑が陽射しを受けて揺らめいている。葉の一枚一枚が光の粒をはじいて、目の奥がきゅっと明るくなる。

ソファに凭れる三宅さんに、声を掛けようとした時、ホテルのスタッフが食器を下げに来た。

銀の縁が小さく触れ合って、澄んだ音が一つ。

「おかわりは?」

という三宅さんの申し出に咲は遠慮なく片手を上げた。

すぐに運ばれてきたオレンジジュースに口をつけて、私は神隠しの場所を記した地図をテーブルに広げた。

『              北

   『星見城跡』              『蛙が池』

              水月寺

西                                 東

              時村家

   『お輿の森』              『木津根ヶ淵』

               南              』

「これは?」

三宅さんが身を乗り出し私の口元に視線を送る。

「神隠しが起きた場所と、神隠しの伝説が残る場所です」

「へえー、面白いですね」

「この神隠しの場所が四角になって、その真ん中辺りに、水月寺と時村の家があるんです、これはなにかあるんですか?」

私は地図の上に指を滑らせる。

「そうですね、たまたまというには整い過ぎているきがしますね、意図された何かがあるのかもしれません」

私と咲は顔を見合わせた。

咲はブルブルと小さく体を震わせる。

「この形に何か意味があるん?」

「あるともないともいいきれないですね、実際、星見城跡と蛙が池の間が、下の二つと比べると長いですよね。台形を逆にしたような感じです」

「確かに……」

この四カ所が四角になるって、自分で見つけたのに気が付かなかった。

いったい三宅さんの頭の中は、どんな風になっているのだろう。

「意図されたものがあるにせよ、推測の域は出ませんが、結界とか何かを示していたりするのかもしれません」

そこから、三宅さんは分かりやすい例として、レイラインという存在を教えてくれた。

山や神社やお寺などが直線で結ばれるという物。

有名なところでは、淡路島にある伊弉諾神宮いざなぎじんぐうと伊勢神宮(三重県)、対馬海神神社(長崎県)が一直線に並び。

しかも、春分、秋分の日の太陽が通過する北緯34度27分23秒の緯度線上にあるのだそうだ。

他にも、冬至、夏至の日の出、日没の方角にも出雲大社(島根県)や諏訪大社(長野県)といった名だたる神社がその線上にあるという。

三宅さんは、日本全国各地様々なレイラインが存在すると、面白そうに説明してくれた。

私はその口元を見つめていた。

初めて聞く話に少なからず興味がわいたのと、こうすらすらと澱みなく言葉を発する三宅さんの口が手品でも使ってるように思えて。

「これ、写真撮らせて頂いていいですか?」

私も咲も頷く。

三宅さんはスマホで手際よく地図と数え歌を写真におさめていた。

私は三宅さんが腰を下ろすのを待って話しかける。

「それから、揚羽踊りの数え歌なんですけど……」

いちにち ひとりが みをとざす

ににんで うたえば こゑがよぶ

さんどの よるには しろきてに

よにんめ かぞえず いなくなる

ごにんの すがたが みずにさく

ろくねん すぎれば おもいでに

ななつの いしぶみ つきのした

やみの むこうに こえがする

こころ つれてく みずのおと

「これって何か関係があるのでしょうか?」

三宅さんは歌詞と地図に視線を移しながら首をひねる。

「関係があるかもしれないし、ないかもしれない……ただ……」

じっと歌詞を見つめる三宅さんの眉間に少し皺が寄る。

隣の咲は腕組みをして、そんな三宅さんを見つめていた。

ふくらむ頬がわずかに緩んだり戻ったり。

「先程の、お家の蔵での体験や、澪さんが聞こえた声や、咲さんが見たことを踏まえると、水が関係しているのかもしれませんね」

「水……」

「ええ、澪さんが声を聞いた時は必ず水が関係してるでしょ?お風呂や川……」

私は黙って頷いた。

「それとこの数え歌ですが、九つ目が一際不気味ですね。しかも水が絡んでる」

「ああ……」

黙っていた咲が声をあげた。

三宅さんは、大きく息を吸いながら視線を宙に移す。

じっと一点を見つめる瞳が、色白の肌だからか大きく見える。

どんなことを考えてるんだろう。

私は三宅さんが何を言うのか、楽しみになっていた。

カラン。

手に取ったグラスの氷が跳ねる。

ストローに口を付けながらもやっぱり目が行ってしまう。

跳ねた氷が、窓の光を一度だけ割って返す。

「もしかしたら……平家と関係があるのかもしれませんね」

「平家?ってことはうちらと?」

咲が首を傾げるとポニーテールがその動きに合わせてフワッと揺れる。

「平家は源氏との最後の戦い、今の山口県で行われた壇之浦の戦いで敗れた時、多くの要人が入水したといわれています」

「用心して……飛び込んだのに?」

意味が分からず返した言葉に、三宅さんは軽く手を叩き、優しい口調で語り出した。

「ああ、ごめんなさい、要人とは武将とかお姫様のことです。それと、入水とは、自ら命を絶つために水に入る……ということですね」

「確か、習ったかも」

私が少し頷くと、三宅さんはにこりと笑う。

「その中には、わずか五歳の天皇もおられたのです」

「ああ、知っとる……名前覚えとらんけど」

咲は両手を腿の間に挟んで首をすくめた。

足先が椅子の下でちょん、と跳ねる。

「安徳天皇というお方です」

「そやそや」

「なので、もしかすると、その入水して亡くなった方々とこの数え歌や神隠し、あなた方の体験は関係あるのではないかと思ったんです」

「でも、その方たちが亡くなったのって……山口県ですよね?」

「ええ?でも、水はどこにでもあるでしょ?」

「ああ、確かに……」

「でも、なんで夕凪島なん?」

咲の問いかけに三宅さんは咲の口元を見つめる。

「壇ノ浦だけじゃなくて、各地の戦で源氏に敗れた平家は色んな所に落ち延びたんです。全国各地に平家の落人伝説というのがありまして……」

「エチュード?」

首を傾げる私の腕を、咲がパンパンと軽く叩く。

口元に人差し指を当て、静かにということらしい。

「ようは、戦いに敗れた生き残った平家の人々が、それこそ山奥とかに逃げ込んで、ひっそりと生きていたという話です」

「例えば、熊本県の五家荘や富山県の五箇山、徳島県の祖谷なんかは有名なんですよ」

「現に夕凪島には、温御前、砂振姫という平家所縁の貴人が逃げて来られている」

きじん?

分からなかったけど、もう私は口に出さないことにした。

グラスの底がテーブルに輪を描き、紙の端が冷たさで少しふやけていた。

「でも、全国にあるんやろ?だったらどして?」

「ええ、咲さんの言う通り、安徳天皇は生き延びて、それこそ先程の徳島の祖谷に逃げたという話もあるんです」

そこで三宅さんは背筋を伸ばした。

「でですね、面白いものがお宅の蔵にありましてね」

「面白いもの?」

小首を傾げながら咲を見ると、同じような姿勢で、くすりと笑い合う。

「……ええ、お借りした書物なんですけど……少し待っていてもらえますか?部屋から取ってきますので」

「はい」

私と咲の声が重なる。

三宅さんはスーッと立ち上がると、軽やかな足取りでエレベーターの方へ消えていく。

私は、全く歴史には興味なかったけど。

三宅さんの話を聞いていると、面白いと思っている自分がいた。

息をひとつ、深く吸い込んでしまう。

「なあ、あの人すごいな。何でも知ってる」

咲はストローを指先でくるりと回していた。

「うん。私たちじゃ考えないようなことも、考えるからすごいよね」

「なんかええな、ああいう風に話せるって」

「そうだね、歴史の授業って面白くなかったけど、三宅さんの話聞いてたら好きになれるかも」

「あらら、それは歴史じゃなくて三宅さんが気になるんやないの?」

ひじ掛けに体を預け、咲はこっちに身を乗り出して眉を上げる。

「え?そうなの?でも、三宅さんが先生だったら楽しそう」

咲はかたほうの頬を引きつらせながら笑っている。

私は残りのオレンジジュースを飲む。

ずるずると音を立て、飲み干した。

氷がグラスの内側を転がって、低い音をひとつ残す。

少しだけ傾いてきた午後の太陽が凪いだ水面に光を瞬かせていた。

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

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