第37話 セラフィムエイド
アシュトの手が、暴走しかけたフラグメントの中心へと伸びた。
――瞬間、全てが止まったように感じられた。
眩い光が空間を満たし、世界の色彩が失われていく。
耳に届くのは、遠く波のように揺れる低音と、鼓動のような光の明滅。
ミラも、ライナーも、ネアでさえも、その場に立ち尽くしていた。
誰もが本能で、この現象が「ただの魔法」ではないと理解していた。
アシュトの意識は、いつしか自身の内側へと沈み込んでいた。
―――
──そこは、かつての「サンドール」ではなかった。
緑に溢れ、空を翔ける光の翼を持つ列車、マナで満たされた水路が街を巡り、中央には女神の神像と共にフラグメントが安置された大聖堂。
人々は微笑み、礼を交わし、祈りを捧げていた。
そして、その神像が見守る先には、森に囲まれた美しい大地――マナが溢れ、空気が澄みきった、どこか神域のような雰囲気を湛えた場所が広がっていた。
今はまだ名も知らぬその地に、フラグメントは本来あるべき姿として、静かに還ることを待っているかのように感じられた。
だが、その平穏は長くは続かなかった。
目の前の世界が突然揺らぎ、アシュトは強烈な閃光に視界を奪われる。
地鳴りが轟き、大地が裂けるような感覚と共に、彼の足元が崩れ落ちる――。
かつての穏やかな光景は、一転して混沌と化す。人々の笑い声は悲鳴に変わり、空を飛んでいた光の列車が軌道を外れ、街の上空で砕け散る。
大聖堂の天蓋が崩れ、マナの奔流が都市を飲み込んでいく。逃げ惑う人々、手を伸ばす者たち、そして、何もできず立ち尽くす少女の姿。
アシュトの胸に、言いようのない恐怖と、自分には何もできないという無力感が押し寄せた。
逃げたい。
この破滅の光景から目を背けたい。
そんな感情が、静かに、しかし確実に彼の中に広がっていく。
だが――その時だった。
「……目を開けなさい、アシュト」
かすかな声が、優しく彼を包んだ。
それは、あの“夢”の中で聞いた声。温かく、寂しげで、どこか慈愛に満ちた響き。
「あなたの歩む道は、過去を繋ぎ、未来を拓く。だから、恐れずに」
その声が、崩れゆく光景の中で静かに広がる。
そして、最後にアシュトの目に映ったのは――あの美しい森に囲まれた地の、遥かなる記憶だった。
―――
視界に再び色が戻る。
光が、アシュトの身体を包んでいた。
彼の掌には、ゆっくりと沈静化していくフラグメントが浮かんでいた。
まるで心臓のように脈打っていたその輝きは、今や穏やかな呼吸のように静かだ。
ネアが息を呑むのが聞こえた。
ミラは言葉を失い、ライナーは呆然としたまま剣を下ろしている。
アシュトの背後で、わずかに空気が揺れた。
その身に纏っていた光がふわりと解けて消え、辺りに元の静けさが広がっていく。
フラグメントは、まるで深く息を吐くように、静かに鼓動を落ち着かせていった。
その光は、彼の手のひらのぬくもりに応じるように、静かに脈を打っていた。
一時の安らぎに包まれるように、周囲の空間もまた穏やかさを取り戻す。
その光景の中で、アシュトはゆっくりと膝をつく。
強烈な共鳴の余波が彼の精神を深く蝕んでいた。
まぶたが重くなり、意識が徐々に遠のいていく――まるで眠りへと誘われるように。
最後に見えたのは、静かに光を放つフラグメントの輝きだった。
―――
【精神統一】──メモリア共鳴
【対象】聖核
【カテゴリ】世界系フラグメント
【出典時代】第一次世界(神々の時代)
【性能】
影響範囲:都市規模
属性:光/癒し
特殊効果:大規模鎮静(暴走・境界化の進行停止)
補助効果:空間安定/マナ密度制御
【貴重度】SSランク(神話級)
推定現存数:不明(本品のみ現存の可能性)
【評価】
都市ごとを包み込む加護を持つ、世界再生の鍵とも言えるフラグメント。
通常の魔法体系では解析不能であり、発動には強固な意志と精神共鳴が必要。
その力は、女神の祝福そのものである可能性が高い。
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