表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の声  作者: ぽんこつ
10/15

水脈

階段を駆け下りたところで、蒼兄がふと顔を上げ、頬を真っ赤にして固まっている。

「蒼兄、さっきの人は?」

息を切らせた私の声に、蒼兄は視線を逸らして、落ち着かない手つきで目を泳がせる。

「あ、あー、帰ったよ」

「え?もう帰ったん?」

私の後ろから肩越しに頭を出した咲。

「ああ、簡単にこの時村家の説明をして、あとは資料を借りたいって」

「なーんだ」

私はがっくりと肩を落とす。

「なんだ?」

まだ顔の赤い蒼兄は、ちらちらと私を見る。

なんだろう?

「ああ、聞いてみたいことがあったんよ」

「ふむ。じゃあ連絡してみたら」

蒼兄はポケットから名刺を取り出した。

「ナイスやな蒼兄」

咲はサッと蒼兄の手から名刺を取り上げると、私の手を引いて仏壇のある大きな居間へと引っ張り込んだ。

「なあなあ、かけてみよ」

名刺を顔の横でひらりと振る咲。

私は一瞬ためらってから頷く。

「私がかけるの?」

「うちより、澪のが知りたそうやんか」

確かに、揚羽踊りや、神隠しの場所のことは気になる。

立て続けにあんな奇妙なことが起こればなおさら。

咲はさっきまでの怯えた様子はどこ吹く風といった様子。

「……分かったよ」

少し口を尖らせて、私は咲から名刺を貰い受けると、その場に膝を立てて座った。

咲は私の隣にちょこんと腰を下ろし、私の腕を取る。

何が嬉しいのか、ニコニコしながらまじまじと覗き込んでくる。

名刺に印刷されている電話番号を打ち込んで、通話をタップする。

プルル……プルル……

「はい、三宅です」

高く透き通る、耳障りのいい声。

「あの……」

「ただいま、電話に出ることができないため、お急ぎであればメッセージを残してください……」

「あちゃー」

なんだかんだ、咲のが残念そうな気がする。

私は声を平静に整えて録音メッセージを残した。

「あの、時村の家でお会いした白沢澪です。お聞きしたいことがあるので、折り返し電話もらえますか」

通話を切ると、力が抜けて大きな欠伸が出た。

「なんや、やっぱりあんま寝れんかった?」

「そうかも……」

私は正直に答えた。

眠りは浅い。

頭の中で、昨日と今日のことが小さな輪になって回っていた。

私は畳の上にごろんと寝そべる。

息を吸い込んだら、イグサの匂いが鼻の奥をくすぐった。

それが、妙に子供の頃の記憶を呼び覚ます。

ざらざらとつるつるが混ざった感触が手から伝わる。

窓越しに差す陽射しが、床に障子の淡い格子を描き、部屋の空気はほんのりと温かい。

ぽたっ――。

障子の奥で、何かが落ちたような気がした。

「こんなとこで寝たら風邪ひくよ」

咲が心配そうに私を覗き込む。

その前髪が私の鼻先にかかってくすぐったい。

「寝ないけど」

私はくすりと笑う。

「小さい頃はよくここでお昼寝したな、一緒に」

「うん、そうだね」

咲がぽん、と私の肩を軽く叩いた瞬間、畳の上に置いたスマホが小さく震えた。

画面に浮かぶ「三宅」の文字。

咲が目を丸くし、私より先に手を伸ばしかけて、あわてて引っ込める。

「ほらほら、澪、早よ出ぇ」

催促されて、私は一呼吸置いて画面をタップする。

通話がつながると、先ほどと同じ、高く優しい声が耳に落ちてきた。

「白沢さん? 先ほどはすみません、急ぎで戻らなければならなくて」

背筋が自然と伸びる。

「いえ……あの、少しお聞きしたいことがあって」

私の横で咲は膝を抱えて、興味津々に耳を傾けている。

蒼兄は廊下の向こうからこちらを覗き、何やら探るような眼差しを向けていた。

障子の外から入り込む夏の匂いと、風鈴のかすかな音が、妙に遠くで響いていた。

「なんでしょう?」

「あ、その電話じゃ説明しづらいので、出来ればお会いしてお話を聞きたいんです。揚羽踊りのことなんですけど」

「ああ、揚羽踊りの……分かりました。ただ、原稿を仕上げないといけないので、外には出られないんです」

「はい」

「お急ぎですか?」

隣で咲はうんうんと頷いている。

「……できれば」

「そうですか……僕は『サンセットホテル夕凪』に泊まっているんですけど、こちらまで、お越しいただけますか?」

咲はまた、うんうんと頷いている。

「はい」

「そこのロビーで、14時にいかがでしょうか?」

咲が、私の肩をちょん叩く。

顔の前に両手でオーケーマークを作っている。

「……はい、わかりました、お願いします」

「じゃあ、のちほど、失礼します」

「はい、失礼します」

通話を終えて、

「はあっー」

と長い息をはいた。

「14時やったら、13時過ぎのバスで行けるな」

嬉しそうな咲は肩を揺らしてそわそわしている。

「バスなの?」

「さすがにチャリは無理やな、丘の上にあるホテルやもん」

「ふーん」

夕凪島は観光地でホテルが幾つかあるみたいだけど、この家にしか泊まったことがないから、さっぱり分からない。

「なあなあ、ちょっとさ、おしゃれして行こ」

私の腕を取り、揺すりながら咲は左右に首を傾げる。

「咲のが、三宅さんに会いたかったんじゃない?」

「ん?そんなことないよ、うちは澪の付き添いだから」

何でと言わんばかりに、咲は眉を上げる。

「じゃあ、僕も行こう」

柱に寄りかかっていた、蒼兄が声を挟む。

「蒼兄はやることあるんやろ」

「あ、まあ、確かに……でも」

蒼兄の視線は優しく私を捉えていた。

興味と私への心配かな。

きっと、一緒に行きたかったのだろう。

「うちがおるから任しとき」

胸に手を当てながら、咲は大きく頷く。

「どれだけ、私って駄目な感じなの?」

少し拗ねて見せる。

なんか心配されてるのか、それとも一人じゃ危なっかしいと思われてるのか。

「そういうんちゃうって」

パンと咲は私の二の腕を叩いた。

「もう!」

私も負けじとやり返す。

ぽたっ――。

何かが、そう、水が落ちるような音。

障子の向こうに、ぼんやりとした小さな人影が、浮かんで消えた。

ほんの僅かな時間だったから、幻のように思えたけど。

もうこの時から―――

お読み頂きありがとうございます_(._.)_。

感想やご意見ありましたら、お気軽にコメントしてください。

また、どこかいいなと感じて頂けたら評価をポチッと押して頂けると、励みになり幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ